#17 新生
(この世界では主たる宗教が三つ存在する……)
一つ、初代神王ケイルヴ自らが創始し、時に神族そのものも信仰の対象とする"神王教"。
神王教は、歴代神王ごとに4つの宗派に枝分かれしている。
特に【皇国】は政教一致体制で、初代神王を最上に置いていた。
原初の宗教であり他宗教への弾圧も強く排他的な傾向がある。
"魔法具"の存在もあって、宗派を統合して考えれば神王教は世界最大の勢力となる。
二つ、初代魔王より端を発する、力と魔力そのものを信仰の対象とする"魔王崇拝"。
潜在的に多くの魔族が信仰していて、人族にも多い宗教。
当代魔王ないし空位であれば、時に複数の魔王候補が力の体現者として信仰対象となる場合もある。
魔王崇拝はすなわち、魔術と強さそのものへの憧憬の顕れでもある。
真理を求めるような魔術士・魔導師らにとっては、時に大きな意味を持つこともある。
三つ、叡智ある獣の王。遥か神話の時代、神族に敗れ姿を消した大いなるドラゴンを奉る"竜教団"。
原初の戦において敵対していた所為か、神王教にとっては最も忌むべき宗教となる。
竜種は超神秘的な存在として……力の具現そのものとして信仰されるのは魔王崇拝とも似た部分がある。
竜族は大きく数を減じているが、非常に気位が高いらしい。
実際的に交流を持つのは非常に困難なことではあるものの、生き残りは未だ強い力を持っている。
(そして種々雑多なパンテオン信仰群──)
炎や水そのものを信仰したり、あるいは山や海などの自然。
時に豊穣や戦そのものを崇拝する、土着信仰などの類や邪教などもある。
元々魔法を源に神族を祖とした世界ゆえか、過去に実在した存在がそのまま崇められるようだった。
神話や伝承はつまるところ、歴史そのものとなる。
俺は幼少期に学んだ書物や、母に語り聞かされた神話を思い出しながら──"魔法具"に手を伸ばした。
折れた魔法具"永劫魔剣"に刻まれた、血管のようにも見える幾何学紋様をなぞっていく。
今回の一件──実体験から数多くの教訓として得たことを再認識する。
宗教というものはこちらでも存在する、決して回避できない難題だ。
"文明回華"という野望を考えれば、今後考えていかなければならない必須要項である。
「ただまぁ……今さらだが、別に俺たち四人で幸せに暮らすのも悪くないんだよな」
そう小さく口に出してみて、別に最初の決意に固執する必要性がないことも自覚する。
母やフラウやラディーアを捜しながらも、俺の寿命を考えればジェーンとヘリオとリーティアと日常を生きるのも良い。
順当に生きられるなら、仮に100年費やしたところでまだ400年近くがまだ残っていることになる。
大いなる野望に長命を捧げるのも良いが、人間50年──違う人生を太く短く10回くらい楽しむのもアリではないだろうか。
「今なんて言ったー? ベイリル兄ぃ」
「あぁ……リーティアは本当によくできた子だって言った」
「ほんとー? ありがと」
一夜明けて末妹と一緒にいるのは、"永劫魔剣"が保管されていた場所とは別の地下施設であった。
そこには様々な書物や紙束に加えて、多様な魔術具と製作する為の素材や道具が雑多に並んでいる。
紙束の多くにはセイマールの文字が殴り書きされていて、素人目にも相当打ち込んでいたことがわかった。
「セイマールの貴重な遺産だ……まるっと頂きたいところだが──」
「ちょっと数多すぎるねぇ、なんだったら一度地下ごと埋めて隠しちゃう?」
信者達の心血を注いだであろう、"イアモン宗道団"の本気度がうかがえる設備と成果。
「なるほど、それはなかなか妙案かも知れん」
屋敷内にある貴重な物は一旦全部地下にしまい込んで、屋敷ごと潰すのが良い。
輸送の準備を万端整えてから、改めて回収しに来たほうが建設的というものである。
「でしょー」
会話をしながらもリーティアはせせこましく動き回り、興味深そうにあれこれ漁っていく。
ときおり用途不明の魔術具を発動させようとしたりと、危なっかしい面もあるものの……。
それにしたって本人としては、ちゃんと理解してやっているような節が見受けられた。
蔵書や紙束をササッと流し読みしながら仕分けしていく末妹の様子を眺めつつ俺は聞いてみる。
「内容わかるのか? リーティア」
「なんとなーくだけどねぇ。セイマールせんせに、ちょいちょい聞いてたから」
教育と魔術具製作の二足のわらじを履いていたセイマール。
彼はたしかに卓抜した人間であったが、それゆえに俺達の真意を最後まで見抜けなかった。
もしも魔術具の開発や魔法具の研究と調整に時間を取られることがなかったら……。
教育一本に時間を使っていたなら、俺達の不自然さにも気付けていた可能性は高い。
(しかしまぁ……ちゃんと学んだわけでもないのに、なんとなくでわかるリーティアも大概だな)
宗道団とセイマールの残したものは特筆すべき点だが、それ以上にリーティアは傑物だろう。
親バカにして妹バカな考えだったが、俺はそう信じている。
「そろそろ戻ろうかリーティア、昼飯を食ってから皆で話し合おう」
「んっウチが当番じゃないよね?」
「今朝はジェーンだったから、昼はヘリオだ」
「わかったーもうちょいしたら行くから、先戻ってていいよ」
「遅れないようにな……ヘリオが文句言うから」
「知ってる知ってる」
俺は永劫魔剣の刀身のみを専用と思われる箱にしまって、先んじて戻ることにした。
◇
「あっベイリル。リーティアはどうしたの?」
「もう少し漁ってから来るってさ」
地下から1階へ戻ったところでジェーンをかち合い、俺達は一緒になって歩き出す。
「そっかそっか、あの子集中して忘れないといいけど」
「……確かに。そん時は弁当にして持っていってやるか」
俺はジェーンが来た方向から察して、彼女が世話している件について尋ねる。
「あの少女はどうしてる?」
「今は落ち着いて眠ってるよ、昨夜は大変だったねえ」
あのあと"贄の少女"は意識を取り戻すと、怯えというよりは心身共にパニック状態にあった。
どんな実験をさせられていたかはわからないが……4人それぞれで手を尽くした。
なかなか手間が掛かったが、それでも眠る段になって落ち着いてくれたのだった。
(後遺症などが残ってなけりゃいいんだがな……)
応急処置などは学んだものの医療分野は専門ではないし、魔術にしても自己治癒用しか使えない。
4人の中で一番得意とするのはジェーンだったが、それでも治癒術士のような真似事はできない。
さしあたって屋敷の外に出た後で、しっかりと診てもらわないといけないだろう。
「ねぇベイリル、これからどうするの?」
「ん……昼飯の後に話し合おうと思っていたが、そうだな──」
結論から言うと、道員は俺が暗殺したのと、洗礼時に皆殺した連中で全員であった。
そして……被検体と思われる子供達は、あの"贄の少女"一人しかいなかった。
ただ地下牢には複数人がいた形跡はあり、あるいは先に使い潰されてしまったのかも知れない。
なんにせよたった一人であっても救えたことは、俺達4人にとっても意義があることだった。
「物資に余裕はあるから、しばらくはここに滞在する手もあるが……」
外からの襲撃も今のところはなく、死体は漏れなく処理し、探索もおおむね終えた。
特に家探しして発見した物の中に、洗礼を通して"道"の中へ迎え入れられた者達のリストがあった。
当然だが今回殺した数に含まれていない、この場にいなかった者が数十人ほど残っている。
その中には"アーセン"という、自分達の前の生徒にあたる名前もあった。
他にも道員になるべく信仰と献身を捧げていた、リストにない予備員もいることだろう。
「外からの襲撃が心配?」
「まぁそうだ」
"巡礼"は昨日が最終日のようだが、元々閉鎖的な宗道団である。
(早々ヤバいことは今から起こらないとは思うものの……)
あくまで希望的観測に過ぎないし、落ち着くまでは警戒して然るべきだった。
「来るもの片っ端から殺すわけにもいかんしな」
「さすがにそれは……物騒だね」
"イアモン宗道団"が外界とどんな取引をしていたかは、杜撰な帳簿くらいでしかわからない。
行商人のようなのが来る可能性も考えられるし、そこから広まって──ということも考えられる。
それに庭に無数の死体が埋まったまま生活するというのも、気分良くは……ない。
読むべき資料は山のように積まれるし、いざ本腰入れて読むなら数日は潰れてしまう。
持ち出して読むには後ろ暗い内容が多すぎる部分もあり、なんなら焼却処分すべきモノもあろう。
「そこらへんも含めて会議だ、腹を満たしてからな」
「うん……とにかく本当によかった、みんないっしょで」
実感の込められたジェーンの言葉に、俺も噛みしめる思いだった。
「あぁ決断は──選択は間違いじゃあなかった」
同意を求めるような強い言葉で、己の行動を肯定する。
宗道団は数多くの無辜の人間を殺してきた。
そして今後も活動の為に、さらに多くの民を殺していく予定だった。
滅ぶのもまた摂理とも言える存在であったことに、疑問を差し挟む余地はない。
(ただ……な──)
しかして心情的に思考したくなかったとしても……せねばならない。
もし文明を発展させていくのであれば、あるいは避けられないであろう事柄群。
直接的でも間接的でも、巡り廻った遠因でも。
何がしかの形で罪もない人々が死ぬということは、まま起こり得ること。
反面この半ば停滞した戦乱の世界で、今後際限なく生まれるであろう犠牲者達。
(そういった人達を、対岸の火事として我関せずでいることを良しとするのか……?)
実際にやれるかはともかくとして、行おうとしていることの責任。
力を用いて、世界を動かすことで、起こり得る様々な悲劇。
己を起点として生じたあらゆる結果を受け入れ、呑み込むこと。
さらには活かしていくことが……果たして自分に可能なのかどうかと。
(別段正義を気取るつもりもないが)
世界平和だとか大層なことを言うつもりもない。突き詰めれば、己の欲得ずくあっての"文明回華"。
より利便性のある世界。500年の退屈を凌ぐ為の世界。
魔導と科学の融合した文化と、その果てにある未知の世界を見たいだけ。
ストラテジーシミュレーションゲーム感覚で、世界を弄ぶような心持ちなのは否定できない。
異世界に転生したのだから、割り切って思うサマ楽しんでやろう。
そんな捨て石かのような勢いの──願望にして野望。
「……無意味だな」
「ん? なんて?」
「すまん、ひとりごとだ」
「ふふっ変なベイリル」
笑うジェーンに俺は自嘲的な笑みを返しつつ、我が身を省みる。
定期的にこうしてウジウジ悩んでしまうのも、変に身についてしまった悪癖だ。
理由なんて単純明快でいいどころか、突き詰めればいらないんだ。
強いて言うのであれば──
(三人に語った世界を見せてやりたい、さらに続く未知を共に歩んでいきたい)
寿命の壁は存在する。いずれ別れは来るだろう……。
それまでにとにかくやれるだけ一緒に、より多くのことを──




