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#234 制圧と脚本


制圧完了(・・・・)記念として、君たちには集まってもらったわけだが──」


 唯一血で(けが)されてなかったソーファミリーの幹部室にて、俺は机に足を組んで投げ出す。

 その前方には、生存しているソーファミリー・ケンスゥ会・リウ組の準幹部がそれぞれ居並んでいた。


「散々っぱら弱者を食い物にしてきた君たちにとって、今度は自分たちが食い物にされる順番が回ってきたと認識してもらえただろう」


 俺の横にはリーティアが形を変えたアマルゲルの椅子の上で、イシュトは机の上に座っている。

 どの組織も混乱の渦中にあったとはいえ……たった3人で壁内街を掃討し、入り組んだ内部を丸一日ほどで鎮圧せしめた。



「とはいえ、別に過去の罪をさかのぼって弾劾(だんがい)(つぐな)わせようだとか、路頭に迷わせるつもりなどは一切ない。

 ただ我々シップスクラーク財団と新たな秩序の(もと)で、似て非なる仕事を今後も継続してもらうだけだ」


 こうもあっさりと屈したのも、やはり実力者であり権力者であった各組織の(おさ)と上位幹部──

 そうした者達を先んじて"血文字(ブラッドサイン)"が、片っ端から殺してくれていたからに他ならない。


血文字(ブラッドサイン)が引き起こした悲劇は残念であり憎むべきものだ。しかしこれもまた機会であり、我らはそこに乗じさせてもらった。

 それぞれの(おさ)たちに忠義を尽くし、義理立てている者がいるのならばそれも構わない。引き止めはするが、無理強いはしない」


 元々暴力をもって仕事をしてきた連中である。

 こちらとしても残った有象無象を、(ちから)理解(わか)らせてやるのはそう難しくなかった。


「労働した分だけの報酬は約束する。むしろ効率化を考えれば、実入りが以前より良くなることは約束できるだろう。

 協力的で優秀な者は取り立てるので、上に立ちたい人間はこれを機に(はげ)んで欲しい。ただし裏切った時は容赦はしない」


 強者が軒並み死んでしまえば、アマルゲルを引き連れた地属魔術士リーティアの相手はいない。

 風や光なき場所であろうとも"円卓殺し"たる俺や、同じ領域以上の強度を誇るイシュトの敵になるものなど存在しなかった。



「さて、それでは──文句がある者は改めて異議を申し立てて欲しい。ただし()を通したいのであれば……今度は命を懸けてもらう」


 俺は椅子からフワッと浮き上がって机に立つと、一段高みから見下ろしながら反応を待つ。

 従えば見返りを約束し、逆らえば相応の報いを与える。わかりやすい構図に刃向かうだけの気概ある者はいなかった。


 唯一人(ただひとり)を除いては──


「異議ぃ大アリだ。汚い足を乗っけてんじゃねえ」

「来ると思ったよ、ロスタン」


 ややくたびれた様子の長身に、長めの黒髪を後ろで(むす)んでいる男が扉なき入り口に(たたず)んでいた。

 ソーファミリーの者は当然として、ケンスゥ会もリウ組もロスタンの前に道を()ける。


 一方で俺も床へと降り立ち、ゆっくりと歩いていくとメンチを切るように相対(あいたい)した。



「──聞こうか」

「オレはもう……約束を果たすべき恩人を喪失(うしな)った」

「残念だったな。だがそれは血文字(ブラッドサイン)所為(せい)であって、俺たちに原因はない」

「それはわかってる。そして──殺人野郎が組織内に入り込んでいて、その悪意に気付かなかった自分にも反吐(へど)が出る」


 右手を見つめるロスタンは、ゴキリと握り込んで指を鳴らす。


「テメェらがやろうとしてることも……もっともな話だ。三つ巴の戦争に勝てたとしても、今度は外圧に耐えられなくなって崩壊するだろうよ」


 幹部級が殺され、さらに抗争で弱体化したところに、空白となった権益を求める別の組織が介入してくるのは至極当然の帰結。

 シップスクラーク財団がまさにその外圧ではあるのだが、財団はあくまでそっくりそのまま頂くスタンス。


 既存(きそん)の邪魔な組織を皆殺しにして、新たに支配するといった手法は取らない。

 これは彼らにとって差し伸べられた手でもあるのだ。



「ならお前も財団員として協力してくれればいい」

「お断りだね。ファミリーごと支配されるのは我慢ならねえ──それは親父(ファーザー)の精神を踏みにじられることだ」

「お前個人がどう思おうと、既に三つの組織が統合される段になっているがな」

 

 ただし事実上ではなく、あくまで形式としての統合。財団を頂点に、それぞれに適した役割を与える。

 それぞれの組織が反目し、対立し、過去には血で血を洗ってきた歴史がある。

 そうした出来事を忘れ、皆で手をつないで仲良く歩いていきましょう──などと単純な話はすぐには不可能である。


 だからこそ財団が掌握してコントロールする必要があり、ゆえにこそ大きな利益となる。

 また組織の枠に囚われず、かつ優秀な人材には、より大きな舞台で活躍してもらう。



「というかだ、ロスタン。さっきからこれは異議なのか? それとも離反するという未練がましい意思表明か?」

「どちらも違うな。ただの提案だ──オレが支配する、オレにやらせろ」

「……それは協力、では?」

「いーやそうじゃない。(しゃく)な話だがテメェはオレより強い、今は(・・)それを認める。だが必ずこの手で取り戻す」


 グッと(きし)むほどに握り締めて血が流れ、すぐ再生していく拳。

 それはさながら倒れてもすぐに起き上がろうとする、ロスタン本人の確かな意思と気質が込められているようだった。


「人材を利用するのも領分なんだろうが。支配はオレがやる、テメェらが雇うのは組織じゃない。このオレ一人だ」

「随分と、都合の良い話だな」

「ソッチにもな、必ず見えないところで反発する奴が出てくる。そこを()められるのは勝手を知る人間だ」

「財団と組織の(あいだ)にさらにもう一枚、ロスタン(おまえ)という緩衝材を(はさ)むわけか……」



 俺は一考する様子をこれみよがしに見せてから、あくまで煽るでなく淡々とした抑揚(トーン)で問い掛ける。


「そうまでして重要か、面子(メンツ)が」

「そうやって命を張ってきたんだよ、コッチはな」


 周囲の者達も皆一様(みないちよう)に、息遣いだけでザワつくような動揺を浮かべる。

 それはロスタンへの賛同の意を示しているに他ならず、実態を伴わなくとも見栄が(まさ)るという価値観と精神性を示していた。


「ソーファミリーは良いとして、ケンスゥ会とリウ組が納得するか?」

させる(・・・)さ。名を奪うつもりもねえし、そういった面倒事も引っくるめて()()うっ()ってんだ」


 どのみち管理の為には頭を抑え付ける暴力装置が必要であり、ロスタンはそうした任にも()えうる人材である。



「悪くはない。だが監視はつけさせてもらうし、利益の為に運営や采配(さいはい)にも口を出させてもらう」

「構わねぇ、要は誰が上に立つかだ。支援者がいるのは珍しいことじゃない」

「よろしい……進捗(しんちょく)に問題なく、安定して継続している限りは契約を延長しよう。これも良い実験例(テストケース)になる」


 俺は右手をあげると、クイクイッと指を動かしてリーティアとイシュトに合図を送る。


「お手並み拝見だねぇ~」


 そう言いながらリーティアはアマルゲルと共に、イシュトはにこやかに手だけ振ってこの場を後にした。

 俺も二人に続くように、ロスタンの横をすれ違うように歩き出す。


『覚えてろ』


 他の者には聞こえぬ小声で、ロスタンに耳打ちされる。そう──これらは全て、脚本通りの演出(・・・・・・・)

 新たな旗頭(はたがしら)()え、サクラとして組織構成員の溜飲を下げさせるべく作られたシナリオ。


『あぁ、お楽しみはいずれな』


 俺もロスタンにだけ聞こえるよう音圧を操作して、部屋から去りゆく。

 あとは段取り(どお)りに、つつがなく(こと)は運ばれていくことだろう。



(落ち着くまでは俺(みずか)ら監視しておくとして──)


 俺とクロアーネとゼノが天空から墜ちるように財団支部へ戻ってから、すぐに緊急会議を開いた。

 血文字(ブラッドサイン)による壁内街の幹部殲滅より、組織間の情報を収集しながら財団はどう動いていくか。


 そうして小規模ながら議論を重ね、第一案として"兇人"ロスタンを利用することを決定した。

 各組織が惨劇を現状認識するまでの短い時間で、接触コンタクトをはかって計画を持ちかける。

 サクラとしての役割と、今後の立ち位置を言い含める。


 最初こそ(しぶ)る様子を見せたが、すぐにロスタンは了承せざるを得なかった。 

 もはやそうするしか自分達を活かす道がないことを、先の闘争で身をもって思い知らされていたのだから。 


 あとは必要な手順だけ踏みながら、即興(アドリブ)で流れを作って誘導していくのみ。

 最初から圧倒的な(ちから)(しめ)して下地は整えていたし、結果も順当に終結を見た。



(こうして明確な形として、財団に寄与できるのもまた……充実感があるもんだ)


 俺はシップスクラーク財団の発起人(ほっきにん)なれど、貢献度において"三巨頭"に並ぶ立場に見合っていないことは明白。

 現代知識はあくまで地球史にて積算された先人達の結晶であり、俺自身の(ちから)というわけではない。


 それらを"読心の魔導"で引き出したシールフ。財団内のありとあらゆる面倒事を引き受けるカプラン。

 最初の同志にして、金銭・暴力・人脈もろもろ多種多様な支援を実行してきたゲイル・オーラム。


(三巨頭の肩に並べないまでも……)


 せめてその背中を見失わず、追い続けるだけの存在ではありたい──




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