#250 創世竜話 II
緑竜グリストゥムの横柄さを気にしてもいちいち仕方なく、俺は内容のほうへと思考を致す。
「まっまっ、新天地へ向かったことは間違いないから。思い出せない話はおしまいにしよっか」
「だな。ボクら以外にも、百頭くらいは知恵ある竜が残ったんだっけ──」
「うん、けど"人化の秘法"で紛れたわたしたちと違って……全員が狩られちゃったね」
「当然さ、空を飛んでようが容赦なく追いかけて……ボクだってしばらくは地上で過ごさざるをえなかった。イヤな思い出だよ」
(とにもかくにも竜族は世界を追われ……残った竜も衰退した、と──)
それはあるいは頂竜にとって追われたというよりは、"崩壊の魔法"とやらから世界そのものを守るという選択だったのかも知れない。
現代地球におけるテクノロジーや、大量破壊兵器にしてもそう……身につまされる思いもあろうものだった。
「んで、ヒトの連中は自らを最も高き位置にいるとして神族を僭称し、世界中に跋扈しやがった」
「全盛期だったね。ある意味、わたしたちも過ごしやすかったよ」
「たしかに……ヒトの身のまま飛ぶ分には、問題なくなったっけ」
種族存亡を懸けた大戦争は終結し、神族による大陸支配が幕を開けた。
「ここからは多分、ベイリルちゃんのほうが詳しいんじゃない? わたしたちはのんびり暮らすだけだったし」
「そうですね……栄華を極めた神族に、"暴走"と"枯渇"という現象が襲い掛かった──」
「あぁあぁいやぁ~アレはほんとうに笑った! 傲慢なヒトどもがあんなにも狼狽え、恐れ慄くサマといったらなかったね」
未だに原因は不明。最初に魔力が暴走し、肉体が変質しだした者が"魔族"と呼ばれ排斥された。
「終いには派手に同士討ちし始めてさぁ……最っ高にいい気味だったよ」
続いて体内魔力が霧散し、枯渇するという事態が発生。
魔法はおろか肉体すら脆弱と成り果てた者を"人族"と呼んだ。
「それでも力が残っていた多くの神族は、魔族と人族を支配し……新たな社会体制を築いたんですよね」
「うん、そこらへんは少し覚えてる。でも"七色竜"には無縁の話だったね」
「その頃にはボクも、空に棲み始めてたかなあ」
(大空を己が領域とし、人とは相容れようとしない緑竜か……)
今すぐというわけではないが、遠くない将来にぶつかる可能性は考えておかねばなるまい。
("工業化"による大気汚染や、人類が航空機という普遍的飛行手段を確立し、緑竜の領域を侵犯した時──)
テクノロジーと共に人類と文明が進んだその先──人嫌いの竜が選択する行動は想像に難くなかった。
赤竜のように国家に属すわけではなく、黒竜のような厄災でもない。ただ単純に立ちはだかる勢力圏闘争。
今までの気性を鑑みても、おそらくは"七色竜"の中で最も争う確率が高いとすら言えよう。
「その後わたしたちも、魔族や人族との衝突は何度かあった。特に黄や赤は、けっこー暴れてたね。でもやっぱり大きかったのは……ディアマを相手にした二回かな」
「三代神王──」
カルト教団と"永劫魔剣"。俺にとって最も馴染み深い神王である。
「今まさに向かってる大空隙、黒とぶつかった結果なのは話したよね」
「ディアマの魔剣によって、黒竜もろとも斬り抉られた大峡谷こそ、大空隙が形成された真相だったと」
「そう、まずそれが一つ。黒は魔領から人領にかけて大暴れして、神族も最初は静観していたんだけど──」
「進路上から考えた場合、神領まで行き着く可能性があった……?」
「そーゆーこと! 多分だけどね」
大空隙の位置を考えると、ちょうど魔領から人領を経て神領までおおむね直線的に繋がる。
神領に到達してからでは遅きに失してしまうので、破壊しても問題ない土地で迎撃したといったところか。
「当時あそこらへんは皇国じゃない、別の大きな国があったんだけど……黒とディアマの所為で吹き飛んだね」
「吹き、飛ぶ……。イシュトさん、それって必要な犠牲だったと思いますか?」
「思うよ? 黒が通ればどのみち終わりだったし、途中でもいろんな国をぶっ壊してきたんだもん。ディアマは己の為すべきことを成しただけじゃない?」
まさに厄災と言うに相応しい竜の強度と、それを打ち倒した戦争の神王たる強度である。
「それでね、次にやばかったのが──」
「"紫"だね」
緑竜グリストゥムが白竜イシュトの言葉に被せる。
「なになに、次は緑が語っちゃう?」
「いやヒトに語る言葉はないよ。ただあの時は……ボクとしても危ないと思ったから感慨深くてね」
「紫竜、ですか……たしか病毒の化身だとか」
黒竜のように派手に暴れたわけではない。ただしひとたび姿を現せば、その土地は死に絶えたという話。
「紫の奴はね~、"現象化"が止められなくなったんだ」
「えぇ……──それも、魔力の"暴走"みたいなことですか?」
「おいヒト、ボクらをおまえたちと一緒にするな」
「申し訳ありませんグリストゥムさん、あくまで仮説の一つですのでご容赦ください」
「わたしは近いものだと思ってるけどねぇ。とにかく紫は自分が作った毒に、自分で対処できなくなったみたいよ」
「まったく、同族ながら実に間の抜けた話だよね。まあそれだけ強力過ぎたという裏返しでもあるんだろうけど。
なんせ空気まで毒化するんだ、ボクが風を使えば拡散しかねなかったし……雷や光じゃ無理だ。とんでもない大迷惑だったよ。
赤を呼んで焼却させるとか、青を呼んで止めようにも、そんなのもうどうしようもなく不可能なくらい規模が大きくなりすぎてた」
「なんせ大地まで汚染してたもんねぇ。時間を掛ければ、大陸すべてが危なかったかも?」
俺は絶句するしかなかった。自ら抑え切れない毒が垂れ流しになってしまったがゆえの大惨事。
自己制御も効かなくなった末に、世界を滅ぼしかねないほどの危機。
しかしながら──この星は幸いにも、まだ終焉を迎えていない。
「そこに現れたのが……三代神王ディアマの残る一回、ってやつですか?」
「うん、ベイリルちゃんはどうやったと思う?」
唐突にイシュトから繰り出された問題に、俺は頭を捻って考える。
「そうですねぇ……永劫魔剣の魔力を使って、別の魔法か魔王具を発動させたとか」
増幅・循環・安定をもって魔力を貯蔵し、自分とは別途の魔力源とする。
ディアマは魔力をそのまま力場として扱うことに長けていたようだが、補助具にするのが本来の"無限抱擁"の使い方である。
「ふふんっ残念、違いまーす。ただし魔剣を使ったのは合ってる。場所は今で言う連邦東部だったって言えばわかるかな?」
「はて……さて、ふむ──」
ディアマ──紫竜──大陸汚染する毒──連邦東部で──以前と同じ──魔剣を使用する──
物理的に叩き斬ったところで意味はない。仮に財団として対処するなら、"隔離"するのが一番だ。
(可能ならば宇宙が望まし──あっ!?)
思考を巡らしていく途中で、はたと俺は三代神王ディアマの伝説の一つに辿り着く。
眉唾なその話も正真正銘の事実だったということに。
「今度こそ本当に"大陸を斬断"して、紫竜ごと隔離した……?」
「正解!! それほどまでにどうしようもなかったわけだね」
「支配し、住んでいたヒトごと土地を切り離した。苦肉だったんだろうが、まったくヒトは本当に愚かだね」
緑竜の言葉を聞き終えてから、俺は同時に浮かび上がった疑問を投げ掛ける。
「ただそれだと……問題の先延ばしにしかならないのでは?」
空気や大地が汚染されるのであれば、いずれ海だって汚染されるに違いない。
そして気圧差によって大気は常に移動するのだから、東風は病毒まみれになっていてもおかしくない。
「あっ、いや──でも現在の極東は"本土"と"北土"で独自の文明を築いている、ということは汚染はその後に何がしかの方法で食い止めたわけですね」
斬断したのはあくまで緊急措置であり、真に解決するのは十分な時間と対策をもって解決したのだろうと。
「いや? ヒトどもはなにもしてないよ」
「えっ……」
「緑の言う通り、結局なんの打開策もないまま放置されたんだよ」
「あ、はぁ……」
俺は不明瞭なまま相槌を打つしかなかった。
「わたしもしばらくしてから見に行ってみたんだけど、結局真相はわからずじまいだね」
「毒は止まったんだからどうでもいいさ、バカな紫がどうなったかも興味ないね」
同じ"七色竜"であっても、どこかあっさりとした白と緑を他所に……俺は歴史の真相を咀嚼し飲み込む。
(大空隙も極東も……どっちも七色竜が原因で作り出されたとか──)
実際的に敢行した三代神王ディアマを含めて、あまりにもとんでもないスケールの神話である。
そしてそれに対抗しうるどころか、超越しているのが……現代の五英傑たる"大地の愛娘"なのだと。
「次に大きな衝突は、"青"だったかな。青は今も魔領にいるんだけど、当時も魔族相手に──」
白竜イシュトの語りと、時折はさまれる緑竜の言葉に対し、一心に耳を傾け続ける。
この世界に残り……そして時代を生きた竜の物語を、俺は存分に味わうのだった。




