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#183 戦後交渉 I


 "東部総督府"──帝国貴族となってから半季ほど、俺は再びその門戸をくぐる。


 改めて見ても総督府は相応の威容を誇る高層建築の城塞。

 都市の中にあって明らかに浮いた存在ではあるが、それだけ労働者も多く経済も回るのだった。


「参りますか、カプラン()

「はい、総帥(・・)


 俺とカプランの二人は帝国からの正式な召喚に応じ、連れ立って帝国との最終交渉に(のぞ)む。

 総督府の入り口にて書状を見せ、既に待っていた帝国役人と共に──会談の場へと案内された。



()もなく参られますので、もう少々お待ちください」


 そう言うと帝国役人は茶を入れると(うやうや)しく一礼して、部屋から出て行った。

 俺は用意されたお茶の香りを、仮面(・・)の隙間から一口だけすすってカチャリと戻す。


「ん……最高級品のようだ」


 ハーフエルフの強化された嗅覚と味覚で、俺は存分に味わう。

 カプランも同様に口に含んだお茶を、ゆっくりと嚥下(えんげ)してから口を開く。


()れた(かた)も良かったのでしょう。個人的に帝国茶葉はあまり好みではないのですが、これは美味しいですね」


 俺はシップスクラーク商会の総帥用のローブに、二重螺旋の系統樹の紋章を着ける。

 仮面には大きな四重円の中央に小円があり、大円の内側2本の軌道には2つずつ小球が規則的に配置されていた。

 カプランも普段はほとんど着ないのだが、正式な場であるので短めにあつらえた白茶けた色の商会用ローブをまとっている。


 例によって俺は音圧を操作して声を変え、シップスクラーク商会"総帥"にしてフリーマギエンス"偉大なる師(グランドマスター)"。

 リーベ・セイラーに(ふん)して、立場と言葉づかいも見合ったものに変えている。

 どこで聞き耳を立てられているのも限らないので、仮面をかぶったその瞬間から演技は継続していた。



 強化感覚で近付いてくる足音を聴いた俺は、カプランに仮面越しに顔を向けて二人で立ち上がる。

 そうして部屋の前に三人が立つまでを確認したところで……扉一枚挟んだ向こう側の声を、俺は半長耳に通した。


『総督、ここはわたしから入室しても?』

『ん? 構わんよ』

『当然だな。まずは下の者から入るべきだ』


 老婆と男2人の声。一人は以前に聞いたばかりの声であり、忘れようはずもない。

 ただしそれとは別に俺はわずかに"引っかかり"を感じたのだが、それを確認する前に扉が開けられる。


「……っ!?」


 そして俺は──"最初に入ってきた人物"に、動揺を隠しきれなかった。

 確実に表情に出てしまっていたので、仮面によって隠れていたことが、この際は大いに幸いした。

 カプランの(ほう)は気付いていない。彼の記憶力なら名前を知ってはいても、顔までは知らない(・・・・・・・・)からだ。



『平静を──』


 俺は二人目が入ってくる前に、一礼しながらカプランだけに聞こえるような小声を魔術で飛ばした。

 それだけでちゃんと意図が伝わることを信じて、続く"長身の男"と"老婆"に頭を下げたまま待つ。


「お待たせしましたかのう。さっ頭を上げて座ってくだされ」

「それでは……──」


 会談の席についたところで俺は、ティーポットから茶を注いでいく"最初に入室してきた男"を見る。

 男は3つにすべて注ぎ終えて座ったところで、まずはこちらから先に自己紹介をした。


「仮面を着けたまま失礼します。シップスクラーク商会の"総帥"リーベ・セイラーと申します」

「同じく、商会の渉外官(しょうがいかん)を務めております"素銅"のカプランです」


 こちらが座礼するのを見届けた後に、対面の3人が順番に名乗っていく。



「あたしゃ"東部総督"フリーダ・ユーバシャールじゃ。堅苦しさはなくてよいぞ」


 下調べした通りの人物──東部を統括する総督、海千山千のやり手と名高いばあさん。

 人族の女性、年齢は74を数え未だに現役。実力主義の帝国で長きに渡りその地位につく人物。

 インメル領そのものも含めた会談交渉は最終的に、フリーダ総督にこそ決定権があるのだった。

 

「……帝国"東部総督補佐"、アレクシス・レーヴェンタール」


 帝王の血族──レーヴェンタール一族の第三子。人族の男性、22歳。

 モーガニト領の下賜(かし)の際とは違って、場を(わきま)えているのか……高圧さは感じられなかった。

 

 彼がもしも帝王の座につかない場合は、いずれは東部総督となるのかも知れない。

 そうした場合に備えて、彼の気質を改めて探っていくことにする。



 そして……最初に入室し、最後に名乗る男。


「帝国中央参謀本部──」


 顔を見紛(みまが)うはずもないし、もちろん双子などでもないだろう。

 気怠(けだる)さが染み付いた表情は()と同じ印象を与えるが、昼行灯(ひるあんどん)にも見えた雰囲気はもはやない。

 天然パーマが交じる黒髪を短くしていて、やや恰幅(かっぷく)がよく、上背はあるが猫背気味なのは以前と共通している。


("モライヴ(・・・・)"……この場に出席し、交渉できるほどの地位にいるのか)


 学園の戦技部兵術科でジェーン、キャシー、リンらと共に学び──フリーマギエンス員でもあった。

 "遠征戦"においても作戦参謀として、後方でそつなく全体の取りまとめをこなしていた。

 主要面子よりも一季早く卒業してしまった後も、連絡がほとんどなかった為に随分と久しく感じる。


「"陸軍元帥・次席副官"──」


 ただいくら帝国が実力主義であり、フリーマギエンスの教えがあったとしても早すぎる出世劇だ。

 となると元々それなりの家柄があって、事情があって学園に(かよ)っていたのだろうと推察する。



「──"モーリッツ・レーヴェンタール"です、よろしくおねがいします」


モーリッツ(・・・・・)……? "レーヴェンタール"、だと!?)


「ほう、王家に連なる(かた)二人も(・・・)──」


 カプランが軽く話を振って、相手との距離を縮める雑談に花を咲かせる中で──

 俺は会話が耳に入ってはきていても、それ以上に脳内が混濁するように回転していた。


 彼はモライヴなことは確かだ。しかし今この場にいるということ、そして王族の名を(かた)るはずもない。

 学園で使っていたモライヴという名前が偽名であり、彼の本名はモーリッツ・レーヴェンタールなのだ。


 ただそれ自体は珍しいことではない。学園には各国から多種多様な立場や種族の者が(かよ)っていた。

 後ろ暗い理由によって、(なか)ば流刑地にような扱いとして送られることもあるのが学園だった。


 リンとて信頼できる相手にしか、フォルス家であることを明かさなかった。

 パラスも家名に関しては……彼女なりの矜持(きょうじ)があったのか、一切(いっさい)口にすることはなかった。

 もちろんオックスのように率先して名乗ることで、積極的に人脈を広げようとする者もいた。


 

(まさか帝王の一族まで学園にいたとはな、年を考えるとヴァルターよりも上──)


 魔薬を持っていたヴァルター・レーヴェンタールの一件から、帝王の血族の情報は一通りあさった。

 だからアレクシスを含めて、帝国王族については頭の中に入れてあった。

 モライヴという偽名で(とお)し続けたからこそ、モーリッツからドカンと不意打ちを喰らった気分である。



(モライヴ──)


 馴染み深い彼の名の(ほう)を心中で呼ぶ。モライヴはリーベとは会ったことがない、つまりこの会談が初対面。

 だが総帥の名前と存在については、商会やフリーマギエンスに所属する者ならば認知されている。


 学園時代から絶妙なナマケものを演じながら、商会とフリーマギエンスを利用していただけなのだろうか?


(まぁニア先輩なんかは公言してたし、別にフリーマギエンスや商会を利用されるのも別段構わない)


 悪辣(あくらつ)なやり方はさすがに対処するものの、得た知識や経験を活かしてもらうのはむしろ望むべきところ。

 特許関連や世界バランスは考えねばならないが、ただテクノロジー周りにモライヴはそこまで深く関わってはいない。

 

(いや……問題は、何故この場にいるかということだ)


 彼が実は王族であったことは別にいい。驚かされたものの、それ自体は単なる事実の1つに過ぎない。

 憂慮(ゆうりょ)すべきなのは──彼が今なお(こころざし)を同じくする味方なのか、あるいは仮想敵(・・・)なのかということ。


 東部総督とその補佐が来るのは予定通りだが、参謀本部は交渉に関わりがないはずだ。



(シップスクラーク商会の名を聞いて、交渉にあたって自分から希望したとか──?)


 直接的に尋ねてしまうと、いらぬ誤解やほころびが生まれかねないので自重する。

 いまいちモライヴの真意を測りかねる。こんな時こそシールフの"読心の魔導"が欲しくなってくるほどに……。


(いや待て、そうだ。部屋の外で"先に入室したい"と言ったのはつまり……)


 ハーフエルフの強化聴覚ゆえに聞こえた、聞き覚えのあった声と言葉の意味。

 もしかしたら、ベイリル(おれ)だったり、他にモライヴの顔を知る商会員との接触を考慮したのか……?

 先に入室したのなら、フリーダやアレクシスに気付かれる前に合図を送れると。


 結果的に俺は今現在リーベを装っていて、カプランは顔を知らないので、その配慮は杞憂(きゆう)に終わった。


(商会にとって有利に話が進むよう働きかけにきた、ってのもありえるか)


 それは多分に希望的観測を含んでいたし、個人的にモライヴを信じたいという気持ちの表れ。

 もしくは話でしか聞いたことがない総帥リーベが来ると踏んで、その目で見たいと思って来たか。

 

(まぁいい……モライヴの思惑がどうあれ、やることは変わらない)



 するとタイミングよくカプランは、フリーダ総督との雑談を終えたようだった。


「──あっと、少しばかり話しすぎましたか、お時間は大丈夫でしょうか?」

「構わん構わん、総督なんぞ()うても有事がなきゃさほど仕事はありゃせんて」


 カプランが会話を打ち切ったということは、相手の気質や(サイン)を見抜き、利用していく準備が整ったということである。

 あとは俺にも関知しえない部分で、仕草や抑揚(トーン)や視線など様々な技術を(たく)みに使って相手を誘導する。


「それは良かった。残る話は会談を終えた(のち)ほどにでも──」


 同時に俺の動揺を察して、カプランは会話を引き延ばしてくれていたようにも思える。

 前段階の交渉の段階から……本当に頼もしくありがたい人材であった。


「ではパッパと終わらせますかのう。なぁに、これは詰めと合意にすぎませんて」


 既に室内はカプランとフリーダの世界とも言えた。

 実効権限を持つのは総督は彼女であり、リーベは総帥であっても基本的には神輿(みこし)である。

 事実モライヴもアレクシスも、雑談には参加せずに一歩引いた位置からうかがっているような印象。


 と思っていた矢先、アレクシス総督補佐の第一声が、俺の心を波立たせた。


「あぁ、ちょっとよろしいだろうか。そちらの総帥とやら、仮面を外して(・・・・・・)もらいましょうか?」



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