#12 覚悟
陸竜を討伐した、その日の夜中――就寝前、4人だけの時間。
俺はどこか雰囲気を察しているジェーン、ヘリオ、リーティアに決意を伝える。
「俺は宗道団を抜けようと思う。決断するなら明日の朝までに──」
すると言葉を遮るように、ジェーンの左人差し指が俺の口元へと当てられる。
「いまさら、でしょ?」
「まったくだ。聞くまでもねえだろ」
「ねー」
俺はフッと笑いながら、目をつぶって噛みしめる。
「そうだな、愚問だった。信じてはいたが……やはり重要なことだから一応、な」
「それでベイリルには何か計画があるの?」
「一晩あるからウチが地下に穴掘ってもいいよ? 昔ベイリル兄ぃが話してくれたみたいな──」
「まぁ"大脱走"するのは悪くない案だが……」
リーティアならば実際に一晩もあれば、苦もなくやれてしまうだろうことが凄まじい。
「とりあえずまだいい」
「そっかー」
「んじゃよォベイリル、どうすりゃいいっつーんだよ?」
「俺たちはほとんど、この箱庭の世界しか知らない。だからまずは情報を集める必要がある」
「集める? ということは……まさか本館にでも忍び込むとか?」
「あぁジェーン、そのつもりだ。金銭や宝飾品も必要だから、色々と見繕って窃盗してくる」
「危なくない? 結構人が集まってきてるみたいだし」
「俺一人でやるから、何も問題はない」
「ああ? オレらじゃ足手まといってかァ? 除け者にする気かよ」
「そこまでは言わんが、単独のがやりやすいからな」
ヘリオの不満丸出しの言葉に、俺は譲るつもりはないという意思で答える。
「……チッ、知ってるよ。たしかにオレらは隠れるの得意じゃねェし」
「ウチは不得意じゃないけどー?」
「リーティアの地属魔術は屋内じゃ不向きだろが」
「なくてもやれるも~ん」
ヘリオとリーティアのいつもの言い争いがエスカレートする前に、ジェーンが末妹の頭を撫でて場を制す。
「まぁまぁ二人とも。ベイリル──」
名前を呼ばれながらスッと目配せされた俺は、ゆっくりと頷いて説明する。
狐人族であるリーティアの感覚器官は頼りになるが、彼女の魔力を浪費させるわけにはいかない。
「いざとなった時に、地中潜行脱出も考えられるからな。だから温存しといてくれ」
「わかったー」
「聞き分けがよろしい。ありがとうな、リーティア」
素直にうなずく末妹の頭を、ジェーンと一緒に俺も撫でてやった。
「ベイリル一人がやるのはわかったけど……私たちは備えていればいいの?」
「準備だけは万全に。場合によっては……後顧の憂いを断つことになる」
「どうゆうこった?」
「この宗道団を――潰す」
俺が言い放ったその言葉に、ニヤリと笑みを浮かべたのはヘリオであった。
リーティアは特に表情が変わらず、ジェーンは不安そうにやや眉をひそめる。
「それは……追手が差し向けられないように、ってこと?」
「まっ厄介事の種は処理しておくに限るからな」
逃げた俺達は宗道団の根拠地たる、この場所を知っている人間となる。
"道"に入ることを拒否した者が知る情報としては、連中も決して快くは思うまい。
ならばいっそのこと本拠地もろとも崩壊させるという選択肢も十分に存在する。
「あー……殺して全部奪うわけか、ベイリルはほんとえげつねェな」
「いやそこまで露骨にやるつもりはないがな。恨みを買い過ぎてもそれはそれでマズい」
「セイマール先生は? どうするの?」
「もしも立ちはだかることがあるなら、覚悟はしておいてくれ」
真剣な眼差しで三人はうなずく。どんな形であれセイマールは恩師である。
宗道団と彼自身の目的があったとしても、結果論で言えば俺達を買って育ててくれた人間だ。
もしセイマールに買われなければ、四人は出会うこともなく……。
それぞれが何処かで、惨たらしく死んでいたかも知れなかったのだから──
◇
夜中から朝方にかけて俺は本屋敷の方へ、潜入任務を行っていた。
今は"巡礼"が重なっているおかげで、普段屋敷にいない道員達も多く集まっている。
そういう意味でも時機は好都合であった。
屋敷内の配置も長い時間を掛けて少しずつ探索を重ねてきて、ある程度は把握している。
外套を羽織ってフードをかぶってしまえば、見られてすぐに顔がわかることはない。
(俺が誰なのか確認しようとする間に、どうとでもできる──)
とはいえ長引けばそれだけリスクも跳ね上がっていく。
ゆえに目指すべきはまず一つ、"最も偉い人間の部屋"であった。
路銀となる金目のモノだけでなく、重要な書類などもある可能性が高い。
魔力強化を聴力へと集中させ、慎重に索敵しつつ進んでいく。
正確な位置はわからなかったが、わかりやすく豪奢な扉を見つけ、開けみるとそこがわかりやすく望んだ場所であった。
(道士が一人でいれば……ある意味そっちの方が都合良かった、かね)
部屋に立ち入る前に索敵したが、部屋には誰もいなかった。
宗道団は道士のカリスマ性によって、支えられている部分も決して小さくなかった。
道士から力づくで情報を聞き出して、口封じをするとか──
道士を拉致・監禁して、いざという時の交渉材料にするとか──
道士を内部の犯行に見せかけて殺し、分裂・崩壊を誘うとか──
寝室はまた別にあるので、そこに忍び込むこともできなくはないが……無用なリスクは避けておく。
(まぁいい、求めすぎはよくない)
俺は焦らず迅速に、資料と金品を漁りつつ周辺地図を見つける。
この場所は【連邦西部】の山間の中、かなり孤立した位置にあるようだった。
悠長に眺めているのも危ういので、懐にしまいすぐに探索を再開する。
次に目に留まったのは、よくよく知った字で書かれた羊皮紙であった。
(マメだな、あの人も──)
それは俺達を育てる為の、履行計画書のようなものだった。
どういう方針で何を重点的に、段階的な育成を事細かに記したもの。
「っこれは……」
思わず口に出しながら、俺は顔を歪ませる。
そこにはこれから俺達が為すべきとされることも書いてあった──
(【皇国】への間諜か──)
洗礼時にまず"宗道団に尽くし裏切らない"という契約を結ぶ。
さらには"情報を明かしたら死ぬ"、という追加契約も行う。
("契約魔術"……内容がだいぶ酷いな)
いやだからこそ今まで、かなり自由奔放に育てられてきたというわけなのだろう。
より複雑で相手に強制する契約ほど、相手の確かな"理解"と"同意"が必要となる。
子供の頃から奴隷のように契約する場合、その精神を縛り付けてしまう。
それでは諜報員としてはまともに育たなくなるし、洗脳教育を施した上で、スムーズに契約できるであろうこの時を待っていたのだ。
(それが結果的に、こちらにとっては都合が良かった)
まず俺が転生者であり、子供の精神性を持っていなかったということ。
初期化と刷り込みにしても、俺が三人に行った形になった。
そして宗道団の洗脳教育も、洗脳解体と同時に俺が情操教育を施したのだから、連中にとって全て想定外。
(ふんふん、なるほど。子供の立場を利用して、皇国を内部から蚕食していくわけか──)
契約魔術が執行され、宗道団の手足として一生を縛られてしまうわけにはいかない。
その前段階を見極め、虚を突く形でこちらから奇襲を掛けたいところである。
「なんにせよ、選択肢は一つっきゃないな」
つぶやきながら己のすべきことを取捨選択していく。
一度交わしてしまった契約魔術を解くのは、生半なことではないのだから。
洗礼それ自体が、絶対に逃れるべき事項。あとは追手が掛からないよう、何かしら工作をしてから逃げたいところ──
役立ちそうな資料を探し続けている内に、俺は"イアモン宗道団"の全容を少しずつ掴んでいく。
そうして目を通していく内に、おぞましいカルト教団の真実の一つに辿り着いた。
(俺たちは……幸運だったということか)
そこには"魔法具"と、その為の"調整"に使われた者の実験データが記されていた。
それもまたセイマールの字であり、彼は魔術具に関してかなりの熟達者のようだった。
専門用語が多くわからない部分も多いが、端的に言うと……完全にするのに必要なパーツの代替品として――人体を使うということ。
その過程で多くの苦痛が伴われるようで、数多くの無辜の命を奪ってきたということ。
俺達4人もまかり間違えば――庇護下に入ることを断っていたら――実験体として消費されていたのだろう。
洗礼を拒否した場合でも……今からでも被検体にさせられるかも知れない。
──それ以外にも宗道団が、その教義の中で実行してきた惨憺たる行為の数々が書かれていた。
俺の中にあった常識では、理解できる許容量をとっくに超えている。
そして裏切った際に、連中がどういう出方をするかも既にわからなくなってしまった。
別に善人ぶって正義感を振りかざし、ヒーローを気取りたいわけでない。
ただ一個人として、力をもつ人間として、看過できる領域をオーバーしていた。
なによりもただ単純に──
「俺がこれから往こうとする道には邪魔だ」
予定は変更される。少し甘く見ていた。結局のところ、連中はどこまでいっても狂信者の集団。
すべからく信者、殺すべし。根絶こそが憂いを断つ、最善の方法であると。
(殺すのは、俺自身の殺意によってだ──)
心を氷点下へと持っていく。それどころか絶対零度もかくやというほどに冷やす。
そうして俺は、まるで自分自身に宣誓するように言葉を口にする。
「覚悟完了──微塵の躊躇も無く、一片の後悔も無く、鏖殺する」




