#240 俺だけの魔導
真上に宇宙と、真下に天空を望む……成層圏を越えた中間圏。
超高高度の境界線上で浮遊しながら──俺はゆっくりと夢想する。
「今なら……そう難しいことだとは思わない」
"魔導"──異世界に存在する魔力を源とし、空想を現実化させる技法。
任意全能の魔法より始まり、劣化した魔術として体系化され、さらに異能たる魔導へと至った異世界魔法史。
「新たに進化の階段を昇る時だ」
ほとんど大気もないような空間だが、俺は"六重風皮膜"によって肉体を保護している。
喋ればそれは声として発せられるし、無意識で制御している魔術は思考も循環も妨げることはない。
「文明と発展はいつだって類稀なる想像力と試行の末に成り立ってきたんだ……」
動機を得て、想像し、思考することから全ては始まる。
そうやって知識と経験を積算し、具体性を持たせることで──人は要不要を選別して進歩してきたのだ。
魔力と魔法についても一つの学術分野であり、系統化していくテクノロジーの一端とも言える。
("天眼"──)
"風皮膜"を張ったまま空間へと自身を沁み込ませ、俺は世界へと深く深く没入していく。
ハーフエルフに生まれ、地球の知識と、転生前から明晰夢で鳴らした妄想具現化力。
記憶に入り込んで頭の中身を再現するシールフの魔導。そして直近におけるアイトエルからの教授と実践。
フラウ、ハルミア、そしてヤナギとの魔力交流──俺は恵まれた環境にある。
「そしてなるべく一分の隙もないように、幼少期から研鑽を積み上げてきた」
もしも若返ったならどうするか、誰もが思うことの一つだろう……今度こそ"自分を磨き上げる"ということ。
よく食べて、よく運動し、若いからこそ無理が利く様々なことに挑戦する。俺はこの世界で生き残る為にも、心がけて成してきた。
努力は好きではないが、魔術は苦のない努力だった。楽しんでやってきているし、今も楽しみで仕方がない。
だからこそ魔導の領域に至れないとは……微塵にも考えていない。
どのみちそうしたネガティブイメージは阻害となるのもわかりきっている。
既に魔術士としては上から数えた方が遥かに早い領域にいるのだから、もうやってやるしかない。
(それに……異能のイメージなら、現代娯楽で散々っぱら見てきているわけで)
地球の創作によって、具体化された記憶と映像は山ほどある。
同時にそうしたファンタジーへの憧れも、日本という現代社会に生きながら私生活で考え続けてきたことは否定できない。
(実際に俺が使う魔術は、模倣と組み合わせばかりだ)
それこそが異世界の現地人にはない、俺にとって最大の優位性だった。
神話の時代より人類文化が歴史の中で生み出してきた、物語や発想の膨大な集積。
大いに憧れ、敬い、途方もない浪漫を抱いてきた。
それを異世界という現実で再現する歓喜と、体現できるハーフエルフの肉体。
むしろ誰よりも俺は魔導に至れる境遇にあるとさえ言える。いつまでも燻っているほうが不自然なくらいなのだと。
「"血文字"……」
強めに言葉としてその名を吐き出す。
俺と同じ"異世界転生者"──奴も地球の知識を持っていて……そして一足先に"魔導"へと至っていた。
(長命種だからのんびり修得していけばいい、などと思っていたが……)
奴が一体何歳なのかは知らないが……同じ転生者である血文字が魔導師であるのに、俺が魔導師でない理由など存在しない。
そしてあの危険な男に対抗する為には、俺自身も魔導師になるしかないのだ。
「強く追い求める動機が……よもや同じ世界からやってきた敵対者に対するカウンターとはな──」
自嘲気味に心中で笑ってしまう。思ってもみなかった因果にして皮肉。
しかしこれもまた、決意を固める良い機会だったのかも知れない。
魔導とはその特性上、たった1つしか持てない自分だけの固有異能。
そして使いたい能力の案はいくらでも脳内に転がっている。
なるべく早急に事を進めるべきではあるのだが……焦って完成を見てしまえば、そこで完結してしまう。
実際問題としてシールフが今なお成長の途上であるように、雛型を定めてから少しずつ拡張・造形していくのが望ましい。
やり直しのきかない魔導の領域において、見通しを甘く固定化してしまうのはよろしくない。
俺は徐々に内部で魔力を加速させながら、循環する流れを意識する。
(アイトエル……いや、初代魔王は魔力を"色"と捉えていたそうだが──)
色というのはそもそも波長の違いを、瞳によって捉えているに過ぎない。
空が青く見えるように、夕日が赤く見えるように、虹が鮮やかに見えるように……。
(魔力で強化したハーフエルフの視力は、本来の可視領域外である赤外線によって、夜でもよく見えるし……)
魔力の色についても同じことが言える可能性は十分にある。
未知の粒子とエネルギーによって成り立っていて、さらに本質的に突っ込んでいくと波の一種ともとれるのやも。
いずれにしてもイメージを構築する上で、色というのは非常にわかりやすく飲み込みやすい。
その際に重要となるのが濃淡であり密度であるということも、今の俺は直観的に理解できている。
「問題は……魔力色の"固定化"ってのが性に合わないことだ」
溜息のように吐き出す。アイトエルはああ言ったものの、俺の中でいまいちしっくりとこないのだ。
(そも──これまでも今現在も、魔力を"粒子"として見立てて加速させてきた俺にとって……)
魔力を固定化して濃く保つということは、魔力を加速させることとは逆なのだ。停止し、留め、煮詰めていくようなイメージになる。
それは俺やフラウが行う魔力操法において相反するものであり、排他で捨ててしまうのは憚られる。
(だからこそ導き出した、たった一つの冴えた回答……)
加速・循環を行う──魔力を固定化して濃密にする──両方やらなくっちゃあならないのならば、はたしてどうするか。
「名付けて──"魔力遠心加速分離"」
元々粒子加速器をイメージして、魔力加速器操法を運用していた。
その発想を少しだけ転化し、改良・発展させるだけでいい。
すなわち比重の違いを利用し、高速で回転させることで溶液中の物質を分離させる"遠心分離"。
それを体内で行うことで、魔力の色──その濃淡を分離させるという理屈。
(濃縮分を魔導に使い、上澄み分を魔術として使う……まさに一石二鳥のやり方)
俺は魔力の加速分離をも意識しながら、並行して理想の魔導を頭の中で形作っていく。
今まで得てきた経験の数々と、知識を総動員するように整理し羅列していく。
("天眼"を得て再認識させられたのは……)
典型例となる"六重風皮膜"然り。魔術というモノはやはり、無意識領域で行う行程が多いということ。
つまるところ歩くとか、物を掴むとか、食べるといったように、一定まではプログラム化して自動化するくらいが望ましい。
ジェーンが歌によって氷の武器を複数同時に操るように、独自のアルゴリズムでルーティーン化を伴わせる。
リーティアのアマルゲルよろしく、自分にできないこと、イメージしにくいこと、リスクのあることは任せてしまえばいい。
(守護天使、守護霊、人工精霊、タルパ、二重幻像、別人格──)
呼び方は様々、形も色々。歴史における文化圏で多様に存在した考え方。
(そうだ、風は遍在する……独立し、分担し、共有し、連係する、俺自身の側面)
何者にも負けない──たとえば"折れぬ鋼の"のような──極限にして無敵の俺を想像し……創造する。
幽体ないし体外離脱。アストラル体による分離。外付けで自由にカスタマイズできる分身。
「"もう一人の自分"を芽吹かせ回華させる」
くるくると腰のホルスターから抜いた左のリボルバーを、自らのこめかみに当てて引鉄を引いた。
左の初弾には"浮遊石の小欠片"を鉛で包んだだけのγ弾薬が込められているので、撃鉄だけがガチンッと鳴る。
双瞳に映る"片割れ星"──世界中で今もっとも俺が近いだろう──二重って見える右手を伸ばす。
いつの日か……あの星にまで行く機会を得られるだろうか。
人類が紡いでいく果てなき空想を、未知なる未来を……いつまでもこの眼で見届けていきたいと──俺は願い、誓い立てるのだ。
第2章はおしまい、次の3章で四部の最後となります。
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