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#161 円卓十席 II


「だからごめんねぃ」


 瞬間――双術士の二(つい)四つの瞳に映ったのは、目の眩むような"閃光"であった。

 聞いたことのない破裂音の後に……並んでいた二人の内、片一方が地面へと倒れる。


「っえ……?」


 発せられたのは――残されしたった1人だけの声であった。

 半身(はんしん)の最期の姿を脳裏に刻みこむように、唯一だった姉妹を覗き込む……。


 光で(くら)んだかと思った視界に異常はなく、倒れている姿を鮮明に捉えていた。

 あるいは身に浴びた"閃光"は単なる錯覚だったのかも知れないとも、どこかで感じている。


 抱き起こした己が命の半分は(ちから)なくうなだれ、間違いなく絶命は(まぬが)れえないと確信させた。

 心臓付近から広がるように鮮血が染まり続け、まるで己の血液まで失われていくような感覚に(おちい)る。


「――ッ」


 声にならない言葉と共に、小ぶりの杖が形見かのように渡される。

 死の(きわ)にあって、残る姉妹に全てを託して(のち)――"双術士"は()術士ではなくなった。


 1人で座ることになってしまった円卓十席は、ゆっくりと対面の少女を見つめる。



「ぃ~よっと」


 地面に排莢(・・)の金属音が鳴り、フラウは胸の谷間から弾薬を飛ばし装填を終える。

 姿を覆うほどの白煙が消えた時、くるくると回していたリボルバーをホルスターへ納めた。


 ――"スポットバーストショット・六連"。

 半吸血種(ダンピール)としての強靭な肉体と強化感覚、さらにフラウの重力魔術の併せ術技。


 リボルバーを抜いた瞬間に、腕と腰を使って銃を完全に固定。

 引鉄(トリガー)を引いたまま撃鉄(ハンマー)を右親指でコックし、早撃ち(クイックドロウ)一発。

 それだけでも初見ではほとんどの人間は反応できまいが、そこからが銃技の真骨頂――


 間断なく左手の親指・人差し指・中指・薬指・小指の全指で、撫でるように撃鉄(ハンマー)を叩いて5連発。

 合計6連発の弾丸を、一瞬の内に寸分違わず同じ箇所に叩き込むという超々精密技巧。


 その実態は――初弾に引力弾を放ち、残る5発に斥力場を纏わせてぶっ放すというもの。

 反発しないよう調整し、威力のみを跳ね上げるという最高級術技。

 それは双術士を包んでいた魔術防壁をもいとも容易(たやす)く破壊し、その心臓を射殺(いころ)していた。

 


「どんな障害も意識の外から撃ち貫く――これでもう一人だね~」


()が一人なら……勝てるとでもぉ?』


 片一方は既に死しているのに、声が二重に聞こえるのは決して気の所為(せい)などではなかった。

 フラウは言い知れぬ怖気(おぞけ)を感じながら、再度リボルバーを抜き撃つ。


私は(ほのおよ)死なないのよぉ(とどろきくるえ)……』


 今度は完璧なスポットバーストショットとはならなかった。

 かつて幼い頃に味わった――故郷を焼かれてからの最初の夜を思い出すような恐怖。


「まじ? わたしが気圧(けお)されるなんて……いつ以来だろ」


 その純然たる殺意を固めたかのような重圧は、フラウの集中を乱して本来の銃技から程遠いものとさせた。

 引き寄せ集弾の基点となる初弾は防がれ、残る不完全な斥力弾も炎の障壁に阻まれ溶け落ちる。

 

 双術士は焦点こそ合っているのだが、どこか(うつ)ろで判然としないようにも見える表情を浮かべている。

 ただただ不気味を通り越して、本能的に訴えかけてくるような得体の知れぬ()があった。



だから別に(くうきよ)あなたを恨まないわぁ(おどりくるえ)

「むぅっ――」


 迫る純粋な"熱波"の渦に対して、斥力場を二層に分割しつつ厚みを増して防御壁とした。

 ベイリルのように"真空断熱層"を挟むようなマネはできないものの、それでなんとか輻射熱(ふくしゃねつ)を遮断する。

 

 普通に喋りながらも、副音声のように詠唱する双術士。

 さながら2人分の魔力が彼女の中で、奔流として漏れ出ているのが肌で感じ入るようだった。

 魔力の受け渡し――普通は不可能だが、双子であれば……確かにそれも可能なのかも知れない。

 

(二人同時に処理するのが正解だったかー……)


 六連発のスポットバーストショットを三発ずつ分ければ良かったかも知れない。

 否、それはそれでまた難度が上がり、威力もそれぞれ半減以下となり通じたかどうかわからない。

 どちらにせよ遅きに失した、どうしようもなく詮無(せんな)い話であった。


 各個撃破が戦闘の基本なれど、こうも裏目に出るハメになるとは思わなかった。



だって私は(だいちよ)ずっと一緒だからぁ(うねりくるえ)


 熱波によって赤熱した土石の巨塊(かたまり)が、さながら大蛇が(ごと)くせり上がっていく。

 それをフラウは"行進曲(マーチ)"による斥力場の両腕で、掴み、潰し、打ち砕いた。

 

みずよ(かぜよ)はしりくるえ(まいくるえ)


 二重詠唱によって同時に別々の魔術を発動させたのを見て、フラウの背中に冷や汗が流れる。

 副音声のような詠唱の時点であるいは(・・・・)とも思ったが、そんな芸当ができるなどと。


「まっずいな~、これかなりマズい」


 自身にとって非常に珍しい焦燥が、思わず口から漏れ()でてしまっていた。


 "竜巻"によって巻き上がる"岩礫"の人型(・・)は、"熱波"を身に纏い沸騰する"水流"を血液のように脈動させる。

 最初に戦った土ゴーレムよりも、倍近くの威容を誇る四属魔術の超巨人。

 迷宮逆走の折に出会った巨人族も、まったくもって比較にならない巨大(おおき)さ。


 あまりに禍々(まがまが)しく、双術士の内なる感情が凝縮されたような意思をもって操られる人形。

 その気になれば敵も味方も有象無象の区別なく、戦場を蹂躙し尽くしかねない破壊の化身。

 もはやどこにも逃げ場なき、これ以上ないほどの()を予感させた。


(久しぶりだなぁ……)


 振り下ろされる巨腕を眼前にして、フラウは胸元に下がるヒモで通したエメラルドのリングを見つめる。

 それは幼き頃に幼馴染からもらった原石を、学園時代にベイリルが依頼して加工してもらったもの。

 指にはめておくと何かと邪魔だからと、ネックレスにして肌身離さず身につけていた。


 懐かしき感慨と心中するかのように――フラウの視界は闇へと染め上げられた。





 半径周囲数百メートルに及ぶ、大災害の爪痕の只中(ただなか)に立つ――もはや"たった1人の双術士"。

 

『私はいつまでもおわらない(そばにいる)

 

 隕石が落ちたような爆心地に背を向けて、二本の杖を持った双術士は幽鬼のように歩き出す。

 これまでとなにも変わることはない。なにひとつ変わるわけがないのだ。


 するとしばらくして……踏み出したはずの右足が、地に立つことがなかった。

 さらには左足も地につくことなく、肉体が浮遊しているということに気付く。


()っ……!?』


「――"諧謔(かいぎゃく)・天墜"」


 双術士は"それ"が敵によって引き起こされていると判断した瞬間――空へと落ちていた(・・・・・・・・)

 真逆の重力加速度に加えて、倍増させた反重力によって、天上へとグングン上昇していく。


「"リーベ・セイラー"はかく語りき。天地がひっくり返るような冗談も、この世には存在するんだよ」


 フラウはグチャグチャのクレーターから這い出しながら、遠く双術士へと腕を向けたままそう言った。



 地上から(そら)の彼方へと放逐されたのを見届けて、フラウはその場に座り込む。


「んっんーーーん! 無事お星さまになったかな?」


 息を整えつつ、覚悟を決めて敢行した戦法がなんとか功を奏したことに安堵する。

 トロルのような厄介な敵を相手にした時を考え、極致まで高めた反重力魔術。


 相手へ直接重力を作用させる"諧謔曲(スケルツォ)"を、天頂方向へ極大化させる。

 その出力に伴う魔力消費は多大なれど、たとえ死なない究極生物だろうと宇宙まで追放してしまう裏秘奥(うらひおう)


 実際は離岸流のように、横方向へ移動されるとあっさり抜けられてしまうのだが……。

 思考力が欠如(けつじょ)した双術士の精神状態では、そこまでの機転は回らなかったようであった。



「っふぅあ~あ……割とってか、めっちゃギリギリだったなぁ」


 座った状態から大の字に寝転んで、わたし(・・・)は改めて思い起こす。

 多重詠唱の波状攻撃をされては、先にこちらの魔力が尽きるのは確定であった。


 ゆえにあの大猛攻をなんとか受け切り、死んだと見せかけて不意討ちするという作戦。

 あの一瞬ではそれくらいしか思い浮かばなかったが、結果としては成功だった。


 自称(・・)次期魔王少女レド・プラマバの、"存在の足し引き"による耐久力全振りをイメージした。

 斥力で反発させ、引力で流れを変え、重力で押し潰す――それを幾重にも幾重にも。

 己に防ぎ切れぬモノなしと言わんばかりに、"繊細(せんさい)かつ力業(ちからわざ)"なコントロールでもって全知全能全身全霊全振りした。


「"多重奏層"――とでも名付けよう」


 修羅場でこそ覚醒し、開花することもある……常々ベイリルがやっていること。


(わたしもすっかり命名するようになっちゃったな~)


 元々術技にいちいち名を付けることなどなかった。自分だけが性質を知っていればそれで良かった。

 しかしベイリルが気分的な問題だと言い出し、あれもかれもとネーミングされてしまった。

 いつかは"オーケストラ"というのも、実際に聞いてみたいと興味が沸々(ふつふつ)と湧いている。



「しっかしまっ、本当に(ひっさ)しぶりだなぁ……この感覚」


 ひとりぼっちで戦い続けた、あの幼き日々――いつだって死と隣り合わせだった。

 死線にあって、そのたびに強くならざるを得なかった。


 父と母はわたしを逃がす為に、目の前で死んでいった。

 受け止めきれぬ傷心と、惨劇で故郷を失った身寄り無きわたしが、たった1人で生きていく苦難。

 姿が見えぬ大人びた幼馴染……ベイリルだけが、もはや唯一の家族。

 だから再会する為だけに、死ぬことを諦めた。生き残る為に……毎日考え、毎時考え、毎分・毎秒考え抜いた。


 そんな無限にも思えた繰り返しも――強くなってからはめっきりなくなってしまっていた。


 学園に入学して一般教養を学ぶ頃には、周囲は枯れ枝(・・・)のような存在にしか見えなかった。

 それからキャシーと出会い、ナイアブと出会い、落伍者(カボチャ)とたむろするようになった。

 フリーマギエンス設立以後は、部員であり同志であり友であり、決してみんなは敵ではなかった。


 自身の身を脅かすほどの敵らしい敵は、黄竜を相手どる時までついぞなかった。

 その黄竜とて信頼し愛すべき仲間達がいたから、今のような心域には程遠かった。


 適者生存(てきしゃせいぞん)――逆境が生物を強くする。進化できなければ淘汰(とうた)されるだけで、生き残る為に成長した。



「たまにはこういうのも悪くないね~」


 学園の闘技祭で優勝こそしたものの、別に最強になりたいだとかは思っていない。

 闘争は嫌いではないものの、戦闘狂って言えるほどの気性を持ち合わせてもいない。


 必要に迫られていたから……極々自然な流れで強くなっただけだ。ならざるをえなかっただけだ。

 そしてベイリルとも再会できたし、フリーマギエンスという大枠で仲間も増えた。


 ただ自分は――もう二度と……無力のままに失う(・・・・・・・・)ことだけはしたくない。

 故郷と同じような惨劇に見舞われても、今度はなんとかできる(ちから)をわたしは欲するのだ。


「この魔術が届く範囲は、あーしの領地(くに)ってやつかな」

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 確かに死線を乗り越えたら進歩が目覚しいですが、リスクも高いね。ひやひやします。
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