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#185 戦後交渉 III


 カプランが書類の全てを精査し、そして俺は最後に渡された内容を見る。


「特に過不足は見当たりません。総帥──」

「……では、商会側も賠償金についてこれで正式合意といたします」


 書かれていた金額を見ると、試算からギリギリの(ライン)で吹っかけた(がく)が無事(とお)っていた。


「身代金については"そちらで直接交渉"を(おこな)うということで、本来想定される額よりは低いですがのう。

 ただなぁに東部総督のあたしゃの目から見ても……なかなか良い落としどころを見極めてらっしゃる」


「はい、身代金交渉にもカプラン君とは別に優秀な人材を送っていますので」


 戦争中に捕えた王国軍の高級将校に関して、身代金交渉はこちらで請け負う約束を取り付けた。

 王国出身で勝手を知り、"読心魔導師"でもあるシールフが担当している。

 金を限界まで(むし)り取るのは当然として、他にも弱味を握ってくるとなぜだかノリノリ(・・・・・・・・)であった。



(個人的に恨みでも残る貴族が、リストに載ってたんかな……)


 詳細について教えてくれることはなかったが、シールフなりに思うところがあったのは確かだろう。

 また金銭以外の価値を持つ"高級資源"や"戦略資源"などと代替とする判断も、彼女ならば適格。

 当然こうした交渉は帝国には任せられないし、賠償金の分配が少なくなろうとも譲れない一線であった。

 

 また相手方が身代金を払えず、土地資源で代替できない場合には、捕虜は当然こちらで引き受けることになる。


 それならそれでも構わなかった。なぜならそうした(やから)は商会員として、フリーマギエンスの教義に染め上げる。

 すると将来的には王国に対してそれなりの権限と人脈を備え、こちらに有利に運ぶ交渉が可能な人材の出来上がりだ。


(文化的侵略と支配は──)


 まずは一個人に対するソレから始まるというものだった。



「さて次に──インメル領あらため、"サイジック領"の復興における本国からの支援についてかの……」


 今回の交渉にあたってインメル領からの"名称変更"を申請して、正式に通すことができた。

 なにせインメルの名は戦災のみならず、伝染病と魔薬が蔓延(まんえん)したことによるネガティブイメージが強い。

 それは今後の復興にあたって非常に憂慮(ゆうりょ)すべき問題となり、停滞や衰退すら招きかねない。


 払拭(ふっしょく)する為にはまず外面から整え、内実も違うことを示していかねばならない。

 帝国側としても領地を死んだままにしておくのは決して好ましいわけもない。

 また領主であり名を冠していたインメル家も、現在では文句をつけられる立場にない。


 そうした新たな名こそ"サイジック"──科学(サイエンス)魔法(マジック)を冠し、魔導科学(マギエンス)の発信地となる場所である。



「──帝国からの支援は不要(・・・・・)。本当にこれでいいんですかのう?」」

「はいフリーダ総督、直接支援については一切いただかなくて問題ありません」


 既に賠償金や身代金を計算に入れた上で、商会のみで復興を完結できる見通しは立てていた。

 なによりも帝国側に介入されると、商会の機密を含めて色々と面倒なことになる。


「その代わりとなる要求(・・・・・・・・)について、帝国側の最終判断はどうなりましたか?」

「それはコッチに書いてある、無欲なんだか強欲なんだかよくわからんのう」


 新たに渡された皮紙には、ズラズラと項目が長ったらしく書き連ねられていた。

 そしてその多くがこちらが望んだ要求に対する、帝国側の合意内容であった。

 俺は指を添えながらゆっくりと頭を整理するように、カプランと共に承認された部分を確認していった。



(──サイジック領地の復興に際し、相当の期限を設けて"無条件の減税特区"とする)


 税金とは一般大衆にとって経済的に大きな負担となり、自由な交易においても足かせとなる。

 また領民の精神的にもキツいものがあり、そこを減らすのは重要なことであった。


 俺が下賜(かし)されたモーガニト領は元々が亜人特区であり、直轄領としても運営されていた。

 ゆえに引き継いだ後も"亜人の供与が義務"となる特区であったが、サイジック領に関しては無条件。


 カエジウス特区のように完全無税ではないが、期間を限定した条件なしの減税特区として無事認められた。



(──サイジック領内の安定が確立されるまで、商会の庇護下として"領地権限の一部代行"の容認)


 今後やっていくにあたって最も大事な部分であったが、これも問題なく承認されたようで一安心であった。

 とにもかくにも権限がないまま好き放題やっては、今度はこちらが帝国軍に潰されかねない。


 もっとも帝国本国としても……伝染病が蔓延(まんえん)したサイジック領を、率先して世話などしたくないのが本音。

 帝国の援軍が遅れたのも、危険地帯に戦帝が自ら出張(でば)るということで色々と本国で悶着(もんちゃく)があったかららしい。

 そこにきてカエジウス特区を迂回しての行軍な為に、精鋭ながら予想以上に時間が掛かったのだという。


 なんにせよ未だ伝染病が終息していない土地で、自ら泥をかぶり代行してくれるという連中がいるのなら……。

 "適材適所で一任してしまえ"──という判断も、実利を重んじる帝国らしいものだった。


 ましてや未だ中途の段階にあるが領地の復興、および王国軍を迎撃したという功績がある。

 さらに戦場で得た王国の遺品とは別に、魔術具などの兵器群の多くを帝国へと引き渡した。


 帝国の軍事力に利する行為にはなってしまうが、これで商会による武力蜂起という考えを払拭(ふっしょく)できる。

 そんな善意(・・)のシップスクラーク商会が"領地復興の為"だと強く望むのであれば、帝国としても無下に断ることなどできはしない。


 それに本当に必要と思われるモノはあらかじめ隠して確保してあり、今後の開発に役立てる準備も整っている。



(──王国軍から捕えた奴隷兵の処遇の一切を、商会に(ゆだ)ねること)


 これは賠償金の請求と分配にも含まれていた問題であり、賠償金の額が締結した時点でこちらも当然承認される。

 ただし帝国側は問題が起こった場合に、一切関知しないという(ただ)し書きを含めて……である。

 商会の方針としては、干渉されないというのはむしろ都合が良い。


 帝国側の考え方としては、王国で契約された奴隷など単純に扱いにくいだけということ。

 かと言って王国に返還したところで、元々使い捨ての連中であり価値は低い。

 仮にその分を賠償金を上乗せしたところで、(たか)が知れているのだった。


 また王国としても賠償金との兼ね合いによる合意を得た上で、正式な奴隷の売買取引という形で収まった。


 ただしそれはあくまで形だけであり、奴隷契約魔術そのものが失われたわけではない。

 よって合意の件を無視した契約主が、被契約奴隷を強引に取り戻そうとした場合……。

 それに付随する形で起きた問題は、王国側も関知しないという約束が取り付けられた。

 

 今後奴隷の扱いについては、自衛手段を含めて色々と考えていかねばなるまい。

 なんにしても復興の為の"労働者"の確保ができて、今後の発展は加速していくことだろう。



(──帝国および王国に対し、こたびの伝染病の対処方法と魔薬情報の共有)


 これは両国にとっても(えき)があることであり、商会としても情報共有は必要なことだった。


 また"王国に対しても"と付け加えることで、商会それ自体は中立の姿勢であることを強く(しめ)す。

 商会には叛意(はんい)などが無いことと、慈善企業体としての立場を明確にアピールしたのだ。

 

 今はまだ雌伏(しふく)すべき時であり、余計な目を付けられるわけにはいかない。

 土台を作り、足掛かりにする為には、貴重なデータであろうとも差し出す必要がある。

 同時に商会の情報網を、こうした糸口から各国に広げていくことができるという打算もあった。


 そして"人類皆進化"という大きな(くく)りにおいては、不必要な人的損害は決して容認できない事項でもある。

 こうした災害による情報の共有は、野望とは切り離した部分で大事なことなのである。



(さて、ここまでは協議でもさほど難航はしなかった部分で……問題は──)


 インメル領会戦における最大の功労者。()の者らがいなければ、そもそも戦争すら起こせなかった。

 そして実際の戦争行動においても、最高の働きを見せてくれた二大戦力。


 "荒れ果てる黒熊"バリスを大族長とした騎獣民族。

 "嵐の踊り子"ソディア・ナトゥールを首領とするワーム海賊。


 その多大なる労に対して(むく)いる為には、シップスクラーク商会だけではどうしようもない。

 帝国からの譲歩(じょうほ)を引き出す必要があり、それこそが交渉における(きも)の部分でもあった。


 場合によっては徹底交渉もやむなしと覚悟を決めて、俺はさらに読み込んでいくのだった。



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