#180 旧友再会 IV
「いつ切り出そうか迷ったんですけどね」
「なっ──あ……が?」
事態を上手く飲み込めていないスィリクスに、俺はさらに言を重ねる。
「もう一度言います。ワーム迷宮の最下層に到達し、踏破したのは俺らなんです」
「あっ……あれほどの迷宮を!?」
「ちょっと邪道な裏技だったんですが、そうです」
俺がぬけぬけと言うと、ハルミアが笑みをこぼしながら言う。
「ちょっとですかねぇ?」
「まぁ……かなり? いや、すごく? いずれにしてもカエジウス采配では許されたんで、終わり良ければ全て良し」
「っ……ハルミアくんも一緒に制覇したのか?」
「はい、あとフラウちゃんとキャシーちゃんもです」
「あの元落伍者たちを含め、たった四人で──信じられんが……嘘を言う理由もない、のか」
「他にも支援者が一人。あと地上へ戻る途中に一人。俺たちだけの成果ではないです」
バルゥが逆走途中で合流してくれたおかげで、疲弊しきっていたところが一気に楽になった。
他にも迷宮内では様々な出会いや助け、あるいは危急があったものの──多くは語るまい。
しかし今思うとあれだけの難易度で叶えられる願いが3つというのが実に渋く、そして……悪辣であった。
スィリクスは絶句した様子を見せてから、震え出すように自嘲し始める。
「私のほうがよっぽど落伍者であったわけか。ふっふはっはははっはははははっ!」
ひとしきり慟哭のようにも聞こえるような笑いをあげてから、スィリクスは一気に老け込んだ表情を見せる。
なんだか本当に気の毒な人だなと、俺は心底思ってしまう。
(にしても……偶然ってのはあるもんだなぁ)
一体何の因果あって、彼とこうして関わることになったのか。
人生とはままならぬし、つくづく異世界生活は面白いと感じ入る。
「スィリクス先輩、これもまた一つの不可抗力でしょう……ただ溜飲が下がるというのであれば謝罪しますが──」
「いや、そんな必要はまったくない。むしろきみたちは、学園生として誇るべき偉業を成し遂げた」
「そう言って頂けると、こっちとしても多少は罪悪感のようなものが薄れます」
案外すんなり飲み込んでくれたスィリクスに、俺はまた1つ見方を変える。
なんというか不運で意固地で妙なところでプライド高くとも……。
それ以上に彼の芯には、確固たる器があるような印象を受けた。
「あーっ……それと、失礼しました。嫌疑はもう晴れたんで、スィリクス先輩は解放させていただきます。
捕まった時に奪われたのは──多分戻ってこないので、金銭で代償させていただいても大丈夫ですか?」
欲しいモノは奪う気質を持つ騎獣の民に厳命できたのは、捕縛した身柄そのものだけである。
それ以外の物品については自由にしていい取り決めであり、それくらいは彼らに譲歩せざるを得なかった。
「どうしても大切なモノがあるのなら探します。それと不当拘束──とは少し違いますが、慰謝料も上乗せします」
「この身にもはや大切なものなど無いさ。慰謝料……は貰えるものは貰っておくとしよう、感謝する」
スィリクスとしても先立つものが必要なのかあっさりと受け入れたところで、ハルミアが尋ねる。
「会長はこれからどうするのですか?」
「まだ……特には決めていないな」
「組織を取り戻したり──ルテシア副会長に報復などはしないと?」
「言うのは簡単だがな、ハルミアくん。無力な我が身一つでどうしろと言うのだ」
「私たちは長命種です。副会長とその組織も長命揃いなのでしょう。なら時間はいくらでも掛けられます」
あっさりと言ってのけたハルミアの言葉に、スィリクスはたじろいた様子を見せる。
「んな……なかなか容赦がないな、ハルミアくん──学園時代からも思っていたが……本当に変わったな」
乾いた笑みを浮かべるのとは対照的に、ハルミアはにっこりと底知れぬそれで笑いかける。
「私は元からこんな感じでしたよ。ただ昔は……自分に自信がなくて、前に出ようとしませんでした。
人の顔色を窺って生きてきて──変われたのはやっぱり……ベイリルくんのおかげですかねぇ」
俺にスッと流し目を送ってから、ハルミアは寄り添うように体を預けてくる。
「あぁそうか、君たちはもう……なるほど、おめでとう」
「ありがとうございます、会長もいい人が見つかるといいですね」
「まったく、生徒会に勧誘した時の初々しさが懐かしいばかりだ」
「ベイリルくんなんかは……最初からふてぶてしかったですねぇ」
「出会った頃のハルミアさんは控えめだったなあ」
「今の私はおイヤですか?」
「まったく嫌じゃないです」
流れで思わずリア充が惚気けるような真似をしてしまい、俺はスィリクスを見る。
しかし彼は特に気にした様子もなく、どこか厭世的にも見えるような表情を浮かべていた。
「本当に時の移りゆきは早いものだな」
「ははっスィリクス先輩も、まだまだ若い身空で言うこっちゃないでしょう」
「たしかにエルフ種としては若輩だが、人族として見ると私は若くない」
そう神妙そうに言ったスィリクスに、俺とハルミアは疑問符を浮かべる。
「人族として見る、と……?」
「うむ、私はすでに45歳を数える。君たちよりもずっと年上だ」
『えぇっ!?』
またもハモるような声を2人してあげてから、俺は反射的にハルミアと目を合わせるも彼女は首を横に振った。
生徒会庶務として付き合いがあった彼女でも、まったく知らないことのようだった。
確かに学園には年齢制限などないし、シールフに至っては100年以上在学していた。
長命種であればいくらでもサバは読める。やけに突っかかってくるあたり、スィリクスがそうだとは思わなかった。
「と言っても、25年近くは奴隷をやっていたのだがな」
「は……初耳です、会長」
「当然だ、ルテシアくんとて知らない。自分の口から話したのは……初めてだ」
(意外と波瀾万丈なんだな。ふむ、そうか……かなりの苦労人か)
奴隷の身からカルト教団で過ごした俺と、似通っている部分が多少なりとある気がする。
前世含めた俺に異世界の暦を加味して合算すると、実年齢もほぼ同じかも知れない。
(袖振り合うもなんとやら──これもまた巡り会わせ、か)
俺は1つの決心をする。親近感が湧いたというのもあったが、それは別として彼はおあつらえ向きだった。
種の区別こそすれど差別はせず、分け隔てなく導いていこうとする大義と資質。
「スィリクス先輩、俺たちと一緒に生きませんか?」
「ん、なんだって?」
俺の言葉に頭がついていけてないスィリクスと、予想していたような表情を浮かべるハルミア。
「貴方の才器を買いたい、と言ったんです」
「この私を……? キミら──つまり、"フリーマギエンス"と共にゆこうと言うのか」
「その通りです」
俺は例によって頭を交渉モードへと切り替えながら、スィリクスを勧誘する言説を並べ立てる。
「長命種を頂点とした超長期王制、方策としては悪くはない。しかし頂竜や神王とて永劫の存在ではなかった。
知的生命は良くも悪くも変質します。スィリクス先輩がそうとは言いませんが……未来は誰にもわからない。
我々エルフ種にもいずれ致命的なナニカが、突然襲い掛かる可能性だって絶対の否定はできないんです」
俺は地球と文明史をある程度は知っているし、異世界史だって創世の時代より学んだ。
結局のところ単一個人による統治というものには、短命だろうが長命だろうが限界がある。
社会とは人の集合体であり、頂点がどれだけ清廉潔白であろうと……いくらでも歪みは生じうる。
「竜族は実際に神族という外敵に──神族は自ら派生した魔族や人族という内敵に──」
惑星外起源生命が、侵略してくるという可能性だって否定できない。
いずこかへ消えたドラゴン達が、実はどこかで竜視眈々と大陸奪還を狙っているやも知れぬ。
さらには"五英傑"のような規格外で突然変異な、悪意ある超越人に蹂躙されることもありえるのだ。
「しかし生命が存続する限り、受け継がれるモノは確かにあるんです」
「それは……なんだね?」
スィリクスのすがるような声音に、俺は自信をもって答える。
「"思想"であり考え方ですよ。人々に寄り添った考えや文化は継承され、必ずどこかに種子が残る」
「それが……"自由な魔導科学"だと言うのか?」
学園時代に反目していただけあって、スィリクスはこちらのことをよくよく承知している。
フリーマギエンスの姿勢はもちろん、実際の活動内容も、その成果についても、その身で思い知らされていた。
「各代の神王教と信仰しかり、初代魔王の魔術方式と崇拝しかり、大魔技師の魔術具と生活しかり。
死してなお連綿と受け継がれていくように、文化の土台であり支柱となり、文明を築き上げていくもの。
シップスクラーク商会が参画し、推進するあらゆる事業は……それらに帰結するよう繋がっていくのです」
「長命の王では不足だと……キミは言うわけか、ベイリル」
統治形態は時代によって適した形がある。
君主制でも共和制でも、時代と文化にそぐわなければ馴染まない。
それは人の生活におけるあらゆる事物に言えることで、固定してしまうのは健全とは言えない。
「絶対の真理とまでは言いません。ただ枝分かれするように、選ぶべき道はいくつもあった方がいい。
後世の人々が思考を停滞させることなく、"未知なる未来"を夢見て、前へ上へと"皆で進化"していく──」
時代が変遷し、国家が興亡を幾たびも繰り返しても、宗教だけは残り続けている。
宗教は常に争乱の原因となり、時に惨劇を産み出す腐敗を生み、形すら変質してしまうこともある。
それでも心の支柱であり原動力となってきた骨子は、歴史が証明しているのだ。
「自由な魔導科学の教義はその為にあります」
宗教もつまるところは中身次第だ。過ちを繰り返さぬよう学んでいけばいい。
今はまだシップスクラーク商会も、基本的に営利で成り立っている関係に過ぎない。
商会員の多くは金で動いているだけで、その教義や思想を理解して能動的に動いているわけではないのだ。
フリーマギエンスを浸透させるのは、"文明回華"にとって最重要事項とも言える。
巣立っていく学園生らと同様に、草の根活動を含めてより幅広く伝えていかねばならない。
「スィリクス先輩の大義も否定しません。でも目指すところが似ているのなら、途中までは同道できる。
せっかくだから、こっちを利用するつもりで力を貸してくれませんか? "貴方が欲しい"ってやつです」
俺はスッとその右手を差し出して見せる。
「正直なところ申し出はありがたい。弱り目に勧誘してくる可愛げの無さを鑑みても……な」
「くっはは……耳が痛いことです」
空いた右手で半長耳を掻く。
「随分と高く買ってくれているようだが、いったい私に何ができるというのだ」
「仕事はなんでもあります。でもスィリクス先輩にやってもらいたいのは、俺の領地運営の代行です」
「なに……?」
スィリクスの驚きを上書きするように、俺は言葉を重ねていく。
「先の戦争でまぁ……色々と功績を挙げまして、このたび俺は帝国貴族になりました」
「本当に凄いなキミは」
「なんのなんの。ただ俺はまだ一所に留まって、のんびり領主やるほど暇じゃない。だから代理人を立てたい」
「っ待ちたまえ! そんな経験、私にはまったく無いのだが……」
「大丈夫です、商会から補助人員を派遣します。ただ旗頭がハイエルフというのがとても良い」
「うん……? どういうことだ?」
「俺が元々住んでいた亜人特区の一部を割譲してくれることになっていますので」
そう言うとスィリクスは得心した様子で、下向き加減で何度かうなずいた。
「なるほど、それは……確かに、うむ、うん──」
わずかに差し込む陽光によって、ハイエルフたるスィリクスの双眸に淡い金色の輝きが見える。
そこに宿された大いなる意志の強さを見た俺は、もう一度……ゆっくりと右手を差し出した。
「考える時間、要りますか? スィリクス先輩」
「いらないな。不肖の身だが、ありがたく学ばせてもらうことにしよう」
ギュッと強く握り返された手に、互いに笑みを浮かべ合う。
「それと先輩はよい……敬語もな、ベイリル」
「じゃあスィリクス、よろしく頼む」
「なんというか……感無量ですねぇ、ベイリルくんも会長も」
微笑ましく見つめていたハルミアの漏らした言葉に、俺とスィリクスの笑みは揃って苦笑へと変わる。
「……ハルミアくんもそろそろ会長呼びはやめてくれないか、お互いとっくに卒業もしているのだし」
「はい、わかりました──スィリクスさん」
もしかしたら……もっと早くに、こうして理解し合えたのかも知れなかった。
ただし長命種である俺達にとって、遅すぎるということもない。
「共に歩もう、"未知なる未来を"──」