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#176 論功行賞 IV


(こうして帝国軍陣地に来れた機会なわけだし──)


 王国軍への追撃は"折れぬ鋼の"によって(はば)まれてしまう為、帝国軍はここに駐留するしかない。

 あくまで今以上の無駄な犠牲を出さぬ為に、"折れぬ鋼の"が存在しうる理由がある。


 戦略的に敗北を喫した王国軍が、帝国領内から撤退せずに戦争を続けるならば──"英雄"は関知しない。

 彼は無用の流血を嫌悪するだけであり、愚者同士の血戦をすすんで止めることはしないのだ。


 逆に言えば王国軍がその気ならば、"折れぬ鋼の"が介入する動機もなくなる。

 しかしながら王国軍総大将はしっかりと引き際をわきまえ、秩序ある帰途に臨んでいた。


 戦災復興に関しても疫病と魔薬という脅威がある以上、帝国軍も簡単には動けない。

 なによりも指揮系統を含めて()が混乱するということで、既に商会側から打診し了解を得ている。


 結果的に手持ち無沙汰(ぶさた)となっている帝国軍人を、ゆっくりと観察させてもらうことにする。



(にしてもさっすが、なんでもありな陣容だな……)


 王国軍は基本的に人族がその構成の大部分を占めていて、残りは獣人がいても奴隷ばかりであった。


 一方で帝国軍は、獣人や亜人種でおよそ半分近くは占められているのではないだろうか。

 世界的な種族比率で見れば人属の(ほう)が圧倒的なのだが……そこはそれ、帝王が率いる軍ゆえか。

 防衛戦でなければ獣人種や亜人種などのほうが、身体能力が高い傾向にあるので実に合理的な軍団と言える。


 当然ながら人族も非常に精強で、統一規格で装備も揃えられた正規軍人も存在していた。

 魔術士部隊も本場王国のそれには及ばないのだろうが、非常に優秀そうな印象を受ける。


 さらには魔族で構成された部隊に加えて、制空圏を支配した強力な鳥人族部隊。

 そしてなによりも、世界最強の航空戦力である竜騎士も見つけて口角を上げる。

 

(兵器部隊……は、まだ後方か? 終戦だから既に報を受けて帰ったこともありえるか)


 魔術砲をはじめとする兵器を用いる部隊は、結局前線にまでは見えていない。

 あるいは行軍速度向上の為に、最初から連れてきていない可能性も考えられた。


(専門装備を運用するという"特装騎士"を含めて……)


 帝国"工房"の技術力というものを見てみたかったが、そこはそれ──またおいおい知っていくことにしよう。




「ん──?」


 ふと視線を感じたような気がして、瞳だけを向けると──黒騎士の1人がこちらを見ているようだった。

 既に戦争は終わっているが、なにか理由があるのか今なお兜を着けているので顔は(おお)い隠されている。

 その表情はうかがい知ることはできないが……集団の中で確かに一人だけ。


(顔見知り……は帝国にいないよな、ガルマーン元教諭は黒騎士らしいが体格が違うし)


 学園の英雄コースを担当していた教師を思い出す。

 帝国へは帰ったらしいが、黒騎士に復帰したという話は聞いていない。

 俺はなんとなく合っているような気がしないでもない目線を、意識的に(はず)そうとした矢先──



「ッ……!?」


 思わず全身に(ちから)が入ってしまっていた。

 それ(・・)は決して嗅ぎ慣れた匂いというわけではなかったが、忘れ難い匂いでもあった。

 

「なぜ、ここ……に?」


 間違いないと確信する。それはインメル領内を(むしば)んでいた──魔薬(・・)の独特な香り。

 しかも暗殺の時に何度か使用した、かなり原液に近い匂いであった。


 自然と足音を殺しながら歩く速度をゆったり増しつつ、俺は発生源のほうに近付いていく。



 ともすると帝国軍陣地から離れた場所で、1人の男が岩の上に座っていた。

 後ろで(たば)ねた黒い長髪(ロンゲ)に整った顔立ち、まとう軽鎧は非常に質が良さそうに見える。

 その隣には女性が立っていて、その装備一式は色が違えど戦帝に随伴(ずいはん)していた者達のそれと同じ。


 その剣柄に刻まれた紋章は──"帝国近衛騎士"の(あかし)であった。


近衛(このえ)が付き従ってるなら……年の頃を見ても、あいつが戦帝の息子か? ってかなんか見覚えが──)


「おい、てめえ……オレ様の影を(・・・・・・)踏んでんぞ(・・・・・)?」

「っく──ぅおッッ!?」


 言葉と同時に飛んできた黒い刃を、俺は反射的に()退(すさ)りながら回避する。

 突然攻撃をしかけてきた青年はクスリと笑うと、調子を変えずに話しかける。


「ほほぉ……やるじゃねぇかなぁ、おい? 死にたくなきゃ、とりあえず謝罪しろ」

「その位置からは動かず、速やかにお願いします」


 近衛の女騎士に(うなが)された俺は、()に落ちず困惑したまま、とりあえず謝罪の言葉を述べる。


「──……申し訳ありません」


 (かわ)さなければ死んでいたかもしれない凶刃──謝罪要求を含めて、わけがわからない。

 帝王の一族は皆こうなのだろうかと、邪推(じゃすい)したくなるほど傍若無人っぷりである。

 


「二度とオレ様の影を踏むんじゃねえ……次は殺す。ところで誰だ、てめえはよ?」


(めっちゃ(ガラ)悪いなこいつ……)


 殺しにかかった理由もついぞ不明のまま──というよりは、本当にただ気に食わなかっただけなのか。

 なんにしても普段通りといったような様子で問うてくる男。


 さっさと話題を切り替えるのも通常運転なのか──帝王の息子としての傲慢(ごうまん)さゆえか。


 頭脳に魔術に戦技から帝王学まで、ありとあらゆる才能と学ぶ環境を持つとされる血族。

 あの戦帝にして、またこの男にしてもそうだが……計り知れない部分がどうにもあるようだった。 


(まったく、ま~た難儀な一族に絡まれた)


 俺は滅多に怒るようなことはないし、実害がなければそこまで気にもしない。

 まして帝王の一族であるなら、ここで喧嘩を売り買いするのはいくらなんでも大問題になる。

 とりあえずの(ほの)かに沸き立つ溜飲は下げて、冷静に……露骨にならないよう観察する。

 


(わか)、おそらく彼が例の──」

「はっきり言え、"ヘレナ"」

「はい、噂の"円卓殺し"でしょう。帝国軍でなく、論功行賞の場が開かれていることからして……」

「はぁ~~~? おーおー、あれか」


 俺が自己紹介をするよりも先に、隣に立つ女近衛騎士ヘレナとやらが説明した。

 男はこちらの身なりに対して、足から頭まで視線を動かしてから嘲笑するように口角を上げる。


「オレ様の攻撃を()けたんだし、それくらいできるわなあ」


(やっぱり、な~んかどこかで見たような雰囲気もあるが──)


 当然だが混じりっけのない黒髪をはじめとして、帝王の血族たる面影を残している。

 戦帝にも似ていると言えば似ているが……ソレとは違う記憶の引っ掛かりがあった。


 あとでシールフに掘り起こしてもらおうかと思っていると、俺は殺意の入り混じった詰問をされる。


「まあどうでもいいや……なんでオレ様に近づいてきた」

「ご推察の(とお)り、さきほど戦帝に拝謁(はいえつ)(たまわ)りまして。その(おり)にご子息の話をうかがったもので──もしかしたらと」


「興味本位か、不敬だなてめえ」

好奇心は(・・・・)猫を殺しますよ(・・・・・・・)


「っ……申し訳ありません」


 俺は言葉に少し詰まってしまったが、表情には決して出さぬようこらえた。



 この異世界には異世界だけの、神族由来の共通言語がある。

 一人称もいくつも存在し、敬語もあれば慣用句やことわざのようなものも存在する。


 それは方言であったり、国や地方の文化・風俗の中にあったり。歴史の中で形成されていったもの。

 意味合いとしては地球のそれと似通(にかよ)ったものも……少なからず存在している。

 きっと誰しもが数ある人生の中で、同じようなことを思い、それを教訓として伝えてきたのだろう。


 ただし──


("好奇心は猫を殺す"……?)


 俺はその言葉を心中で繰り返す。女近衛騎士ヘレナは今確かにそう言った。

 それは四字熟語から偉人の格言まで、異世界でもなぞらえて使う俺だからこそ感じえたものだった。

 地球史原産の言葉の多くは、普段はそれぞれ異世界に対応するモノに適時(てきじ)当てはめて使っている。


(由来はどこの国だったか忘れたが……なんにせよ今こいつは、そのまま(・・・・)言った)


 単なる偶然かも知れない。地球ほど数は多くはないものの、猫は異世界にも存在しているし獣人種にもいる。

 ただ"好奇心"・"猫"・"殺す"という三つの文言(ワード)をそのまま構成して使ったのは、やはり猜疑心(さいぎしん)(ぬぐ)えなかった。

 少なくとも俺が知る帝国圏の共通言語において、その三つを使うことわざは無いと記憶している。



「まっ"円卓殺し"だろうが野郎になんざ興味はねえ、さっさと視界から消えろ」

「……お目汚し失礼しました、殿下」


 俺は相手の掌中(しょうちゅう)にて(もてあそ)ばれていた魔薬を一瞥(いちべつ)しながらも、しぶしぶ引き下がるしかなかった。

 知りたいこと、聞きたいこと、調べたいことはいくつもあったが……既にかなりの悪印象を持たれてしまっている。

 このまま食い下がって悶着を起こそうものなら、どうなるかわかったものではない。


 俺はまたなにかしらトラブルにぶち当たらぬよう、いったん素直に帰路へ着くことにする。



(まぁいい、(あせ)る必要はない──)


 実際的には色々と考えられるし、必ずしも決め付けられるものでもない。

 何かしら関わりがある、特定の謎があるということを知れただけで後はどうとでもなる。

 (やっこ)さんはこちらのことなど気にも留めてないだろうが、そちらの(ほう)がむしろ好都合。


(覚えたぞ、帝王の一族"ヴァルター・レーヴェンタール"と近衛の女騎士ヘレナ)



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― 新着の感想 ―
[一言] 好奇心は猫を殺す。全くその通りです。 主人公さん、調べたい欲望を抑えるように冷静できるくせに、何故ヤバい匂いが判ったら離れるじゃなく近づけるですか!?
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