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#11 信仰と創始


 ある男が──連邦東部にて"一本の魔剣"を拾ったところから、イアモン宗道団(しゅうどうだん)の前身たるカルト教団の歴史は始まった。


 その者はもとより三代神王ディアマを信奉していて、苦難の末に"不完全な刃"を手に入れた。

 彼と刃の下にはすぐに数多くのディアマ派の信者が(つど)い、作られた教団の規模はどんどん大きくなっていった。


 まずは不完全を完全(・・)へと戻すべく、教団は信者を増やしながら情報収集に奔走した。

 ついには特定した竜の巣へと突貫し、多くの教徒と資産を費やす犠牲を支払った。


 しかしその甲斐(かい)もあって、魔剣はその一部を得て完全へと近付いた。


 あと一つ手に入れられれば完成し、世界すら動かせるようになる。

 だが──その最後の一つが、情報にもまったく引っ掛かることなく時は過ぎていった。



 そうして(ごう)を煮やした教団内の一部派閥が、"魔剣"を盗み出そうとする事件が発生する。

 血で血を洗う抗争の末に魔剣を奪取することに成功して、新たな教義を作り新教団──現在の"イアモン宗道団(しゅうどうだん)"が設立された。


 教義を"(みち)"と称し、導く者を"道士(どうし)"と(たた)え、信徒を"道員(どういん)"と呼んだ。


 彼らはまず地下へと潜って目立たないように動き、残った教徒を念入りに殺して回った。

 殲滅が完了した後は"魔剣"を必要以上に(さら)すようなことなく、限られた中で本来の活動を再開する。


 過激派教徒の旗頭(はたがしら)だった男は、現状のままでは決して完全にはならぬと考えていた。

 前教団の全盛期の規模と人数ですら、一切の情報が入ってこなかった最後の一部──


 それはもはや人智の及ぶ領域にはない。このままでは永劫(・・)に完成を見ないと悟っていたのだ。


 だからこそ新しきイアモン宗道団(しゅうどうだん)は切り口を変えることにした。

 別に見つける必要は(・・・・・・・)なかった(・・・・)のだ。無いのならば……作ってしまえばいい(・・・・・・・・・)


 むしろそれこそが――よりディアマへと近付く為の試練であり、進むべき"(みち)"であるとしたのだ。



 "道士"として頂点に座した男は、機知に()んでいて()をわきまえていた。

 従来とはまったく別形態の組織構成へと作り変えて、量よりも質を重視した。

 より強固な信仰と契約によって結ばれた、裏切りを許さぬ新体制を確立させた。


 何十年何百年掛かろうとも構わなかった。教義さえ受け継がれていくなら──己が滅びることはない。

 初代"道士"は死んだ。"イアモン宗道団(しゅうどうだん)"は(なか)ばであったが、彼には一欠片(ひとかけら)の後悔もなかった。


 そして……何世代と"道士"が代替わりした今もなお、教義と魔剣は絶対のモノとして存在している──



 カツカツと普段よりも軽快な早足で、その男は歩を進めていた。


(長いようで短かった……)

 

 情緒で満たし、感慨に(ひた)るように──セイマールは心中で思い返す。


 前回とは比べるべくもないほど、才能のある子供達と言える。

 労を惜しまず奴隷市場を回って、手ずから素材にこだわり選別した甲斐(かい)があったというものだった。


 

(以前失敗した教訓も()きている)


 最初に受け持った生徒達は30人近かったのだが、結局残ったのはわずか2人だけ、それも今なお生きているのは"アーセン"のみ。

 その時の失敗を踏まえた上で、今回は教育方法をかなり刷新(さっしん)した。

 

 ます最初に外界て汚染された精神を、暗闇の恐怖によって浄化し、従順で吸収しやすい土壌(どじょう)を作る。

 これは魔術具製作にも通じる理念であり、それを参考にしたものだった。


 情によってなあなあ(・・・・)な関係にならぬよう距離感を大事に、自主独立の精神をもった少数精鋭。

 結果としてかなり個性が強い部分があるものの、まだまだ子供ながらも最初の生徒達よりも文武両面において遥かに優秀となった。


 補って余りある能力を試練で示してくれた。子供達はすでに魔術士としてはかなりの領域にいる。

 若過ぎる年齢は懸念(けねん)点として残るものの、目的の為には今の年齢でなくてはならない。



 セイマールは、普段の彼に似合わぬ珍しいほどの笑みを浮かべていた。

 そうして目的地である扉の前に立つとノックして名を告げた。


 中からの返事を待って部屋の中へ入ると、淫蕩な匂いに包まれる。


「失礼します、"道士"」

「セイマール、やけに嬉しそうだが……それが訪ねてきた理由かね?」


 道士と呼ばれた還暦を超えた男は椅子に座ったまま、(うつ)ろな表情の女性に(また)がられていた。


 セイマールが生徒たちへ向ける目を──道士はセイマールへと向けているようであった。

 彼のすること()すことを、まるで自分のことのように共感し、肯定するような──



「お喜びください道士。わたくしが手塩に掛けて育てたあの子たちが、"洗礼"に相応しく成長いたしました。

 つきましては明日夜に、道士の口から我らが教義を()いていただき、"魔剣"のお披露目をしていただきたく存じます」


「ほう……もう十分だと君は確信しているのだね、四人ともが"(みち)"に入るのに適格(てきかく)だと?」

「もちろんです。それもこれも前回より引き続いてわたしの教育案に賛成頂き、一任(いちにん)してくださったおかげです」


「なに気にすることはない、正当な働きに正当な評価を(くだ)しているだけに過ぎんよ。今なお我々の為に奉公(ほうこう)してくれているアーセン。彼にもまた(むく)いてやらないといかんな」


 セイマールは道士の言葉に(うやうや)しく(ひざまず)き、さらには伏して(こうべ)を垂れた。



 もうかれこれ35年近く──15歳の時分に拾われてよりの付き合い。

 ここまで生きてきて、この御方は一度として間違った判断を下されたことはなかった。


 道士のやることには全てに意味があり、深謀遠慮(しんぼうえんりょ)(すえ)に成り立っている。

 そして運命までも、宗道団(しゅうどうだん)と道士の為に微笑(ほほえ)んでくださるのだ。


「それにしても明日か、少し性急(せいきゅう)ではないのかね? "(にえ)"の準備はできているのか? もしも間に合わぬようであれば、コレ(・・)を提供しても一向に構わないのだが……」


 そう言って道士は自分の上で奉仕し続けている女へと目を向ける。

 それは一人の人間を見るような目ではなく……。セイマールもその光景に微塵の疑問を抱くことなく、平時(へいじ)を崩さず答える。


「いえ、それには及びません道士。"調整"にあたっていた者が、ちょうどよく入れ替え時ですので。巡礼で他の道員(どういん)たちの多くが戻りますし、洗礼にあたってこれ以上の日は(のぞ)めないかと」


「そうか……いや愚問(ぐもん)であったな。お前が用意もなしに許可を貰いにくる筈もなかろうに、許すがよい」

「わたくしこそ御心(おこころ)(づか)いに、心底より感謝いたします。未だ足りぬ我が身なればこその、身に染み入るお言葉であると」


 顔を上げてセイマールは、道士を畏敬(いけい)の念をもって見つめる。

 ああ……やはりこの方あってのものだ、我々全てが道士と教義の為に身命(しんめい)(なげう)ち尽くすべきなのだ。



「本当に優秀な子だ、セイマールよ。魔術具の製作にしても、教育にしてもよく貢献してくれている。お前が育てたあの子らは、間違いなく我らが道の大願の為に貢献してくれること疑わぬ」

「はい、我らが本懐(ほんかい)を遂げられるのも……きっと、そう遠くありません」


「そうだな。それで……近く洗礼を(おこな)うのであれば、その後すぐに別れを告げることになっても構わんのだな?」



 セイマールは宗道団(しゅうどうだん)と教義それ自体ではなく、道士という個人に対しての信仰がことのほか強い。

 それは道士もよくよく理解しているし、だからこそセイマールに信頼を置いていた。


「巣立ちの(とき)()けられませんゆえ。それにまた新たな子を迎え入れたいと思いますが……」

「許可しよう、資金も好きなだけ使うといい」


 セイマールの幼少教育法は、元を正せば道士がセイマールを拾い育てたことに(たん)(はっ)していた。


 手間や金は掛かるが、セイマールという実例を見ればそれだけの価値はある。

 量よりも質をこそ至上とするのが、新教団設立から()とされてきたものだ。


 ゆえにこそ惜しまないし、道員(どういん)は強固な絆と契約魔術によって結ばれるのだ。



「では"オーラム"には今日中に伝えておこう。彼奴(きゃつ)の持っている(みち)を通じ、任務に就かせることとする」

御意(ぎょい)のままに」


 事を終えて部屋から出ると(にぶ)嬌声(きょうせい)が再開される。

 一方(いっぽう)でセイマールは、 洗礼の準備の為に"地下"へと移動しつつ……確信に近い狂信と共に感極まった震えを堪能していたのだった。



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