#207 竜越貴人 VII
答えてくれない質問ではなく、俺は講義に沿った質問をぶつける。
「ちなみに魔導を覚えると魔術が使いにくくなる、という説は本当なんでしょうか……?」
いずれ魔導師となり一芸特化になったとて、汎用性に富んだ魔術群が使えなくなれば弱体化も十分にありえる。
そうであったなら魔導を覚えないという選択肢も考えられた。
「そこらへんは個人差と魔導の質によるかのう。シールフなんぞは普通に使っておるじゃろ」
「えぇまぁ……彼女は記憶を共有できるから、使えるみたいなことを言ってました」
「それもまた答えじゃよ、確固たるイメージと技術があれば造作もない。過去にも魔術と魔導を両立した者は何人もいた。
今までに修得してきた魔術なぞいらんほどに、己の魔導を高めた者もおったしのう。少なくともおんしは問題なかろうて」
「ふむ──問題ない、ですかね」
「ない」
特に理由は語られることはなく、ただ太鼓判を押すように言い切られる。
「ちなみに魔術と魔導の両立は個人によるが、まったく違う魔導を二種類使うことは誰であってもかなわんぞ」
「つまりそれは……魔力色の固定化が関わっている、と?」
「そうじゃ、黒色で白色を表現することはできん。同様に、相手に対抗するのにも重要な要素じゃ」
「なるほど──色が弱まれば魔導にあらず、転じて近い色なら表現できても……薄まった魔術になってしまう。
仮に強く大量の黒色に対抗するには、こっちも同質・同量の白色を用意しないと灰色にならず塗り潰されると」
「物分かりがよろしい」
「恐縮です」
要するに対魔導師戦を想定するなら、魔導師であることが必須となる場合もありえるということ。
魔導と言っても攻撃的なモノばかりでもなかろうし、闘争そのものにおける機微や練度差もあるだろう。
究極的には一方的な不意討ちによって、一気呵成に片を付けるのが最適解でもある。
ただ正面きって受けるような状況になった時に、無抵抗のまま敗北するのはあまりに具合が悪い。
「ただ御託を並べてはおるがのう……儂の言葉は、無駄に長生きしてきた中で、実際にこの眼で見て、感じてきたモノだけじゃ」
「え~っと、確たる研究成果とかがあるわけではないんですね」
「うむ。そういう組織も作ったことはあったが、わからずじまいよ」
つまるところアイトエル自身が理論を持っているわけではなく、経験則によるところが大きいようだった。
ただしその人生経験が膨大な為に統計としては意味があり、実践的なデータとしては十二分に参考になる。
「魔導についてはなるほどわかりました。"魔法"のこともお聞きしてもよろしいでしょうか」
「よいぞ……魔法とは自身のみならず周辺にある無色の魔力ごと、己の色に完全に塗り潰して支配することじゃ。
これは単に色を広げるのではなく、空間そのものと自身とを共有する感覚とは魔王の言。
塗り潰す為の魔力が多いほど、理想を実現する為の力の幅が大きくなる……とかなんとか」
「興味深い……──やはり魔力は、そこら中に浮遊しているものなんですね」
つまり大気のように移動したり、滞留したりもすることもあるのだろうかと考える。
他にもケイやテオドールなどのように魔力を純粋に力場として使用する場合、どういうプロセスを踏むのか。
「まっあくまであの子なりの表現──必ずしも合っているとは限らんから、参考程度にはしておくことじゃ。
他にも"粒"だの"波"だのと言っている輩も過去にはおったし、儂が長年生きてきた中で最もしっくりきただけに過ぎん」
(実際に俺やフラウは魔力を"粒子"状として捉えて、加速・循環させているし……)
実際的な原理や法則については、財団の魔導部門へと投げ渡すことにしよう。
魔導科学文明を推進していくにあたって、なんのかんの有益な情報を得ることができた。
本来こういった情報は、魔導師などが個々に秘匿しては失伝しまうこともあるので、滅多に表に出ることがない。
魔法具を創作し、魔術をも編み出した初代魔王の論説は、研究材料として無類の価値であろう。
「空間の魔力を掌握するということは、逆に己の内に取り込むことも可能なんですかね?」
そう俺が疑問を抱いたのは、五英傑の1人──"折れぬ鋼の"が頭の中で浮かんだ所為だった。
魔法を体現するほどの魔力を、もし己の身に宿せたならば、それは最強の肉体を有するに至るのでは……と。
「器がそれだけ巨大なら可能じゃな──"頂竜"なんぞはその典型じゃった」
(おぅっふ……)
またしても一際とんでもない名前が出てきた。神族以前に地上を支配していた最強の獣王。
こうして気さくに話してはいるが、実際"五英傑"などという呼び名すら霞むのがアイトエルその人なのである。
「肉体は魔力によって強化されるが、同時に過多となってしまえば逆に自家中毒のようなものを起こしてしまう。
それは魔力の"暴走"などでも明らかじゃの。肉体にまで影響して異形化し、精神まで侵され魔物へと至る。
ゆえに天然で耐えられるだけの器を持つか……あるいは自分の限界点をしかと把握し、上手く按配を調整せねばならん」
(俺がやるとするなら、技術的な方になるな)
肉体的に脆弱なわけではないものの、素の身体能力が高い種族は他に多く存在する。
そうした相対的不利を覆すのが、エルフ種の系譜たる魔力操作能力。
「まずは魔法などと高望みをせず、魔導を目指すがええ」
「無論です。可能なところから、一足飛びに昇っていきますよ」
「不遜にして豪胆、しかしその意気じゃ」
たとえ寿命が500年とあろうとも、実力不足で志半ばで死んでしまえば元も子もない。
強くなれる内に強くなっておくべきだし、好きなだけ修行できる時間が確保できるとも限らない。
(そもそもアイトエルからすれば、五百年でも短命……か?)
心の中で苦笑する。そもそも彼女それ自体も、一体なんの種族なのだろうか。
陽光で輝く金瞳をもった不老たる"神族"の特徴はなく、特筆すべき部分のない灰色の双瞳。
"エルフ"種のような尖り気味の耳もなければ、ヴァンパイア種のような犬歯も見えない。
("竜越貴人"──血が特殊とも言っていたな。竜種が関わっているという可能性は考えられる)
とりあえず次にまた会う機会があれば聞いてみようか。あるいはシールフが知っているかもと。
これ以上彼女自身について掘り下げるのは、今は必要ない。
「過去にも様々な者たちが、それぞれの方法で魔導に至ってきた──己だけの適解を見つけよ」
「ご教授ありがとうございます」
(自分流に発展させていく、っか)
俺はグッと心臓の前で握り拳を作る。"天眼"を経てより、ちょうど新たな目標を欲していたところ。
山の頂きどころか山選び以前、まずは魔力から準備・完成をさせるところから始める必要がある。
(それでも構わない)
何年・何十年・何百年掛かろうとも、やりきってみせようじゃあないか。
「励み尽くし続けよ若人、後悔をせぬようにな。これは"手向け"じゃ」
アイトエルはそう言うと、両手を前へと出す。俺は促されるように……左右それぞれで握った。
(シールフと初めて会った時を思い出すな……)
手の平を通して伝わってきたのは、アイトエルの冷やかな体温と──恐らくは魔導師級の魔力。
「ベイリル、おんしと儂の魔力の色は似ている。ゆえに感じ取るのじゃ」
ゆっくりと俺は視界を閉じ、全身全霊を傾けて集中させていく。
魔力の濃淡を意識するように。粒子の1つ1つを受け入れるように。波として同調させるように。
言語化しにくいこの体験を、決して忘れることのないように──俺だけの魔導に活かす為に。
──ゆっくりと、瞳を開けると……アイトエルは笑みを浮かべていた。
同時に彼女が履いている靴が、にわかに光っていることに気付く。
「おんしが取り巻く全てを理解した時に、また会おうベイリル」
最後の最後まで意味深な言葉を残し──握っていた手は空っぽに、アイトエルの姿も気配すら──周囲一帯から完全に消失していたのだった。




