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異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~  作者: さきばめ
第四部 未来を変えゆく偉人賢人 1章「故郷と再会」
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#200 郷里に咲く花 III


 全員で窓から庭へと出たところで、身構えつつ反応を(うかが)う。

 しかし少女と思しき人物は、顔を隠していたフードをとってその顔をあっさり見せた。


また会った(・・・・・)のう」


 そう言い放った少女は、同時に剥き出しだった威圧を引っ込め、悠長な様子を見せる。


 背丈は150センチメートルにも満たないか。深いストレートの黒髪を流し、灰色の瞳でこちらを見つめている。

 肌に吸いつくような……素人目にも強靭そうな被服の上に、やや年季の入ったローブを羽織っていた。


 そして横には彼女の身長よりも大きい麻袋(あさぶくろ)が横たえられており、中身も詰まっているように見受けられる。



「誰だよテメーは。いきなり挑発しといて、なんだァその態度?」


 最近は落ち着いてきたと思っていた矢先に、キャシーがチンピラそのものな態度で恫喝(どうかつ)する。

 見た目こそ少女通り越して"童女"にすら見えるが、古風口調もあいまって実年齢はかなり上だと感じ入る。

 

「元気じゃのう、キャシー(・・・・)。少しくらいなら遊んでやろうぞ、おまえたち」

「名前はともかく、人の顔は覚えてるほうなんだけどなぁ」


 ポリポリと頭を()くキャシーだったが、すぐに髪の毛がやにわに静電気で立ち上り始める。


「どっかで会ってたら悪ィな。それはそれとして……吐いた言葉を呑み込めないっぜ!!」


 まさしく雷光石火──加速と制動に関しては、俺すらも凌駕(りょうが)するキャシーの刹那絶息の一撃。

 しかし次の瞬間にはキャシーの体躯が、地面へとうつ伏せに倒れていた。


「──は?」

「おんしの気性をよくよくあらわした、一撃じゃ。しかしまだ足りぬ」


 まばたきはしていない……が、まるでコマのフィルムが飛んだかのようだった。

 それに近いものを見たのは、まだ記憶に新しい──円卓二席のテオドールの門弟相手に披露した、"ケイ・ボルド"の魔鋼剣二刀流のそれ。

 過程が吹っ飛んで結果だけが残ったと錯覚するほど、一切の無駄がない完全性を持った動き。


 かつて闘技祭にてファンランがキャシーをいなした時よりも、遥かに高度な技術で投げ飛ばしていたのだった。

 そのまま抑えつけられ動きを封じられたキャシーは、帯電も通じぬまま大人しくさせられる。



「さて、次は誰が来るかの? ベイリル(・・・・)フラウ(・・・)ハルミア(・・・・)


 順繰りに名前を呼ばれている(あいだ)も、俺は"記憶の取っ掛かり"をゆっくりと引っ張り上げていく。


「私は……遠慮しておきます」

「んじゃ、あーしが行かせてもらうよん」


 困惑を隠せないハルミアをよそに、フラウが一歩前へ出る。

 俺は黙ったまま眼を細め、引き出し終えた(・・・・・・・)脳内の情報を整合していく。


「そ~の~……──」


 フラウの肉体が、音もなく伸びていくかのように飛び出す。

 俺やキャシーとも違う、ハーフヴァンパイアの脚力に重力操作を加えた急加速。


 そして幼馴染の少女は、童女の手前まで滑り込みながら──"土下座"をしていたのだった。


「せつはお世話になりまして、ありがとうございましたぁ──ーっ!!」


 土下座は異世界の大陸文化としては存在しないが、俺を通して得た知識である。

 平身低頭を()でいくジェスチャーであるので、少なくとも誠意は伝わっているだろう。


 そんな様子に特段の驚きを見せぬまま、童女は普通に返答する。

 

「フラウよ、(わし)の助力なんぞ微々たるものじゃ。そこまで感謝せんでもよいぞ」

「いえ! い~え!! あなたのおかげで学園へ(かよ)えて、ベイリルとも再会できました!!」



 俺が思い出すのと同様に、フラウも彼女の姿をちゃんと覚えていたようだった。

 さらに付け加えるならば……"15年前と姿形がまったく変わっていない"。


「名前も存じませんが、わたし(・・・)にできることであればなんでも恩返しします!!」


 普段のマイペースな調子ではなく、真面目さも大いに混じったフラウ。

 そうなのだ──あの童女はかつての故郷であるインヘルの街で、俺達にアドバイスをしてくれた人。


「あのぉ……フラウちゃんのお知り合いなんですか?」

「うん、この人がいなかったら……間違いなくあーしは今ここにいない」


 そしてフラウへ学園を(すす)めて、路銀まで用意してくれた大恩人である。



「……アタシが突っ込む前に言えよ、ったく」

「おっと、そのままじゃった。すまんすまん」


 キャシーは毒づきながら、童女に解放されてなおふてくされた態度を隠さない。


「お久しぶりです。俺たちの名前は既に御存知のようなので、よろしければお名前を教えていただいでも?」


 俺は畏敬の念を込めて(たず)ねる。フラウの恩人は俺の恩人でもある。

 それに彼女が過去にくれたアドバイスのおかげで、極限状態で魔術を開眼できたとも言える。

 そういう意味では俺にとっても、巡り廻って"イアモン宗道団(しゅうどうだん)"に利用されずに済んだ借りのある御仁となる。


(わし)の名は"アイトエル"。二つ名は数あれど、一番有名なのは──"竜越貴人"」


「はぁあ!? それってたしか"五英傑"だろ!!」

「そんなに凄い人だったん!? ですか!?」

「キャシーちゃんが歯牙にも掛からないわけですねぇ」



 俺はあまりのカミングアウトに沈黙したまま、眼を細めて凝視する。

 "無二たる"、"折れぬ鋼の"に続いて3人目──否、一番最初に会っていた五英傑。


 ──"竜越貴人"は五英傑の中でも、圧倒的にその勇名が長期間に渡る(・・・・・・)人物である。

 しかしながら極大厄災たるワームを討伐したとか、世界中の悲劇を止めて回るといった派手な功績はない。


 ただただ彼女の世話になった多くの人物が英雄や賢者となり、歴史にその名を残してきたのだ。

 それが数百年単位で続いていて、同時に彼女が設立した様々な組織が世界各地に残っている。

 

(まじかよ、そこまで大物だったとは)


 さる人物であろうとは思っていた。恐らくは失踪したままの母の手掛かりにもなるかも知れない人物だと。

 しかも五英傑ともなれば他にも聞きたいことは色々あったが、なんにせよ最大限の尊重と畏敬に(あたい)する。



「して、御用向きはなんでしょうアイトエル殿(どの)


 まさか理由なくこの場に来て、圧力(プレッシャー)(はな)ったというわけではあるまい。

 フラウの一件もある以上は、彼女の望みを優先的に叶えるのが(すじ)というものである。


(それにあの麻袋──)


 近付いたことで中身からわずかに漏れ出る匂いを、ハーフエルフの鼻腔は確かに感じ取っていた。

 それは間違いなく乾いた血の匂い(・・・・・・・)。暗殺や戦場で幾度となく嗅いだ死の匂いである。

 たとえ頼みが厄介事であっても、ある程度までは身を()にして受け入れるだけの覚悟を決めておく。


「そうさの……」


 アイトエルは左腕を上げると、ハルミアの肩に乗っていたアッシュが飛んでいく。

 灰竜はまるで俺達へのそれと変わらないほど……警戒心なき親密さを、体全体で表現していた。


(わし)から何かをしてくれ、ということはないのう。ただ土産(みやげ)と……少しばかりの伝言(・・)かの」


 そう言うと"竜越貴人"アイトエルは麻袋へと手を突っ込み、そのまま"死体"を取り出した。


「……誰だよ? ソイツ」

「まだ新しい感じですねぇ、その死体」

「ベイリルは知ってる~?」

「いや──俺もわからん」


 キャシーもハルミアもフラウも、そして俺もまったく知らない死体の頭が、アイトエルの右手に鷲掴みにされていた。



「こやつの名は"脚本家(ドラマメイカー)"──ベイリル、フラウ……ぬしらの故郷を焼いた男じゃよ」

「……っ」


 フラウは思わず息詰まるように歯噛みして、俺は平静を(たも)って一切の反応(リアクション)を抑え込む。


「もっとも正確には実行犯ではない。しかし絵図(えず)を描いたのは紛れもなくこの男じゃった。もう死んでるがのう」

「……証拠はあるのでしょうか」

「ちょっベイリル?」


 俺の言葉にフラウが信じられないと言った様子で返す。恩人の言葉を疑ってかかったのだから当然であろう。

 だがそれが恩人であろうと五英傑であろうと、軽々(けいけい)に信じて動くわけにはいかない。


「証拠は無い。なんせ物語(シナリオ)の全てはこの頭の中で構築され、必要な人員のみに伝え実行する。時に無自覚に協力させられる一般人も含めての」


 アイトエルはグッと見せつけるように、死体の頭を空いた左手でコンコンッと叩く。


「ゆえに奴ら(・・)の中では最も厄介と言える。だからこやつだけ特別に殺しておいた、捕まえておく余裕はなかったんでの」


 五英傑をして捕縛できなかったというのは、いささか疑念が残るところであった。

 しかしここでさらなる猜疑心(さいぎしん)をぶつけて、彼女の機嫌を損ねかねないような()まではさすがに犯さない。



「質問ばかりで申し訳ありませんが……"奴ら"とは?」


「そこらへんは二人きりで話すとするかのう、積もる話(・・・・)じゃ」

「二人だけで、ですか?」

「そうじゃ。他の者に聞かれると、いささか面倒なことも含んでおる」

「フラウもハルミアさんもキャシーも、俺の大切な仲間です。それでもですか?」

「んむ。(わし)にとってではなく、ベイリル──おんしにとって都合が悪かろうてな」


(俺個人に対して……? どこまで知っているんだ──)


 いまいち意図をはかりかねる。俺にとって都合が悪いとは、どういった内容のことか。

 フラウにすら話していない秘密となると、知っているのはシールフくらいだが。


 俺は3人に視線を送ると、全員が了承するように以心伝心でうなずいてくれる。



「……それでは、屋敷へ案内します」

「いやいらぬ世話じゃ、"遮音風壁"を掛けるだけでよい」

「俺の使う魔術までご存知とは」

(わし)はのう……ベイリル、おぬしが知っている(・・・・・・・・・)ことなら(・・・・)だいたい知っている(・・・・・・・・・)


 武力的にも精神的にも圧倒された心地になりながら、俺は心中でゆっくりと溜息を繰り返す。

 青天の霹靂(へきれき)のような出来事だが……いまさらこの程度で動じてなるものかと。


「そうそう、それと──この脚本家(ドラマメイカー)の顔は、しかと胸裏(きょうり)に刻み込んでおけ」


 アイトエルは持っていた死体の頭を、さらにグイッと高く掲げて見せつける。


「既に殺された者を、ですか?」

「既に死んだ者を……じゃよ」


 言われるままに、俺は脳裏へとその死に顔を灼き付けるように見つめるのだった。



27話の過去回想で出ていた人。

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