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#162 円卓十席 III


 この重力圏は自分だけの領地。そこではどんな理不尽であろうとも、好き勝手に奪わせない。

 大の字に寝転んだまま、そう胸裏に刻んで空へと伸ばした両手を見つめる。


「なーに気取ってんだよ、フラウ」


 バチッ――と空気が破裂する音が鳴ったかと思えば……。

 いつの間にか静電気で逆立つ赤い猫っ毛の獅子によって、まじまじ覗き込まれていたのだった。


「あれっ、キャシーなんでいんの~?」

「ちょいと読心の魔導師さまに頼まれてな、援軍に来たんだよ。まっ必要はなかったみたいだな」


 周辺の大災害の爪痕を眺めつつ、キャシーはのんびりとした調子で言う。

 フラウはゆっくりと上体を起こしてから、なんとはなしに皮肉を口にした。


(おっそ)いご到着だねぇ、"雷音"が聞いて飽きれるぜ~」

「いやオマエらメチャクチャにやりすぎで、まともに近付けなかったっての」

「んっ、なるほど」


 改めて見回す必要もないくらい、陣地は完全に崩壊し尽くされていた。

 王国軍の兵士は1人たりとも生きてはいないだろうほどに。


「あーしは大丈夫だから、一応ベイリルのとこに行ったげて」

「そっちにも別のヤツらが向かったよ」

「だれが? ハルっち?」

「いーや違う。男女二人、アタシらの後輩っつってたな。知らん顔だったが大丈夫だろ」



 腕組み言い捨てたキャシーに、フラウは立ち上がって気怠(けだる)そうに言う。


「キャシーってさ……昔っからマイペースだよね~」

「悪いか?」

「んーん、キャシーらしくていいよ。ところであーしを(はこ)んでくんない?」

「自分で歩けよ」

「正直かなりキツいんだぁ、魔力もほーぼ(から)っぽ」

「さっき大丈夫っつったじゃねえか。……つらいなら強がらず最初から言え」


 キャシーにお姫様抱っこをされる形で首に手を回し、重力魔術も使わず全ての体重を預ける。


「あんがと~」

「いいさ、フラウの弱いとこなんて珍しいもんが見れたからな」

「くっくっく、ばかめ。イタズラしてくれるわ」


 うなじの部分をこしょこしょとくすぐると、キャシーに半眼で(にら)まれてしまう。


「……落とすぞ」

「引力使えば離れらんないかな~」

「キツいんじゃなかったんかよ!」

「ま~ま~、くっついてるくらいならだいじょうぶ」

「じゃぁ帯電したる」

「おーきーどーきー、おとなしくしてよう」



 ちょっかいをやめると、キャシーは残骸をものともせず軽やかなステップで本陣方向へ走っていく。

 しばらくしてフラウは見上げるような形で、キャシーに語りかけた。


「キャシーはさぁ」

「んあー?」

「ベイリルのこと好き?」

「……男女の意味でか?」

「うん、そう~」


 それは今までも何度も問われ、何度も同じように答えたことだった。


「前と答えは変わらん」

「そっか~……――あーしはベイリルが好き」

「なにをいまさら。んなこと知ってるっつの」

「そんでさ~、キャシーも好きなんだ」


 それは――今までの言葉とは違っていて、またいつもの冗談めいた雰囲気とも違っていた。

 そうした空気を敏感に察したのか、キャシーは真面目な面持ちで返す。


「それは――"ナイアブ"的な意味でか?」


 キャシーは眉をひそめながら、ナイアブの性愛を引き合いにして問い返す。

 異性だけでなく同性も(・・・)平等に愛する主義なのか――と。


「ちょ~~~っと違うかな」

「ちょっとぉ?」

「女の子も好きなんじゃなく、好きになったのがキャシーってだけ」

本気(マジ)か?」

大真剣(おおまじ)だよ。キャシーも……あーしの"世界の一部"なんだよ」



 真っ直ぐ見据えるフラウの淡い紫色の瞳に、キャシーは赤い瞳で受け止める。


「それにほら、キャシーって男(まさ)りだし」

「うっせ」

「おっ気にしてる?」


 沈黙を(つらぬ)くキャシーに、にまーっとフラウは笑いかける。


「そっかぁキャシーも色気づいてるかー、じゃあもっと押してこ」

「開き直ってるナイアブほどじゃねえが……なんつうかオマエもアレだな」

「まぁ少しだけ(ゆが)んでるのは否定しないよ~、そんだけ苦労してきたし」


 はっきりとは明言しないキャシーに、フラウは補足するように乗っかった。


「ベイリルは地道にがんばってハルっちを陥落()とした、ならばあーしも頑張らざるをえない」

「あほくさ」



 取り付く島もなさそうなキャシーに、フラウは()れることなく続けていく。


「ベイリルはさ……子供の頃を一緒に過ごして、故郷が焼かれてから――生きてく意味のすべてだったんだ~。

 昔から好きだし、再会してからもっともっと好きになった。いっぱい愛してもらって……本当に生きててよかった」


惚気(ノロケ)かよ」

「あははっ、でもさ……ベイリルとの付き合いは長いけど、同じくらいキャシーも長いんだよ?」

「そうだったか?」

「そうだよ~、学園で出会ってからずっとじゃん?」

「まっ一般教養からカボチャやってた期間考えると、それなりには長いか」

「その後は魔術科と兵術科で分かれたけどフリーマギエンスで一緒だったし、ベイリルとは離れてた期間も長かった」


 学園卒業後は4人でパーティを組んでいたし、総合(トータル)で言うならほぼ同等くらいと言える。



「学園に来た頃には、あーしも世の中を這いずってきてて、"ベイリルが生きてる"って一心でそれまで頑張ってたけど……。

 正直もう色々とすり減っててさぁ、半分くらい諦めてたんだよね~。空想の依存心ってのにも、正直限界がきてたわけで」


 フラウはぎゅっと(ちから)を込めると、キャシーの胸にうずめるように抱きつく。


「っオイ、フラウ――」 

「そこで絡んできたのがキャシーだったのさ」

「……覚えてねぇな」

「あーしも割かし(すさ)んでて、喧嘩売られてボコボコにするにしても……後からやりすぎたかな~って思って」

「んなボコられてねえよ」

「なんだぁ、しっかり覚えてんじゃん。一発だったもんねぇ~」

「あん時はちょっと絡んだ程度でいきなり殴られて、面食らっただけだ」

「はいはい。それでも諦めず何度も何度もつっかかってきてさぁ。いつの間にか一緒にいるようになったじゃん?」


 孤独だった――というよりは自分から(こば)んでいた。

 幼少期に"故郷で会った程度のよく知らない人物"に(すす)められ、どうにか辿り着いた学園生活。

 それまで死線と共にあった自分にとって、あまりにも平和で受け入れることができなかった。


「まったしかに、いつから一緒だったかってのも覚えてないくらいだな」

「今だから言うけど、キャシーがいなきゃどうにかなってたかも」


 本音を絞り出すようなフラウに、キャシーはそっぽを向きながら素直な心情を吐露する。


「……お互いさま(・・・・・)だ」

「そ~お? なら良かった。あーしら似たもの同士だもんね~」


 うずめていた顔をあげてにっこりと笑いかけるも、キャシーが顔を合わせることはなかった。

 ただ紅潮した首元が、その感情をわかりやすく表していた。



「ところでベイリルの故郷はさ、一夫一妻制なんだって」

「アタシの村もそうだったな……ん? オマエとベイリルって同郷だろ?」

「そうだよ? でもベイリルにはもう一つ故郷があるんだって」

「あー……そういえばそんなこと言ってたっけか。学園がアタシらのもう一つの故郷みたいな?」

「そんな認識でいいと思うよ~」


 ようやく顔を向けたキャシーに、フラウは首に回していた片一方の手を広げた。


「でさでさ、あーしは"自分の世界をぜーんぶ愛したい"」


 フラウはその広げた腕の中にキャシーをしっかりとおさめる。


「だから積極的に一夫多妻を推し進めてるんだけど、その中にキャシーもいて欲しい」

「もうハルミアがいんだろ」

「うん、ハルっちも好き。今はもう亡きお母さんよりもお母さんみたいで、いっつもみんなを心配して愛してくれる」

「アタシも……正直、頭が上がらん時が多いな」


 優しくも厳しく、どんな時でも見捨てず受け入れてくれる。

 無償の慈愛と深き愛情をもって、仲間に接するダークエルフのハルミア。

 迷宮逆走攻略でも散々っぱら治療の世話になったし、ある意味で彼女には3人とも勝てない。


 エルフと魔族のハーフであるハルミアの両親は、一夫一妻の間柄であるものの……。

 一夫多妻・一妻多夫である"魔領"出身である彼女は、そのへん自由な観念を持っていた。



「それにねー、二人でするのもそれはそれでいいんだけど……三人でするのもすっごい気持ちいいんだよ~?」

「知るか」

「四人ならもっともっと満たされると思うんだ?」


 実感の込められた言の葉ついでに、フラウは思い出したことを付け加える。


「ナイアブ(いわ)く――"自ら世界を狭めてしまうというのはもったいないわ"」


「……アイツはアイツで、落伍者(カボチャ)としてアタシらと引きこもってたクセに偉そうな」

「あはは~たしかに。それと"どんなものでも幅広く楽しめる度量こそ真の勝者の証なのよ"とも――」


 舌が肥えてしまって、高級な料理しか受け付けなくなってしまうのは惜しい。

 たとえ不味いモノでも、それはそれで美味しいと思える感性の(ほう)が実のところ勝ち組なのだと。

 些細なことにも喜びを見出すこと。芸術でも人生でも、そうあるべきだとナイアブは言う。


「あとあと……体と心を一つにして強くもなれる」

「それはヴァンパイアやエルフだけってやつだろ」


 何度か聞かされていた、よくわかっていない理屈をキャシーは思い出す。

 体を重ねることで魔力の操作感覚を共有するような眉唾(まゆつば)の話。

 しかしそれは同時に魔力の暴走・枯渇現象から進化した種族の血ゆえの特性でもあると。



「いやいや、もしかしたらもしかするかも?」

「もしかしなくても、いずれオマエもベイリルも追い抜くから待っとけ」

今日(きょー)はあーしも久々に成長しちゃったからな~、どうだろ」


 死線の果てを垣間(かいま)見た闘争と成長の熱は、今なお自分の中に渦巻くように残っている気がした。

 

「それにベイリルも言ってたよ。"禁欲の果てに辿り着く境地など高が知れたものッッ"――」

「なんのこっちゃ」

「いつかのどこかのだれかの言葉だってさ……――"強くなりたくば喰らえ!!!"」

「その言葉は……なんかこう、そそられるな」


 まんざらでもない様子を見せるキャシーに、フラウはダメ押しの言葉を添える。


「愛もまた人を強くする要素だよ、キャシーくん」

「なにさまだ」

「闘技祭優勝者さまであらせられるぞ。一回戦敗退者に直々(じきじき)()いているのだよ~」

「っぐ……クソ、そこは反論できない」


 もう一度だけ頭ごとキャシーの体に預けて、殊勝(しゅしょう)に振る舞う。


「まぁその、さ……考えといてよ」

「はーったく……もう、オマエほんと今日は弱りすぎだフラウ」

「まーまーたまにはさ。久々に死にかけて色々思ったんだ~、たとえ長命種でもやっぱり死ぬ時は死ぬって。

 だからやり残して後悔しない為に、もうちょっと前のめりでいく。それに珍しいモン見れたって言ってたじゃん?」


「そうだけどよ、なんかやっぱ調子狂うんだわ」

「じゃっ今はこれくらいにしとこう、今はまだ焦る必要はないもんね~」



 少しばかり無言の時間がおとずれる。

 しかしそれは気まずいといった(たぐい)ではなく、どこか穏やかなものだった。

 ともするとキャシーは(ガラ)にもない声音で、やんわりと口を開く。


「あーなんだ、そういう恋愛の機微っての? は、よくわからんが……ベイリルは知ってんのか?」

「もっち知ってるよ~。ベイリルもあれはあれで色々と寛容だし、ハーレムが増える分には別に」

「ベイリルと、か。あんま想像できんな」


 目線がわずかに泳いだ様子を、フラウの瞳は見逃すことはなかった。


「はい、ウソ。どんだけ一緒にいると思ってんのさ~」

「チッ……やりにくいな」

「それにさぁ~、あんだけ一緒に過ごしててまったく意識しないわけないじゃん」

「ちっとはな、頼りになるとこもあるとは思うよ」


 遠征戦では結果的に助けられたこともあった。学園卒業後は、それこそ四六時中を共にしていたのだ。

 特区まで旅して、黄竜を倒し、迷宮まで逆走して……それだけ情が移るのも否定できない事実。


「でもさでもさ、もしもキャシーに他に好きな人ができても――それはそれで応援するよ~」

「はいはい、オマエの気持ちってのも心の(スミ)にだけ()めといてやるよ」


「そういうとこだぞ、キャシー」

「なにが?」

「なんでしょ~」


 いつもの調子に戻ってじゃれ合いながら、フラウは自身が守るべき世界というものを味わうのだった。



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