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#15 明日に向かって撃て I


 ──宗教とは、一つの"お芝居"のようなものかも知れない。


 学校や軍隊、企業にしてもそうであり、また心理学における監獄実験などに類する群集心理。

 逆らうことができない。今一歩を踏み出すことができない。


(人は置かれた状況に対して、破綻(はたん)させてしまうことを無意識に忌避(きひ)する……)


 そうして人類社会というものが成り立っているように見えても、小さく見れば数えきれない(ひずみ)が存在するものだ。


 時にそれが不本意なことだったとしても、人はその舞台を壊さないように立ち回る。

 どれほど不条理なことだったとしても、自分の"役割"というものを演じようとしてしまう。



(そうだ、宗教とはまさにその典型例なんだろう)


 舞台と、脚本と、設備と、演者と──特殊な環境下に身を置いて行動する。


 人は支配側と被支配側に分けられ、それぞれ教主と信者という役割を演じて一つの目的へ向かう。


 吊り橋効果やストックホルム症候群が(ごと)く、極限状態において共感し情が湧いてしまうように。

 時に大勢の人物が一丸(いちがん)となって、一つのことを成し遂げる。

 ライブイベントの一体昂揚(グルーヴ)感よろしく、ある種……依存(いそん)性のある麻薬かのように。



 "人生とは演劇のようなもの"──みたいな格言はいくつも存在する。


 人は私生活と一般社会ではそれぞれ別々の顔を持つ。

 家族への顔、友人への顔、愛する異性への顔、上司や部下への顔、見知らぬ他人への顔。

 時と(T)場所と(P)場合(O)(わきま)えて、誰もが仮面を使い分けていく。


 自らを良く見せようとした顔は時として日常となり、いつしか本物へと昇華することもある。


(俺も板についてきたもんだ……)


 人が一人変わるには、十分な時間(とき)を過ごしたと言える。


 まして全く環境の違う状況下に置かれれば、人は嫌でも慣れるものだ。

 演じることに、装うことに、騙すことに……つくづく手馴れてしまったものだと我ながら──



(それでいい、それでこそ新しい人生だ)


 片割れ星が煌めく夜半──屋敷の中庭で、異常な状況に置かれていてなお……俺は冷静だった。

 目の前にはセイマールと道士がいて、周囲には道員(どういん)達が集まり囲んでいる。


 "洗礼"の真っ最中、敷地内の教徒が一斉に立ち並び……一網打尽(・・・・)にできる状態。


 俺は足元で意識のない(にえ)の少女を一瞥(いちべつ)してから、視線を戻して嘆息(たんそく)を吐く。



「いざ状況を目の前にすると……改めて滅ぶべきよな」


 はっきりと口にしてやる。それを聞いたセイマールの顔は初めて見るものだった。

 彼にとって俺達は優秀な生徒であり、従順な生徒だった。だから頭が追いついていないのだろう。


「手前勝手な都合で、自分らの利益だけの為に、何も知らぬ無知なる者を利用する……。そんな"吐き気をもよおす邪悪(・・・・・・・・・・)"な教団ってのはさぁ、(みずか)らの不徳をもって消え去るべきだろう」


 状況は整っている。あとは話をしながら、ゆっくりと魔術のイメージを固めていく。


「過言だとは……微塵にも思ってないよ。獅子身中の虫に気付かなかった、あんたらの()けだ」


 宗道団(しゅうどうだん)の注意を引くように罵倒(ばとう)しながら、俺は空間を把握し領域を定める。



「どういうつもりだ? ベイリル」


因果応報(いんがおうほう)、お前たちはここで(かわ)いて()け。はァー……──」


 俺は溜息と共に肺から息を絞り出し、"酸素濃度低下"の魔術を発動させる。

 ほんの数瞬の内に、周囲の人間はパタパタと倒れ死んでいく。


 本当に死んだのかと疑ってしまうほど……呆気(あっけ)なく肉体が地面に()ちていった。


 囲んでいる人数を考えると思いのほか範囲は広かったが、これだけ広ければ多少雑把(ざっぱ)でも問題ない。

 "殺す"と心の中で思ったなら、その時既に行動は(・・・・・・・・)終わっているべき(・・・・・・・・)なのである。



「茶番は終わりだ」


 大きく息を吸い込んだ後の言葉は、ひどく邪悪な声音で告げてしまっていた。

 そう、連中に対して俺は茶番を演じていただけに過ぎない。


 後に"工作員となるべく育てられた従順で優秀な生徒"という与えられた役割をまっとうしていただけ。

 演者として舞台に立ち、披露し、連中にとって見たいものを……ただ見せていただけ


(こっから先は独り舞台(アドリブ)だ)


 俺は決意の日から、一貫して行動している。

 ジェーンとヘリオとリーティアが、その毒牙にかけられぬよう立ち回ること。


 のうのうと衣食住と教育を享受(きょうじゅ)しつつ機会を(うかが)っていた。そんな……茶番劇が今夜終わるだけ。



「セイマールさん、今までどうも」

「ベイリル……きさまッ」


 信仰さえなければ、彼は至極真っ当な人間であったことに疑いはなかった。

 しかしてその狂信こそが、今の彼を構築しているものであることも確かである。

 "先生"としての、彼の在り方は学ぶべきことが多かったのは事実なので──


「正直かなり心苦しい部分はあるけどね……」


 ゆえにこそ彼に対しても情がないと言えば嘘になる。

 まがりなりにも教師と生徒という形で、生活の多くを共有してきたのだから。


「でも俺は"家族"の為に容赦はしない」


 そして俺はセイマールを見定めて、俺はもう一度"酸素濃度低下"の魔術を使おうとした──



「うっぐぅ……ぉおおおおああああァア!!」


 その瞬間、セイマールは叫び声と同時に反応して飛び退()いていた。

 吐息と共に"酸素濃度操作"は発動させていたが……一瞬遅かった。


 道士は無様に地に倒れたが、飛び退いたセイマールは間一髪(のが)れている。

 それ自体は大した問題ではない。しかし永劫魔剣を発動(・・・・・・・)させていたことは想定外だった。


 魔法具そのものが宗道団(しゅうどうだん)にとっての、存在意義そのものと断言していい様子だった。

 この土地に存在するだけで屋敷が聖地となって巡礼され、その調整の為に人体実験を繰り返していた。

 

 構成部品(パーツ)が欠けているとはいえ、魔法具を単一個人の身で使用するリスク。

 そもそも起動させること自体が、魔術具とは比較にならないほど困難だと聞く。



 ──本領(ほんりょう)なら大陸を斬り断ったとされる? しかし増幅器のない不完全体。

 ──セイマールの魔力だとその威力の程度は? まったくもって想像がつかない。

 ──酸素濃度で殺せるか? 使用者が昏倒した魔剣が、もしそのまま暴走したら辺り一帯はどうなってしまうのか。


 刹那の(あいだ)にぐるぐると頭が回るが、逡巡(しゅんじゅん)している暇はない。

 セイマールは窮鼠(きゅうそ)猫を噛む決死の形相(ぎょうそう)、なりふり構っていられない状態。



 されども体は勝手に動き出していた。それは過去、トカゲ相手にした時に覚えのあるものだった。

 まるで俺であって(・・・・・)俺ではないような(・・・・・・・・)心地。


 死線を前にした時の、最適な動きの実現。

 転生し、覚醒して、強さを求めた決意の日より。

 地道に鍛え研ぎ澄まし、積み上げきたハーフエルフの五体。


 刷り込まれるほどに識域下で対応し、肉体は流れるように動き出していた。


 左右それぞれ親指・人差し指・中指を伸ばし、指先同士を合わせながら空間を覗き込む。

 セイマールが立つその場所を、そこだけを狙うように集中する。



「繋ぎ揺らげ──」


 三本の結合手がいくつも互いに──蜂の巣(ハニカム)構造に繋がり合う。

 ──さながら巨大なネットワークを形作るように、互いを掴んで離さないイメージ。


 空気中の8割弱を占める、地上で最もありふれている"窒素(ちっそ)"──ニトロゲン。


 俺には"ニトロ化合物"を合成するような知識はない。無煙火薬とかダイナマイトを作れるほど頭は良くない。

 だが魔術なら現象として具現化できる。


 超高圧・超高温によって生成される"それ"は、分子運動による圧倒的な爆発エネルギー。

 その威力たるや、核兵器を除けば現代地球でも最強クラスと読んだことがある。


「──気空(きくう)鳴轟(めいごう)


 "重合(ポリ)窒素(ニトロ)爆轟(ボム)"──撃ち込んだそれは現状、己が使える中で切り札(ジョーカー)とも言える空属魔術。

 起動された魔法具"永劫魔剣"と、勝手知られたるセイマールを相手にして……。


 これが最善手であると──思考が後から追いついていたのだった。



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