#172 不折極鋼 IV
(さて、どぉうするぅ……──)
もしかしたら毒ガスの類も、根性で耐えかねないのではないだろうか。
致死性の病気だろうが、故・女王屍の寄生虫だろうが、効かなそうに思えてくる。
生身で宇宙空間に追放されようと、平然と戻ってきそうな恐ろしさすら──
数瞬ほど悩んだ俺は、脳内でいくつか考えていた戦術行動を全部捨てることにする。
どのみちオーラムのあの"金糸"超攻勢でも、仕留められなかったような規格外である。
「小細工を弄するのはやめる。次の一撃に全精力を注がせてもらおうか」
ちまちまやっていては見切られて沈められるのがオチとなりかねない。
であるならば……こちらが初手から全力で決め打ちする。
"導嵐・螺旋破槍"はトロルを殺し切ったが、そもそも最初の一穿ちが怪しい。
"重合窒素爆轟"は密閉空間でも黄竜を殺し切るには至らなかった、五英傑は仕留められまい。
"烈迅鎖渾非想剣"はまだまだ不安定なシロモノで、当たるとも限らない。
"音空共振波"なら多少のダメージは与えられるだろうが、打ち倒すヴィジョンまでは浮かばない。
「なんでもくるがいい、全て受け止めてやろう」
"折れぬ鋼の"の一言に、自分自身が矮小で恥ずかしくなってくる……自己嫌悪したくなるほどの聖人君子。
やりにくい。やりにくいもののこれは絶好の機なのだから、それをむざむざ投げ捨てるわけもない。
(この際だ……"アレ"をやるか、というかそれしか通じる気がしない)
"天眼"は既に直近で使ってしまっているし、仮に当てることができても沈めるだけの術技を同時には使えない。
必要なのは殺し切るだけの魔術。一撃で、跡形もなく、存在そのものを抹消するような──
「今から出すのはとっておきだ。ただ……ちょぉ~っと、そっちまで移動してもらえますか?」
俺は指をさしつつ場所を示して、"折れぬ鋼の"を誘導する。
首をわずかに傾げた彼は、特に疑問を呈することなく素直に従い移動してくれた。
これで男の後方には……地平線までなにもない。そうなればもう遠慮はいらない。
「それじゃあ、受け止めてもらいましょうか」
再三の確認を取るように俺ははっきりと告げ、"折れぬ鋼の"は無言のまま頷く。
あとは相手の絶対的強者たる態度に甘えて、いくらでも時間を掛けて練り上げるだけ。
俺はガンベルトに一つだけ差しておいた"鉛の弾薬"を手に握りしめた。
それは鉛の弾丸ではなく、薬莢そのものが鉛製の単なる筒。
弾頭はなく、火薬も入っていない。中にあるのは精錬前の……ただ物質として存在する"浮遊石の極小片"。
もちろんそれは銃で撃つ為に使うシロモノではなく、魔術の触媒──というより原型として使うもの。
(俺にとっての最後の切り札だ)
ピンッと指で弾薬を空高く弾いて、俺は詠唱を開始する。
「収斂せよ、天上煌めく超新星──我が手に小宇宙を燃やさんが為」
胸の前方で両の手の平を包み広げるように、その空間へと俺は意識の全てを傾けた。
黄竜がその体内からぶっ放した"雷哮"を想起し、魔術として形にしていく。
落ちてきた弾薬が両掌の中心部へと導かれ、音を漏らすことなく潰れて光となる。
これはまだ未完成。加速し燃え上がるような、俺の中の魔力を尽くし切る。
"重合窒素爆轟"の火力すら凌駕しうる、威力だけなら最強の魔術。
多少の被害も目を瞑るだけの大いなる価値が、戦争を忌避する五英傑──"折れぬ鋼の"にはある。
両掌中で煌めく"それ"は……かつて宇宙から飛来し、地球に大量絶滅を引き起こした原因ともされる特大災厄。
また……人類が産み出した大いなる可能性にして、忌み恐るるべき科学の成果とも言えよう。
徐々に眩い輝きを帯びて膨張していく光の球──それは圧縮・固定した"放射性崩壊の殲滅光"。
大気を一点に圧縮し電離化させる、"天雷霆鼓"のさらなる発展。
空気密度を調整して、天から地上へ降り注ぐ太陽光もろとも凝縮。内部で励起し続けて爆縮させる。
それはまさに──至高にして最強にして究極の一点突破。空属でも光属でもない、言わば宇宙の魔術。
ほんの一瞬でも気を抜いてしまえば、たちまち膨張・拡散して周囲一帯を消し飛ばしかねない極大火力。
「くぅぬんぐぐぐぅぅぅううぉおおおぉぉォォォ……」
この魔術には──己の思考までも、あまねく全てを注ぎ込む。
扱うのが放射線である以上、わずかな漏れは自爆にも繋がるゆえに許されない。
身の内にある魔力を尽くし、己が全身全知全霊全能を懸けてコントロールする。
他の一切の魔術も使えず、完全な無防備状態でもってそれだけに極度集中し続ける。
肉体と精神どころか、その魂まで灼き切らんとする中で……光球は完成へと近付いていく。
「っづぐ……ふゥ──はァ──」
なんとか安定臨界で留めおきながら、俺は鼻血を滴り落ちらせつつ呼吸を再開する。
視界が鮮紅に染まるほど充血した瞳に、ガンガンと耳鳴りが頭痛としてまで響く。
そうして俺は……歯が割れんばかりに食い縛ってから、気合を込めて叫んだ。
「"ガンマレイィィ・ブラストォォオオ"!!」
両腕を前に押し出しながら、感情的に解き放つ──
そうすることで指向性を持たせ、収束したエネルギーとしてぶちかます。
しかし震える体躯と手腕は……その照準を狂わせ、全く別の方向へ撃ち出されようとしていた。
すなわち体がついていかなかった。構築は完璧にこなせたものの、発射台たるこの身が耐えられなかった。
その威力は斜線上を薙ぎ払うように蒸発せしめ、爆心地にはキノコ雲すら作りかねない破壊の光。
反射的にまずいと心中で思うことすら不可能な一瞬の内に──"折れぬ鋼の"だけは確かに動いていた。
亜光速をもった収束放射する光熱線が、"折れぬ鋼の"肉体へ突き刺さる。
彼は前言通りに真正面から受け止めながら、余剰エネルギーを余すことなく天頂方向へと弾き続けた。
放射時間にして、ほんの数秒に過ぎなかっただろう。
周囲には"折れぬ鋼の"を中心に、歪に大地が削られた跡が残っていた。
全ての爆光をその身一つで受けきった英雄は──それでもなお立っている。
まともに喰らい防いだ両腕からは流血し、余波で全身ボロボロにはなっている。
それでも本人は堂々たる雄姿を保ったまま、至って平然としているように見受けられた。
頭痛と目眩に襲われながらも、俺はなんとか絞り出すように謝罪する。
「ぜっ……ハァ……浅慮で未熟で不覚の尻拭い……お詫びします」
「身の丈に合わぬ技は身を滅ぼし、他をも害する。その心にしっかりと留意しておけ」
"折れぬ鋼の"はもう既に出血も止まった様子で、意に介した様子もなくド正論を吐く。
「言葉も……ない──」
俺はほんの残りカス程度に残った魔力で体内の循環を整えるように、自己治癒をイメージして少しずつ回復する。
ぐうの音も出ない。本当にヤバかった……背伸びなんてするものではなかった。
これも成長の機会だと思って踏み込み過ぎた。
対黄竜の時などもたまたま上手くいっただけで、失敗することだって十分にありえたのだから。
常に修羅場にて成長し、進化し、覚醒し、開眼し、限界突破できるとは限らない。
ある程度の信頼を相手に置いていたとはいえ、増上慢となっていたこと猛省する。
なによりも危うく俺自身が、大切な領地を汚染しかねなかった。
多少の放射能汚染であれば、フラウに宇宙まで浮かしてらえばいいくらいに思っていた。
しかし無軌道に放射殲滅光が放たれていたら、広範囲に渡って汚染されてどうにもならなくなっていた。
そうなれば多少の被害とはならない。五英傑に当てることすらなく、ただ無為に大地を侵していた。
「とはいえ初めての体験だった、学べたことに感謝する」
"折れぬ鋼の"のそんな心の底からの一言が、俺へと差し向けられる。
(……もうやだ、この五英傑)
心底そう思いながらもフラフラと立ったまま俺は、覚悟を決めた面持ちで"折れぬ鋼の"に告げる。
「そんじゃま──"気合の一撃"、頼みます」
「いいだろう、歯は食いしばらないほうがいい……折れるぞ」
俺は乾いた笑いを残しながら、ゲイル・オーラムへと顔を向ける。
「自分が倒れた後の運搬、よろしくです」
「まかされたヨ」
ゲイル・オーラムのウィンクを見て、俺の心中にとりあえずの悔いは残らなかった。
俺は五英傑の一人へと向き直って、残された最後の一滴を絞り出すように全身に力を込める。
「っしゃあ!」
仮に万全の状態で"天眼"を使っていたとしても……回避できたかわからない右鋼拳。
己の短絡さと不明とを嘆きながら、俺は気合一発の掛け声と共に──その意識を途絶させた。
戦争そのものはこれにておしまい。
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