#170 不折極鋼 II
単独で大国とも渡り合う五英傑──"折れぬ鋼の"と相対するは、世界最強の軍事国家の帝王その人。
「まぁ戦争で最先陣を切ってる時点で、ツッコミは詮無い気もするが……五英傑を相手にするとは」
「戦好きにとっては、目の上のたんこぶだからね~。それに殺されることもないし」
「なるほどな──つっても王の王たる権威ってもんがあるだろうに」
「あっははははっ、五英傑は例外。あれは武威とは無関係の存在だから、負けて失う尊厳なんてないんだよ」
「シールフは戦ったことはないのか?」
「ないよ、私でも相手にならないもの」
「本当か~? あの手の輩には精神攻撃ってすっごい有効だと思うんだが」
「地球の創作作品で言うなら、そういうのすら跳ね除けるレベルの化物だよ」
「半端ねぇな」
戦帝が剣を構える様子を遠目で見ながら、俺はグッと拳を握りしめる。
「それに私の"読心の魔導"は相手の心を直接抉る。普通のダメージとは違うから、どんな恨み買われるかわかったもんじゃない」
「確かにな、思わぬ地雷を踏みかねないのは危な過ぎるか」
「そうそう、"五英傑"は規格外なの。一人は迷宮オタク、一人は地上最強の引きこもり、一人は最自由人、そしてあれは頭おかしい」
遠く眺めるようにビシッと"折れぬ鋼の"を指差したシールフは、呆れた表情を隠そうとしなかった。
「戦わない理由探しも大変だこと」
「好きに言うがよい、ベイリルの所為で私はまだまだ長生きしたくなったのじゃ」
わきわきと両手の指を動かすシールフに、俺は嘆息するように笑う。
「そうだな、俺としてもずっといてもらわないと困る。フリーマギエンス連なる皆にも言えることだがな」
「うむうむ。素直なのは良いことだよ」
戦帝が大地を破砕しながら、"折れぬ鋼の"と衝突する。
するとシールフは俺へと流し目を送りながら、魔導を使うまでもなくその心を読んだ。
「試したいんでしょぉ~? せっかくだから行ってくれば」
「──バレバレか。まぁ"無二たる"偏屈爺さんとは、闘れる気が起きなかったが」
願いを叶えてもらう立場とは別に彼の性格と、単純に実力不足という部分もあった。
「およそ殺されないから安心していってきなさい。まっ"竜殺し"や"円卓殺し"程度が通じる相手じゃないけどね」
「なぁにいずれ来る制覇勝利の敵となる相手。一戦交えておくのは得難い経験ってもんだ」
というよりはあの英雄を呼び込んだ理由は──この為、と言っても……決して過言ではなかった。
◇
"折れぬ鋼の"と戦帝の闘争圏外ギリギリで、見知った顔を見つけ地上に降りる。
「何してんすか、オーラム殿」
「ン~? ただの野次馬サ。というかベイリルゥ、その格好こそ"運び屋"気取りかネ?」
俺はいつもの専用外套を着ていないし、顔の上半分には薄布を巻いていた。
身元がバレそうな武器も置いてきて、ほぼ無手でこの場に臨んだ次第。
これ以上ベイリルの名が通ってしまうのが、色々面倒だと思ったゆえの措置である。
「顔を広めたくないんで、パパっと着替えてきました」
「フゥ~ン……ってことは、挑むつもりか」
「男の子の本懐ですから」
「まっ揉まれてくるといいヨ」
戦帝の剣撃と爆発による余波の暴風の中で、俺とゲイル・オーラムは涼しげに話をする。
「──間近で見ると……改めて凄さがわかるな」
最強の軍事国家を統治する王者の血族。その剛力・速度・技術・精神性・駆け引き。
どれを取っても超一級品だろう。しかし相対する男はその場から大して動くことなく、延々といなし続けていた。
戦帝は左肩から指先までを覆う巨大な籠手に、右手には身の丈ほどの大剣を振り回す。
大小様々な爆発を直接的なダメージソースだけでなく、しっかりフェイントとしても使っている。
さらには爆裂による加速まで乗せるようにして、巧みに連鎖・連係させていた。
問題はそのどれもが有効打となっておらず、まったくもって通用していない様子であった。
ところどころまともに喰らっているようにも見えるが……それは気の所為だと思いたい。
("爆属魔術"か──)
雷属魔術などと並んで、かなり珍しい部類の魔術である。
火薬の燃焼などの"爆燃"現象と違い、"爆轟"反応とは分子構造の振動による衝撃。
反応は似ているようでも実態はまったく別物で、その威力も桁違い。
火薬の代わりに爆薬を銃や砲に利用しようものなら、ただの一発で破壊されてしまう。
生半可な各属性の魔術防壁など貫通してくるし、衝撃波も一瞬で駆け抜ける。
防御も回避も困難極まるもので、直近で爆破されようものなら反応すら危うい。
(同時に扱いが非常に難しいわけだが)
ちょっとしたミスで、自身もろとも巻き込んで爆散しかねない。
だからこそ俺が使う"重合窒素爆轟"は切り札であり、滅多に使うものではないのだ。
それをあれほどの高速白兵戦闘の中で、爆発を織り込んでいく戦帝の強さは……おして知るべきところである。
「一見すると食い下がってるように見えて……」
「ありゃ単に"折れぬ鋼の"の方が見極めてるだけだネ、殺さない為に──」
そう喋っている途中、"折れぬ鋼の"がついに動いた──と同時に決着した。
戦帝が強いだけあって長引いたものの……終わってみればたった一発の拳。
余計な破壊を生まず、無駄が一切感じられない完璧な一撃だった。
十中八九、世界最硬クラスには頑丈だろう戦帝の鎧はあっけなく砕け散る。
腹に突き刺さった拳によって、偉大な帝王は地に膝をついていた。
「ぬっぅぅううぐう、いつもいつも我が戦の邪魔をする厄介者が──」
「戦争狂の愚王よ。キサマもいい加減、分を知りわきまえろ。こちらがいつまでも手加減すると思うな」
「フハッハハッハハハ、この俺を殺せば国は荒れる。そうなればお前にとって不本意な結末となる、承知の上よ」
(返す返すも……とんでもねえ帝王だなオイ)
口だけで"五英傑"の神経を逆撫でしてから、戦帝は直属の近衛騎士と共に退がっていった。
その後は意趣返しと言わんばかりに、帝国軍の上級士官っぽい連中や部隊長らが、次々挑戦しては……当然やられていく。
飛竜から降りてなお屈強な竜騎士も、"折れぬ鋼の"の了解を得て多勢で連係を組んだ黒騎士も。
獣人種の速度も、鬼人族の膂力も、エルフ種の魔術も、魔族の洗練された術技も何もかもが通じない。
さすがに敗北側の王国軍は、主要戦力も削られただけあってすぐに撤退の途へとついていた。
余力を残した帝国軍にとっては、なるほど確かにお祭りというのも頷けるというもの。
「いや……ほんっと、出現しただけで戦争も終わるわけだ」
「いい見世物だヨ」
じっと観察する。一つ一つの動作だけで、次元が違うと理解させられる。
円卓などまったく相手にならず、黄竜ですら可愛く見えてくるような凝縮された圧。
打ち倒すのに必要な打撃を、的確に放って、殺さずで終わらせる。
(狩猟と勝利が好きなバリス殿も喧嘩を売らんわけだ。獣身変化したバルゥ殿でもまず無理……)
仮に白虎と黒熊が協力して連係したところで勝ち目はあるまい。
それが規格外の扱いをされる五英傑たる者の、圧倒的という言葉すら生ぬるい戦闘強度。
一体どれほどの研鑽を積めば──これほどの強さがありながら、ああも繊細な真似ができるのか。
挑戦者もついにはいなくなり、まさに彼が世界の中心といった様子で……。
その場で全体を監視するように、静かに佇み続けていた。
俺は隣に立つもう一人の強者へと、目を映しながら一つの疑問を投げかけてみる。
それはひどく個人的だったが、素朴なれど真に迫った疑問であった。
「ところで……オーラム殿は戦わないんですか?」
俺の割かし真面目な抑揚の質問に対し、当の人物はおちゃらけた様子で答える。
「ボクちん強さ比べなんてとっくに飽いてるも~ん」
勝敗に頓着がないのは、ゲイル・オーラム──彼の彼たるゆえんだった。
「でもベイリルゥ、キミがどうしても見たいと言うのならやるよォ?」
「正直なところ、ちょっと見てみたいです」
ゲイル・オーラムは五英傑ではない。ないのだが、五英傑に次ぐだけの強者だと個人的に思っている。
同時に彼は──あの"イアモン宗道団"から解放された翌日に、殺意による圧だけで死を覚悟したその日から……。
俺にとって強さの憧憬であり目標であった。
(そして俺はこの人の底をまったく知らない)
かつて黄竜も討伐したその本気を──引き出された全力を、是非とも見てみたい。
「そんじゃ闘っちゃうかネ」
俺は少年のような輝きを瞳に宿し、同時に内心では計算高くどうなるかを見守ることにした。