#202 竜越貴人 II
「──今後もソレはしっかり伸ばしておくことじゃな、必ず役に立つからの」
「……一応は切り札なんで、言われずとも練磨し続けますよ」
「はっはっは! いい子いい子でもしてやろうかの?」
「いえ、結構です。それに……俺よりも若く、俺以上の領域にいる学園の後輩もいますし」
脳裏に浮かぶは、1人の少女──何を隠そう──魔鋼剣二刀流のケイ・ボルドであった。
円卓第二席たる"筆頭魔剣士"テオドールの門弟集団をあっさりと蹴散らした彼女こそ、真に天才と言える部類。
俺の場合はありとあらゆる手練手管を駆使して、未だにほんの数秒と保たない程度のもの。
しかしケイは集中した分だけ、彼女なりの領域に入り続けることができる。
その代わりに全力の彼女は一切の手加減ができないという、ある種の弊害をも備えているのだが……。
「なに、己を卑下することはない。結局は生き残りさえすればいいのじゃ」
なにやら実感の込められた一言であり、最も古い五英傑が語るのであればさもありなん。
「そうですね、死にさえしなければまた好機が巡ってくるかも知れない」
それが武術の本質でもある。君子危うきには近寄らず……もし泥にまみれようと逃げ切ることこそ一番大事。
「儂なんぞ、生まれてより千年以上魔術が使えん時期があったからの。それはもう大変じゃった。
その代わり、生き抜く為に愚直に修練し続けたのが我が身の技術じゃて。武芸万般、なんでもござれよ」
本当にナゼなのだろうか……不思議とシールフを相手にするような話しやすさがあった。
さきほどから地味に気になっていた疑問を、俺は童女へと率直にぶつけてみる。
「つかぬことを伺いますが、アイトエルはおいくつなんです?」
「さてなぁ……ただこの地上で儂より年上は"七色"くらいかの」
「七色──って、"七色竜"!?」
黄竜も数えられる"七色竜"は、歴史においても断片的にしか語られない──竜と神族による"原初戦争"の頃から生きる存在。
神族は不老ではあるが魔力の暴走と枯渇に苛まれ、神王ですら4代目を数えている。
本人の言通りなら、人型種の中では最長命とも言える人生の大先輩ということになる。
「ちなみに七色とは全員知り合いじゃ」
「っはは……」
俺は乾いた笑いを肺から漏らしながら、アイトエルの話を信じるより他なかった。
黄竜とはぶっ倒した後にもわずかに話した程度だが、大昔のことなどほとんど忘れ去っていた。
それが普通なのであろうし、エルフ種1000年の寿命でも晩年は著しく衰えるのが常。
「じゃが大して面白くもなく……あまり思い出したくもない過去ゆえ、詳しくは割愛させてもらうぞ」
「ご随意に」
(だけどこの人は……かなり覚えているっぽいな)
脳の記憶容量の限界はわからないし、あるいは忘却した箇所を脳が好き勝手埋めている可能性もなくはない。
いずれにせよ腐ることもなく、こうして活力漲る様子は……是非とも将来に見習いたいところであった。
「さて──このまま問答を続けてもいささか無駄かのう、儂が答えない事柄をおんしはわからぬわけじゃし」
「まぁ、そうですね。今の段階で明かせることだけ話していただければ十分です。それ以外はまた後日ということで」
むしろせっかく得た知己にして五英傑という最高の人脈である。
都度、折を見ては接触して話す機会を得て、関係を築いていったほうが具合が良い。
「ただアイトエル……その前に一つだけ、よろしいでしょうか」
「なんじゃ?」
俺はゆっくりと覚悟を決めて、アイトエルへと質問を投げ掛ける。
「貴方は俺の母を──"ヴェリリア"を、ご存知ですか?」
それだけは聞いておきたかった、俺自身の出自にも関すること。
炎と血の惨劇に見舞われたあの幼き日より、幼馴染のフラウはまさしくアイトエルが紡いでくれた縁によって再会できた。
そして実母であるヴェリリアについては……その生死すらも不明なままである。
あの惨劇以前に街を出ていたので、少なくともあの事件には巻き込まれてはいまいが──
「知っておる」
「っ……」
あっさりとそう答えたアイトエルはそこから先は黙したまま、続く言葉はないようだった。
俺は表情筋や心音に至るまで、ハーフエルフの強化感覚を総動員して情報を拾い集積する。
しかして彼女から得られるものは……その言葉以外にはなかった。
「それも今は言えない、"いずれわかる"──ですか」
「いや、そこに関しては自分で突き止めることじゃな」
またも腑に落ちないが……主導権はアイトエルの方にあり、言及しても徒労に終わるだろう。
(まぁ"突き止めろ"ということは、"少なくとも生きている"と見て良いだろう)
シップスクラーク財団は順調に拡充してきているし、その情報網はいずれ世界全体を包み込む。
不慮さえなければ、長命種である母の寿命が尽きるまでには十分に間に合う。
「それじゃあ本題に入ってもいいかの」
「本題、というと──さきほどの脚本家……それと"奴ら"、ですか」
脳裏に灼き付けた死体の顔を、俺は改めて思い出す。
「まずはそうじゃな。奴らは利害によって結ばれた共同体──とある情報筋によれば、"アンブラティ結社"と言うらしい」
「アンブラティ結社……というと"群青の薄暮団"や"メテル協会"、"トゥー・ヘリックス・クラン"のような?」
俺は財団の情報部門から見聞き知った、数多くの組織の情報を脳内から発掘していく。
幼少期を過ごした神王教ディアマ派のカルト教団、"イアモン宗道団"も言うなればそうした組織とも言えよう。
世界中にそうした結社の類は数多く存在し、俺もある程度は記憶しているものの……"アンブラティ"という名は初めて聞く響きのものだった。
「トゥー・ヘリックス・クランは潰されて、もう存在していないがの」
「あっそうでしたか」
「ちなみにメテル協会は、儂が昔作った組織じゃな」
「まじすか……」
(秘密結社──"そういうの"も目指しべきところの一つではあるが)
"フリーマギエンス"の秘匿された不透明な部分で、人々に想像力を働かせる。
陰謀論が巷に飛び交い、やってないこともやったと思わせて好悪問わず風聞となり伝播していくように。
「それでアンブラティ結社の脚本家とアダ名される奴が、自分とフラウの故郷を焼いた黒幕で……しかも殺して届けていただいた、と」
「唐突と思ったじゃろう」
「えぇまぁ──」
それはそうだ。影も形もなかった。煙のないところで「火事が起こっているぞ」と言われたような心地。
そもそも本当にそれが俺に関係あるのかというところから、話を始めねばなるまい。
現実問題としてそんな秘密結社が存在するのか、実際に脚本家が所属していたのか。
故郷の街とその周辺をいくつか、焼き討ちしたという証拠も本来であれば必要である。
「世の中はそんなもんじゃ。軽重を問わず、多くの事態とはいつだって預かり知らぬところで動いておるもの。
ましてや世界中に多様な組織を作ってきた儂にも、なんら悟られなんだ……非常に厄介な連中じゃしのう」
「五英傑である貴方でも?」
「その通り。儂とて掛かる火の粉は振り払うが……どれが奴らによるものだったか、とんとわからん」
アイトエルは広げた右手で顔を覆うように、怒りとも呆れとも苦渋ともとれぬ表情を浮かべる。
「しかし結社について、"囁いてくれた者"の頼みでこうして動いておる」
「頼み、ですか。それが"とある情報筋"とやらですか……?」
「んむ、ぬしらの為にわざわざ儂が手ずから血で汚したのも……つまるところな、その頼みを断りきれぬ背景があってのこと」
(財団にも"竜越貴人"にも察知しえぬ情報をもたらし、なぜだか俺たちの利として五英傑を動かす人物……?)
まったくもって心当たりがないし、むしろそのアンブラティ結社内部の人間なのではないかとも邪推して然るべき。
下手をすれば罠だという可能性だって0ではないし、鵜呑みにするのは危ういように思う。
「ちなみにその方の名前とかって──」
「"BlueWhisper"とでも今は言っておこうか」
「……ッッ!? それは──」
俺は驚愕に言葉が詰まって、そして聞き返さざるを得なかった。
なぜならばアイトエルの"発音"は、連邦東部訛りの脚本家とは違う。
はたしてそれは異世界言語ではなく──地球の"英語"のそれであったのだから。




