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#184 戦後交渉 II


「あぁ、ちょっとよろしいだろうか。そちらの総帥とやら、仮面を外してもらいましょうか?」


 開口するやいなやアレクシス・レーヴェンタールは慇懃無礼(いんぎんぶれい)な態度を見せる。


「アレクシスや、おんしは事情をあらかじめ聞いとるじゃろう。戦傷(いくさきず)に触れるなぞ──」

「総督、公式の場なのですから、わたしのことはしかと総督補佐とお呼びください」

「はぁ~……まったく、(つつし)みんしゃい。アレクシス総督補佐。ぬしゃあとモーリッツはあくまで後学。

 今後に備えた教育として連れて来たに過ぎんのじゃから、余計な口を差し挟むでないわ」


「しっ、しかし総督。私は……我ら二人は立場があれど王族です。戦場経験もあり、仮面は(はず)すのが当然でしょう」


 モライヴは黙して何も言うことはなかった。こちらの顔を見てみたい好奇心もあるかも知れない。


 あるいはもしもリーベという存在が架空であり、常に影武者を立てるものと知っていたなら……。


(今のアレクシスを止める言動くらい……してくれたんだろうかねぇ)


 身内に呆れたフリーダの表情を見つつ、俺は剣呑(けんのん)な雰囲気になる前に申し出る。



「総督殿(どの)、わたくしは構いません。公式の場にて礼儀を欠く行為なのは事実です」


 そう言って俺はゆっくりと両手で仮面を外し、"リーベの素顔"を見せた。

 

「っな……うっ……」

「ふむ……」

「……」


 アレクシスは絶句し、フリーダはやんわりと眺め、モライヴは顔を変えず見つめる。

 その顔には左上方から縦に深い(みぞ)のように斬られ、さらには火傷痕が痛々しく残っていた。

 左目は潰れ、鼻は()がれ、唇も裂けていて、輪郭も歪み、直視に()えぬ(かお)


「大変お見苦しく申し訳ありません。ただ空気に触れると痛みますので……ご許可をいただけるのであれば──」

「いっ……いい! わかった、もういい着けていて構わぬ!!」


 アレクシスは狼狽したように叫び、俺はゆっくりと仮面を着け直した。

 そう……これはもちろん自分の顔ではない。ひどく(みにく)作られた顔(・・・・・)である。


「失礼しましたのう」

「いえお気になさらず」


 空気密度を操作して多少なりと見目を変えることくらいはできるが、それでは近距離で相手を騙せない。

 だからと言ってベイリルの顔を、そのまま晒すわけにもいかない。

 単純に顔を知られる以前に、総督補佐であるアレクシスが来ると踏んでいたからだ。


 そう──これは特殊メイク(・・・・・)。"(みやび)やかたる"ナイアブの手による、ある種の芸術作品であった。

 

 今はまだマスクのように着け外しが自由なわけではなく、肌に直接ほどこしてもらったもの。

 わざわざ往復飛行して会いに行き、(せわ)しない中で必要だからと依頼したものであった。


 生々しく痛々しい姿を正視する者などそうはいないし、ナイアブの技術も素人目にはわからない。

 そも特殊メイクという存在自体が認知されてない以上、偽物の顔だという発想に至らないのだった。



(変身は魔術ではできない(・・・・・・・・)しな……)


 "顔を変える"というのは、魔術程度では不可能というのが定説だった。

 魔族や獣人や亜人のように、幾世代と掛けて変質していくのとはワケが違う。


 顔というのは人としての認識を得る為の最重要パーツ。そこを変形させるというのはリスクが伴う。

 もしも元の顔に戻れなかったら? 眼球を傷つけたり、骨が脳みそを歪めて死んでしまうのでは?


 "自分が自分でなくなってしまう"──今ある己を捨て、まったくの別人になるという根源的な恐怖。

 

 そういった無意識にある負のイメージが、変身魔術を阻害してしまうらしい。

 それはシールフがいつぞやの講義で語った──通信魔術は難しいということにも似ていた。

 無意識で人はリミッターを掛けてしまう、だからこそ魔術には越えられぬ(ライン)があるのだと。


 仮に自由自在に変身できる奴がいるとすれば、それはもはや人に(あら)ず。

 己という存在自体があやふやで、頓着がない怪物。かつ魔導に至るだけの才が()るとも。


(そんなようなことをシールフは教えてくれたが──)


 いずれにしても顔を隠すというだけでなく、相手に負い目を与えるという点でも……特殊メイクは効果的だった。

 しかも相手方から仮面の裏を直接見せろと言ってきてくれたことは、非常にありがたい。

 これで帝国において"リーベ・セイラーの戦傷(いくさきず)"は、多少なりと保証された風聞になるだろう。



「左眼が見えないばかりに右眼を酷使した所為(せい)か、幾許(いくばく)か見えにくく不都合をお掛けするやも知れません。

 また喉も焼けてしまっていて、声も少々お聞き苦しく……治癒魔術でも限度がありまして、仮面にて失礼します」


「いやいや、あたしゃらで良けりゃいくらでも頼ってくださいな」

「痛み入ります」

「ところで、会談の前に差し支えなけりゃ聞いてもええかえ?」

「答えられる範囲であれば……なんなりと」


「おんしは魔導師であると、噂に聞いたんじゃがのう」

「魔導師だとっ! 貴殿は魔導が使えるのか!?」


 興奮しいきり立ったアレクシスを、フリーダは背中を引っ張り座らせる。


「正確にはわたくしにもわかっていません。ただ夢を見る時に、好機か危機か、どちらかの未来が見えることがあるのです」

「ほう……無意識にて使える魔導、たまにおると聞きます」

「ちょうどこの戦傷(いくさきず)を負って、生死の(さかい)をさまよってから見えるようになりました。 

 ただ任意で使えるものでもないですし、あくまで未来の天秤にほんの少し指を沿えて傾ける程度のものです」


「それでも短期間でこれほどの(・・・・・・・・・)組織を作り上げた。特筆に(あたい)すると思いますがのう」


(……探りを入れられている、か。やはり油断ならない婆さんだな)


「わたくしの(ちから)は微々たるものです。こちらのカプラン君や他の支えてくれる者たちのおかげです」

「恐縮です、総帥」


 我ながら少し白々しい気もしたが、さらに(げん)を補強するように用意してあるシナリオを口にする。



「それに……我々の大元は"大魔技師"です」

「なにっ!? 大魔技師だと!!」


 さきほどから過大反応(オーバーリアクション)のアレクシスがうっとうしいが……フリーダは慣れた様子であった。


「興味深い話ですのう」

「大魔技師と七人の高弟(こうてい)。彼らの内の一人が残したモノが我々の前身です」


 一般にも扱いやすい魔術具をいくつも開発し、また現在も使われる統一された度量衡(たんい)

 さらには多様な造語までも、世界各国に高弟(こうてい)を派遣したことで広めた大魔技師。

 彼が死した(のち)、直属であった高弟達はそれぞれに偉業を成し遂げた。


 帝国に渡った高弟は──"魔導具"を作るにまで至り、現在でも帝国の最先端技術を扱う"工房"を作った。

 連邦東部に残った高弟は──多種多様な用途の魔術具の製造・販売を担う、一大企業を組織した。

 連邦西部に渡った高弟は──"使いツバメ"のシステムを構築し、それらが(のち)の冒険者ギルドの雛形となった。

 皇国に渡った高弟は──聖騎士の権利の一部を各国へと広げて、世界全体に存在を認知させた。

 現在の共和国周辺に渡った高弟は──元々首長合議制であった連合形態を作り変え、共和制を浸透させ国家として独立させた。

 王国に渡った高弟と、魔領に渡った高弟は──ついぞ語られることなく、何を成したかは定かではない。


 大魔技師と七人の高弟の話を利用することで、商会の特異性へ説得力を持たせる。

 どのみち精細に(さかのぼ)って調べようもないので、押し通してしまえばそれで十分だった。



「シップスクラーク商会はあくまで慈善を主とし、その為のあらゆる技術を推進します」

「んなるほどのう、それを復興の為に役立て……戦争をすら辞さなかったと」

「総帥の予知夢による指針がなければ、ここまでの大規模行動は起こせませんでしたが──」


 カプランが付けくわえ、フリーダはわずかに考えた様子を見せてから柔和な表情を浮かべる。


「いやはや結構結構。少しだけ(・・・・)納得もいきました」


 そう言うフリーダの瞳は違う色を(たた)えているようであり、彼女もまた一筋縄ではいかない。

 お互いに牽制(けんせい)し合うかのようなやりとりに、やはり調査通りの人物なのだと認識させられる。

 伊達に東部総督の地位にはおらず、歴とした経験と実力によって裏打ちされたものなのだと。



「さて……本題に移るとしますか。まず"賠償金"についてですが、中央の最終判断はこちらになりますのう」

「拝見いたします」


 カプランは渡された複数枚の皮紙を、サササッとかなりの速度(スピード)で読み進めていく。

 そして重要となる部分だけをいくつかピックアップし、俺は書類を順次受け取る。


「事前案からはほぼほぼ変わっておらぬじゃろう。そちらの働きがそれだけ素晴らしいものだったという(あかし)

 王国としても、ああも遺体や遺品がしっかりと返さるるば……帝国側の強い要求も飲まざるをえなんだ次第(しだい)


 肉体の損壊が酷いものも数多くいたが、残る王国軍兵士の死体は基本的に丁重に回収して見目だけでも整えた。

 王国軍が追い詰められ籠城すれば、どのみち包囲して兵糧攻めをしている(あいだ)は時間を持て余す。

 まして領地復興の中途であり、死体を戦場に放置しておくのも衛生的に問題があった。



 よって可能な限り遺品も含めて、王国側の尊厳を踏みにじらぬよう配慮して国土へと帰してやった。

 (むご)たらしく暗殺した将校や兵士達の家族については申し訳ないが、より確実な勝利には必要な犠牲だった。


(だいぶ変質(・・)してきてる気もするな……落ち着いたらシールフにカウンセリングでも頼むか)


 暗殺から(かぞ)え、戦争を経たことで、俺自身の"人間性"というものが希薄になっている。

 200年や300年先ならともかく、まだまだ若い身空(みそら)でそれはいささか危うい。


(肉体はともかく、精神的な"亡者"になんかなりたくないし──)


 そんなことを考えながらも……俺は必死に書類を読み通していくのだった。


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