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#169 不折極鋼 I


 その男(・・・)は――流星が(ごと)く、空から()って現れた。


 その瞬間、ありとあらゆる者が……心臓の鼓動以外の、全ての動きを止めざるを得なかった。

 攻撃も、魔術も、防御も、回避も、移動も、まばたきも、呼吸も、思考すら。


 現出した男以外の全てが静止する――


 (いわ)く、絶対正義の審判者。

 曰く、聖騎士の中の聖騎士。

 曰く、真なる英雄。

 曰く、戦場(いくさば)荒らし。

 曰く、人の形をした魔法。

 曰く、無法の救世人。


 曰く、曰く、曰く、曰く――

 

 彼を形容する二つ名は、枚挙(まいきょ)(いとま)がない。

 彼には名前がない。誰も知らないし、本人も知らない。

 ただ彼を呼ぶのであれば、たった一つだけ……普遍(ふへん)の呼び名が存在する。


 ――"折れぬ鋼の"――



(いくさ)はこれまでだ――」


 それは決して大きい声ではなかった。しかし誰の耳にもしっかりと届かせる"芯"が存在した。

 心胆に直接叩き込むような暴力性すら感じ入る言葉は……彼を知る者も、知らぬ者にも、有象無象の区別なく。


 さながら世界そのものを制してしまうかのようであった。


 その言葉によって止まっていた時間は動き出し、その場の全員が武器をあっさりと捨て、また納める。

 たった一人の男の存在によって、戦争はいともあっさりと終結してしまった。


 政治的にはともかく、戦場に限っては――もはや勝負ナシ(・・・・)

 盤面を破壊した男はただ静かに戦場だった場所(・・・・・・・)に立ち続けるのだった。





「――そう、あれが五英傑(・・・)の一人。"折れぬ鋼の"」


 上空のシールフに追いすがったところで放たれた言葉。

 彼女は"折れぬ鋼の"が来たことを誰よりも早く感知し、俺と会話を興じる為に飛行してきたのだった。


 固化空気で作った足場に立った俺は、"遠視"を使って改めて男をよくよく凝視する。


 灰じみた白髪に、痩躯にも見える長身。体中に幾重にも巻かれたベルトに"聖騎士"のサーコート。

 見た目だけであればそこまで強そうには見えない。ただし本能がわかりやすくヤバいと訴えかけていた。

 (おお)い尽くすようなそれでありながら、どこまでも研ぎ澄まされた――矛盾したかのような圧力(プレッシャー)

 

「どの国でも正規の軍人なら最初に学ぶことよ。"折れぬ鋼の"が出たら逆らうな(・・・・)

「あれを見たら、言われずとも逆らわんと思うが。なんにせよ"無二たる"カエジウスとは違うな……」


 ワーム迷宮(ダンジョン)を管理していた爺さんとは、まったく方向性(ベクトル)(こと)なる。


アレ(・・)は言うなれば"主人公補正の(かたまり)"ってのが一番しっくり来るのかも」


 わざわざ地球の現代娯楽言葉で例えてきたシールフに俺は苦笑する。


「つまり最後の最後には勝つ(・・・・・・・・・)――ってか」


「彼は絶対に(くじ)けない、屈しない、諦めない……それゆえに負けない――人類にとっての奉仕者なの。

 弱者を助けるのが自身の義務と信じ、微塵(みじん)にも疑わない。だから無益となった戦争(・・・・・・・・)には必ず介入する。

 それ以上の哀しみを生まない為に、そして彼は自分にとって徹頭徹尾やりたいことをやってるだけ」



 俺は肩をすくめつつ、穏やかでない表情を浮かべた。


「独善的なことだ。彼自身が勝手に無益と断じることも含めてな」

「かもね――それでも五英傑の中で彼だけ(・・・)は正真正銘、"英雄"と呼ぶべき人間の到達点」

「一般的見地からは好ましい人物、なのは……まぁわかるが」


「その気質は、正義の味方にして悪の敵。でも敵対者を殺すようなことも、決してしない。

 きっと彼は人間がどうしようもなく好きなんでしょうね。誰にも死んでほしくないのよ、きっと」


「"不殺"か、それも圧倒的な強者ゆえの特権とも言えるか」

「彼はあまねく悲劇を看過しない。彼が(ちから)を振るうことで治められることは、全て見過ごせない」

「世の理不尽に対するカウンターみたいな存在、と」



(風説だけでも、"折れぬ鋼の"が善性であることには……恐らく疑いがない)


 それがたとえ独善であろうと偽善であろうと、彼は不断の意志とその(ちから)で争いを止める。

 しかし――である。


「まぁつまるところだ、もしも俺たちが戦争で文明を発展させていこうとしたなら――」

「確実に立ちはだかる最大の()ね」


 ここ20年以上――決定的な戦争が停滞しているのは、全て"折れぬ鋼の"が原因であるとすら聞く。

 彼が過度な侵略戦争の助長を防ぎ、各国の武闘派の頭を間接的に抑え込んでいるのだと。

 それゆえに各国軍は、不必要に残虐な戦争をすることができていない。


(異世界文明を発展させていくにあたって、最も厄介な存在――"五英傑")


 "無二たる"カエジウスにしても、そう……たった1人で国家を相手にしてしまう存在。

 世界のパワーバランスから逸脱し、同時に破壊しかねない超常生命体。

 コントロール不能の極大人災。ただし当代の英傑は皆、人類に(アダ)なす存在でないことが(さいわ)いにして救い。

 しかし異世界史上にあって、不定期に出現するこうした(たぐい)の人間は――


(今後も最大限の警戒をしていかなきゃならないわけだ……)



「でも今回はベイリルが呼んだんでしょ?」

「まぁ呼んだというか……今ある状況が伝わるよう、商会の(ちから)を使った」


 それこそが"盤面をひっくり返す最終手段"――伝家の宝刀すら遥かに凌駕する人間兵器。


(おも)にカプランに任せて?」

「あぁ……俺はもうあの人に足を向けて寝れないです」


 奇特揃いの五英傑(れんちゅう)の中でも最も際立(きわだ)っているであろう、あの英雄を利用すること。

 仮に"無二たる"カエジウスに、制覇特典の残る一つを願ったところで、ここまでのことはしてくれないだろう。


 しかし噂に聞いた"折れぬ鋼の"であれば、その限りではないと踏んでいた。



 そもそもこの戦争に彼は来る予定がなかった。何故ならば帝国軍と王国軍にそれほど戦力差がなかった為である。

 また秩序ある王国軍は道中で収奪などはしても、虐殺行為なども(おこな)わない。

 トチ狂ってそんなことをすれば、まさしく"折れぬ鋼の"に叩き潰されるゆえに。

 

 王国軍が弱ったのは、当然のことながらシップスクラーク商会の戦争介入によってである。

 さらには徹底した情報操作・統制を強いたことで、外部にはほとんど漏れないようにしていた。


 だからこそ……こちらから"聖騎士庁"に、さながら根回しするかのようにあらかじめ訴えたのだ。

 "帝国軍によって王国軍に対する一方的な追撃・殲滅戦が始まる"――と。



「まっこれでようやく肩の荷が一つ下りたわけだ」


 "番外聖騎士"という特殊な地位を持っている"折れぬ鋼の"。

 彼は専門の部署を通じて連絡を受けて、もたらされた情報から己の判断で世界中を廻っている。


 王国軍を叩きのめしてもらうわけにはいかないが、援軍にきた帝国軍を止めてもらう(・・・・・・・・・・)ことには意義がある。

 追撃する帝国軍によってインメル領内を荒らされ、また探索されることも最小限に留められるゆえに。


「利用できるものはなんでも利用する、ほんと可愛くないやーつ」

「シールフに協力を頼んだのは、本当に悪いと思っているよ」

「うん、知ってる。親しき仲でも思慮の欠片もなかったら、丁重にお断りしてからぶっ飛ばしてたよ」

「っははは……なんにせよだ。五英傑を利用するだけじゃなく……一度この眼で(・・・・・・)見てみたかった(・・・・・・・)――てのもある」



 戦争行動における最も厄介な障害。国家すら手を出せない単一個人戦力。

 異世界における……ある種、最大の特異点。魔導と科学を極めようと、抗し得るのか定かではない存在。

 文明を発展させるにあたって、頭を悩ませ続けるだろうバランスブレイカー。


 それがはたして風評通りの実力と気性であるのか……実際に見て、感じてみたかった。


(まっ倒せなくても、無力化する方法なら可能だ。所詮は一人(・・)に過ぎない)


 そう……"折れぬ鋼の"が人類と世界すべてにとっての英雄であるならば、その身一つということが最大の弱点である。

 同時多発的に発生した戦争の全てに介入することは、彼にとっても限度がある。

 まして不殺を信条にしているならば、時間を稼ぐこともそう困難なことではない。



(悲劇がお嫌いなら……俺の故郷を襲った災禍(さいか)にだって、間に合えたはずなんだからな――)


 あの一件がなければ俺は売られることもなく、フラウが苦難の半生を送ることもなかった。

 もっとも結果的に見れば、あの一件はこれ以上ない契機であったし、今さら思うところなど――


「おいっお~い、強い気持ちが表層に出てるぞーベイリル」

「――っと、隠し事はできんな。しかしそうか……俺が"感情的"だったか」

「割とね、どっちつかずな感じだったけど」

「落ち着いたら、フラウと故郷にでも行ってみっかねぇ」


 自身の出自(ルーツ)を辿ることで、新たに見えてくるものがあるかも知れない。

 ここからカエジウス特区を挟んで南西の亜人特区領、かなり近くに位置している。



「まっまっ昔はともかく、最近は彼が来た時点で戦争はおしまい。でもバカなやつ(・・・・・)もいるわけで――」

 

 シールフの意味深な言葉に眉をひそめたが、すぐにその意味を察しえた。

 戦意喪失し帝国軍も王国軍も早々に撤退の準備をしている中で、彼の前へ立つ者の姿(・・・・・・・・・)があった。


「ここからは戦争じゃなく、"個人的な闘争"。恒例行事みたいなものね」 


「うわぁ……"戦帝"じゃんアレ、大帝国の頂点(トップ)様が出張るか普通」


 俺は呆れ顔を隠そうともせず、乾いた笑いを漏らすのだった。



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