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#145 海上狩猟 III


「うちらの戦いを……二人とも、とくと拝んでいくといい――海戦始め」


開戦(かいせェん)ッ!!』


 ソディアの(そば)に控えた屈強な副船長が命令を、並走する船にまで届きそうなほどに復唱する。


 王国海軍は警戒陣形こそ取っていたが、実際に接敵するなどとは思わなかったのだろう。

 艦隊の動きには精彩さを欠いていて、新たに迎撃態勢を整えるべく動いているのが見て取れた。


「そんっな~、暇は~、(あった)えない~♪」


 ソディアは甲板でステップを踏みつつ口ずさむ。

 七色の精鋭艦隊は最大船速を保って、急速に相対距離を縮めて行く。


「なぁよぉ、大砲でやんねぇの? もうとっくに射程内じゃね?」


 キャシーは先の砲撃から正確にカノン砲の射程を見極め、敵艦隊との間合いを見てそう尋ねてくる。


「もったいないし」

「出し惜しむってぇの?」

「そうとも言えるけど、必要性がないだけ」

「どういうこった」


「あくまで王国海軍艦隊を翻弄しつつ、相手にとって一番痛いとこにぶっこめばいい。

 過剰な火力なんていらないし。わざわざ貴重な手の内を晒すこともないってだけなの」


「いやいや、ちまちましないで全部ぶっ潰そうぜ」

「オレも同感だな」

「やめーっ!! やりすぎて今後目を付けられるのはうちらなんだから、もーこれでこの話はおしまい!」



 キャシーとバルゥとの会話を中断し、ソディアは目の前の海戦へと意識を傾ける。


「二番艦は旗艦を追従で、三・五は裏回りで押し止め、一・七は火力支援、四と六は巡回・牽制しつつ備え」

『黄二番は旗艦追従! 緑三番と紫五番は迂回抑え! 赤一番と黒七番は魔術支援! 青四番と白六番は予備牽制!』


 ソディアの命令を副船長は同じように繰り返し、マストに立つ海賊が手旗でそれぞれに支持を出した。

 すると速やかに艦隊は分かれて、上位命令を遵守(じゅんしゅ)すべく各々の戦術行動へと移っていく。


艦旗(かんき)(かか)げ! 右舷開いて面舵三点、適帆あわして戦速維持」

『右舷開き! 面舵三点! 艦旗ィをぉ()げろォォおおお!!』


 副船長から拡声伝達されるソディアの命令に、船員達は適宜操船を(おこな)う。

 海賊旗がマストの頂点でたなびき、他の7つの(ふね)も呼応するように掲げた。


 これにて王国海軍もよくよくもって思い知らされることになる。

 ワーム海の南方を暴れ回る――ナトゥール海賊団が攻め寄せてきたのだと。


『もっかい適帆あわせ!! 最大戦速!!』


 相対距離が急激に縮まっていき、ソディアは眼光をするどく境界線を見極める。


上手廻(うわてまわ)し――取舵一杯」


 旗艦は的確な角度で切り上がっていき、交戦域のギリギリを狙って回頭した。

 ソディアはワーム海の風が変わる瞬間を見逃さず、船員への操船における実時間差も考慮して命令していく。

 王国海軍が放った魔術砲は当たることなく、空転させたところで変針を繰り返す。



「二番停止、三番は半方囲で狭めて、七番は原速前進――」


 ソディアの命令が手旗で伝えられ実行されるたびに、王国海軍の陣形はどんどん(ゆが)んでいく。

 補給艦や練度の低い船を編成する大艦隊は……みるみる内に小集団に分断されていった。


「逆帆、行き足止め」

『逆帆打たせェえ!!』


 急激に速力が落としたところで敵艦を誘発させ、さらに孤立を強める結果を海域にもたらす。

 敵艦同士の連携を希薄にし、逆にソディアの命令によって七色艦隊は完璧で(みつ)な統制を持って動く。

 

「"心意に応えし風よ"――」


 そこからソディアは空属魔術で風流を操作して、急速機動で旗艦を移動させた。


下手廻(したてまわ)し――防魔用意」


 船員がそれぞれ命令通りに動き回り、防壁魔術を張る中で――

 ソディアはゆっくりと瞳に映る世界を堪能し続けた。



 しばらくしてからソディアはくるりと振り返って、虎と獅子へ言葉を投げかける。


「そんじゃ、ご要望にお応えして暴れる機会あげるし」

「むっ……出番か」

「なんだよ、やっぱアタシらに頼るんか?」


「海風模様がなかなかいい。それに二人ともうちらの操船で酔うと思ってたけど、大丈夫そうだし」

「酔う……とは?」

陸者(おかもの)が船に乗ると、なんか気持ち悪くなって吐くことが多い」

「意味わからん」

「わからないのなら別にいい。それに褒めてるし」


 ソディアはほくそ笑むように言い、バルゥとキャシーの表情に生気がみなぎる。



「衝角戦法で側面に突っ込んだら存分に戦ってどうぞ」

「しょーかく?」

「船首の装甲化させた部分で、直接ぶつけること。さらに防御魔術も重ねる」


 (くらい)の高い将校級が乗っている艦は既に見極めた。

 敵海軍の上位艦相手と肉薄するのであれば、敵も同志討ちになるような魔術は撃ってこない。

 王国海軍は特に貴族の立場と権威が大きいことも、しっかりと見越した上での接近戦法である。


「へぇ~そんな戦い方もあるんだな、海はさっぱりだ」

「そのまま白兵戦に移行するから、うちの船員と一緒に――」


「いらん世話だぜ。つーかこんだけ距離が縮まってりゃ十分だろ」

「……んぇ?」

「バルゥのおっさん、アタシをぶん投げてくれっか」


 ソディアからバルゥの(ほう)へ向いたキャシーは、ギラリと白い歯を見せる。

 バルゥはまばたきを一つ、背なの丸い大盾を左手で持つと、右足を後ろに腰を落とした。


「よかろう」

「っしゃ――」


 二つ返事で了承したバルゥは大円盾を斜めに構え、その上にキャシーが一足飛びで着地する。

 


「っぅわぁ!?」


 年相応の女の子らしい、ソディアの控えめな悲鳴。

 船体が大きく揺らぐほどの踏み込みにもちをつきそうになるも、少女はなんとかこらえる。

 次の瞬間には思い切り振り抜いたバルゥの左盾から、キャシーの肉体が射出されていた。


 放物線を(えが)いて跳躍したキャシーは、空中で大きく息を吸って顔を上方へと向ける。

 身に纏った電撃を体内に貯留するイメージをもって、"黄竜"をその胸裏に強く浮かべた。

 

 ――"雷哮"一閃。

 雷光の軌跡が敵船団を横薙ぎに撃ち払い、水柱を高く高く()げる。

 (いかずち)の奔流は、対面にあった木造船の群を容易く破壊し炎上させたのだった。


 そのままキャシーは海中に没したものの、まさか泳げないということもあるまい。


「ムチャクチャすぎだし……」


 ほとんど絶句のようなもので、それしかソディアには言葉が浮かばなかった。

 考えていた戦術や流れを全て台無しにする、単一個人による突貫戦法。

 いつの間にか燃える船の1隻によじ登っていたキャシーは、戦闘意欲が残ってる連中を相手にし始める。



「なかなかやるな、オレも負けてられん……()くか」

「ちょっと待つし! 今またタイミング悪く(・・)踏み込まれたら最悪、横転・転覆しかねないし!!」


「安心しろ、オレは跳ばん」

「えっ……まさか泳いでいくつもりだし?」

「そんなわけないだろう――疾駆(はし)っていく」


 (かたむ)く船体と同じ方向に、ソディアも頭を(かし)げて疑問符を浮かべてまた倒れそうになる。

 目の前の虎獣人言っていることが……何一つとして理解できない。


「ふむ……そうだな。ベイリル曰く、一定の速度を超えると水は"コンクリート"のように変わるらしい」

「まったく意味わからんし、こんくり(・・・・)?」


 反射的にソディアは疑問を返したが、すぐに記憶の片隅から引っ張り出されてくる。

 シップスクラーク商会や事業について話していた中に、そんなような"建材"の名があったと。


「オレにもわからん。ただ水の柔らかさが、硬くなるのだそうだ」


 バルゥは揺れる船でもまったく不動のまま、表情を変えずに答える。


「あー、水面に落ちると痛いってこと……とか? で、それがなんなんだし」


 いまいち要領が得ない会話だったが、バルゥはさも当然のように口にする。


「固い地面と変わらない、つまり体が沈む前に素早く足を踏み出すのを繰り返せば走れるということだ」


 今度こそ本当にソディアの口からは、言葉が吐き出されることはなかった。

 水属魔術で海面を滑る者もいるが……目の前の虎獣人が言っていることはそうではない。


「既に何度か迷宮でやったことがある、まあ見物していればいいさ」


 言うやいなやバルゥは横滑りするように船体を走り、そのまま砲弾のように真横方向に飛び出していく。

 勢いのままに確かに海面を走っていた。ただただ単純な身体能力それだけでもって――

 水切りでもするかのように、キャシーとは別の炎上する船へと到達して闘い始める。


「たしかに……ばぁや好みだね、あの人たち」


 ソディアはそう漏らしながら、予定外の戦況を見守ることにしたのだった。





「まったく、撤収って何度も言ってるのに遅いし!」


「あーーーつっかれた」

「本番前のいい準備運動になった」


 ようやくキャシーとバルゥを拾った頃には、王国海軍の船団は半壊状態にある。

 同時にこれで王国に、本格的に目を付けられることも明白であった。


 あるいは彼女らは……そこまで織り込み済みで(・・・・・・・)やらかした(・・・・・)のかと。

 こちらの退路を()って商会に引き入れるべく、王国海軍を滅多打ちにしやがったのかと。

 そんなことも浮かぶ――が、ただ単に暴れたかったというのが……二人の真相なのだろう。



「あんたら(われ)を忘れすぎだし」

「すまなんだ、上陸には間に合うか?」

「ん、それは大丈夫。もともと余裕は持たせてあるし。でもきわどかったから!!」


 一番艦から七番艦までを伴い、既に最大船速で輸送艦隊のところに戻っている最中にあった。

 甲板にドカッとふんぞり返ったキャシーは、あくびを一つする。


「あーーーっと、アタシはこのまま休むわ。ちょっと魔力使いすぎて戦えん」

「えぇ……」

「どうせアタシは"遊撃"ってので自由に動いていいらしいからな」


 それは命令をまったく効かずに暴走するから、開き直った役割を与えているのでは?

 ソディアは素直に思ったが、さすがに口には出さなかった。 


(あらし)が近づいてなけりゃ、この際もうちょっと暴れたのになァ……」


 遠く空は暗く染まり、風は強く、波が荒れ始めている。

 もうしばらくすれば、王国海軍とその艦隊は確実に呑み込まれる位置にあった。



「元々アレ(・・)で、最後の足止めする予定だったのに……王国海軍があんな壊滅状態じゃ、もはやトドメだし」


「ほほう……この(あらし)まで読んでいたのか」

「いや、あれは海戦前にうちが使った魔術」

「まじかよ、あれおまえがやったの!?」


「天災か――そこまでいくと魔導師なのか?」

「いやうちは魔導師じゃない。アレはただキッカケを与えただけ。あとはワーム海が自然と作りだしてくれる」


 長き経験(・・・・)から海模様(うみもよう)を読めるがゆえの、ワーム海限定の究極魔術。

 これこそがソディア率いる海賊団が、その実力のみならず王国や帝国を振り切り、好き勝手自由にできる最大の理由。

 あくまで大自然の猛威にしか映らず、直接関与を疑われない切り札であった。


「いっそ全滅させちゃえばどうよ?」

「それはムリ、向こうだって魔術士は相応のがまだ残ってるし。なにより天災の中で乱戦はやらない」


 そうピシャリと言い切ると、それ以上キャシーとバルゥからは言葉はなかった。

 自然の恐ろしさというのを二人がそれぞれ、しかと認識しているからだろう。



 ソディアはふとベイリルが言っていたことの一つを思い出し、心中で自問するように投げ掛ける。


(テクノロジー……)


 シップスクラーク商会が成長し、フリーマギエンスが浸透していく未来。

 より多くの人間がテクノロジーの恩恵を享受(きょうじゅ)し、進化の階段を登っていったその先に……。


 数々の大自然の脅威にすら、自らの手で勝ち得る時が来るのかも知れない――と。


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