#213 使いツバメ
緯度・経度によって差異はあるが、大陸中央に近い安定した気候の土地では夏季・乾季・冬季・湿季・中庸季と5つの季節を巡る。
夏季も終わりに近づき本格的に乾季を迎える前に、天が枯れんばかりに降りしきる雨の日──
「──良しっと」
俺は視界が悪き雨中にあっても、真っ直ぐ飛んでいく"使いツバメ"を確認しつつ、コキコキと首を鳴らした。
異世界にも鳥を使った伝達手段は古くからあったが、さほど主流ではなく到達率もかなり低いものだった。
それを"使いツバメ"として体系化し世界中に広めたのが──連邦西部へ渡った、"大魔技師"の高弟の内の1人である。
訓練や繁殖はもとより、なんともはや品種改良まで行っていたのではないかと思われる伝聞も残っている。
さらには世界各地に中継地点として設けられた連絡所が、形を変えて現在の"冒険者ギルド"になった。
はたして高弟が企図したものだったのか、有志が集まってそうなったのかは定かではない。
なんにしても"使いツバメ"による相互連絡を利用し、他に何かできないかと発起した者達がいたこと。
彼らの根は善性にあり、人々の役に立とうという大義と意志によって既存のモノと結び付き、冒険者ギルドが作り上げられたということだった。
(シップスクラーク財団も、大いに見習うべき部分が多い組織だ)
世界中に支部を持つ冒険者ギルドは、言うなれば各国内における自浄作用のようなものである。
国家に属する組織が介入するような事態において、どうしても初動が遅れてしまう魔物や災害への即時対処。
そういった有事に際してまずは自分達の可能な範囲でなんとかしよう。自らの生活圏と治安を維持させようという機構。
またギルドは資源採集や物資輸送など、商業方面においても人の流れを活発にし、経済を循環させる一助も担っている。
よって国家としても必要以上の干渉はすることなく、またギルド側も不必要に出しゃばることもない。
それもこれも"使いツバメ"によって、円滑で透明性の高い連絡体制が確立されていることが大きいのである。
(魔術・魔術具文明なのはもちろんだが、一種の"使いツバメ文明"とも言っていい──)
昼でも夜でも悪天候でも構わず高速で飛行し続け、体躯も小さなツバメ。
旋回性能や感知・回避能力も高く、そう簡単には捕まえられず、また狙って撃ち墜とすことも難しい。
それこそインメル領会戦の時のように、周辺一帯の制空権を完全支配でもしてないと容易く隙間から抜けられてしまう。
同時に飛躍的に成功率が高まった通信手段が、ギルド間のやり取りだけなどに収まるわけもなく。
確実に積み上げられた信頼性は、時に重要な書類の輸送にも使われ──しかも相手方にほぼほぼ届くものだった。
そうなってくると各国家にとっても政治・戦争・経済と、多方面において劇的な変化をもたらした。
(地球の伝書鳩よりも遥かに速いんだろうが──)
それでも電話やインターネットに慣れていた俺にとっては、それはもどかしく遅いものだった。
次世代における新たな通信手段の開発は進めているが、財団でも今しばらく時間が掛かるだろう。
「まっ便利な技術というのは悪用もされると」
「なにを今さら……、当然でしょう」
連邦西部のとある街の一角──雨音だけが響く、閑散とした区域へと俺とクロアーネは歩いて行く。
光在るところには闇が在り──表が見えるなら裏もまた一体である。
それはシップスクラーク財団の前身であったゲイル・オーラムのマフィア組織、ゴルドー・ファミリアにしてもそうだった。
非合法的な取引というものは、単純に儲かるモノが多い。
そうしたあらゆる違法行為の仲介需要などにも、"使いツバメ"は重宝される。
既にシップスクラーク財団も事業の一つとして参入していて、紙の大量生産という優位性も含めて世界規模で牛耳っていきたい事業である。
(郵便などの伝達手段周りを独占するということは……情報そのものの動向も把握できるということだからな)
その気になればいずれ機密文書などに勝手にアクセスして、精巧な偽造を送り届けて間接的な支配・操作するといったことも可能となろう。
地球史という"既知なる未来"の先人から倣うべき、ハイパー先行投資の一つである。
そんなことを考えながら、俺はクロアーネの少し後ろをついていく。
「アーセンに辿り着くにも、色々と手順を踏む必要があるんだな」
「だからわざわざ私が来たんです」
クロアーネは迷う様子もなく、入り組んだ路地裏をスイスイッと先導していく。
中途で見掛ける人間と一言・二言交わし、道中の目印なども判断材料にしているようだった。
(まぁ……一般人が住まう領域とは別に、はみだし者を受け入れる器というモノも必要なんだろうな)
秩序を乱す者を一所に集めることで、結果的に治安を維持するということに繋がる。
また普通にやっていては集まらない情報も収集することができるのだろう。
「噂には聞いていたが、実際に見るのは初めてだ──裏ギルド」
他にも闇ギルドや影ギルドなど呼び方は様々だが、実体としては犯罪者の巣食う互助組織。
実際に看板などが掲げられているわけもなく、見た目は古びた廃屋の1つでしかない。
「ココのは小さい規模ですが」
「それでも初めての体験はなんでも得難いものだ。ファミリアは表向きの顔もデカかったしな」
建て付けの悪い扉を開けて中へ入る──と、外観から想像できる汚さであった。
しかし臭気からすると不衛生さはそれほど感じられず、内装は椅子と机が1つずつあるだけ。
悪天候も相まってか他の客はいないようで、唯一の椅子には男が1人座っているのみ。
奥にはさらに部屋があり、そこにも何人かの気配を感じる。
真っ直ぐ歩いていくクロアーネに、俺も後を続いていく。
「男女の二人連れとは珍しいねえ、しかも上等なローブに見たこと無い紋章。一応確認しとくが──」
話しかけてきた男が窓口なのだろうか……なんにせよクロアーネに任せる。
「客よ」
男の言葉を遮るように、クロアーネは一枚の紙を手渡した。
「あーはいはい、既に渡りはつけてるわけねえ。なになに、"子供専門の広域奴隷商"か……」
「この街にいるという情報です」
「ん──ー……さて、どうだったかなあ」
「くだらない駆け引きをするつもりはありません。情報料も記載の通りに用意してあります」
するとクロアーネは貨幣袋を取り出し、数えながら机に並べていく。
「いやいや、こっちも暇してるもんでねえ。アンタなかなかの上玉だし、そっちの男なんぞよりオレの──」
椅子から立ってクロアーネに伸ばされた男の腕を、俺はしっかりと掴んで阻み……あくまでにこやかに笑いかける。
「それは、よくない」
「女の前だからって、あまりいい格好すんじゃねえよ? 若ぇ兄ちゃん。なんでオレが一人でココ仕切ってる……と?」
少しだけ握力を強めて、俺はあくまで紳士的に忠告する。
「あんたがそこそこ強いのなら、彼我の戦力差はわかるだろう」
「あーあーわかった!! チッ……たく、ちょっとした冗談も通じやしねえ」
「その冗談一つで、あんたの腕が一本なくなっていたところだ。感謝してほしいね」
「はあ……? どういう──」
そう疑問を投げ掛けながら、男の視線が一箇所に集中し……ようやく気付いたようだった。
いつの間にか片手に鉈を掴んでいるクロアーネに、男は乾いた笑いを漏らしながら冷や汗を流す。
「悪かったよ、物騒なモンはしまってくれ」
両手を肩より上に、男はドカッと椅子に座り直す。
クロアーネが冷ややかな視線を外し、鉈を収めるのを確認してから、男は貨幣を数え始めた。
「はいよ、確かに。少しくらいイロぉつけてくれてもいいのによ」
「無駄話に付き合わされた分だけ引いてもらいたいところです」
「人生にはゆとりを持てよ」
裏ギルドの受付風情にもっともらしいことを言われつつ、男は奥の扉へ行き──少しして戻ってくる。
男は机に地図を広げると、"木片"を2つ並べて説明をし始める。
「場所はココだ。入り口の近くに石で造られた台があって、その上の溶けきったロウソクが目印だ。
中に入ったら誰かしらいるから、そいつにこの"木札"を渡しな。一人一つずつだから失くすなよ」
「誰かしら、とは?」
「話が通ってる雇われの誰かさ。木札がなきゃそこから先、案内してもらえないぜ」
俺とクロアーネはそれぞれ木札をポケットにしまい、踵を返す──前に男がしつこく話しかけてくる。
「なぁオイ、なんで子供の奴隷なんだ?」
「詮索は命を縮めます」
「はぁ……少しくらい営業させろよな。あそこの奴隷は値が張る。もっと安い他の奴隷商もいるぜ? なんなら紹介してやるよ」
「あいにくと俺たちの"目的は一つ"だけなんでな」
「なんだ、売られた子供でも捜してるとか? もしかしてアンタらの──」
バギィ──と古びたテーブルが粉砕される音が部屋内に響き、男は椅子ごと真後ろに引っくり返り絶句する。
「私たちがこの薄汚いトコロから出るまでに、もうほんの一言でも喋ろうものなら狩ります」
尻餅をついた状態で男はコクコクと何度も頷いた。
「軽口は相手を選んだほうがいい……ゆとりある人生を送りたいならな」
さっさと歩いていくクロアーネから数歩遅れて、俺はそう一言だけ残すのだった。




