#178 旧友再会 II
(ハルミアさんと二人きりのデート……と言うには、あまりにも色気がないな)
訪れたそこは、戦争前から退避を完了させた中規模の村落であった。
戦時中にあって捕えた者を片っ端から集めて、一元管理する為に構築した場所。
身代金の期待ができる有力者にあっては、相応の家屋に軟禁する。
そうでない者は選り分けた上で、まとめた形で監視を付けていた。
商会員がスィリクスと思しき人物を連れてくるまで、俺達は並んだ椅子に座って2人きりで待つ。
情報収集かあるいは尋問する為の部屋のようで、机を挟んだ向かいには空っぽの椅子があった。
「名簿に他の目ぼしい人っていました?」
「いえ……会長だけでした」
捕虜に対しては脱走すれば命の保証がないことを重々説明し、協力的であれば待遇を約束する。
また気性が荒く索敵能力も高い騎獣民族が、周辺もろとも巡回警邏していることも伝えておく。
そうなれば群集心理も相まって、わざわざ逃げ出そうという者などはいなかった。
「ちなみにココは伝染病は大丈夫なんですか?」
「密集地帯ですから、厳命してますよ。もっともベイリルくんは"風皮膜"があるから大丈夫ですね」
「生まれてこのかた病災なく、健康なのが自慢です」
「怪我は多いですけどねぇ……?」
「ごめんなさい、そこはハルミアさんにいっぱい迷惑かけました」
「ふふっいいんですよー、私も好きでやっていることですから」
あくまで転生してからの話ではあるが、肉体資本には気を遣ってきた。
幼少期から成長を考えて、丹念に積み上げ続けた理想的な筋骨と器官である。
「なんにしても日々の衛生は大事ですし、とてもご立派です。でも思い返すと……私も病気はほとんどありませんねぇ」
「エルフ種は抵抗力が高いとかあるんですかね?」
ハーフエルフの俺と、ダークエルフのハルミア。さらにはこれから会う、ハイエルフのスィリクス。
平均的に優れた種族の血を半分。そこに魔力の恩恵もあれば、ちょっとやそっとは大丈夫なのだろうか。
「……どうでしょう? なにせデータが少ないですから」
「まぁ逆に種族固有で罹患するようなモノもあるかも知れない、か」
神族が抱える魔力の"暴走"と"枯渇"は、ある種の病気という可能性もあろう。
「かもですねぇ、医療は果てしない道です」
しみじみとハルミアはそう言い、俺も改めて"文明回華"の道程の長さに心の中でうんうんとうなずいた。
転生してから17と余年、順当にいけば25倍以上の人生がまだ残っている。
「そういえば話変わりますけど、例の洗脳奴隷部隊ってどうなりました?」
俺はクロアーネを救援した時に捕えた、心の壊れた部隊員のその後を尋ねる。
「彼らですか……治療はちょっと現状では不可能です。薬物と契約魔術と刷り込みで手に負えません。
長生きもあまりできないでしょう。テクノロジーが確立される前に救える可能性はおそらく──」
ハルミアはそれ以上の言葉を紡ぐことはなく、歯噛みするような表情を浮かべる。
「薬物ってのは魔薬ですか?」
「そうです、ただ……インメル領を蝕んだモノとは違いました」
俺が聞きたかったことを先回りして彼女は答えてくれる。
王国側の関与は薄いのは変わらないようだった。
(やはり手掛かりとなると……あの野郎か?)
どこから入手したのかはわからないが、同種と思われる品を持っていた男。
帝王の一族"ヴァルター・レーヴェンタール"。身辺調査と同時にそこらへんも洗っていく必要があろう。
(ただ相手が相手だ、慎重に事は進めないとな──)
俺は並列で思考を進めつつ、ハルミアは話を続ける。
「もっとも相互作用に関しては多少は学べるかも知れません。でもそれが治療に繋がるかと言うと……」
「見込みはない、と。殺したほうが彼らの為ですかね」
「今後も似たようなことがあるかも知れませんから、可能な限り調べて安楽死させます」
「よしなに」
淡々とハルミアは口にする。無感情にも見えるそれは、はたして彼女なりの処世術なのかも知れない。
現代地球でも医療に携わる者は、多かれ少なかれそうした折り合いをつけていただろう。
(シールフなら助けられるかも知れん、が──)
しかしながら"読心の魔導師"たる彼女の身もまた唯一であり、そうした犠牲者を全員救おうとすればキリがない。
それが大切な人であれば別であるが、見知らぬ他人を感傷で助ける余裕など……。
「ん……来たようだ」
俺は近付いてくる足音を強化感覚を捉えて、ハルミアにそう告げた。
彼女はゆっくりと頷いてから、一度だけ大きく深呼吸をする。
「お待たせいたしました、件の人物をお連れしました」
「どうぞ」
扉が開けられて入ってきたのは──布によって目隠しと口枷をされた人物。
脱走対策としてだろうか、地理を把握されたり余計なことを叫ばせない為の措置だろう。
鉄製の手錠で両手も繋がれていて、移動に際してはかなり不自由を強いられるようだ。
抵抗らしい抵抗もなく椅子に座らされた男は、ひどくやつれているように見える。
わずかに下向きの短いハイエルフの耳と、色素が薄めの長い金髪。
目隠しされているものの、背格好から見ても……もはや疑いはなくなっていた。
学園の元生徒会長にして、ハイエルフのスィリクスが……何故か捕まって眼前にいる。
俺はハルミアへと目線を移すと、彼女も言葉を発さないまま同意するように首肯した。
「わざわざありがとうございました。後はこちらで──」
「はい! それではわたしは失礼します」
商会員が退出し扉が閉められると、目の前のハイエルフの体がわずかに強張った。
何故呼び出されたのかも知らされていないのだろうか、心音にも怯えのようなものが見て取れる。
「いきなり目を開けないでください、明るさに慣れるまで」
俺はそう言ってパチンッ──と指を鳴らし、極小の風刃が目隠しと口枷の結び目を切り裂く。
「っぐ……ぅ──」
はらりと落ちる二枚の布は、風に乗って机の上まで運ばれる。
律儀にハルミアが折りたたみ終える頃には、スィリクスは目を見開いてこちらを凝視していた。
「……ぇ? は!? んぁ──」
「お久しぶりです、スィリクス先輩」
「ごぶさたしています、会長」
俺が先輩呼びをし、ハルミアが会長呼びをする。
スィリクスは現状把握の為に脳内を高速回転させていたのだろうが、さらに十数秒ほど待つハメになった。
「ハルミアくんに、ベイリル……?」
スィリクスは己が吐いた言葉を咀嚼するように唾を飲み込む。
「ここはシップスクラーク商会の虜囚用拠点です」
「──っ……ち、ちょっと待ってくれ! もう少し、整理する」
「それじゃぁその間に手枷も外しちゃいますねぇ」
「あっ、う……うむ」
ハルミアはあらかじめ預かっていた鍵を使って、スィリクスの手錠を外す。
やや錆びついたそれは、ゴトリと鈍い音を立てて布の隣に置かれた。
「スィリクス先輩、落ち着きましたか?」
「あぁ、まずはその……なんだ。感謝を述べさせてもらおう──本当にすまない、ありがとう助かった」
「まぁまだ釈放すると決まったわけではないんですが」
「なにっ」
スィリクスは大きく顔を歪めて、驚愕の声をあげる。
「なぜ捕まったのかを聞かないことには難しいですよねぇ」
「そういうことです。敵対しているようなら相応の措置をとらねばなりません」
「まっ、待ってくれ! 本当に何もしていない!! 確かに我々は学園時代は多少なりと遺恨はあったが……」
スィリクスはそう言ったが、こちらとしては正直なところまったく遺恨とは思っていない。
生徒会長権限で可能な嫌がらせ紛いなど、痛痒と言えるほどの妨害にもならなかった。
(結局は先輩が一人空回りしていたようなもんだったしな)
それだけフリーマギエンスは強固で、シップスクラーク商会は強力であった。
成長途上であっても、たかが学園の生徒がどうこうできるような組織ではない。
「闘技祭の後からどうしてたか、良ければ順を追って説明してもらえますか?」
「治療した後にすぐいなくなってしまって、私も心配したんですよ会長」
「……すまないハルミアくん。なんというか、あの時はいたたまれなくなってしまってな」
バツが悪そうにするスィリクスは、少しだけ逡巡した様子を見せてから口を開く。
「ここに至るまでの話……か」
「まぁまぁ世間話だと思って。俺たちは一度本気で戦った仲じゃないすか、過去はどうあれもう友人でしょう」
「私を……友と、呼んでくれるのか」
「俺は最初こそ貴方を面倒で邪険がちには見ていましたが、心底から嫌ったことはないです」
「そう、か……人生とはわからんものだ。最後に残ったものがキミたちとの繋がりだったとは」
「最後?」
「よかったら聞いてやってくれ、向こう見ずな男の話だが……」
観念すると同時に開き直ったような様子を見せたスィリクスは、ゆっくりと身の上を語り始めた──