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#233 血煙の盤面


 壁の中へ消えた"血文字(ブラッドサイン)"に対し、俺は感覚を総動員するも既に見失っていた。


(これじゃ頃合を見計らって不意を討つことも、監視し続けることもできないな……)


「一度飛ぶぞ」

「えっ、なに?」

「……それがいいでしょう」


 今さら奇襲してくることはないだろうが、一応の警戒として俺はゼノとクロアーネを強引に抱きかかえて直上へ飛んだ。

 場を天空へと移しつつ"圧縮固化空気"で作った足場の上で、"歪光迷彩"で地上からも姿を隠す。



「用心しておくに越したことはない、ここなら安全だ」

「ッ──おぉぉ……いきなりすぎてビビったわ! つーか(こわ)っ!!」


 白みがかった足場一つで空中に立つゼノは、ブルッと全身を震わせていた。

 一方で荒事に慣れているクロアーネは、別の意味でわずかに唇を揺らす。


「……それにしても、怖気(おぞけ)が走りましたね」

「うっ──そうだよ。なんなんだよあの変身にすり抜けは! 単なる快楽殺人鬼なんて域を余裕で超えてるぞ」

「壁抜けまでされちゃあ、俺の"天眼"でも追えない。本当に厄介な相手だ」


 "変身"と"透過"、何故だか二種類を使える魔導師でありながら……それを殺人の為に利用する社会悪。


「本人の匂いもまったくの別物に変わっていました。私が追ったのは……(やいば)についた血の匂いの(ほう)だったようです」

「パッと見では業物(わざもの)というわけでもなかったし、新たな殺人に及ぶ時には捨てているだろうな」


 そもそも魔導の性質を考えるなら、体内を直接的に害せるのだから武器を使う必要性すらないだろう。

 ただ奴にとって好みの方法で殺しているだけに過ぎないというのが、合理性もへったくれもない災いとなる。

 

 

「ただ……な、一つだけ見逃さなかった。"左眼に三つ並んだ泣きぼくろ"──変身しても残り続けていた」


 それは血文字(ブラッドサイン)自身も気付かぬまま残っているのだろうか、あるいは魔導の練度が未熟だからなのか。


(あえて残したブラフというのも……考えにくい)


 あそこまで自在に変身できるのなら、身体的特徴をあえて残すことで(だま)すのに利用する意味が全くない。

 他にも何かしらの特徴が残っている可能性もあるが、現段階では調べる手段はなかった。


「それだけ? いや……でも、何もないよりは判断材料にはなるか」

「一応それとなく財団内で注意を(うなが)しておこう。もしも血文字(ブラッドサイン)が潜伏していてもバレない程度に」


 情報を明確にしておくのは、財団でも幹部や管理職の人間に限定する。

 ソーファミリー、ケンスゥ会、リウ組の二の舞にならぬよう立ち回る必要がある。



「なあベイリル、おれたちの正体……本当にバレてないよな?」

「楽観的にはモノを言いたくないが、話していた雰囲気からすると多分大丈夫だろう」

「私たちが交渉の席を設ける際にも、財団の名はまだ出していませんから問題ないかと」


 交渉にあたって財団の紋章も外して(ふところ)にしまっておいたのが、幸いだったと言えるのかも知れない。

 いざ戦争などに(おちい)ることも十分考えられた為に、持てる手札は可能な限り隠しておいたのが功を奏した。


「もし仮に血文字(ブラッドサイン)が個人単位で断片的な情報を収集して財団に辿り着くならば……──」

「……なら、ば?」


 クロアーネの言葉をゼノはゆっくりと息を飲み込んで待つ。


「財団の情報網によって、"財団を調べている者がいる"と先に引っ掛かけられるでしょう」

「先手を取れるなら、逆撃の手も考えられるか」

「そう、願いたいもんだなあ……」



 "五英傑"のような絶対・無敵・最強を体現したような存在を知っている(ぶん)、そこまで悲観的には思わない。


(なんたってこっちにはシールフがいるしな)


 "読心"の魔導師である彼女の領域を侵犯してくれれば、こちらが確実に先手をとって勝利することができる。

 それに"透過の魔導"と言えど、仮に地面まで透過してしまっては歩くことができなくなる。

 生きている以上は飲食は不可欠──であれば、毒殺することだって可能性の内。


「まぁ血文字(ブラッドサイン)のあらゆる生体反応を見た限りだと、この街から去るような口振りは嘘じゃなく真実だった」

「むむ……ってことはだベイリル、とりあえずは街に滞在しときゃ安全ってことか?」

「だろうな。世界のどっかの街で偶然かち合って殺される可能性まで考えたらキリがないし、気に留めとく程度でいいさ」


 少なくとも現段階において、意図的に財団を狙ってくるような相手ではない。

 "危険等級(リスクランキング)"として格付けするなら、要対処優先度はむしろ低い部類とさえ言える。

 シップスクラーク財団と"文明回華"の道において、一個人で障害となりうるのはやはり"五英傑"かそれに準じるクラスだけである。


「それでも機会があれば、確実に狩っておくべきでしょう」

「無論だ。血文字(ブラッドサイン)だけに限らないが、情報は常に更新・共有していく体制は強化していく」


 情報こそ(ちから)──それはインメル領会戦でも証明されたことゆえに。



「……ところでベイリル、おまえが血文字(ブラッドサイン)に最後に聞いてたのってよぉ」

「ん? あぁ、"アンブラティ"結社のことか」

「そう、それ。なんでそんなことを聞いたんだ」

「"竜越貴人"と会った時に少し、な。色々と情報が固まったら、改めて話すつもりだったんだが──」


(つーか"仲介人(メディエーター)"だったか……を殺したって言ってたな、"脚本家(ドラマメイカー)"以外にも何人いるんだか)


 早々にしてせっかくの手掛かりだったのだが、血文字(ブラッドサイン)相手では聞き出すことは不可能である。

 

「オイオイオイ、あんなの(・・・・)が集まる結社ってことか?」

「そういうことになるんだろうな。血文字(ブラッドサイン)は単独っぽいが……そっち方面にも調査リソースをもっと()いてもらうか」


 アンブラティ結社に限らず、仮想敵にして併呑(へいどん)対象という意味でも──秘密結社は網羅しておくべきかも知れない。



「結社か──帝国だとその手の組織は……"水銀の星"と"偽悪者同盟"。あと"ヘイパン"ってのが割と最近だ」

「意外と詳しいんだな、ゼノ」


「まぁな、おれの知識幅をなめんなよ。連邦東部なら"ブレード・ブラッド・ブラザーフッド"に"霊堂騎士団"だろ」


 ゼノが指折り挙げていくと、クロアーネも話題に乗っかるように組織の名前を口にする。


「……王国では"群青の薄暮団(はくぼだん)"に、"トゥー・ヘリックス・クラン"あたりも有名ですね」

「そうそうあと皇国の"ヴロム派"がヤバいわ。"緑斧会"も近年になって活動が(さか)んになってるらしい」


「ちなみにトゥー・ヘリックス・クランはもう存在しないそうだ。それと連邦西部の"メテル協会"はアイトエル殿(どの)が創ったらしい」


 なんだか秘密結社の名前で、"山手線ゲーム"でもしている気分になる。



「"竜越貴人"か、ちょっと怖いけど……おれもほんの少し会ってみてえな」

「俺が聞いた積もる話は──色々とまとまったら、また後で話すよ。ところで──()げられた中だと、帝国のへいぱん? ってのが聞いたことない名だな……クロアーネ?」

「私が知っているのも不確定の風聞だけですね。設立してまだ()もない……それこそ財団と同程度くらいだったかと」


「聞くところによると裏社会の犯罪組織らしいが、おれも詳しくはわからね」

「へぇ~……っと、話が脱線しすぎたな。とりあえず差し迫った問題を片付けないとマズかった」


 血文字(ブラッドサイン)はさしあたっての警戒、秘密結社の(たぐい)は情報収集を継続で良いだろう。


「……そうですね。三組織の幹部が全滅したとなれば、壁内街は秩序もクソもない無法地帯と化すことでしょう」

「あーーーそうだよ、もう交渉とかそういう問題じゃねえし……」

「まぁまぁ。下っ端の雑魚しかいないのなら、逆に開き直って武力制圧できると思えばいいさ」


 図らずも血煙にまみれた盤面──強駒のことごとくが、血文字(ブラッドサイン)によって落とされた。

 ならば財団(おれたち)がこの機に乗じて横合いから殴り付け、勝負を決めてしまえばいい。



(いや、一人だけ(・・・・)生きているのがいたな)


 壁外で気絶していたからだろうか、"ロスタン"だけは死に目(・・・)から(まぬが)れた。

 とはいえ既に俺が完膚(かんぷ)なきまでに敗北を味わわせたし、恐れるような相手ではない。


「それぞれに俺とリーティアとイシュトさんがいれば十分だろう、先手を打つ」

「じゃあおれは今度こそ留守番でいいな?」


 冷静かつ心底から真面目な面持ちで、ゼノは俺の目を見据えてそう言ってくる。


「あぁ、さすがにゼノは留守番でもいいよ。ただし……終わったら話しておきたいことがある

「……ああ、そうだな。おれも是非とも話したいと思ってた、ベイリル」

 

 ()わす視線は真っ直ぐなままだが、また違った色を帯びる。

 なぜ血文字で書かれた英文を訳すことができたのか。

 ()(ただ)す、と言ってしまうといささか物騒ではあるが……内実としては近い。



「ふゥー……──それじゃ戻るか、段取りも()りそうだしな」

「は? ちょっっォォォオ──!?」


 固化空気で作られた足場がフッと消え去り、俺はゼノとクロアーネの腕を掴む。

 ゼノの空へ置き去りにされていく叫び声を聞きながら、財団支部の屋上へ急降下していくのだった。



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