#247 七色竜 II
猛り狂うような炎と、阻めるものなき光がぶつかり合う──
俺は灰竜アッシュを抱いたまま、もう少し離れた方が良さそうだと考えた……そんな刹那であった。
"一陣の豪風"が、あらゆるものを押し流すか如き勢いで周辺へと襲い掛かる。
しかし巨体を持つ赤竜も、人の身を保った白竜も、灰竜と共に風皮膜で受け流す俺も……。
とりあえずはその場で難なく押し留まる。
『─~~_/~^~─_/~'──____』
それはノイズのようにも聞こえる音であった、決して人の声帯では出すことのできない発音。
その発声主は……いつの間にか風と共にそこに存在していて──流線型のフォルムを持っていた。
さながら極限まで空気抵抗をなくしたような機能美と同時に、ある種の造形美まで併せ持つようなその姿は、黄竜や赤竜とは違った趣を感じさせる。
俺はあまりにトントンと進んでいく事態に、少しだけ眩暈を覚えるような感覚に陥る。
(いやいやどんな巡り合わせだよ……"白"とともに"黒"の元へと向かう途中で"赤"に絡まれさらに──!?)
「"緑"やい、ややこしくなるから竜言語じゃなくてヒト語で話してよ」
『ん──ヴぅ……』
ともすると、世界中の大空を回遊するとされる豪嵐を司りし"緑竜"は──
自らを竜巻にて身を包み込んでいき、十秒ほどで青年の姿へと変貌していた。
一方で俺はもう余計なことを考えるのはやめて、今ある状況に身を任せることにする。
「ん……あー、あ~~~よしっ! "人化"は久しぶりだなあ」
『邪魔をするなら貴様も燃やすぞ、緑』
「いやぁ赤はよく竜のまま、うま~いこと喋れるもんだ」
赤竜の恫喝を込めた殺意の圧力にも、緑竜はどこ吹く風といった様子で無視をする。
「普段からヒトを従えて話しているからでしょー」
「あーまだそんな酔狂なことしてたんだっけ」
赤竜の感情はそのまま周囲の温度上昇へ変換されているようで、"真空断絶層"ごしにもその憤怒が伝わってくるようだった。
「にしてもまったく、二竜してなーにをやってんのさ? ただのケンカには見えないけど」
「赤が神経質」
『白が考えなしなのだ』
二柱の端的な言い分を聞いた緑竜は、肩をすくめて首を横に振る。
「とりあえず落ち着こうよ。頭を冷やす為に、青でも連れてこようか?」
『ふざけるな──そもそも貴様はどの位置からモノを言っている、益がないのならば関わるな』
「キミらが本気で戦えば"空気が淀む"だろうが、特に赤」
『黒を目覚めさせれば、もっと汚染されるぞ』
「は? んーーーあ~~~そう、いうことなの? 白?」
緑竜は顔をちらりと白竜へと向けると、あっけらかんとイシュトは頷く。
「そうだよ」
「……なんで?」
「まず灰竜を見せる」
イシュトが俺──の胸元で抱かれるアッシュを指差す。
「ほーーーへ~~~産まれたんだ、よかったね白」
「ありがとう緑。そして──黒を殺す」
『殺す……だと、黒を?』
その言葉に毒気を抜かれるように、赤竜の温度が下がっていく。
「はははっ、どうやって? 認めたくなんかないけど、ボクら三柱が協力しても滅ぼすのは難しいと思うけど」
「"大地の愛娘"を使うの」
『なに……』
「ふ~ん、だれ?」
「"五英傑"だよ」
「なにさ五英傑って」
「えーっとね……なんて説明したらいいのかなぁ」
言葉に詰まるイシュトに、少し迷ったものの俺が言を付け加える。
「五英傑とは、地上において不世出の功績を挙げた人物に付けられる名称です。その強度は──」
「オイオイ、気安く話し掛けるなよヒトの子──風を使うようだから、一度は許すが……ボクに対し二度と言葉を紡ぐな」
「っ……──」
緑竜から半眼で流し目を送られるように微笑を浮かべられた俺は、それ以上の口を閉ざす。
彼の口元こそ笑ってはいるものの、そこにはえもいわれぬ苛立ちと怒りが混在しているようだった。
「相変わらずだね~緑、"人化の秘法"を得てまで残ったくせにさ。気にしなくていいよ、ベイリルちゃん」
「ボクはこの空を独り占めできるから残っただけさ。白赤と違って、ボクはヒトが嫌いだ」
(七色竜の気性もそれぞれ、か……)
今思えば"黄竜"は戦闘前から戦うかどうかまで丁寧に確認をしてきてくれたし、倒した後もフレンドリーだった。
一方で"赤竜"は帝国と契約を結んで特区を持ち、竜騎士を従えるとはいえ彼なりの秩序を重んじているようであり……。
"白竜"イシュトは別格の人懐っこさで親しみやすいものの──逆に"緑竜"に至っては人間嫌いときたものである。
『白よ──"大地の愛娘"ならば殺せると確信しているのか』
「殺せるよ」
「だから誰だって」
『途中から割り込んできたのにうるさい奴だ……"壁"を作った人間と言えば貴様にもわかろう』
「あっ、あ~~~アレかぁ!」
『ああいうのが他にもいる、貴様も知っているだろう"アイトエル"もその一人だ』
「おぉ~誰だっけ?」
『ッこの──』
赤竜が急激に熱を膨れ上がらせるが、相手をするのもバカらしいと思ったのかすぐにクールダウンする。
「大昔に竜種を殺せるだけの力を持ってたヒトたちがいたでしょ。それ!」
「へ~~~、今の時代にもそんなのいるんだ。さっすがヒトと暮らしてるだけあって詳しいね~、赤も白も」
これもまた天上人──もとい天上竜同士の会話であり、俺が軽々に差し挟む余地はなさそうだった。
創世神話を平然と語る口調は、本当に積み上げた常識や感覚を崩されるような思いである
「よかったら赤も緑も手伝ってよ、それならもっとやりやすくなる」
『どの口が言うのだ』
「でもさぁ黒は無理じゃない? たま~に空から見るけど、昔よりもずっと禍々しくなってるよあの場所」
「だーかーら! "大地の愛娘"なら殺せるんだって!」
「ほんとかなぁ……?」
『──確かに。我の聞くところでも、かの英傑の非凡さは聞き及んでいる。だがな白、そう都合よく動かすなどできまい』
「居場所は知ってるし、呼び出す方法もある。あとは誘導するだけなの」
『どこまで誘導するつもりだ』
「まさしく、"壁"まで」
『戯けるか──まさしく我が領域が通り路になりかねん』
連邦西部にある"断絶壁"と、皇国から魔領にかけて裂かれた"大空隙"。その二つを直線状に結んだ場合──
"赤竜特区"は直接進路上にはないものの、わずかに南東にずれ込めば十分に侵犯される可能性があった。
赤色からすれば実に正当な主張であり、同時にこちらにも理由があるゆえに断念できるものではない。
そうなればもはや、極々単純な意地と意地のぶつかり合いになってしまう。
「そこは注意してあげるし、手伝ってくれればもっと確実」
『貴様を荼毘に付すほうがより確実だ』
「だから二柱が戦うつもりならさぁ、ボクも相手になるよ?」
俺はその光景を静観しつつ、同時に頭が痛くなってくる。
このままでは一向に埒を明けられないし、だからと言って俺がこの場でどう立ち回るべきなのか。
赤竜から譲歩を引き出そうにも、イシュトの主張がまったく通る気がしない。
(緑竜には睨まれたし、赤竜の心象だって良くはない)
白対赤の構図であれば、俺がイシュトに加勢して勝ちを拾うという図式もあるにはあった。
雷ならともかく、"炎の現象化"であればまだ通用しそうな術技もなくはない。
しかし緑が混じっての三つ巴となると、もはや収拾がつかないのは疑いない。
「キュゥゥゥウアアア!!」
そして──そんな状況を打開する為かどうかはわからないが、俺の懐から灰竜アッシュが強引に飛んだのであった。




