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#239 偉人 III


 頭蓋が砕けて骨が折れてもおかしくないような激突──は、空気圧のクッションによって(まぬが)れてゼノが墜ちてくる。

 俺ソーダに浮かぶ氷をカラコロと鳴らしながら、素知らぬ顔で減速しゼノの身を着地させる。


「っぐ……す、すまん助かったベイリル」

「いいってことよゼノ、大したことじゃない」


 ゼノは四つん這いのまま、虚空を見つめるように瞳孔が揺らいでいた。


「お……れの計算、では……──やったな? リーティアかティータか、どっちだ。両方だな!?」

「だから微調整が済んでないって言ったじゃないっすか」

「アレは()調整とは言わないだろぉお!!?」


「でもさ~ゼノ、出力がないと実戦で役に立たないよ?」

「それはおいおい完成度を上げていけばいいんだよ? なんで今あんなにピーキーにする必要あった? ねぇえ?」

「ウチ危ないって言ったよ?」

「もっと言え! 具体的になんでなのか言ってくれ!! 危うく死に掛けたぞ!?」

「ベイリル兄ぃが"エアクッション"仕込んでなくても、そん時はウチがアマルゲルくんをそっと忍ばせて助けてたからだいじょーぶ」



 半眼を崩さぬゼノが着込んでいる鎧を、俺は近付いてまじまじと見つめる。


「ほっほぉ~なるほど、飛行ユニットか。魔術士でなくとも、航空戦力になるのは素晴らしいな」


 何かの合金製だろうか、見た目よりも重さを感じさせない不思議な作りだった。


「そだよー、浮遊石を利用しつつ王国の飛行補助魔術具を参考にした試作品」


 鳥人族でもなければ飛空魔術士は非常に限られ、魔術具を利用しても空属魔術に()けていないと飛行制御は難しい。

 しかし魔術士としては素人レベルのゼノでも、計算上はできるような物言いであった。


「浮遊石を精錬できれば、もっと安定化させることもできるんだけどねぇ~」


 さらにブラッシュアップしていき、一般兵でも高速飛行と姿勢制御が可能な時代が来るとすれば凄まじいモノである。

 現代のジェットパック搭載のウィングスーツでも難しいことを、科学魔術具はやってのけるのだ。


 

「はぁ~、ったくよぉ……」


 ゼノは大きく深い息を一つだけで溜飲を下げて、鎧を(はず)()いでいく。

 きっとこんな風景もいつも通りのことなのだろう。心労を察するも同時に楽しんでいる様子も見受けられる。


「にしても、やっぱり浮遊石は色々と可能性があるな。迷宮を攻略した甲斐(かい)があったよ」


「特に"黄竜由来超伝導物質(エレクタルサイト)"の加工はまだまだ難しいっすけどね。素材をそのまま活かした利用するのが精々(せいぜい)っす」

「たしかにアレは電気のテクノロジーが進まないと、どうにもできんな。アマルゲル程度の電力じゃ大した実験もできやしねえ」

「課題は多いよねぇ、キャシー姉ぇがいれば色々できそうなのに。あとフラウ義姉ぇもいてくれればな~」


「キャシーはわかるが……フラウもか?」

「うん、普通に会いたいのもあるけど~。無重力合金や超重圧精錬をちょっとしたかったんだよねー」

「なるほど、そういえば学園生時代にはちょくちょくやってたっけな」


 あの頃からそう時間は()ってはいないものの、フラウの重力魔術はさらに研ぎ澄まされている。

 リーティアの技能もまた洗練されているだろうから、より高品質なモノが産み出されるやも知れない。



(キャシーの(ほう)は暇だろうが、フラウが落ち着くまでは一緒にいてもらったほうがいいだろうな)


 両親が目の前で死んだトラウマを乗り越えるのは、きっと並大抵のことではないだろう。

 俺が一緒にいられない分、キャシーやハルミアが一緒にいてやる必要がある。


「まっ急ぎの用ってわけでもないんだろ?」

「うん、ぜんぜんオッケィ! 他にもやることはいっぱいあるかんねぇ」

「ベイリルも案を出せよ、学園の頃のように」

「おっいいっすね~、気分転換にいろいろ(ため)すのも楽しそうっす」



 そんなリーティア、ゼノ、ティータのそれぞれの溢れんばかりの熱量に俺は自然と口角が上がる。


「なにニヤニヤしてんだよ? ベイリル」

「いやぁ、頼もしい限りだなって思ってな。まずティータは──"大技術者"ってところか」


 多種多様な設計を現実のモノとしてしまう彼女は、差し支えない生粋(きっすい)の技術屋である。

 その手掛けられていく数え切れない物質文明が、新たな文化を生み出し、支える土台であり柱となっていく。


「なんすかそれ? "大魔技師"みたいな?」

「そうだ、"偉人"の呼称とでも言えばいいか。大技術者ティータ、で……ゼノは──"大科学者"だな」


 大魔技師が残した工学や数学を深く()り、それを実際的に応用するだけの才能と努力を備えている。

 俺の半端な記憶ではカバーできない"現代知識チート"でもって、テクノロジーを一気に発展させていく資質。


「ベイリル兄ぃ! ウチは!?」

「リーティアは──"大魔技師"?」

「えぇーーー……ウチってかぶりィ!?」


「リーティアは自分と同じく技術屋ではあるっすけど……」

「おれと同じく理論を知る科学屋でもあるわな……」



 ティータとゼノの言葉に、リーティアは「ぐぬぬ」とした表情を浮かべる。

 愛すべき我が末妹は、大技術者と大科学者の両方の性質を高次元で備えている。

 ただしどちらも専門である二人には及ばず、しかして魔術を含めて二人には産み出せないものを発想し創り出す。


「そうだな……リーティアはいずれ大魔技師を越える器だ」

「だよねー」

「それに大魔技師はあくまで魔術具製作を専門としていた。財団が目指しているのとは違う」


 彼ならば科学魔術具も作れたであろうが、結局残したモノは魔術具と魔術具文明に限られる。

 世界を大きく変革はしたものの、それはあくまで異世界の文化に寄り添う形であった。


「よってリーティアは──"大魔導科学者"。少し長いが、そうとしか言いようがないだろう」

「やったー、ウチだけだね!!」


 魔導と科学の申し子。幼少期から地球の知識に触れ、ティータとゼノと高め合ったがゆえの天稟(てんぴん)


「おいおいベイリル、言いすぎじゃねえの」

「ゼノぉ~嫉妬してるんだ?」

「リーティアは自分らとはまた違う世界を見てる感じっすからね。かなりしっくりくるっす」



 わいのわいのと賑やかにしゃべくるテクノロジートリオを眺めつつ……俺はさらに思いを(いた)し、そして()せていく。


 未来を()て、未知へと導いていく架空の旗頭(はたがしら)──"大預言者"リーベ・セイラー。

 奴隷の身から成り上がり返り咲いた騎獣の民、サイジック領の陸軍を率いし──"大将軍"バルゥ。

 海賊達を率いてワーム海を巡り、いずれ創設される海軍を束ねるは──"大提督"ソディア・ナトゥール。

 芸術分野全般をその領分とし、時代の最先端をその手で創造する──"大芸術家"ナイアブ。

 管理・輸送を主とした経済活動を掌握せんとするは──"大商人"ニア・ディミウム。

 ゆくゆくはあらゆる人を魅了し、文化爆弾で意識の領地をも拡張する──"大音楽家(ロック・バンド)"ヘリオ。


(あとは"大著述家"が欲しいところだな……)


 ナイアブは詩歌・文筆もイケるのだが、本人の意向を尊重して美術分野に集中させてやりたい。



(どうしても恵まれなければ──俺自身がなる(・・・・・・)、か……? いや難しいな)


 地球で出版・上演された物語(ストーリー)模倣(パク)るという手段もあるにはある。

 それ自体は新しい物を生み出しているわけではないが、そうした作品からインスピレーションを受けた後進が続けばいい。


 ただし実際に俺の記憶を読んだシールフがいまいち再現できないように、また別方面に文才(・・)()る。


(この世界の共通語を用いて、人々を(とりこ)にするには──)


 想像を()き立てる並々ならぬ文章力と表現力が不可欠である。

 また論説などを書く為には、学術分野にも造詣(ぞうけい)が深くなければなるまい。

 できうることならばそうした才能を発掘し、俺は発想(アイデア)を与える立場が精々であろう。



(人材の宝庫──たまらんな、我らが財団は)


 戦術に明るく、歌って踊って士気を高める"大将軍"にして"大音楽家"ともなれる可能性を持つジェーン。

 貯留した魔力を用いて、限定的ながら"大魔法使"としての潜在性(ポテンシャル)を秘めるフラウ。

 美食を広めて世界中の垣根(かきね)をなくす"大料理人"なんてのも、クロアーネにはおあつらえ向きかも知れない。

 ゆくゆくは"大灰竜"として財団の戦力と同時に、象徴ともなりうる存在にアッシュを育てるなんてのも。


「俺も負けじと気張っていかないと、な」

「ん!」


 そんな俺の(ささや)く意気込みが聞こえたのは、まだ言葉を理解しきれてないヤナギだけ。

 小さくポンポンッと俺は頭を叩かれるように撫でられながら、俺は俺だけにしかできないことを考える。


(とりあえず目指すとするか──まずは"大魔導師"でもな)


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