#228 テクノロジートリオ III
財団支部の屋上から降りた3階部の多目的フロアの扉を開けると、様々な料理がところ狭しと並べられていた。
それもそのはず、今現在この支部には助けた子供らを含めれば50人を越える数の人間がいる。
(全員分作ってしまうあたりが、クロアーネらしい。彼女の彼女たる所以だな)
下の階からもガヤガヤと驚きや歓喜の声が、聞こえてくるのがわかる。
一般の財団職員は2階の事務フロアで振る舞われ、ここ3階フロアは子供らがまとまって保育所のようになっていた。
「見て見て~ティータ、大鍋に"保温用の魔術具"がつないである!!」
「ほっほ~料理用じゃないのに熱伝導を利用してるわけっすか、大所帯になった分だけ今夜は随分と奮発したっすね~」
「つーか簡易調理場しかないのに、こんなに大量にどうやって作ったんだ……皿まで調達されてるし」
リーティアがティータへ促し、ゼノもそれに続いて魔術具の使い方を観察する。
一方で俺は昼間に助けた、元奴隷の子供らの様子を見る。
さすがに大量の子供用のイスなどはなく、子供達は全員揃って床に座り込んでいた。
そして今まで見たこともないであろう料理を、一心不乱に食べている。
アーセンがいた管理所と違って刷り込み段階にはなかったにせよ、助けられるまでは大した食事も与えられてなかったのだろう。
クロアーネが隙なく目を配って、子供らの世話をしているのが印象的であった。
俺は子供達で形成された歪な輪の外側から、働きづめであろう彼女へと声を掛ける。
「クロアーネ、休んだらどうだ。少しくらい見ていなくても大丈夫だろう」
「いえ、問題ありません」
「本当に?」
「甚だ不本意ではありますが、お守りにも少しばかり慣れてきたところです」
「皆で一緒に食いたいと思ってたんだが」
俺はわかりやすく肩を竦めて見せるも、クロアーネは調子を変えずに続ける。
「しっかりとこの子たちに、食事と栄養を摂らせるまでが私の義務です。それに私は既に食べ終えていますので」
「いつの間に……」
「味見だけでも相当な量になりますから、それと──」
「やっほ~わたしも手伝ったった」
「キュゥゥウアア!!」
クロアーネの言葉に続くように、白い長髪のイシュトが積まれた料理の合間から顔を出す。
相変わらず懐きっぱなしの灰竜アッシュと一緒に、マイペースに歩いてくる。
「イシュトさん、戻ってたんですね。随分とお早い」
「うん、わたしにとっては大した距離じゃないし。戻ったらなんか大変そうだったから、ちょっとだけ手を貸したよー」
「彼女の調理技術は……正直なところ私よりもかなり上です」
「クロアーネが素直に負けを認めるとは……食うのが楽しみだ」
ジロリと俺はクロアーネに冷然とした瞳を向けられ、すると彼女はすぐに嘆息をして目を瞑る。
「はぁ……つまり今まで私は技術の拙い料理をイシュトさまに食べさせていた、というわけです」
「全部が全部わたしが上手ってわけじゃないよぉ~。でもフフンっ、褒められるのはうれしいかも」
「お互いに精進が必要だな、クロアーネ」
イシュトは強い、一発だけもらった手加減の白色破壊光線も凄絶であった。やはり世界は本当に広い。
俺も強くなってはいるが本気で闘り合ったとしたら、勝てるとは絶対に言い切れないほどの強度。
「それにイシュトさまは一体どこで学んだかも教えてくれません」
「まっまっ、わたしにもいろいろと人並の歴史があるからねん」
「失礼ですがイシュトさん、お年は?」
「むっふっフッフフフ、ひ・み・つ!」
(年若く見えるんだけどなぁ……)
光属魔術士としては卓抜しているので、実年齢はかなり食っていて単純に若作りなのかも知れない。
魔導師でなくとも魔力の扱いに長けている者は、総じた傾向として抗老作用も備えているゆえに。
「べぃりる! ごはん!」
「はいはいヤナギ、それじゃ食べようなー」
急かされて俺はヤナギを抱きかかえてやる。
これ以上クロアーネの負担を増やさないよう、一人分くらいはこちらで面倒を見る。
「お残しは許しません」
クロアーネのそんな一言に、俺は改めて料理群を見渡し口角をにわかに上げる。
「明日の交渉に差し支えそうだが……頑張ろう」
"食"は肉体資本の源であり、胃袋や消化能力も当然ながら鍛えてある。
よく食べて、よく運動し、よく寝る。幼少期から明確な目的を定めて成長したハーフエルフは、伊達ではないところ見せてやろう。
◇
俺とヤナギ、それにリーティアとゼノとティータ、さらにイシュトとアッシュで、山盛りの料理を囲んで話に興じる。
「ここ数日で、すっかり舌が肥えちゃって困りものっす。もう他のモノが食べたくなくなるくらいに」
「だよね~学園時代よりさらに美味しくなってる、ずっと食べてたい!」
「ティータとリーティアに同意見だな。なぁベイリル、クロアーネさんじゃなくてもいいが専属の料理人を派遣とかできないか?」
俺は口内で咀嚼していた肉を飲み込み、一拍置いてから答える。
「そうさな──どのみち弟子を育てるのなら、世話人も必要になるわけだしな」
「いやいや、まだそこは確定してないぞ」
「子供を育てるのならば、栄養環境は必須要項だ。財団に余裕がない中でも稟議も通しやすくなるというもの」
「……後ろ向きに検討しておく」
そう言ったゼノは煽るようにガラス製のコップに注がれた水を飲んだ。フッと笑う俺はイシュトの視線に気付く。
「ベイリルちゃんってぇ、そんなに偉い立場なんだ?」
「これでも一応はシップスクラーク財団総帥の弟子なんで、人事権も多少は融通を利かせられます」
表向きはリーベ・セイラー総帥を頂点とし、その下のゲイル、シールフ、カプランに次ぐくらいの立場にはある。
財団内における分野・部門を担当していないので直接的な権力はないが、実際的には"三巨頭"と同等の発言力は備えている。
「へっへぇ~、そいじゃぁ今の内にいっぱい媚びを売っておこうかな? かな?」
「イシュトさんほどの方なら……やぶさかではないです」
「おいベイリル、職権濫用すな」
「じゃーウチも売る!」
「自分もココは乗っとくっすかね」
「うるー」
「キュゥゥァアッ!」
「まぁまぁそこらへんはおいおいということで──」
ゼノ、リーティア、ティータ、ヤナギ、アッシュの反応を風に流しつつ、俺はイシュトへと目を細める。
「それで、イシュトさん……どうでした?」
「んん~聞いちゃう? 言ってもいいけどぉ、やっぱり自分の眼で見たほうがいいよん」
「いえいえ、きっと言葉には言い表せないんだろうなって思った上で聞いてます」
ニヤリとする俺に対し、イシュトも同じように笑って返してくる。
「わたしを甘く見ないほうがいい、この口から紡がれるは、旅の吟遊詩人すら有り金すべて落とすほどの──でも、やっぱりアレを語るのはムリかなぁ」
「ねーねーベイリル兄ぃ、なんの話?」
「あぁ、"大地の愛娘"の爪痕だ」
「……んん、爪痕ってなんだ? 子供たちを助けてくれたってのはおれも聞いて驚いたが……」
「その後にちょっとな、地平線の彼方に集まっていたらしい魔領の軍団を殲滅したんだよ」
「なんすかそれ怖い」
「うん、ティータ。俺も敵対していたわけじゃないのに、心底恐ろしかったよ」
「いーなーベイリル兄ぃもイシュト姉ぇもいーなー、ウチも会ってみたい!!」
「俺の騒音行為を迷惑がって現れたから、多分またやったら俺が殺されかねん」
「むむぅ~残念無念」
「他の五英傑も知っているが、ありゃさらに桁違いに感じたな」
仮に五英傑同士で戦った場合に、どちらに勝敗が傾くかまではわからない。
しかし対軍団や対国家を想定するのであれば、国土そのものを一息で破壊できる彼女が疑うことなく最強だと断言できる。
(他の誰よりも、絶対に敵に回しちゃいけない超人の領域すらも越えし超規格外……)
"大地の愛娘"ルルーテに邪心や野心がなかったこと──それこそが世界にとって一番の幸いであったと言えよう。




