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#156 戦域潮流 VI 


「えーっと……これはなんでしょうー?」

一の札(エース)です」


 テーブルの上に並べられたエース。クラブとハートとダイヤ。

 "空前"のベイリル、"見えざる(ちから)"のフラウ、"雷音"キャシー。


 命令系統に縛られることなく自由に動けて、さらに機動力にも秀でた個人戦力。

 特に飛行能力に加えて、隠密技能と殲滅能力を有するベイリルとフラウ両名は非常に強力である。

 2人は(おも)に飛空騎獣部隊と共に、制空権を確保しながら局所的に地上戦力も()いでいる。

 散発的な対空魔術であればさしたる痛痒(つうよう)もなく、逆に反転攻勢によって潰して回るほどだった。


 一方でキャシーはテューレからの情報によれば、まず王国海軍相手に暴れたとのこと。

 次に実験魔術具小隊を殲滅させてからは、気ままに王国軍を潰して回っていると思われる。

 昼夜問わず遠雷が聞こえるたびに、王国軍はその戦力を確実に減じている。


 

 他にもいくつもの有用な(カード)を、いくつも(めく)っては並べていく。

 今まさに目の前に座って、律儀(りちぎ)にこちらを観察し続けている少女もその1人。


 広域の情報収集および相互連絡を一手に引き受けて報告する、"風聞一過(ふうぶんいっか)"テューレ。

 後方に下がってからは統括衛生長として、怪我人の治療に医療術を振るう"命の福音"のハルミア。

 王国出身の過去を活かし、王国予備軍陣地にて情報収集に(いそ)しむ"静謐の狩人"クロアーネ。

 シールフだけでなく自分の補佐もしてくれている三巨頭の愛弟子、プラタ。


 与えられた仕事を完璧にこなす自由騎士団序列三位、"剛壮剣"フランツ・ベルクマン。

 王国公爵家の三女として多方面に渡りをつけて回った、"揺るぎなき灯火"リン・フォルス。

 戦域とは別に領内復興の流通・采配に(ちから)を発揮している、"微動せぬ天秤"ニア・ディミウム。


 戦争である以上は多少の犠牲は(まぬが)れえないが、今のところ大きな"欠け"はない。


 それもこれも自分達が作り上げてきたシップスクラーク商会が、土台から強くあったということ。

 自由な魔導科学(フリーマギエンス)(もと)に在る皆々が、一心に団結して事に当たっているからに他ならない。



(そしてなによりも――)


 "情報の差"が勝敗を完全に分けたと言っていい。

 かつてベイリルが語っていた意味を、身をもって()ることができた。


 こちらはあらゆる手段を講じて敵軍の陣容と動き、その流れまでも掴んでいた。

 情報という見えないモノを広範・多岐に取り扱う、そうした概念自体を利用すること。


 あの手この手で撹乱(かくらん)して、侵攻という行為そのものを突き崩していった。

 商会員を王国に送り、市井(しせい)に暮らす者達を買収して情報を収集。

 補給や増援に関わる王国人に賄賂(ワイロ)を渡し、適時小さな(ひず)みを積み重ねて麻痺させた。

 

 実戦場における王国軍の不利の(しらせ)を徹底的に潰し、逆に順調であると(ちまた)に噂を流布している。

 王国側は侵略戦争の遠征軍が、こうして窮地に陥っているとは未だに掴んでいないはずである。


 それは騎獣民族の長たるバリスが言うところの"狩り"と同じことである。

 戦争は決闘ではない。であれば……相手より先んじたものが、圧倒的優位を確保し制するのが基本。

 そして相手の不意を打ち、また討たれるのであれば、おおよそにおいて初撃にして"致命の一撃"となりうる。

 戦争とは往々にして"戦う前から決まっている"という言も、そういう部分を多分に含んでいるのだろう。



 カプランの(カード)を引いて並べる手が止まったところで、テューレは首をかしげて尋ねる。


「今度はどんな不思議を見せてくれるんですー?」

「いえ……これらは先ほどの手品ではなく――単なる戦力の確認です。味方側のね」

「なるほどー、さっきのは手品って言うんですか」


 現況の確認ではなく、手品の(ほう)に食いついたテューレは並んだ(カード)を手に取っていく。

 テューレが持つ二枚の道化師(ジョーカー)を見つめ、カプランは眉をじんわりとひそめる。


(王国軍の二枚の切り札(ワイルドカード)……)


 カプランは周辺戦地の地形図と、戦略域における両軍の配置を頭の中で正確に浮かべた。

 そこにテューレからもたらされた情報による修正を加えて、改めて見直していく。

 残る大きな問題は2つ――王国正規軍の後方の予備陣地に展開する、"円卓の魔術士"である。


 思考の海に潜行(ダイブ)していると、総司令部天幕の入り口に人影が見えた。

 


「カプラン様、火急の用にて失礼します――」

「どうぞ、"クロアーネ"さん」


 聞いた声から判断したカプランは不意の来訪者を招き入れる。

 肩で息をするその様子は、彼女が潜入していた王国予備軍陣地から全速力で来たことを表していた。


「円卓の二席および十席は、独断で正規軍の援軍には向かう様子は未だ見せていません。

 しかしの残りを糧秣から判断するに、出撃か撤退か――いずれにせよ、じきに動くと思われます」


 円卓の魔術士という立場もあってか、もとより兵糧は余裕をもって配給されていたよづあった。

 しかしそれも追加の補給がない状況で好き勝手に消費すれば、長く保つわけもなし。


「ありがとうございます、委細承知しました。こちらは順当に事が進んでいるので、予定通りに――」


 うなずいたカプランに、クロアーネも示し合わせるように首を縦に振ってから視線を移す。


「テューレ、仕事です」

「はいクロアーネさん、なんでも言ってくださいー」


 同じ情報部として既に面識あるテューレは、先輩であるクロアーネの言葉に気合を入れる。


「と言ってもただの伝言……いえ、ベイリルとフラウ両名への指令ですね――」





「――というわけで、円卓の魔術士が駐屯する陣地が限界近いそうです」


「了解だ、テューレ」

「どんだけ強いか知らないけど、食うもん食わなきゃ死ぬもんね~」

「えーとそれで、クロアーネさんとカプラン氏の話では――」


 律儀に説明しようとしてくれるテューレを、俺は手をあげて続く言葉を止める。


「みなまで言わずとも、わかっているから大丈夫だ」

「ですよねー、ベイリルさんも大幹部ですもんね」

「違うな、俺は影の黒幕(フィクサー)だ」

「ふぃくさー……ですかー?」


 俺が使う地球由来の独自言語を理解したり使用するのは、俺と長く過ごした人間だけである。

 この世界に変換させた造語や日本語、英語そのまんまの単語(ワード)は身内の隠語として使いやすい。

 付き合いの短いテューレに通じないのを知った上での冗談(ジョーク)だが、いずれは理解していくだろう。


(あと商会を運営していくにあたって、そうした言葉も正式に広めてかないとな――)


 異世界にとって未知のテクノロジー群は、存在しない専門用語が多すぎる。

 文化や娯楽にしても、新たな言葉を造らねばならないのなら、発音そのままに流用するに限る。

 それらは商会とフリーマギエンスの共通単語の1つとして、また別の意図(・・・・)でも機能することになる。



「ベイリルそれぇ、まだ言ってんの~?」

「言ってみただけだ。気にしなくていいぞ、テューレ」

「……? はいーわかりました」


 フラウのツッコミを(かぜ)に流しながら、俺はグググッと全身を天に投げ出すように伸びをした。


「さってとフラウ、(わり)を食ってくるか」

「いぇあー、つめのいって(・・・・・・)ってやつだね」


 左隣に寄り添うように浮遊しているフラウと、パンッとハイタッチしてから拳で突き合わせる。


 円卓の魔術士を討ち果たす機会こそ――今この時、これで王手詰み(チェックメイト)とする。

 それさえ済めば、もはや逆転されるような状況は起こりえないと言ってよい。

 多少の不確定要素(イレギュラー)があったとしても、情報を支配している以上狼狽(ろうばい)するような事態はもはやない。



「んでだ、この辺の空域から抜ける俺たちの割を食うのが……」


 俺がじっとテューレを見つめると、瞳をぱちくりとさせてから彼女自身の顔を指差した。


「えっ? へっ? 自分ですかー? かわりに制空権の確保をしておけとー?」


「まぁ基本的には騎獣民族の飛空部隊がいるし、今さら戦闘も起こらないだろうから安心してくれ。

 城塞上空にさえいかなければ対空魔術も飛んでこないし、テューレの実力なら余裕だろう?」


 戦闘はともかく単純な飛行能力に限っては、俺ですら及ばないほどの実力者である。

 長距離巡航速度と旋回性能、視力やその身に纏う竜巻魔術があれば、生半(なまなか)な敵も相手にならない。


「えーまー、そうですけど」

「ただここら一帯を巡視しつつ、王国の使いツバメを捕まえて、何かあれば本陣に連絡してくれるだけでいい」


 やることは戦闘員のそれではなく、あくまで斥候としての仕事であることを強調する。


「そのくらいなら自分でもなんとかー」

「頼んだ、そんじゃ俺らは出撃する」


「はーい、勝利とご無事を祈ります」


 俺はフラウの手を取って、お互いに風と軽減重力を掛け(あわ)せ合う。

 そのままテューレを置き去りにするように、空から空へと飛び出した。





 目には見えない空の道を疾駆するように、手を繋いだまま揃って飛行する。


「おさらいだフラウ。今回来ている円卓の魔術士は三人(・・)――第二席"筆頭魔剣士"と第十席の"双術士"」

「双術士ってのはぁ~……二人あわせて第十席なんだっけ?」

「そうらしい、左右対称(シンメトリー)の杖のような(はた)が目印だ」

「あーしはそっちを撃破すればいいんだね~」

「俺はやたら長い剣の紋章――"筆頭魔剣士"を()る。因縁はしっかりと解消しておかないとな」


 固まってくれていたなら……こっちもコンビネーションプレイで、幾分か楽に打ち倒せただろう。

 しかし誘導する手間などを考えると、それぞれで各個撃破することになる。


「"円卓殺し"かぁ……"竜殺し"ほどじゃないけど、(ハク)がつくねぇ~」

「厳密には黄竜を殺してはいないし、向こう二年は打ち倒して迷宮制覇したことを言いふらせないがな」


 もとより喧伝(けんでん)するつもりもないのだが、それが"無二たる"カエジウスとの約束事である。



「まぁ危なくなったら逃げろよ、俺も逃げる」


 俺は瞬間的な音速突破を併用しつつ、高速飛行とステルスで遁走できる。

 フラウも重力場をばら撒きながら、自分だけ浮遊して退避することが可能。

 そこに追いすがることができるのは、本当に極々一部の限られた者だけだろう。


「そだねー、それはそれで敵戦力を()ぎきれず遊ばせることになっちゃうけど」

「そん時ぁまた別案を考えればいいさ」


 仮に戦略的撤退をして相手に時間的猶予を与えることで、円卓の魔術士が本格的に動き出してしまうものの……そこは致し方ない。

 また機を改めて、俺とフラウの連係で個別に殺してもいいし、キャシーやハルミアとパーティを組んでもいい。

 展開した戦陣こそ崩れてしまうものの、バルゥやバリスと協力すればさすがに問題なく殺せるだろう。


「とりあえずは様子見で――勝てそうなら、倒してしまっても構わないって感じで」


 大勢(たいせい)は既に半分ほどは決している。残る半分――円卓の魔術士を討ち果たし、戦争を終結させる。


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