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#182 帝国貴族 II


(伯爵──)


 帝国では大きく、公爵、侯爵・辺境伯、伯爵、子爵、男爵と分かれる。王国ではさらに下の騎士爵が加わる。

 必ずしも内実を(ともな)う絶対のものというわけではないが、体面的に伯爵は相当の地位ある貴族だ。

 それは土地の性質上与えられたものか、あるいは円卓の首級にそれだけの価値があったか。

 

「元々は帝国直轄領だ、実効的な運営はここ東部総督府から派遣された者が(にな)っている。引き継ぎは現地にて(おこな)え。

 "特区税制"について現状は変えないとの決定だ。もとより成り上がりの素人に、大した期待などしていないが──」


 地図を横に移したアレクシスは、紙束(かみたば)から新たに書類を一枚抜いて上に置いて見せる。


「当然ながら亜人特区としての義務は果たしてもらう」

「帝国の軍政における人材の輩出、ですね」

「そうだ、少しくらいは勉強しているようだな。その心がけを忘れるな、帝国の為に働き、働かせよ」


 帝国における"特区"とは、税制を優遇する施策の一つである。

 例えば竜騎士特区は帝国軍への協力を見返りに、税の減免と"神王湖"に面する世界第2位の山を占有している。

 亜人特区や獣人特区などは、軍役(ぐんえき)や文官として帝国へ供出することが定められていた。



(実力主義で台頭できる帝国だが──)


 実際にはそう単純明快というわけにもいかない現実もあった。

 どうしたって種族差による嫉妬や差別意識を、完全に払拭(ふっしょく)することは難しいからである。

 その為に特区というシステムで管理をしているのだ。


 同種族間で競い合わせ、同胞意識も高めつつ、"持ち味"を特化させていく。

 個人ではなく種族という単位で管理することで、立場を明確に切り分ける。

 その上で登用制度を確立させて、出世への道を作ることで感情をもコントロールする。


(それで実際に上手く機能しているのだから、形態としては完成されているのだろうな)


 時代や背景によって、統治機構というものはそれぞれ最適なものがある。

 異世界において共和国は政情不安であるし、東西にまたぐ連邦も一枚岩には程遠い。

 帝国や王国を見る限りでは、やはり君主制のほうが安定しているように思える。


(今後の為に参考にすべき部分は多い。そこらへんのノウハウも上手く盗んでいこう)


 特区の中で唯一、完全無税かつ見返りも縛りもまったくないのは"無二たる"カエジウス特区だけ。

 ただしこれは存在そのものが帝国にとって最大の恩恵と言えた。

 国家すら相手にできる"五英傑"を好きにはできまいが、表向き取り込むことはできる。

 五英傑それ自体の対処のみならず、外交的な有効利用についても切り離せないに違いなかった。

 


「"領地法"についてだが……特区は独自性が強い為に、他領よりも裁量範囲は広い。が、好き勝手はできないぞ。

 帝国法に基づくという前提は当然として、最終的な承認については総督府(こちら)で厳正に(おこな)うわけだからな」


「心得ました」


 帝国領は世界で最も広い──それゆえに自治権も相応に認められている。

 しかし自領を持ったからと言って、どのみち好き勝手するつもりはない。


(俺……いや商会(おれたち)がやることは順当な領地経営だ)


 インメル領との交易を活性化させ、シップスクラーク商会の"大支部"を(もう)ける。

 経済でも文化面でも健全に運営していき、従来通り有能な人材を帝国へと供出する。


(少しだけ違うのは──"自由な魔導科学(フリーマギエンス)"の教義を植え込んでおくだけだ)


 種子は芽吹いて成長し、(つぼみ)となりて開花し、新たな()を結んで、また種を残す。

 商会に属する人材は帝国において頭角を現し、内部で(ちから)をつけ出世し、価値観を広め継承していく。


(合法的かつ効率良く、染め上げていこうじゃあないか)


 少しずつでいい、大帝国の権勢を()ぎ落とす。

 文化でも宗教でも外交でも、それが後々(のちのち)の為に繋がる。

 今後どう転ぶかはわからないが、制覇勝利するにしても優位に働く(くさび)を打つ。



「残る詳細は担当の者に聞け。あと、この場にて決めるのは……領地の名と家名だ」


 アレクシスは地図をもう一度机の中央に広げると、トントンと枠内の土地を指で叩いた。


「国家直轄管理から複数統合した区域の割譲(かつじょう)ゆえ、内一つをさっさと選ぶがいい」


 俺はスッとフラウへ目配せすると、彼女は静かにうなずいた。

 別に未練があるというわけでもないのだが、それでもどれかに決めるのならば……。

 やはり焼け落ちたインヘルの街が属していた、故郷である土地の名以外にはなかった。


「それでは──"モーガニト"でお願いします。家名も同じで構いません」

「モーガニト領……と。あとはこの四枚に姓名として記入し、血判を押すがいい」



 俺は言われるがままに、"ベイリル・モーガニト"と4枚すべてに署名する。

 そして用意されていたナイフで親指を薄く切り、血判を丁寧に()していった。


 見届けたアレクシスは総督補佐として彼自身の署名を付け加えていく。

 その()1枚を丸めてから(ロウ)を用いて判を押して固め、1枚はそのまま渡してきた。


封蝋(ふうろう)したほうは領内の担当者に渡して処理をしてもらえ。場所は書類のいずれかに(しる)してある。

 そして一枚は総督府(こちら)で預かり、もう一枚は帝都へ送られる。残る一枚は貴様がしかと保管しておけ。

 これで名実ともにモーガニト領主だ。帝国貴族らしい振る舞いを期待する。陛下の期待を決して裏切るな」


「委細承知しました」


(──とは言うものの、スィリクスと商会に任せて放蕩(ほうとう)するわけだが)


 俺という個人が、どうしても必要になった場合にのみ戻ってくればいいだろう。

 幸いにも俺は高速飛行できるので、行き来するのにそこまで時間が掛かるわけではない。

 モーガニト姓もよっぽどのことが無い限り名乗るつもりもないし、立場を利用することもないだろう。



「こちらの地図はいただいてもよろしいのでしょうか?」

「あぁ……他のも全て持っていけ、引き継ぐのに必要な他の書類も含まれている。どれも帝国の機密だから慎重に取り扱うように」

「はい、ありがとうございます」


 俺は用意しておいたカバンに丁寧にしまいながら、つつがなく終わったことに安堵(あんど)する。

 既に聞いていた話だったが、こうした場において契約魔術による強制力などはないようだった。 


(あくまで個人間でしか使えないのが契約魔術なんだよな……)


 奴隷契約などをはじめとして、強制力が発生するのは個人同士に限られる。

 それも基本は相互契約であり、一方的な契約となると強制力の幅が狭まってしまう不可思議。

 また契約魔術自体も差異はあるが……距離と時間によって弱まる為に、定期的に更新する必要も場合によってはあるのだとか。 


(意識か無意識か──)


 魔術という曖昧な(ちから)は、その形態や性質が多様極まり、また変化していく。

 だからこそ魔力を含めた、その真理の追究には多大な労力を伴うに違いなかった。



「しかしなんだ……」


 アレクシスは足を組み替えながら、ようやく興味を(とも)した黒瞳を向けてくる。

 さっさとこの場から去りたいし、向こうも好意的ではないというのに。


 視線を動かしていきながら、アレクシスはまるでこちらを値踏みするような眼差しだった。


「貴様らが円卓と二席と十席をねぇ……」


(こいつも喧嘩を吹っかけてくるわけじゃなかろうな──)


 ありえないとは言い切れない。帝王の息子で才能にも事欠かないだろう。

 戦争狂(ウォーモンガー)まではいかずとも、戦闘狂(バトルマニア)としての一面を受け継いでいても驚くことはなかった。



「どうやって殺した?」

「自分も彼女も魔術戦士です、手の内を晒すような軽はずみな(げん)は控えたく存じます」

「この私を前にして、いい度胸をしているな貴様」

「それとも……殿下ご自身でお確かめになりますか?」


 アレクシスは目を見開くと、こちらを恫喝(どうかつ)するように睨みつけてくる。


「血の気が多いな。それとも愚弄(ぐろう)しているのか」

「滅相もありません。ただ論功行賞の(おり)に、陛下がその実力を確かめたいと申されまして……幸いにも立ち消えましたが」


 眉をひそめたアレクシスは、嘆息(たんそく)を口元で押し留めてから口を開く。


「っ……まあ陛下はそうであろうな。それでこの私も同じと思ったわけか?」

「ご気分を害したのであれば謝罪します」

「いや……いい、ただ二度と同じことは言うな。そうした生き方を否定はしないが、私は違うことを覚えておけ」

「失礼いたしました」


 戦帝を引き合いに出せば、アレクシスも引き下がらざるを得ないようであった。

 ただそれは帝王や父に対しての恐れではなく、一人の人間としての憧憬や尊敬といった念からくる濁し方に思えた。


「──帝国は軍事国家だ、その持て余す(ちから)を振るうことだな」



 席から立ち上がったアレクシスはそう言い残すと、一瞥(いちべつ)もくれずに扉から出て行ってしまった。

 廊下からもその足音が聞こえなくなるまで待ってから、俺は緊張の糸を解く。


「あーしら残されたけど、どうすんの?」

「……まぁ普通なら俺たちもさっさと去るべきだが」


 俺はグッとフラウの腰を掴んで引き寄せて、音が漏れないよう一方通行の"遮音風壁"を室内に張る。


「用事は終わったし、もう滅多に誰かが来ることもないだろ」

「な~んだ結局ヤる気(・・・)なんじゃん、ねぇ? モーガニト伯爵ぅ」


 フラウの胸元でキラリと輝くエメラルドの指輪と、彼女の薄紫の瞳とを見つめる。


「なんのかんの節目(ふしめ)だ。二人きりだが……ついでに"誓約"しとくか?」

「んっ悪くはないけど、やっぱあーしとしてはみんなで(・・・・)がいいな~。だからがんばってね」


 椅子に座ったまま俺の真ん前にまたがったフラウと、熱い視線を交わし合い唇を触れ合わせる。


「まったく、わがままな伯爵夫人だな」

「妥協したくないかんね~」

「同感だ」


 俺とフラウはゆったりとしたペースで、しばらく部屋に留まるのであった。



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