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#144 海上狩猟 II

「これがいくつもあったら戦争の形態が変わっちゃうし」


 そうソディアが戦争の変容に言及するも、キャシーは相変わらず普通の様子を見せていた。

 しかしあるいは彼女にとって、もはや日常となっているからかも知れない。

 最初期からフリーマギエンスに参加し、変化することにさして驚くようなことではないのだと。

 

 一方でソディアはあれからベイリルらと何度も話した。

 シップスクラーク商会の事業とフリーマギエンスの教義を大いに知った。

 彼らの目指すところ、行き着く果ての世界に大いに魅了されてしまった。

 そして魔導と科学がもたらすテクノロジー兵器の恐ろしさを、こうして改めて垣間(かいま)見た。


「魔術士がいらないっつってもさぁ、いたほうがいいだろ?」

「まぁ、ね。ただ重要性が薄れてくるのは間違いないし」


 まだ理屈のすべてを理解したわけではないが、ベイリルの師匠が語る未来のオトギ(ばなし)――

 火力も装甲性能も機動力をも、魔導科学によって代替するとなれば戦争は別物になる。

 まだまだ薄ぼんやりとしたものではあるが、その光景が漠然と脳裏に浮かんではいるのだ。



「それに見たでしょ? 今の威力。あれが誰でも使えるようになる、しかも熟練すれば一人で」


 ――魔術砲は重心や反動の都合上、船体内部に収納し発射口を設けるものだ。

 撃つ場合も船体の側面からのみであって、仰角(ぎょうかく)もまともに取れない。

 また最低でも魔術砲弾を作る人員、砲身に魔力を込める人員、動作の為の補助人員の計3人がいないと成り立たない。


 推進の為の魔力は魔術士でなくても問題ないが、砲弾の形成には魔術士が必要となる。

 さらに魔力を注ぐ場合にも個人差があって、再充填までの時間もまちまちになってしまう。

 それでも普通に魔術を放つよりは射程も長く、安定して標的へ命中させられる。

 だからこそ魔術砲は海戦や防衛戦などで重宝される兵器なのである。


 しかしこの新式カノン砲は装薬を推進にし、砲弾も金属による質量弾が基本である。

 従来の魔術砲よりも砲身は長いが、軽量化されている為に艦首近くに取り付けることが可能。

 それはすなわち仰角や方囲角も自由に取って、狙い射つことが可能となる。


 重心バランスには慣れが必要だが、反動の一部を推進に変える驚くべき機構を持つ。

 なによりも射程と精度と連射性において、その性能差はまったく比較にならない。

 数を揃えられるのであれば、局地的継続火力は単純に倍以上に跳ね上がるのだった。



「たしかに対処するには少しばかり面倒そうだな」

「ベイリルがよく言うけど、当たらなけりゃどうということはないってやつだな」

 

 少しだけ面倒と切って捨てたバルゥ、個人ではまったく脅威ではないと豪語するキャシー。

 ソディアは何度目かとなる溜息を吐いて、突っ込むことなく話を続ける。 


「あと今撃った"焼夷弾"ってのもやべーし、なにあれ」

「わかってて使ったじゃねぇんかよ」

「燃えるってのは聞いてたけど、いくらなんでも燃えすぎだし」


 一瞬にして船体は爆発炎上して、あっという間にマストまで燃え広がっていった。

 あれでは信号用魔術を王国海軍の本船団に送っているのと、そう変わりがない誤算となってしまった。

 直撃死をまぬがれた乗組員が、次々に海へと飛び込んでいくのが見える。


 何よりも魔術砲弾ではなく、物質的に作られて管理されている特殊弾頭であるということ。

 魔術なしに純粋なテクノロジーだけで、あのような結果をもたらしていることに戦慄すら覚える。

 だからこそ戦争は変質する。魔術を前提にしたものではなく、資源と物量を基点としたそれに――



「しかしあの勢いで燃え尽きてしまっては……重要な情報まで灰になるのではないか?」


 燃えゆく敵船を瞳に移しながら、バルゥがそう漏らす。


「まぁ情報は元から得るつもりはなかったから、そこは別にいい。」

「ふぅむ……そうなのか、船員も拾わないのか?」

「うん、どうせ大した情報は持ってないから時間の無駄だし。それに王国海軍の基本戦略は頭に入ってる。

 斥候船の位置そのもの(・・・・)が情報。あとは波と風を見ながら、大まかな位置はわかるからなんも問題ない」


「やるなぁオマエ、アタシには絶対無理だわ」

「さすがだな」

「別に――」


 他人からは褒められ慣れていないのか、ソディアはそっぽを向く。

 しかしそんな反応も、バルゥやキャシーから見ると微笑ましいものであった。



「とりあえず移送用の船団は置いとくけど、どうする?」

「大人しく待ってられる性質(タチ)じゃないぜ、アタシは」

「オレも見物させてもらう、せっかく旗艦に乗っているんだしな」


「ん――わかったし」


 ソディアが合図を出すと、マストの水兵による手旗によって後続の船に伝令がいく。

 すると7隻の(ふね)が船団の中から飛び出してきて、並走する形をとった。


「なんだぁ、あいつら……?」

「うちの主力。一番艦から七番艦、この(ふね)と合わせてうちの総戦力のほとんどを担ってる」


 それぞれ真紅・淡黄・深緑・群青・薄紫・純白・漆黒の()を張った船。

 帆船(はんせん)は遅れることなく一定の距離を保ったまま、快走しながら旗艦へと追従する。

 

「あーーーもしかしてそれぞれ"七色竜"の色か」


 キャシーはすぐに察したようにそう口にして、ソディアは肯定する。


「うん、そう。祖父が竜信仰だった影響らしい」

「ほう……一番艦が最も優秀なのか?」

「それぞれ得意分野はあるけど、優劣はないし」


 ソディアは灰色の帆の下で、風になびく海色の髪をすく。

 祖父母の代から連綿と継承されてきた、ワーム海で(まぎ)れもなく最強と自負できる水軍。

 さながら自身の手足のように動いてくれる、()にして()だが()ではない信頼できる海賊達。


「へぇ~……じゃぁこの船は(ゼロ)番艦ってか?」

「優劣がないのであれば、普通に八番艦なのではないか?」

「好きに呼んでいいし。ま、ただ単に旗艦って呼ぶことが多い」


「つーか色が派手で目立たねえの? まっアタシとしちゃ黄色は好き(・・・・・)だけどな」

「騙し討ちする時は別の(ふね)を使うだけ。それに相手が七色を見た時は、もう終わりだし」





 大海原をゆく8隻の海賊船は、船団から遠く離れて"真っすぐ最短距離"を進みゆく。


「……本当に迷いがないのだな」

「迷いがないだけで、実は見当違いのとこいってたりすんじゃね?」

「失敬な。ちょうどもう見えてきたし」


 マストに登った水兵の合図を見て、ソディアは自信ありげに笑みを浮かべた。

 斥候船がいた位置、海域と海流と海風から考えればそう遠くない場所にいると確信していた。


 言われてキャシーとバルゥは水平線へ目を凝らすものの、甲板にいる2人にはまだ見えない。

 一方でソディアは2人とは違う心地で、ほんのわずかに緩いカーブを描く水平線を眺める。


 ――"世界は球のように丸い"。

 感覚的に理解していた部分はあったものの、実際に知識として頭にあるとまた違った風景として映った。

 テクノロジーのみならず、多種多様な知識も保有しているシップスクラーク商会。

 今後も長く付き合っていくことになりそうだと、ソディアは祖母(ばぁや)教え(ことば)に従う。



「ほーらね」


 ソディアの言葉に、キャシーとバルゥは細めた眼に映るそれにわずかに息を呑んだ。

 ゆっくりと水平線から覗かせてくる船影の大きさと数は、まさに大艦隊と言うべき威容。

 戦争だからこそ揃えられたもので、通常の海賊業では決して相手にしない数である。


「うっへぇ~、数えんのもかったるいな」

「たしかに多いな……本当にたった八隻で勝てるのか?」


「数が多いほど動きは(にぶ)いから余裕だし。それに……補給艦もいっぱい混ざってる」


 遠征軍なのだから補給線は可能な限り用意しておくものである。

 海上ルートもその内の大きな一つであり、安定した制圧と支配の為には必須のもの。


「なるほどな。放置しては禍根(かこん)を残す、と」

「それと別に全滅させるわけじゃない、適度に沈んでもらうだけ。うちらが目をつけられない程度に」


 今後のことを考えれば、ほどほどに痛撃を与えるくらいでいい。

 王国側に戦争に深く関わっていると疑われるのは、今はまだ()けたいところであった。


 あくまで浮き足立った戦争の隙を突いて、補給を奪っていった無法者くらいの認識でいてもらう。

 ベイリルの言う"私掠船免状"とやらが正常に機能するかもわからない以上、余計なモノは背負わないに限る。

 騎獣民族の移送についても、確たる証拠を握られないようにする。


「部隊を安全に運ぶだけが仕事ではないのだな」

「海上からの補充と情報を妨害するのも、うちらの仕事の内だから」


 さらには万が一に備えての補給物資も積んでいる。

 順当にいけば不要なものだが、常に事態に対して備えておくのが戦略というものだ。


「勝ちの目が見えなくなったら遠慮なく言ってくれよ、アタシらが戦ってやっからさ」

「……はいはい、覚えとくし」


 

 戯言(たわごと)にも聞こえるキャシーを横目に、ソディアは集中し全身を流れる魔力を知覚する。


「我が右手には反逆の風。我が左手には暴虐たる水。遥かなる(そら)より来りて、母なる海へと至る循環よ――

 其の水底の暗きと輝きを追い求め、押し流し、洗い清め、何物よりも尊く深い眠りへと(いざな)いたまえ」


 ソディアは詠唱を終えると、両手それぞれ魔術の塊を混ぜ合わせて青空へと向けて解き放った。


「なぁ……何も起きてなくね?」

「たしかに、いったい何をしたのだ」

いずれ(・・・)、わかる。さてそれじゃ――」


 ソディアは腕組み不敵な笑みを浮かべて、水面(みなも)に向けて言い放つ。 


ワーム海(うちのにわ)で、最も好き勝手に自由なのはこっちだって教えてやるし」



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