#179 旧友再会 III
「もはや恥も外聞もないな……キミたちは知っているだろう、私が目指していたものを」
「俺たちのような長命種を集め、支配者層として多種族を導き──」
「強固な絆と確固たる意志によって成される、半恒久的平和を実現する統一国家、ですねぇ」
俺とハルミアは繋げるように答える。彼が同種族にしか話さなかった、彼だけの大望。
それはフリーマギエンスの掲げるそれと少しばかり似ていて、しかして非なる野望。
「私は……学園生活を送る中で、15名ほど同志を見つけて引き入れた。くわえて連邦西部でも下地は作っていたのだ」
「組織作りを学園外も行っていた、ということですね」
「そのとおりだ」
(つまりは俺の立場で言うなら、シップスクラーク商会にあたる組織か)
するとスィリクスは苦渋をわかりやすく顔に貼り付ける。
「結論から言ってしまえば……ルテシアくんに奪われた」
「……?」
「副会長が?」
俺とハルミアは揃って疑問符を浮かべ、スィリクスは重々しく頷く。
「確か……ルテシア先輩は一足先に卒業し、後の進路がわからなかった──と言ってませんでしたっけ」
俺は闘技祭の前哨試合前の問答で、スィリクスが愚痴っていた時のことを思い出す。
「あぁ……しかしルテシアくんは、私が地道に作っていた組織をひそかに掌握していたのだ」
にわかに震えだす己の両手の平を見つめるスィリクスに、俺はぼんやりと思いを致す。
(ルテシア先輩……う~ん、悪女かな?)
あの人だけはいまいち底というものが見えなかったが、随分と大胆な真似をしたものだと。
「じゃぁルテシア副会長に追い出されたんですか?」
「そうだ、まったく気付かなかった。同意を得たと思っていた皆も、全員がルテシアくんについていた。
あぁそうだ……私はたしかに道化であったのだ。最後にお礼と別れの言葉を告げられるまで、ただ間抜けに踊っていた」
「ルテシア先輩はなんと?」
「彼女は組織の紋章を捨てながら"贈り物をありがとう、そしてさようなら会長"──と、二言だけ」
(最初っから計算ずくの策動か、あるいは普通にスィリクスが旗頭だとアカンと思ったか……)
俺はそんなことを考えつつ、自分はそうはならずに良かったとつくづく実感する。
目的そのものは"文明促進"と"人類皆進化"。長命に対して新鮮味を提供し続けてくれる世界だ。
(だからまぁ商会が意義を失わずに存続するなら、俺自身は追い出されたとしても問題はないが──)
ただどうせならその渦中で、一緒に楽しみたいという欲求は……もう切っても切り離せない。
「会長はその後どうされたんです?」
「ん? あぁ、私の大義は小揺るぎはしない。我が身は不老だ、たとえ百年の努力が無に帰そうともまた取り戻せばいい」
ハイエルフは神族と同様、寿命がないとされている。
さらに神族にはついてまわる魔力の"暴走"や"枯渇"といった、時限爆弾からも解放されている種族。
「高い受講料ではあったが……これもまた良い経験だと思うことにしたよ」
(意外とへこたれねぇんだよな、この人)
フリーマギエンスに散々突っかかっては、毎度のようにしっぺ返しを喰らっていた。
なにか問題を起こすたびに、しぶしぶ後処理をさせられていた。
それでも彼はいつだって……多少居丈高なものの、生徒会長らしく振る舞い続けた。
「とはいえさすがに……しばらく静養することにしたがね」
「心を休める時間は大事ですねぇ。流れが滞ると身体や精神にも影響が出ますから」
そんなハルミアの言葉、前世でオーバーワークして体を壊したことを思い出す。
戦争も終わったことだし俺も早く羽を伸ばしたいが、まだまだやることは山積みであった。
戦災復興、帝国との交渉、今後の展望、それに付随する数えきれない会議。
(しかも土地持ちの帝国貴族にさせられるしなぁ……)
嬉しい悲鳴と言っていいのかも現状わからない。足元が振れっブレであやふやだ。
今まで組織運営に関しては、かなり石橋を叩いて渡るように盤石に来ていただけに、悩ましい事この上ない。
(まぁ幸いにして、この肉体は相当無茶が効くけども──)
異世界の肉体規格。それも恵まれた種族で幼少期から積み上げ、魔力強化にも優れる。
もしも地球の人間であれば、いったい何度となく過労死していたことかわからない。
「そこで私はとある迷宮へ行くことにした」
『えっ……?』
発せられた言葉に間髪入れず、俺とハルミアはやや間の抜けた声をハモらせた。
「かの"五英傑"の一人が管理しているという場所でな。知っているか?」
「えぇ、まぁ……それなりに──」
「彼の地には多様な実力ある種族がいる。気分転換して人を集めるには、ちょうど良い場所だと思ったのだ」
"無二たる"カエジウス特区──確かに数多くはない、種族差別の少ない場所である。
実際に俺達もバルゥと出会えたし、有能な人材を発掘するには……割に適しているだろう。
「あの街の一番大きな酒場では、情報も売買することができるのだが──」
(エルメル・アルトマーが永久商業権で建てた"黄竜の息吹亭"だな……)
「売った情報が誰かに買われれば、割合で報酬を受け取れる。それを利用して日銭を稼いでいた」
「そんなに有用な情報を得られたんですか?」
「"とある貴族"が大規模な攻略隊を組んでな、そこに参加した」
「あっ……」
俺は察したような声を上げてハルミアと目を合わせると、彼女は言いにくそうに苦笑していた。
十中八九、"元インメル領主ヘルムート"が集めた100人からなる攻略隊だと。
「もっとも途中で見捨てられてしまったのだが……たまたま安全な領域を見つけてな。
死にモノ狂いでなんとか地上へと戻って、そこの詳細な情報を売ることができたのだ」
そこらへんは迷宮の逆走攻略でよく知ったことだった。
ワームの内部には、攻略に際して休む為の安全地帯が少なくなく存在する。
「おそらく過去の攻略者が作った場所なのだろうと、受付員に言われた」
最下層前にあった人工庭園のように、カエジウス本人が作ったものもあるが……。
それ以外の多くは攻略パーティが作って、拠点として利用しているものが各所にあった。
「攻略者はすでに攻略をやめたか、あるいは……死んだのだろうとも」
ワーム迷宮における攻略情報は──売られるが売られない。
情報共有を是とする攻略者と、自分達だけで独占したい攻略者──両方が混在するからだ。
より深い地下層に近づくほどその傾向は強くなり、誰かに先を越されまいと拠点情報は公開しない。
なにせ実力ある攻略者であれば、金を稼ぐ方法など他にいくらでも存在する。
目先の金銭よりも、カエジウスが叶えてくれる3つの願い事のほうが遥かに価値があるモノゆえに。
さらには夢と浪漫と娯楽を求めて、攻略者はワームの中へと日々潜り続けるのだ。
「それと私が参加したその攻略隊も、全滅したという話を聞いた……私は運が良かった」
「その後も懲りずに迷宮攻略を……?」
「もちろん、身一つしかない己が人を募って資金を集めるには良い場所だったからな。ただ──」
「ただ……?」
スィリクスが眉をひそめると同時に、俺もハルミアもなんとなく雰囲気を察して顔を曇らせる。
「本当に突然だった……いきなり"迷宮制覇者"が現れたのだ」
予想通りの答えであった。つまりは"俺達"のことである。
スィリクスとかち合うことこそ無かったが、まさか同じ時期に同じ場所にいたとは。
「しかも近くして管理者から正式に、迷宮内を一新するという旨が発布されてしまった。
過去にもそうしたことが幾度かあったらしく、大々的な改装がなされてしまうという。
そうなると私が売った情報も使い物にならないということで、報酬も打ち切られることになった」
(うん、俺らの所為だな)
カエジウスから厳命された2年間の口止め。
実際はそんなにも掛からずに、彼は造り変えてしまいそうな勢いのようだった。
「手元に残ったのは個人にはそれなりだが、組織を運営するには心もとない金銭のみ」
「まぁ先立つものはいりますからね……」
商会の運営資金も、最初はゲイル・オーラムと彼の組織頼みだった。
"イアモン宗道団"の遺産はすぐには現金化もしにくく、金には代えがたい価値のあるモノもいくつかあった。
「さらに一新される迷宮はそれだけ難易度も上がるが、同時に好機と恩恵も非常に多いそうだ」
造られたモノとはいえ事実上、手つかずの迷宮を踏みしめ、攻略していくことができる。
それだけまた新たに情報も売ることができるし、カエジウスは趣味で宝箱を置いたりする。
「だから色々と話してみて、好感触だった者たちも……」
「なるほど──改築される迷宮攻略に熱を上げられてしまった、ということですか」
俺はやや他人事のように言い、ハルミアは黙して語らなかった。
どう切り出していくべきか──別に悪いことは何もないのだが、なんとなくバツが悪い。
「んむ。他の実力者たちを出し抜いて稼ぐほどの力量がないのは……私自身、重々承知している。
当初の計画が頓挫してしまった以上、とりあえず連邦西部に戻りがてら考えることにした」
「……そこでとっ捕まったわけ、と」
「うっ──む、そうなのだ。獣に乗った戦士に、抗う間もなく叩きのめされた」
(戦域で一人放浪してちゃ、そりゃ捕縛はやむなし案件だわなぁ)
王国軍の散兵や残党を狩るべく、機動力のある騎獣民族が率先して領内を駆け回っていた。
特に戦後に野盗化などをされても困るので、かなり徹底した巡回・警邏を実施させていた。
そんな時期にインメル領をのんきに移動していたのは……不運も大きく重なったとも言える。
「まだこんなところで死ねないと思ったが、どうやら私を殺す気はないようで……そしてこのザマだ」
「委細了解しました、スィリクス先輩。とりあえずお詫びを──」
俺は頭を下げようとするが、スィリクスはそれを手を前に出して制す。
「いや、それには及ばない。不可抗力なのだろう、無事釈放してくれるのならばそれで良いのだ」
「まぁそっちもそうなんですが、とりあえず別件です」
「別件……とは?」
「そもそもの原因──迷宮制覇者は俺たちです」
「……は?」
スィリクスは開いた口が塞がらない様子で、しばし部屋を沈黙が支配したのだった。