#205 竜越貴人 V
ゆるりとアイトエルとの会話は続く。
「なんにせよ魔王具の半分くらいは所在が知れぬのう。わかりやすいのは"意思ありき天鈴"じゃな。神領を超自然で守護っておる」
「お……おぉ、不可侵の神領にはそんなカラクリがあったとは──」
「魔法が直接使えんでも、魔力があれば使える良い見本じゃな。グラーフにとっても本望じゃろうて」
わずかばかりの郷愁に浸るような瞳を浮かべ、アイトエルはつまさきを地面にトントンと叩いた。
そうして羽のような魔法刻印が施された金属製の"靴"を、俺に対して指差して見せる。
「ちなみにこの"神出跳靴"も魔王具じゃ」
「なんと、その効果は──」
俺が質問を言い切る前にアイトエルの姿が忽然と立ち消えて、背後に唐突な気配を感じる。
「これは見知った場所へ"転移"できる。儂では魔力が足りんから、多少なりと制限が掛かるがの」
アイトエルはそれでも「重宝しておる」と付け加え、ニカッと笑った。
肌で触れている空気の流れが、高速移動をしたわけではなかったことを確かに知覚させた。
「他にも"冠"が帝国、"耳飾り"が皇国、カエジウスも持っておるの」
(まじか、あの"無二たる"偏屈爺さん……いや、流石はワームをぶっ倒して改築するほどの五英傑と言ったところか)
まだ迷宮制覇特典の願いがあと一つ残ってるが、いくらなんでも譲渡してはくれないだろう。
ただ最初に無理難題として提示し、本命の願い事を叶えてもらう材料にはできるかも知れない。
どのみち魔力量というハードルがある以上は、魔法具も持て余すだけの品物になりがちである。
「他の所在は知らん。利用したくば自分で探すがよい」
「残る十つの魔王具の効果も教えていただいても?」
「そうさのう"遍在の耳飾り"などは──いや、それらも己で調べることじゃな。なんでもかんでも教えてはつまらん」
これ以上の取りつくしまは無さそうであった。彼女自身は無条件の味方というわけではない。
あくまで"BlueWhisper"とやらの依頼で助力し、ついでで昔話をしてくれているだけなのだ。
"永劫魔剣"──もとい"無限抱擁"の増幅器パーツの在り処も、知っていたとしても教えてはくれまい。
(あんまりしつこく尋ねても──)
心証を悪くするだけとなって、こちらに益はないと見る。
語り尽くすには百夜でも到底足りまい──そんな歴史の生き証人。
またいずれ会う機会も得るだろう。焦る必要のないことはまた後に残しておけばいい。
「さて、いささか昔話が過ぎたかのう……何歳まで生きたとて、語るに恥ずかしいこともある」
一区切りがついたところで、俺から本題について話を戻すべく切り出すのだった。
「なかなか勉強になりました。積もる話はまたいずれ一席を設けてお聞きしたいところですが──」
さりげなく次に会う機会を意識させつつ、俺はアイトエルの反応を待たずに言葉を続ける。
「ではいったん話を戻しまして、えー……アンブラティ結社は自分とフラウの故郷を焼いただけでなく、今も活動しているわけですよね」
「いまいち他人事が抜けん感じだのう」
「まだ咀嚼しきれてないことが多すぎるので、申し訳ないです」
なんだかもう情報過多すぎて、脳がオーバーフロー起こしかけているような感覚。
シールフに記憶を掘り起こしてもらった時ほどではないが、新たに入れる驚愕情報ばかり。
「まぁ良い、どのみち危機意識は明確になろう。なんせ結社は先の戦争でも一枚噛んでおったんじゃぞ」
「それは……インメル領の戦でも?」
アイトエルは大きく首肯して口角をあげる。
俺とフラウの故郷を焼いたことも、まぁそれはそれで許せないが所詮は過去の話。
しかし今なお干渉をしてくるというのであれば、それは看過できないし排除すべき対象となる。
「んっははは、当然ぬしらの情報網にもまったく引っかからんかったじゃろう」
俺は眉をひそめて露骨に顔を歪めてしまっていた。
戦争をコントロールする──それは文明発展と各種勝利条件にあたって、財団も常々念頭に置くべき事項。
関知しえない部分でアンブラティ結社とやらの手が入っていたのが事実ならば、さしあたっての重大問題である。
イニシアチブを取るどころか、逆に取られて利用されているということなのだから。
「儂が知り得た限りでは、"魔薬"を流したのは結社でほぼ間違いない」
「つまり戦争の発端である厄災を引き起こしたと? であれば伝染病も結社の計画の内……?」
「病についてはわからぬ。ただ王国に侵攻させる意図があったことも拭いきれまいな」
そこらへんはアイトエルも確証が持てず、本当にただ予想として言っているだけのようだった。
(厄災と侵攻──はからずも両方とも財団が打ち砕いた……)
仮に結社が本当に存在し、何らかの目的があったとして引き起こして──財団はそれを阻んだ形になる。
そうなればシップスクラーク財団それ自体が、本格的にアンブラティ結社に目をつけられていても不思議はない。
(結社が身を隠している以上、大っぴらに抗争することもないのだろうが──)
水面下で謀略の限りを尽くし尽くされ、血で血を洗う事態になってもそれはそれで困る。
であればむしろ表舞台に引きずり出して、塵一つ残さず消滅させてやった方が禍根は残るまい。
なんにしてもまずはアンブラティ結社という存在を証明し、捕捉するところから始める必要がある。
(ヴァルター・レーヴェンタール……あいつは魔薬とは無関係だったか)
論功行賞の帰りに傍若無人だった帝王の血族──魔薬をその手に持っていた。
とはいえ……あの男がまさに結社の一員であったという可能性も0ではない。
依然として調査は続けておくべきであり、より一層の警戒をもって事にあたらねばなるまい。
「聞くところによると、結社は決して一枚岩ではない。しかして、それぞれの目的を複合的に達成させる特異性を持っておる。
ゆえにこそ全容がまったくもって掴めぬし、厄介な存在なのじゃ。その数も規模も……皆目見当がついておらん」
「規模が大きくなれば、それだけ綻びも生まれやすくなる。であれば……中心人物はそう多くないでしょうね」
俺は"遮音風壁"の外にある、脚本家の死体を一瞥する。
「情報は聞き出せんかったが、脚本家は中心人物の一人だったはずじゃ。しかも演出まで自分でやりおるらしい」
「それもこれも"BlueWhisper"とやらのおかげで、討ちとれたと?」
「うむ、あやつの個人的復讐も兼ねていた」
(アイトエルも"BlueWhisper"とやらも、今は同道する味方と見ていいか……)
疑えばキリがないし、何よりも現段階で五英傑と謎の情報通を無下にするリスクの方が遥かに大きい。
それに……少なくとも今は謀ったりする様子は見られず、純粋な老婆心こそ垣間見える。
自分自身が積み上げてきた直観めいた部分は、素直に信頼したいところだった。
(それに騙すつもりだったとして、こっちに信用されたいのなら隠し事が多すぎるしな──)
俺の気性をそこまで計算した上での演技、などと疑っていたら水掛け論と変わらなくなる。
「結社にとって都合の良い物語を書き、上演する人材を失ったのは結社としても痛手に違いないのう」
「つまり今後は大々的な動きはしにくくなると思われると……無論、過信は禁物ですが」
「そうじゃな、ゆめゆめ忘れるな。儂が手を貸すのもこれっきりじゃし」
「これっきり?」
「儂は結社とは関わらんということじゃ」
「あくまで"BlueWhisper"の頼みとしてだけ動いたと──?」
「んむ、小さくない借りがあったから今回で清算したまでのこと」
つまりはアイトエル自身は、アンブラティ結社をどうこうする気はないということか。
危害が加えられれば迎え討つのだろうが、能動的に潰すような真似は今後しないと。
「ダメ元でお尋ねしますが、貴方を財団に勧誘してはダメですか?」
俺は弱味を見せるような神妙な口調でもって、そうアイトエルに告げてみるのだった。




