#217 契約 II
──"契約魔術"の起源や原理には謎が多く、わからないけど使えるから使っているという認識が現状正しい。
そもそも魔術と魔力からして不明なことばかりではあるものの、さらに複雑なのが契約魔術である。
根本的に魔術は、"相手の体内に直接作用しない"のが大原則。それは血液と共に流れる魔力同士が干渉する為である。
そういった効果を強引に行使する場合は、アイトエルが言うところの魔導師級の色の固定化が要ると思われる。
しかし命令によって行動を縛ることができる類のものが、契約魔術の範疇には存在する。
神族が使ったとか、竜族が使ったとか──異形化が止まらぬ同族を抑制する為に、魔族らが編み出したとも一説には言われる。
その場合の契約魔術とは……あるいは魔族同士で相互契約による、"対等"なモノだったのかも知れない。
それが人と人との間において、人が人を支配する隷属の為に使われるようになったとも。
奴隷と契約の歴史と、またその文化自体も長い。それに伴って契約魔術具は古来より存在した。
また大魔技師による魔術具革命によって、奴隷文化はさらなる隆盛を見たのは言うまでもない。
大魔技師本人はあくまで、生活において便利な魔術具しか造らなかったと伝えられている。
よって奴隷契約の魔術具は、高弟を含む後に続いた者達がより改良を施していったのだろう。
大魔技師が未来をどう企図していたかはついぞ不明だが、そうした技術革新がもたらした功罪は大きく──
「──大丈夫か?」
「……っ」
はっきりと意識を取り戻した子は、グッと目をつぶり反射的に腕で顔を覆った。
「落ち着くんだ」
俺は試しに意思と魔力を込めると、小さな体の震えが治まっていく。
するとゆっくりと腕を下ろして、開いた瞳をぱちくりとさせたのを見るに……契約魔術は無事に結ばれているようだった。
「もう安心していい」
言葉が通じるかわからないが、俺はゆっくりと抱きしめて敵意がないことを伝える。
かつてジェーンやヘリオやリーティアにそうしてやったように、ハルミアのような無償なる慈しみの心をもって。
(とりあえず魔力の流動も安定した感じだな)
俺はゆっくりと体を離すと、きょとんとしてる子に微笑みかけながら荒れ放題の髪の毛を梳いてやる。
「クロアーネ、干し肉くれ」
「……は? 子供にそのまま与える気ですか」
「こっちの手を握ってくる強さはかなりのもんだった。鋭い片牙も生えてるし大丈夫だろう」
素の身体能力でも上位種たる吸血種と、魔族との混血。
脆弱な人族の子供と比べるに、幼少期からでも差があるというもの。
与えられた水と干し肉を一心不乱に貪り食う子供を見ながら……クロアーネは腕組み尋ねてくる。
「他の子はどうするのです?」
「掛札がある独房は完全な暗闇だから、とりあえず通路にわずかな明かりを灯して扉を開ける」
「それで……幼灰竜に連れてこさせますか?」
「いや……食事を用意して、自分から出て来させる」
「なるほど、私は香りの強い流動食を作れば良いわけですね」
「理解が早くて助かる、すぐにでも作れそうか?」
「物色した時に食料がありましたし、調味料に関しては一式持っていますので」
俺達2人で今後を話していると、ダークヴァンパイアの子が食べ終わったかと思うと立ち上がる。
するとトテトテと走り出し、倒れ込んでいるアーセンの前へと立った。
「……ッ! ……ッ!」
すると半ば廃人と化しているアーセンの頭を、か細い足で何度も蹴り始める。
「……よほど酷い目に遭わされていたようですね」
「いいね、強い感情は生きる活力だ」
(この子は肉体も精神も強い。これも何かの縁だろう)
実質的に俺が育てたジェーンとヘリオとリーティアを思い出す。
さらには三巨頭が育てたプラタを思い出す。
(子飼いでも作る、か──)
自由な魔導科学を信仰し取り扱う、円卓二席テオドールの門弟集団のように洗練された特殊部隊。
感性が鈍化しがちな長命種なりに、色々な生き方をしてみる──良い機会なのかも知れない。
「"力"が欲しいか?」
スッと顔がこちらへと向くと、澄んだ双瞳が子供ながらに確かな意思を秘めていた。
「力が欲しければ……」
俺はゆっくりと歩いていき、低い目線を合わせるようにしゃがんで"リボルバー"を抜いた。
「くれてやる」
俺は銃口をアーセンへと向けると、ゆっくりと撃鉄をおこし、次に引鉄を引いた。
小さな瞳は発砲の一瞬だけは閉じられたものの……恐れる様子はまったく見せず、その過程と結果を注視していた。
アーセンの腹が撃ち抜かれ、血が滲んでいく傍らで、俺はくるくるとガンスピンして白煙を飛ばす。
「さぁ、自らの手で選び取れ」
それでもなお光を失わぬ瞳に、俺は銃把を向け、伸ばされた小さな手に握らせていく。
しっかりと固定させた両手を、さらに俺の手で包み込んでやり……銃口をアーセンの心臓へと再度向けさせた。
"コルトシングルアクションアーミー"の砲兵モデルを参考に造ったリボルバー。
その異名には最も有名であろう、"平和をつくるもの"以外にも存在する。
"平等にする意"──大の男も、女子供も、老人も……その体格差や膂力を無視する暴力。
それは銃と技量の前に力の差は=等しいとして名付けられた。
シップスクラーク財団が有する、自由な魔導科学のテクノロジーでは誰もが平等だ。
全ての人間がその恩恵を享受し、開拓者精神を胸に抱いていずれは平和をつくる。
「……いいんですか?」
クロアーネがただ一言だけ、そう告げてきた。
「このまま待てば失血死だが、どうせなら有効利用しないとな。それにあくまで選び取るのはこの子自身だ。
獣は弱った獲物を使い、我が子に狩りを教えるものだろう。この子に資質があるのなら、俺はそれを尊重する」
世界は未知満ちていて……そして残酷だ。
生き抜く力と術を知らねば、全てを失うこともままある。
俺とフラウと故郷アイヘルがそうだったように、いつなんどき悲劇に見舞われるかはわからないのだ。
「後悔がないのであれば別に構いません」
「ははっ、ありがとうクロアーネ。この子と財団と、そして俺自身の為に貫き徹すよ」
そうして火薬の破裂音がもう一度、地下空間に反響し……アーセンの命も残響として消えていったのだった──
俺は兄弟子だった男の絶命を確認し、見開いた目に手をやって閉じさせたところで、新たに決意を前へと向ける。
これでもう"イアモン宗道団"時代における過去の憂いは、一切合財消え去った。
「よくやった、偉いぞ」
俺はしっかり褒めてやると……わかってかわからいでか、子供は頷く。
さすがは幼くもダークヴァンパイア種なだけあり、しっかりと自分の力で引鉄を引けていた。
アーセンとしてもこの子を洗脳するのに難航していた理由は、魔力量だけでなく……こうした強靭さと精神力もあったのだろう。
心身も落ち着き、意思疎通もできるようになったところで、俺は問いかける。
「きみの名前は? おなまえ」
ゆっくりはっきりとした滑舌で伝えるが、子供は首をかしげるだけで反応はない。
「こういった奴隷には、元の名があっても捨てられるものですよ」
「新しい主人が名付ける需要もあるってか……クロアーネはなんか案あるか?」
「貴方が助けたのです。今後も責任を持つのであれば、自分で名付けるべきでしょう」
「名付け親ってのも悪くないだろ、二人の子みたいで」
「死ねとは言いません、オーラム様の盟友ですから。息絶えろ」
「あぁ……罵倒が心地良い、そうやって正面から言ってくれる人は貴重だ」
「貴方のそういう部分は五百年掛けても治らないのでしょうね、ベイリル」
「是非とも見届けてくれよ、クロアーネ。延命技術もテクノロジーの範疇だ」
ああ言えばこう言うやり取りが、たまらなく新鮮で楽しく……そして愛おしく感じる。
料理の腕もさることながら、彼女のいろんな魅力が俺をよくよく刺激してくれるのだった。
「さて夫婦漫才はこのへんにして、名前を付けてやるか」
「めお……?」
地球語である言葉の意味を知らず、疑問符を浮かべるクロアーネはさておく。
「ふぅ~む……」
ボロ布に汚れてはいるが、子供ながらに端正な顔立ちをしていてジェーンの幼少時を思い出す。
灰がかった緑色の髪がボサついていて、少し吊り上がった目元から覗く黄緑色の眼には芯があった。
「"柳"──」
俺の脳裏には直近で見ていた故郷アイヘルの、種々彩ったあの大自然が浮かんでいた。
その中に日本でも見たことのあった、垂れ下がるような特徴的な木とのイメージが合致する。
「よしっ、これからお前の名前は"ヤナギ"だ」




