#158 円卓二席 II
剣で捌き――剣で斬る。ケイが実行したのはただそれだけ。
その瞬間を全員が見ていたし、頭で理解できたのだが――思考がついていかなかった。
時間がすっぽ抜けたような、吹き飛んだような……とにかくいつの間にか終わっていたのだ。
それはスィリクスとの闘技祭前哨戦の再現のようでいて、違っていたのは"死合"であるということ。
最初に攻撃を仕掛けた門弟は首を貫かれ、絶命し倒れ伏す。
彼女の背後にいた門弟も胴体部を裂かれ、膝を崩してそのまま死んでしまっていた。
その光景に思考が回らずとも……反復と反射によって会得したであろう、高度に洗練された門弟達の連係は止まらない。
1人2人と殺されようとも、決して動揺することなく、一糸乱れぬ攻勢は続けられた。
魔力力場を伴った剣撃は、およそ完璧とも言えるタイミングで少女へ襲い掛かる。
一撃目をフェイントに、二撃を死角から、三撃をトドメの追い討ちとして――
自身がそれらの渦中にあった時は必死であったが、傍目から観察をすればするほど……。
それぞれが最適に準じた役割をこなし、精緻極まる流れをもって仕留めに掛かる一種の芸術にも思える。
(まじ、か……?)
しかしそんな敵集団への感動と敬意を他所に、俺は心中で度肝を抜かれていた。
門弟部隊にも確かに驚異なのだが、それ以上の驚愕が眼前で繰り広げられてる。
そう――あれはおよそ"完全無欠な集団戦闘"であり、まともに付け入る隙などないように見える。
それをまるで後ろに目でもあるかのように、そのことごとくを捌いて、斬って、捨てていく。
俺のような空気を視て感じ取っているような、感覚強化とも違うようで……。
ただ来たものを撃ち墜とすような、正確無比の無双剣。
彼女の刃の届く範囲こそ絶対の制空圏。
決して派手ではないが、その領域内では唯一の支配者たる少女。
魔力力場によって見えぬ間合いが伸びてこようが、全く関係無いと嘲笑うかのように。
敵の刃は彼女へと一切届かない。しかして彼女の刃は確実に敵へと届くのだ。
げに恐ろしきは伊達にして帰すでなく……命脈を漏れなく、確実に、断ち斬っているということ。
腕が振るわれるたびに、一刀の下に命が消えていき――
24人からなる門弟集団は、たちまち"殲滅"されてしまったのだった。
「ふぅ……お掃除完了しました!!」
「お、おう……ありがとうケイちゃん」
俺は乾いた笑いを漏らしながら、感謝を述べる。
彼女はかすり傷はおろか、返り血の一滴も浴びていない。
ここまで凄まじいとは微塵にも思っていなかった。助太刀の備えはまったくの杞憂に終わってしまった。
たとえばフラウも、ジェーンやヘリオやリーティアも、何より俺自身も――
俺と関わって現代知識に触れ、異世界にない常識や知識を利用することで強くなっている。
それはレドも間接的にそうだったし、ファンラン先輩にだって少なからず影響を与えてきた。
しかし彼女には――少なくとも強度面においては、何一つ関わっちゃいない。
そう、天禀に理屈なし……やはりいるところにはいるものなのだ。
大昔ならいざ知らず、記録として残る地球の近代戦史にも少なくなく存在した。
悪魔だの死神だのと様々な異名を冠するに至った軍人達。
それは何も戦争だけに限らず、知識においても芸術においても、あらゆる方面に存在した。
同じ人類とは思えない、その底知れぬ人間の潜在性を発揮する、度を超えた規格外の怪物。
生ける伝説ともなりえて、常識の埒外に住まう、非現実の住人と言って差し支えない大いなる傑物。
ゲイル・オーラムのように、誰に教えられることなく超人を越えし域に至る者。
俺とてハーフエルフというおあつらえ向きの種族に転生し、才能と模倣と発想と努力でもってここまできた。
フラウとの閨で体得した魔力加速器操法の絶大な恩恵を含めて、互いに影響し合って高みへきた。
汎用性と多様性に富んだ戦術の組み合わせ、さらに絶対的な速度と火力を旨に、時に命を懸けて研鑽を積んできた。
だからケイに負けるとは、口が裂けても言わない――しかして勝てるヴィジョンもまったく浮かばない。
俺よりも年若い彼女はそういった枠より外れた領域に、日常と変わらぬように平然として立っている。
スィリクス先輩を相手にした時は……本当に氷山の一角どころか、単なる氷片に過ぎなかったのだ。
「馬鹿な……我が弟子たちが――」
茫然自失とした表情を見せているのは、弟子を皆殺しにされたテオドール。
彼が止めれば門弟達も攻撃の手を止めたのだろうが、その機を逸してしまったのも無理はない。
おそらくは時間にして10秒にも満たなかったし、ケイの剣技は凝視せざるを得ないほどのものだった。
そして師匠たるテオドールは、弟子が死んでしまったことよりも……。
自身の技術を超越したモノを見せられたこと。その衝撃をどうにも隠しきれずにいたのだった。
そしてそれは俺もまったく同じ気持ちであるのが、また皮肉というものである。
「彼奴はすべてを剣に注いでいる、それでいて……ありえんッ!」
観察していた限りではケイ・ボルドのそれも、魔力と魔鋼剣による単純を突き詰めた戦型。
少し違うのは魔術力場を体に纏うことなく、ただただ刃に注いで切れ味を高めただけということ。
だからあらゆる装甲は意味を為さず、魔力の力場や魔術すらも斬り伏せてしまう。
双つの剣のみで完結された技術。
ケイ・ボルド――もはや彼女の存在そのものが"魔剣"とも言うべきものだった。
「はぁ……別に自分がやりやすいようやってるだけなんでよくわかりません、ごめんなさい!」
「なあッ……が――」
「諦めたほうがいいぜ、おっさん。ケイの世界はこいつだけのもんなんだ。理解なんてできないって」
密着するように肩に腕を回して偉そうにのたまうカッファに、ケイは半眼でその手を振り払う。
「なんであんたがわかったようなこと言ってるの? カッファ」
「おまえだって自分でわかってないじゃん」
「うっ……いやまぁそうだけど」
幼馴染の距離感でじゃれ合うような二人の間に、気が抜けた俺は割って入るように前へ出る。
「本当にありがとうな、おかげで助かったよ」
「どういたしましてです! 偉そうな方はおゆずりします!」
「まぁ俺としては別に、アッチも引き続き殺ってもらっちゃっても一向に構わんのだが」
スッと俺はテオドールの方へ視線を流す。
正直なところ、彼女の死合における絶技をもう一度見たいという部分があった。
「いえいえ大先輩の雄姿を、特等席で見さしてもらいます」
「じゃあおれがやろっかな?」
「カッファじゃムリだってば」
「そうかなあ?」
「そうだよ」
余裕を見せる後輩二人に、俺はフッと笑って己の背中を見せることにする。
気は抜けたが不必要な緊張も抜けている。一方で苦い表情を貼り付けたままの、テオドールへ告げてやる。
「さぁて、なにはなくともこれで約束通りか――お楽しみの本番、決着の時だ」
――円卓の魔術士、第二席。王国"筆頭魔剣士"テオドール。
王国の高品質な魔鋼剣に、魔術による力場を纏い、則した魔剣術を使う男。
筆頭と称される以上、その剣技は王国でも最強クラスと言って相違ないのだろう。
「円卓第二席……相手にとって不足なし、これは過言じゃない」
俺は傲岸不遜を顔に貼り付けて、煽るように言い放った。
すなわち己の実力が、王国に認められた特権階級の円卓の魔術士以上なのだと――
そう言い聞かせるように自分自身に沁み込ませていく。自信とは"楽観的勘違い"とも言い換えられるだろう。
根拠がなくてもとりあえずポジティブシンキングでいることが、運や流れを引き寄せることもある。
(なぁに黄竜に比べれば、幾分もマシには違いない)
一対一の決闘ではあるが、控えの後輩もいるので気も大いに楽である。
最初の暗殺潜入時は……本気ではない交戦で、手傷こそ負わせて逃げおおせた。
――が、これなるは小細工なしの真っ向勝負。
「軽調子は相変わらずか――それが最期の言葉でいいな?」
いざ闘争の空気になると、それまで狼狽を隠せずにいたテオドールはすぐに冷静さを取り戻す。
世界単位で見れば"五英傑"といった、上には上がいようとも……円卓に座る者は決して伊達や酔狂などではない。
眼前の男は王国軍の伝家の魔宝刀であり、たった一人で戦局をひっくり返す戦術級の猛者。
「最期の言葉、か……そうだな、せっかくだ――和解する気はないだろうか?」
そうだ、それゆえに惜しい。確かな実力があり、あれほどの弟子を育成する能力がある人間。
単純な武力であっても、"文明回華"の道ではあらゆることが役に立ってくれる。
ケイ・ボルドのおかげで圧倒的優位を確保できた。
テオドールを引き止める理由となるだろう弟子達も、結果的にはもはや全員いない。
彼に個人的に恨みがあるわけでもない。この機会を利用しない理由は、むしろ無いとさえ言える。
「……命乞いをしているつもりか?」
「俺は立場上、有能な人物を引き入れる権限がある」
「貴様ら、の――?」
言いよどんだテオドールの言葉に繋げるように、俺は引き抜きを続ける。
「"シップスクラーク商会"だ。既にこの戦争の趨勢は決している」
「……ふんっ」
戦争は門外漢であったとしても、そこを見誤るようなことはないようだった。
それに王国領土防衛の総力戦争ならいざしらず、あくまで帝国領への侵略戦争であり遠征軍。
政治的に見るのならば、伝家の宝刀を抜き合って潰し合うほどの戦争ではないのだ。
さらに終着が既に見えているのであれば、個人として身を切ってまで出張る必要もなくなってしまう。
「"円卓の魔術士"という地位にどれほどの価値と恩恵が与えられているかは、まぁあまり知らないんだが……。
我らが商会に来るのであれば、それらを超える報酬を約束するが……どうだ? 一考の余地はないだろうか」
「戯言だな」
聞く耳を持つ様子すら見せないテオドールに、俺はぬけぬけと交渉の札を切る。
「あーそれと商会には"永劫魔剣"があるぞ。ディアマ信仰者ならその意味わかるよな」
「なん……だと……?」
その情報にはさすがにテオドールとしても、顔を歪めざるを得なかったようである。
かつて幼少期を過ごしたカルト教団が、その存在だけで聖地として定期巡礼されていたほど。
三代神王ディアマ本人が使い、大陸を斬断したと伝え語られる"魔法具"。
しかもディアマと同じ魔剣士という戦型を持つ身としては、それは垂涎必至のシロモノに違いない。
「まぁ循環器である刀身の部分だけで、安定器……――と、増幅器がまだ見つかってはないんだが」
「貴様は虚言をも弄すのか」
「本物かどうかは実際に、見て、触って、確かめてみればいい。素人眼でもわかる」
そも魔剣士ともなれば、刀剣類の目利きも秀でているだろうことは疑いがない。
「見くびるなよ。貴様は今先刻、安定器について言葉を濁したな?」
「あぁ……まぁ、安定器は実のところ破損してしまっていて、ただいずれそれもなんとかする」
「なんとかだと?」
俺は内心でほくそ笑んだ。こちらの言葉を切り捨てることなく、食い付いてきていることに。
「元々増幅器がなくて、その代替物を作り出す研究をしていた連中からいただいたモノだ。
安定器もいずれは作り出す。それだけの"テクノロジー"と将来性が商会にはある」
「てくの……?」
「テクノロジーだ、多種多様な技術を集め、研究し、体系化し、推進していくのが我らが本分。
その恐ろしさは……今回の戦争でよくよく知っただろう? たかが一商会が王国軍に勝利した事実――」
実際には騎獣民族やワーム海賊によるところが非常に大きいのだが……。
それらを引き入れ、兵站を整えたのはシップスクラーク商会の功績と言って良い。
「勝利しただと――」
「趨勢は決したと言っただろう。情報が伝わってないだろうが、兵糧が届いてない以上は明白。
そして貴方が仲間になってくれれば完全勝利だよ、テオドール殿。"双術士"の方も既に手は打ってある」
眼光を鋭くするテオドールに、俺は場の空気を感じ取りながら話を続ける。
「譲渡するとは軽々に言えないが……場合よっては貸与したり、研究や試験運用に携わってもらって構わない」
「饒舌なことだ」
「まずはお互いをよく知ることから始めよう。それからでも遅くない」
テオドールは数秒ほど目をつぶってから、ゆっくりと見開いて意思を言葉に乗せた。
「弟子を殺させてしまった我が不明は、貴様らまとめてこの刃にて雪ぐ」
「別に今すぐ回答してくれってわけじゃない、後日改めてでも――」
「二言なし」
はっきりと拒絶を示したテオドール。その覚悟に対して、これ以上は聞く耳は持たないと判断せざるを得なかった。
俺は交渉をしている間に、密かに完成させていたイメージを解放する。
「はァ~……残念だ」
肺の中から息を空っぽにするように、そう殺意と共につぶやいたのだった。