#152 戦域潮流 II
俺はフラウが頭の中で整理するのを待ってから、解説を再開する。
「んでんで、どう肉付けしてったん?」
「おう、さしあたって前提となる戦略条件は整ったから次は戦術だ」
「実際にやる作戦行動か~」
「まずは弱った土地を利用した焦土戦術を仕掛けた」
「えーっと……?」
「現地での略奪をさせずに、飢えさせる。王国軍自身の補給に頼らざるを得ない状況を作る……」
「疫病と魔薬のおかげ?」
「そうだ、今回はそれを利用させてもらった」
インメル領を蝕んだ伝染病。その後の領地運営における収拾失敗で発生した領内の疲弊。
シップスクラーク商会の介入によって、領民や食糧および一部財産を移動させ包括的に管理した。
「"渡りに船"ってやつか~」
「そうだな、普通はやりたくない戦術だ。だが既に存在している状況は、有効活用してナンボだ」
復興中途の結果として、領内には虫食い箇所がいくつも発生した――避難した場所と、避難を拒否した場所。
残った場所の多くも、避難や移送を順次行っていったがこればかりはどうしようもない。
土地から離れたくない人達もいるし、実際的な被害に遭ってないからと断固として動かないという人々もいる。
そうした点と点を……略奪が限られた大所帯の王国軍は、自然と追っていかざるを得ない。
こればっかりは住民自らが招いたことであるし、過度な虐殺はされないので見過ごすことにした。
(インメル領は早くに復興支援したいところだったんだがまったくもって――)
王国軍も抜け目なく攻めてきたものだった。
しかしてその侵略戦争への代償は、その身で支払わせてやったということだ。
当然ながら我らの勝利で戦争を終えてからも、復興に必要な賠償金をふんだくってやるつもりである。
「次に局所的な糧秣配置と"慎重派将校"の暗殺により、進軍経路を誘導して予定戦地へ引き込んだ」
進軍を遅滞ないし退却などを含めた進言をさせぬよう、やる気のない奴を狙い討った。
あえて残し置いた物資や、清廉な水源を餌にして……進行方向を限定させた。
戦地はなるべく入り組んだ場所を選び、さらに地属魔術によって伏撃が有利になるよう改変した。
自然な形で落とし込み、不適格な土地を演出するのは簡単なことではなかったが……。
そこは商会がそれまでに集めてきた、人材を第一とした積算の賜物である。
「暗殺ぅ大変そうだったね~、あーしも手伝ったのにぃ」
「あまりにも無惨な汚れ仕事だった。お前にはやらせられん」
「んっ、あんがと」
余計なお世話だったかも知れないが、俺なりの気遣いに幼馴染はフッと笑みを浮かべる。
「それにフラウは俺ほど暗殺技能が高いわけでもないしな」
「むぅ~……他ではけっこう勝ってるし」
フラウは俺の術技を模倣するし、俺もまたフラウの術技を参考にする。
そうして学園生時代はお互いを高め合ってきたし、お互いに真似できない領域も存在する。
「あとはソディア率いるナトゥール海賊団による騎獣猟兵部隊の輸送と海上封鎖」
陸上のみならず、海からの援軍と補給をも徹底して絶つ。
ここが敵海軍の情報も少ない、一番の懸念点だったが……ソディアは現状完璧にこなしてくれていた。
彼女らは立場上しばらくしたら浮島拠点に戻り、あくまで戦争ではなく海賊行為であることを示す予定である。
「そしてオーラム殿による被制圧拠点の奪還」
王国軍に支配された街や砦など、後詰めとして利用される為に温存された後軍の処理。
彼には正直なところ、たった1人で最も面倒な事を頼んでしまったことは否めない。
とはいえ特段呼んでいないのに自ら参加しに来たのだから、それくらいは我慢してもらおう。
(それにオーラム殿を割り振った分の負担は、俺たちが食うわけだしな)
「いよいよ本格開戦だ、まずは――」
「あーしらと航空騎獣兵で、制空権を確保した」
「んむ。王国軍の空中索敵を封じつつ、弾着観測を可能にした。テクノロジーによる奇襲は美事大成功だ。
ある程度は備えている移動軍列ではあっても、陣立てた戦列じゃない。そこに未知の不意撃ちたるや……」
王国軍の立場からでは……決して想像したくない。
しかしそれくらい綺麗に型にハメてやらないと、どうしようもない戦力差も事実だった。
「まぁカノン砲が故障したり、魔術騎士団が襲ってきたりと不測はあったが……それでも十分な効力射を実現した」
不確定要素だったとはいえ、シールフには正直悪いことをさせてしまった。
あくまで直接戦闘はしないという前提での、弾着観測の手伝いだったのだから――
「続いてインメル領地軍と共和国自由騎士団で、正面進軍方向に蓋をして足を止めさせた」
「んで騎獣民族が横合いから、思っきし殴りつけたと」
フラウは空から自分の眼で見ていた状況を振り返りつつ言った。
王国軍とて、こたびは国家存亡が懸かったわけでもない――単なる侵略戦争で死力を尽くそうなどとは思わない。
命令による戦闘行為としては本気だったとしても、心の底から全力にはなれない……だから両軍共に抜いて戦う。
結果として寡兵であっても十分に保つし、それが王国軍にとって致命的な行動となってしまう。
食料もない、やる気もない、情報もない前衛が間延びしている間に、こちらは全力の一撃をぶつける。
そこまで追い込んでこその戦略であり、ここまでやってこその戦術。
「あぁ、高空から見てても半端ない威力だったな。機動力を活かした容赦のない大攻勢」
「平地じゃないのにすごい動きだったねぇ」
物量の広域展開が難しい、起伏があり死角も多く、魔術改変までした戦地。
しかしそんな戦場においても、野生に生きた獣と乗りこなす戦士達には、ほとんど意に介さないものだった。
王国軍は戦闘はおろか、撤退すらも妨げられて半ば潰走状態に陥った。
あの恐れ知らず、疲れ知らず、負け知らずな圧倒的機動力は、過不足なく大陸最強クラスであろうに思う。
「そこにもって兵站線を破壊し、後方を遮断する本命――バルゥ殿率いる騎獣猟兵部隊。
兵站線をズタズタにした後は、退路を塞いで攻め上がってもらうことで半状態を作り出した」
前線指揮官らが機能しにくい中で、王国軍が包囲殲滅をまぬがれる為には一度離散するしかなかった。
そもそもが恐慌の伝播によって、そうせざるを得ない戦況とも言えた。
あとは散り散りになった敵兵を予定通り、索敵と機動力に優れた騎獣民族がしらみ潰しに屠っていく。
「さしずめ前門の騎士、後門の白虎、内部へと食い破る黒熊、上空を支配する猛禽――」
「それとダンピールにハーフエルフだねぇ」
「手前味噌だがな。とにかくこの初日、奇襲のタイミングを合わせるのも肝だったが――素晴らしい結果だった」
「ほんで話は戻って~、城塞作られたのも予定通りの飢え殺しっと?」
王国軍は無秩序な軍団を再編すべく、少し離れた荒野の丘に拠点を作り上げ集結した。
地属魔術によって防壁や堀まで作られ、強力な魔術士の数にモノを言わせた籠城戦。
「水はなんとかなっても、糧秣は最小限で補給はない。情報は錯綜し、連絡手段もこちらの手の内だ」
城砦上空付近は敵魔術部隊の対空攻撃の為に展開できないが、その周囲はすべて固めて制空権を維持している。
地上は地上で騎獣の民が巡回している為に、おいそれと抜くことはできない。
そうして命令を出す立場の人間が、即席の城塞拠点に封じ込められている現状。
結果として兵站線ごと分断された後方の王国予備軍も、好き勝手な軍事行動を取れないでいる。
なにもかもが情報の利がもたらす恩恵であり、王国側も正常な判断がつけられないのである。
「そして戦術的包囲状態を維持したまま、元奴隷剣闘士であるバルゥ殿を中心に奴隷を確保して回って完了だ」
王国の奴隷にとって、バルゥはカリスマ的な存在である。
昔の栄光なので知らない世代もいることにはいるが、どちらにしても奴隷達だけでは為す術がない。
混乱で前線に留まった奴隷。退避にあたって捨て石にされた奴隷。命令者を失った奴隷。城塞から追い出された奴隷。
魔術契約がある以上は、そのまま寝返らせて自軍戦力にすることはできないものの……。
王国と一戦交える上では総力を減らすだけで十分なのである。
奴隷集めもまた、戦略の中に組み込まれた大きな目的の一つであった。
「だがこんな状況でも、実質的に"自由に動ける存在"が二つある――」
「"円卓の魔術士"、だね!」
「その通り。ただ連中は言わば……自由なれども浮いた駒でもある」
「んん~っと、どういう意味?」
「王国正規軍との命令交換ができない。権限が自由すぎて、逆に動きにくくなっているんだろう」
いくら円卓の魔術士としての裁量があっても、王国遠征軍内の命令系統を無下にはできない。
現在展開されている籠城戦を察知できたとしても、仮に王国正規軍の勝つ為の方策だったとしたら……。
それを勝手な判断でぶち壊すような真似は、二の足を踏ませてしまう可能性は高い。
特に伝家の宝刀とも言える戦力は、協力の要請を受けてから動くのが常。
互いに度を越えた潰し合いにならないように、暗黙の了解として世界的に共通した慣例事項。
時に国家の威信と名誉を懸けた"決闘"も行われ、その勝敗によって戦争自体を決することもあるほど。
もしも円卓の魔術士が殊勝な性格で、軍議にも積極的に参加する人間であればこうはならなかっただろう。
(だがその気性は実際に交戦して一人は把握済み、もう二人も調査ではそういうタイプではない)
そも不測が起きた時にどう動くかを決めているなら――とっくに行動を起こしていて然るべきである。
「今もクロアーネが潜入して収集し続けている。彼奴らの情報とその動向はしっかりと掌握している。
それに円卓の魔術士とて自らが出張るのは基本的に危険。とはいえ、いい加減そうも言ってられない」
戦局を単独でひっくり返せる強札というのは……魔導具や魔法具同様、各国で貴重な存在である。
よほどのことがなければ切りたくないが、その"よっぽどの事態"が既に展開されている。
「あ~……補給がないことは、後方も一緒?」
「イエスだ。今の状況が王国軍の戦術行動の一環ではなく、単に苦肉の策で耐えているに過ぎないことは察せられる。
膠着状態がこうして高まれば、否応なしに何らかの行動を取らざるを得なくなってくるだろうよ」
いよいよもって円卓の魔術士も戦争に出てくる。その時に"後手に回ってはいけない"。
そうなった時の被害は想像できないし、その一手によって戦局が傾かないとも限らない。
それゆえに警戒は最大限に、常にこちらの優位性を確保し続ける必要がある。
「初日の次に大事な……詰めの一手を待つ」
見極めるべきは限界点――戦略と実状の天秤――飽和点に達する前に決着をつける。
そして――"黄金"は出張っていて、"燻銀"はもう闘わない。
"荒れ果てる黒熊"は騎獣民の統率と、王国正規軍の対抗の為に置いておかねばならない。
"白き流星の剣虎"は奴隷に対して存在を示しておく必要がある。
他に抗しえるだろう者も、"雷音"は遊撃で今現在どこにいるかわからない状態。
自由騎士団の"強壮剣"は、あくまで集団における戦争契約で円卓を相手にするのは埒外。
それ以外の人間ではさすがに相手にはならない。となれば、選択肢は決まっていた。
「俺たちで殺るぞ」
「うんうん、やっぱりそっちが本分だよね~」
フラウとしては、やはり戦略の話よりも……単純明快にわかりやすいのを好むようだった。
(かくいう俺も――楽しみなんだがな)




