#174 論功行賞 II
「そうだな……──ここは論功行賞の場である。功績には報いねばならん」
つぶさに戦帝の調子を観察する。しかしこれと言って不自然さは感じられない。
この場にシールフか、カプランがいてくれればなどとも思う。
「まして帝国人なれば、相応の報酬を与えるべきだろう」
とはいえ俺とてハーフエルフの強化感覚で、細かい動作はそうそう見逃さない。
声色や心音ですら、ある程度は聞き分けることだってできる。
しかし俺の強化感覚が示しているのは──少なくとも戦帝は知らないということだった。
(あるいはまったく気にも留めていない……些事や雑事の類に過ぎないと思っているか、だが)
時期的には目の前のにいる戦帝が、既に頂点として君臨していた。
思考を巡らせながら、俺は戦帝の次の言葉を待ち続ける。
「だがなぁ、生憎と……あの事件については詳細が知れぬまま既に風化してしまった」
商会の調査でもわからなかった最大の理由である。事件の日から時が経ち過ぎているのだ。
調べようにも既に廃墟と化した街で、収集できるものなどほとんどない。
シールフとて人間の心と記憶の超専門家であるが、物の心を読むまではできない。
(現代地球の最先端の科学捜査でもあれば、また別なのかも知れないが──)
証拠になりそうなモノは保存してあるとはいえ、今あるテクノロジーではどうしようもなかった。
「なにせ十年以上も前だ。いまさら蒸し返す者もいないし、調べたければ自分で調べよ」
「それはつまり──調査権限をいただけるということでしょうか?」
帝国領の一部を"自由に行き来"して、"好き勝手に調査"できる権利であればかなり美味しい。
もっと突っ込んだこともわかるかも知れないし、その過程で色々とやりようがある。
帝国本国の調査組織などに働きかけて、そこからさらに人脈の輪を拡げられるやもと。
画策しつつ尋ねた俺に対して、戦帝は左手で払うような仕草を取る。
そうして戦帝の口からついて出た言葉は、想定の斜め上の答えであった。
「いや、土地ごとくれてやる」
「……はい?」
俺は転生してよりこれまで、未だかつてないほど間の抜けた声を発してしまっていた。
「大変申しわけありません、陛下。もう一度よろしいでしょうか?」
「三度目はないぞ。土地をやると言った」
我ながらとてつもなく愚昧で戯けた表情を晒してしまう。
それまで気を張っていただけに、余計に滑稽に思えるほど。
「あそこらへんは確か帝国直轄領のままだ。円卓を撃破した武威は、領地持ち貴族に値する」
「っ──謹んで……お受けいたします」
熟考する暇もなく頭を下げる。否、下げさせられた。
有無を言わせぬような帝王の言葉に、頷かざるを得ないと思わされた。
(は? マジ? しかも一存……? 流石の一言で片付けていいものか? 帝国最頂点の権力恐るべし、だと)
これで自由に調べられる──そして……調べられたとしても、全く問題ないと戦帝は思っている。
あるいはもしかしたら本当に、戦帝や帝国本国は事件に関わってないのかも知れない。
(いやいやイヤイヤ、待てよ待て──)
そこで俺のハーフエルフとしての脳みそがぐるぐると高速で回り始める。
領地持ちということはそれだけ名が知れる。遅かれ早かれなものの、それだけ面倒事が増える。
まず土地経営のノウハウなんてない。商会に任せるにしても、今はそこまで余裕があるわけではないと思われる。
特区による税制がそのまま適用されればいいが、そうでもなけりゃ余計に領地運営など回らない。
もとより帝国人とはいえ、領主となればそれだけ帰属は強まり、戦時には派兵などの義務も出てくる。
俺が素人なのは明らかだし、帝国から補佐人員が派遣されるとして、厄介な人物だったらはたしてどう対応すべきか。
(そんなものに縛られるなんてまだ時期尚早っ──!)
バッと顔をあげて戦帝と目を合わせたものの、俺は言葉に詰まってしまう。
「不服か?」
鷹揚に低く威厳を秘めた声音。それは本当にただ純粋に問うているだけのようだった。
「いえ……我が身には持て余す、あまりに過分な報酬でありまして──」
とりあえず真っ向から断るのは諦めて、遠回しに探るように言葉を選ぶ。
領地持ちということはすなわち、名実伴う帝国貴族になるということに他ならない。
それを無下に断ってしまっては、二心のようなものがあるのかと勘ぐられることもありえる。
戦帝の機嫌を損ねないよう慎重に、商会にまで波及させないよう……どうにか穏便に。
「故郷の悲劇を調べたいのだろう? これはオレの経験で言うことだが、貰えるモノは貰える時に貰っておけ」
「っ──く……仰る通りです」
俺は苦悶を表情に出して訴えながら、戦帝の言葉を咀嚼する。確かに機会は逃すべきではない。
ただこの機会が、はたして良いものか悪いものか……必死に思考を、限界まで回すもののまとまりきらない。
確かに大きなメリットもあるという事実が、判断を難しくする要因であった。
亜人特区はインメル領とも近いし、今後帝国を制覇するにあたって自領はあった方が都合が良い。
今後いつ帝国でこうやって、功績を挙げるという機会に恵まれるかもわからない。
その時にまた都合よく戦帝がいて、俺を評価し、これほどの報酬をよこしてくれるとは限らない。
故郷の調査、領地の運営、商会の方針と援助、俺自身の立ち位置、今後想定される問題の洗い出し。
考えることが多すぎる。一旦は持ち帰り、何日も掛けて有志と協議して熟考したい重大案件である。
「王国の"筆頭魔剣士"を破った。かの国の武威を貶めた勲功、さらに帝王の決定に文句を言う者などいない。
やっかみだの多少の雑音などは、誰にでも常に付いて回る。これ以上オレに無駄な時間を遣わせてくれるな」
「恐縮の至りです……──何事も一度はやってみるものですか」
抗言するだけの雰囲気はもはや消散していて、俺は観念するしかなかった。
はっきりと命令されたわけではないが、これはもう帝国の頂点からの実質的な下知と同義だ。
(どうしても持て余す場合には返上しよう)
それがほいほい戻せるのか微妙だが……戦帝の様子を見るに、時が過ぎれば興味が失せてくれるかも知れない。
戦争が至上の帝王であるのだから、一領主の進退などいずれ忘れてくれることを願う。
「そうだ、自らの目的を果たせ。まったく、なぜオレが説教じみた真似を……」
「御手間を取らせて、大変申し訳ありません」
俺はもう一度深々と頭を垂れて、帝国貴族となることを受け入れる……しかなかった。
問題ない、この程度の不確定要素など──シップスクラーク商会ならば大丈夫、なハズだと。
「まあ良い。さて本題だ」
(本題……? 論功行賞はこれで終わりじゃないのか。いや、まさか──)
俺は顔を下に向けたまま眉をひそめ、また無様な対応を晒すことがないよう心中で気構えを作る。
「円卓二席を倒した実力を見たいものだな」
(あぁ……やはりそう来るか)
わかりやすい前言から瞬時に状況が読めてしまっていた俺に、予想通りの言葉が待っていた。
戦帝と呼ばれるほどの豪傑。わざわざ王国軍に塩を送って、真正面から決戦を挑んだその気質。
(故郷の土地をもらって帝国貴族になるのは……予想外だったものの)
円卓の魔術士を倒した俺を個人で呼びつけておいて、この展開が想定外だったとはさすがに言わない。
「ベイリルと言ったな──闘り合うか、全力でな」




