#214 兄弟子 I
俺とクロアーネは溶け落ちたロウソクが乗る石台を見つけ、目的の建屋の中へ入ると屈強そうな男が2人いた。
おそらくは護衛も兼ねているのだろう。木札を渡すと、まずは武器を預けることとなった。
元々まともに取引するつもりもないので、"酸素濃度低下"でまとめて用心棒を昏倒させる。
案内されるまでもなく"反響定位"で探ると地下空間を見つけ、床にある入口を開け中へと入った。
俺とクロアーネはお互いに索敵をしながら、一定の速度で続く階段を降りて行く。
「これも地属魔術で作ってるわけだよなぁ」
「……? それはそうでしょう」
魔術のない世界のことを知らないクロアーネには、当然だがわかるまい。
地下室1つ作るのにも緻密な設計行い、人員コストも相応のものになる。
しかし卓越した地属魔術士であればリアルタイムで作りつつ、ヤバそうな部分も適時補強できる。
強化された肉体は重機いらずの膂力を誇り、疲れ知らずの肉体は被災したところで大概は治癒魔術でどうにかなる。
それこそが異世界の人材にしてマンパワーであり、地球と違ってあらゆる作業の効率化が図れるのだ。
当初予定していた500箇年計画も、そうした基礎能力の違いから大幅な短縮・修正と相成った。
(まっ……あまりにも個人の振り幅が大きすぎて、五英傑みたいなのまでいるのが厄介極まりないわけだが)
好き放題に推し進められない要因もまた、"人"によるものなのであるのが悩ましい。
階段を降りきると、今度は"硬質化した土と石"によって固められた地下道が続いていた。
建屋は本当に入り口に過ぎず、奥に見える扉までは50メートルくらいはあろうか。
換気などはどうしているのだろうと思いつつ、2人で歩を進める。
「……段取りは?」
「俺はモーガニト領の跡取りを見繕いにきた"若い伯爵"と──その"妻"」
「わかりました。"性根の腐った伯爵"とその"従者"で」
俺は肩をすくめながら笑みを浮かべ、それ以上クロアーネには踏み込まなかった。
「とりあえず機を見て制圧する、てきとうに話を合わせてくれ」
クロアーネからはそれ以上の反応はなかったが、特に異議はないのだと解釈する。
扉を開けると魔術具による仄かな明かりに照らされた、ちょっとした広間へと出る。
「どなたのご紹介ですか?」
掛けられた声に俺は感覚を総動員しつつ、おぼろげな記憶にある男と照合する。
年を重ねているが、間違いない──"アーセン"その人であった。
「紹介は特にありません。ただ評判を聞いて、ツテから調べてこちらへと参りました」
「調べて……?」
「我が主人である伯爵さまが、従順な子をご所望でしたので」
俺が先手を打って妻だと紹介するよりも早く、クロアーネが自分の立ち位置を明確に示す。
「ほう、伯爵……失礼ですがお名前を伺っても?」
「モーガニト──"グルシア・モーガニト"だ。そしてこっちが──」
「従者のクロラスです」
俺は適当な偽名を名乗り、領地の紋章を見せながら改めてアーセンをしっかりと見据えた。
もしも面影から気付かれたり、モーガニト新領主の"本当の名"を既に知っている様子を見せれば……。
すぐにでもリボルバーで抜き撃ちするつもりだった──が、はたしてそれは杞憂に終わる。
アーセンはこちらを値踏みするように見るも、顔色や心音などに変化は一切感じられなかった。
やはり顔を合わせたのが幼少期だったということもあり、声変わりもしているので一切気付いた様子はない。
「……これは失礼、名乗るのが遅れました。わたしは"オルセニク"と申します」
(もはや疑う余地は皆無と言っていいな)
アーセンが名乗ったそれは、彼が本来就いていた"イアモン宗道団"の任務で使っていた名前と同一だった。
「管理者であるわたしが直接いる時に来られるとは幸運です」
「それはどういう意味か?」
「ここ以外にも管轄する場所が複数ありますので、点々としているのです」
「なるほどな、この出会いに感謝しよう」
俺は帝国貴族らしく偉そうな声音で、白々しくのたまいながら思う。
とりあえず情報を引き出せる内に、あらかた吐き出させるとしようかと。
「伯、従順の他にも細かいご希望はおありですか?」
「実際に見て確かめたいのだが、よろしいか」
「えぇ構いませんよ、さあどうぞ」
簡易灯火の魔術具を手に、アーセンは俺達をさらに奥へと案内する。
すると最初に通ってきた三倍幅の通路に、左右には等間隔で扉がいくつも並んでいた。
「これは独房か?」
「はい、厳選した子らを個別に管理しています」
「厳選?」
「適性のある子供を集めて、さらに一度まっさらにするのです」
歩きながら話し続け、一つの部屋の前で立ち止まる。どの扉にも小窓1つとして付いていなかった。
「中は……"暗闇"か」
「よくおわかりに。それとも噂で聞いていましたか?」
「あぁ──少しばかりな」
「それでは詳しい説明は必要なさそうですね」
よくよくもってアーセンのやり方を理解した。これらはつまり……"俺達がやられたのと同じモノ"である。
無明・無音の飢餓状態の中で精神を初期化し、刷り込みを実行する前段階を築いているのだ。
(今は亡き"セイマール"と同じやり方──)
模倣したことは疑いなく、そして……目的は売買だけとも思えなくなってくる。
資金源にならなかった子供が、一体どういう風に利用されるのかといった部分まで。
「ただ実際に完全な暗闇にするのは、お客さまとの契約が済んでからです」
「つまり掛札があるのは商談が成立している奴隷ということか」
「現在は七人ほど売約済みですので、それ以外の子であればすぐにでも準備できます」
「……期間は?」
「個人差はありますが……おおむね一日か二日もあれば。万全な状態をご所望でしたら、三日ほどいただいております。ただ──」
「ただ?」
「いいえ、手間が掛かっているのが一人ばかし……」
あからさまに言葉を濁すアーセン、それは交渉における常套手段と俺は判断する。
厄介な商品をどうにか売りつけられればそれで良し、そうでなくても他の商品を印象差で良く見せられると。
「ほう、面白そうだ」
「それでは、こちらへ」
俺はあえて興味を惹かれた様子を見せながら、アーセンの思惑に乗る。
通路のさらに一番奥の扉まで到着し、扉の鍵を開けるとゆっくりと開けられていく
「ぅ……ぁ──」
もはや呻き声をあげることすら困難なほど、衰弱した子供がそこにいた。
何日もまともな食事を摂っていないだろう体は、かなり痩せ細っていて体中に汚れがついている。
「っ──」
しかし瞳にはまだ光が残っていた。わずかな明かりに照らされる中で、身をよじり壁際へと移動する。
そのまま座り込んで、こちらを睨みつけるように歯を剥き出しにした。
(エルフとも違う平たくわずかな尖り耳に、片側だけの犬歯──)
それはよく知る見目だった、愛する幼馴染のフラウとほとんど同じ身体的特徴を持っている。
(半吸血種……いや、違うな。人との混血じゃない)
さらによくよく観察すると、左の肩甲骨あたりからコウモリのような小さい片翼と、金属質のような連節尾が力なく見える。
控えめな異形は、同じく愛するダークエルフのハルミアの髪に隠れた身体的特徴である、両角を想起させた。
(つまり魔族と吸血種の混血──"ダークヴァンパイア"か)




