#215 兄弟子 II
俺はダークヴァンパイアの少女を観察しつつ、声に感情を乗せずに呟く。
「非道いな」
「今は前段階ですので……改めて暗黒に落とし込み、何日かして伯が主人として教育する。将来性は十分に見込めます」
「将来性……?」
「素材は非常に良いのです。特に魔力がずば抜けて高く、こうして弱らせているのはそういう意味も含めてでして」
怯えが大いに混じる表情には、どうしようもない苦悶と激しい動悸が見て取れる。
恐らくは魔力の暴走に近い自家中毒のようなもので、コントロールできない何かがあるのかも知れない。
「必要な契約魔術具も、とあるツテから入手した非常に強力なモノがあります。強引に契約をしても経験上、十分に使える。
多少なりと思考力は落ちますが、従順さを求めるのであればむしろ都合が良い。よろしければ、お安く提供させていただきますよ」
完全にその手の好事家と思われているようで、甚だ遺憾ながらもそれもむべなるかな。
そういった需要相手に、子供の奴隷を供給している商売である以上は致し方ない。
「そうだな、しかし金銭には十分な余裕がある。ここの他にも奴隷がいると聞いたが?」
「おります、ただ実際に教育を行うのはココだけです。"保管所"は他のところにもいくつかあります」
「そこから移送しているわけか」
「ご希望を伝えていただければ、多少の時間はいただきますが、なるべく条件に合った奴隷をご案内できますが」
「なるほどな……ではお前の"痛み"に案内させてもらおう」
「は? 今なんと申し──」
アーセンの言葉は最後まで紡がれることはなかった。
俺が放った膝の狙撃を目的とした右蹴りによって、アーセンの左膝が逆方向にあっさりと折れる。
そのまま相手の思考よりも先んじ、反射を超越した"竜巻一本背負い・雷"で右肘を挫きながら投げ飛ばす。
トドメとなる頭蓋への蹴りは叩き込むことなく、勢いを保ったまま地面へと思い切り叩き付けた。
「っぐ……ごふっ」
アーセンは衝撃で呼吸もままならない中で、俺はさらにその左肩を踏み抜いて砕く。
「映画とかドラマでさ、時々思うんだよな。捕まえた人間の四肢の自由をなぜ奪わないんだろうか、ってな」
「うぅ……つぅ……なんだ? なに、が……」
「ただ縛って拘束しとくだけ──だから案の定、逃げられる。もちろんそうじゃなきゃ物語にならないってのはわかっていても──」
「なにを、言っている……」
急激な状況変化とアドレナリンの分泌で、アーセンの脳はまだ痛苦に陥っていないのか。
そこには困惑の表情のみを浮かべていて、俺は構わず一人言を吐き続ける。
「手の指や足のホネを根こそぎ折っておけば、まず逃げられるなんてこともない。人質だって命さえ残っていれば十分に機能する。
悪人が人質としての価値以外にいちいち配慮するか? 捕まえたクソ野郎に配慮なんて必要あるか? って、ついつい考えちゃうわけだ」
俺は最後にアーセンの残った右足首を掴んで捻り上げ、周辺の筋繊維を根こそぎ断裂させた。
「っアァッっぎぃ──」
こればっかりはさすがの痛んだか、声にならない叫びをあげたアーセンの首を抑えて黙らせる。
そうなるともはや反射のみでジタバタと、芋虫のように仰向けのまま悶えるしかなかった。
「さぁて、思い出してみせろよアーセン──俺の名を言ってみろ」
フードを取って顔を見せた俺に、隣に立つクロアーネから淡々とした抑揚で声を掛けられる。
「その男、どうするつもりですか」
「すまん、クロアーネ。戻って目ぼしいモノを漁ってきてくれるか?」
「……そうですね、そうします」
俺が本名で呼んだ意味を、彼女はすぐに理解してくれたようだった。すなわち生かしておくつもりはない。
クロアーネが通路から広い部屋へと向かい、ダークヴァンパイアの子供がこちらを困惑気味に見つめている。
俺はにこやかに笑いかけ、しばらくすると痛みに耐えたアーセンが反応を示す。
「っはぁ……ハァ……エルフ、いや──ハーフエルフか? なぜ、く……わたしの、名前を……」
抑えていた首を緩めてやると、アーセンは俺の耳を見てしっかりと判別をつけていた。
しかしこの状況こそ受け入れ始めたようだが、俺がまだ誰かわかってないようなのでダメ押しをくれてやる。
「このやり方はセイマール譲りだろう?」
「セイマール先生の名……まさか!? ハーフエルフ……名をたしか"ベイリル"!!」
「正解だ、よく名前を覚えてくれてたもんだ。石牢での刷り込みから解放された時以来だな」
「あの時の子供っ──くっ、やはりキサマは……キサマがセイマール先生を殺したか!!」
「そうだ、道員どもは根こそぎ駆逐したが……唯一アーセン、あんたは姿を消していた──もののようやく見つけることができた」
「やはり……あの時に──っ!!」
「あの時?」
アーセンの意味深な一言に俺は眉をひそめつつ、首をかしげて疑問符を浮かべて見せる。
「石牢は……不自然な破壊のされ方だった。だからあの後、セイマール先生に進言したのだ!!」
「なるほどね、とはいえセイマールは取り合うことなく俺たちの存在を許した」
死にかけだった奴隷のガキが、魔術を使い脱出・偽装・救出・工作・演技までしたなどと誰が思うだろうか。
だからこそ7年もの間、"イアモン宗道団"の下で虎視眈々と力を蓄えることができたのだ。
もしもセイマールがアーセンの忠告を真摯に受け入れていたら……意外と危うい橋だったのかも知れない。
「残念だったな、兄弟子さん。もしかすると、セイマールの野郎に信頼されてなかったのかな?」
「っっ──!!」
これ以上ないほどの憤怒と怨嗟の表情で、歯を食い縛りながら声にならない叫びをアーセンはあげる。
「おっと、生殺与奪は俺の手の中だ。そしてアーセン、お前には選択肢が用意されている」
「ふざけるな!!」
「まぁ聞け。お前の持つ情報を洗いざらい吐くか、このまま俺に殺されるかだ」
引き抜き好きな俺とはいえ、今はどうか知らないが元を正せば狂信者。
しかもセイマール直下であり、今なお彼に敬意を持っている様子。それは獅子身中の虫となりかねない。
また他の捕われの子供達のことを考えれば、悠長にシールフに読心を頼んでいる暇もない。
「よーく考えろよ、今置かれている状況と己の立場ってものを」
「この背教者が!!」
「そっか、狂信者だもんな。この程度じゃ根を上げないか」
四肢の自由を奪われ、痛みもまだあるだろうに面倒なことだった。
(もっとも……この人も、ある意味ではカルト教団に犠牲を払わされ続けた被害者なわけだが──)
幼少期にセイマールから教え込まれたからこそ、こんな風に育ってしまったと言える。
歯車をズラせなかったら、俺もこうなっていたかも知れない。ジェーンとヘリオとリーティアも同様だ。
(まぁいい、喋る気がないならば……相応の手段に訴えかけるだけに過ぎん)
犠牲となった原因がどうあれ、現在進行形で邪魔な存在であるなら……容赦をする気はなかった。
「ここからは先は子供には見せられない──」
俺はそう呟くと、"歪光迷彩"と"遮音風壁"によって作ったステルスフィールド内でアーセンと二人きりになる。
インメル領会戦の暗殺時に、その手の尋問・拷問の技術がかなり培われた。
どんな痛苦が効果的なのか。どういう言葉が相手を追い詰めるのか。どの程度で人は死ぬのか。
強化感覚を総動員して被拷問者の心身の状態を見極め、的確に削り、磨り減らし、追い込んでいくだけ。
「信仰心がどこまで人の精神を強くするのか、その背骨ごと折れるまでを観察させてもらおう」




