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#142 騎獣兵団 II


 音が異様(・・)であった、ハルミアの人生においてもまず聞いたことのない音。


 ――肉――骨――血――木――鉄――布――風――土――石――

 通り過ぎた場所に存在していた……ありとあらゆる物質が衝突し、弾け散り、ないまぜにされる音。


 巻き込まれぬよう反射的に距離を取ったものの、勢いは止まることなくすぐに見えなくなってしまった。

 続く騎獣民族も、暴走と言って遜色(そんしょく)のない動きで、中途半端に形成された軍列を喰い散らかしていく。


 地形的に大規模な戦列は組みにくく、商会製カノン砲の奇襲で混迷の中にある。

 そんな状況でも必死に指揮し編成しようとしている最中に、騎獣民族の矢を射掛けてからの神速の横撃。

 王国の正規軍の鎧をまとった練度高き兵士達でも、ほぼほぼ対応しきれないでいる。


「乱戦、ですねぇ……」


 一度軍列を突き抜け、通り過ぎた向かいでつぶやきながらハルミアは戦況を見つめる。


 乱戦は魔領の戦争ではさほど珍しくない光景だったが、魔族には双方共に慣れているゆえの開き直りがあった。

 しかし秩序立てて戦うことを()とする人族の国軍にとって――

 この大混戦は思っていた以上に、痛撃を与えているようだった。


 機動力と索敵能力を活かした弓騎兵として、戦場を駆け巡り、遠間から敵を討つだけでも十分であったろう。

 しかし(ケダモノ)の気性がそれを良しとしない。彼らは世界で最も"狩る"ことに()けた民族。

 相手にとって最大限に痛く、そして効果的なやり方を()(おこな)っているに過ぎない。


 その純然な破壊力たるや――奇襲も相まって、王国軍を紙のように引き裂いてひたすらに蹂躙していった。



「ぅぅううおおおああああッ!!」


 戦況を観ている最中、乗っている魔獣が動いた。ハルミアはあわてた様子もなく視線を移す。

 迫り来る王国軍兵士は、魔獣の迎撃をすり抜けて炎をまとった長剣を振り下ろしてきていた。


「っと――」

「んなっ……!?」


 迫る刃に左手の平から伸ばした、赤色に光るレーザーブレードを(すべ)り込ませる。

 長剣はバターのように真っ二つにされると、王国正規兵らしい風体の男は驚愕の表情を浮かべた。

 折れた剣は魔術具だったのか――炎が一瞬にして消え失せる。

 兵士はすぐに剣を捨てつつ、腰元の予備の短剣を抜き放とうとしていた。


「こっんのっ!!」

「単騎突撃とはよっぽど自信があったんでしょうか」


 ハルミアの剣術は、父に少しだけ習った程度で……実戦で使い物になるものではなかった。

 ゆえにほぼ我流――それはただ相手の動きに対して、最適な動きで対応するだけのもの。

 ただし人体や生理機能を誰よりも知るハルミアにとって、それは相手の行動を掌握するに等しい。


「でも戦力差はちゃんと把握しないとこうなります」


 ズグリと兵士の左肩口が掴まれ、五指から伸びた短めのレーザーメスが刺し込まれた。

 握り込まれた短剣は途中で地面へと落ち、痛苦によって王国兵は両の膝をつく。


「っ……がぁぁああ!!」


 周囲を見渡して状況を確認してからハルミアは、ひざまずく兵士を見つめる。

 他は熾烈(しれつ)な乱戦にあって、こちらに見向きもしていない。


「降参しますか?」

「ふざけっ――」


 ハルミアは肩を掴んだ右手をそのまま、兵士の背に回るように左のブレードで両足の腱を切った。

 首を()ねることもできたが、それはしない。

 たとえ敵であっても、命を救う立場にある者が無闇に命を奪うことは躊躇(ためら)われた。



(どうしようもない悪人であれば、練習台になってもらうところですが――)


 しかし彼らはあくまで国に仕える軍人に過ぎない。

 それに軍の戦力を削ぐ意味では、殺しで士気を上げさせるより怪我人に人員を割かせるがより効果的なのが基本。


「うっ……ぐぅぅ」


 王国騎士を魔獣の背から転がり落としてから、ハルミアは戦場を見据える。

 

「ダメですよ」


 地面で動けない兵士を食いかねない魔獣を、言葉一つで止める。 


「んー……私の出番、あまりなさそうです」 


 まるで戦闘する為に生まれたような種族とも思えるほど、騎獣民族は圧倒的であった。

 伝染病にも負けず生き延びた強き者ばかりであることも……あるいは一因かも知れない。

 


「クァァアッ!!」


 突然――空から飛来した幼灰竜が、反射的に伸ばした腕にとまる。


「あらあら、アッシュちゃん? どうしたのかな」


 ハルミアは撫でられる幼灰竜の尻尾にくくり付けられていた手紙を読む。

 そこにはベイリルの字で、退屈そうにしている幼灰竜を頼む(むね)が書かれていた。

 

「ん……それじゃぁ守ってもらっちゃおうかな、アッシュちゃん」

「キュゥゥアッ!!」


 幼灰竜アッシュは、くるくるとハルミアの頭を回ってから肩へと移る。

 なんとも言えない手持ち無沙汰感と共に、ハルミアは灰竜を撫でながら戦局を見守ることにした。





 それは人災と言って差し支えない、止められる者なき大暴風。

 騎獣民族の王――"荒れ果てる黒熊"のバリスは……無作為に突き進んでいたわけではなかった。


 彼は自身の持つあらゆる感覚器官を総動員して、既に獲物を見定めていた。

 敵陣を引き裂いてから真っ直ぐ、あらゆる障害物を蹴散らしていく。


 バリスら騎獣民族部隊に与えられた戦術目標は、王国正規軍に打撃を与えて離脱すること。

 またその機動戦力に余裕があれば、砲撃によって防衛に余力を割く魔術士隊を叩くこと。


 しかし彼にとって、そんなものは御託(ごたく)も同然であった。

 もちろん最低限の命令はこなすが……所詮は二の次。己の中にいる(ケダモノ)に従うのが大前提。

 王国軍を打ちのめし、その過程で出会ってしまえば(・・・・・・・・)それは"不可抗力"であるのだと。



「ヴァッッッハァアア!!」


 王国軍の方陣を(いびつ)に崩しながら、その中心(・・・・)へ遠心力を最大限に乗せた刃を(ほう)った。


「――"(そび)える大地"!!」


 突如として出現した何重にも上積みされた"岩壁"をも破壊し、バリスは勘だけで返す刃の二撃目を入れる。

 

「ぐっぬぅうう――!?」


 今度は"岩の鎧"によって阻まれ、一刀の(もと)に斬って落とすには至らなかった。

 しかし肉にまで達した手応えは感じ、バリスは獣の速度を落として相対(あいたい)する。


「フンッ……斬ったのは馬のほうか、まあいい。確認するが、きさまが総大将(・・・)で間違いないなあ?」

「騎獣の民、か――っ!!」


 獣の本能が告げている――初日にして迫った最大の首級、最高の獲物。


「バカなっ、単騎で……気が()れている」


 王国軍総大将"岩徹"のゴダールは、馬から落ちた地面で態勢を整えつつ驚愕の視線を送る。

 そしてバリスが到達するまでに巻き込まれた王国兵の死に、歯噛みするように表情を(けわ)しくした。


「せぃぁぁああああああッ!!」


 一時的に勢いが止まったバリスに対し、周囲の兵が突っ込んでいく。


「ッ――待て!! おまえたち!!」


 ゴダールの制止よりも早く、一振り、二振りと、兵は肉片となって吹き飛ぶ。

 総大将直下の兵士である以上、バリスに気圧されるようなことはなく士気は保たれている。

 だからと言って実力が通じるかはまったくの別問題であった。

 


「弱者とはいえ目障りなことだ。ふむ……たしかきさまらの文化に()"決闘"があるんだったな?」

「それは三代神王ディアマ信仰を共通する者たちだけだ、あいにくと我は違う」

「では個人として応じるがいい」


 傍若無人(ぼうじゃくぶじん)にのたまう男に、ゴダールは興奮する気を抑えながら答える。


「立場がそれを許さぬ」

「おれは騎獣民族の大族長だ、それでも釣り合わんか?」


 ゴダールは目を見開き、周囲にも動揺が走る。嘘には決して見えぬ自信に満ち満ちていた。

 それがたとえ嘘だったとしても、強さは本物であり放置するには危険過ぎる。


「きさまらはどのみち負け(いくさ)だ、ならば武人らしく散るがよい」

「騎獣の民を(あなど)るわけではない……だが我ら王国軍の戦力は決して劣ることなどない」


 そんな王国軍総大将たる言葉に、バリスは(あき)れと(あわ)れみとが入り混じった苦笑を浮かべる。


「まったくもって、"目と耳が潰された餓死寸前の獣"も同然よ」

「は……?」

「既に開戦からそれなりに経った、きさまらの補給線は既にズタボロだ」

「なにを馬鹿な……」


 陽動や詭道(きどう)ではなく本気で言っているように見える――が、はたして真実になっているとは限らない。

 だが眼前の男の言葉が戦術行動として存在するということが、この際は重大な問題となる。

 つまり王国軍は最初から動かされていたということになってしまう。



「はぁ~……まったく、つまらぬ狩りだ」


 大きく溜息を吐いてそうのたまったバリスは、巨大カバの背から跳び降りた。

 そして膨張する筋肉と共に両刃斧を振り上げ、歩いて近付いていく。


「"我が身を包む大地"!」


 泥のように全身を覆った"岩徹"のゴダール岩の鎧が、さらに大きく変形し硬度を増す。

 巨躯のバリスより一回り大きくなったシルエットで、ゴダールはその拳を振りかぶった。


 間合いが交差し、振り下ろされた両刃斧――ゴダールは左肩口の岩鎧で受け止めながらも砕かれる。

 熱く燃えるような血の痛みを伴いつつ、衝撃の瞬間を逃さず右の岩拳を叩き込んでいた。


「相討ち覚悟か、甘いな……おれの前では誰あろうと狩られる側だ」


 平然と言い放つバリスには並々ならぬ意志が込められ、はたしてその言葉は偽りでなかった。


 確実に命中すると思われたゴダールの右拳は、バリスの左手に掴まれると強引に逸らされた。

 そのまま握力によって砕くと同時に、見舞われた頭突きによって纏った岩鎧が粉砕される。



 (うめ)き声と一緒に肺から全ての息が漏れ出て、全身の骨が折れんばかりの一撃に意識が飛ぶ。

 剥がれ散る岩礫にまみれながら、ゴダールは瞬時に繋ぎ止めた思考で飛び退(すさ)った。


「ごっ……かは――っ、"足止める大地"」

小癪(こしゃく)な真似をまだするか」


 ゴダールは下がったと同時に、追撃せんとするバリスの足元の地面を地属魔術で沈ませた。

 太ももほどまで絡め取っていた大地も、バリスは少しだけ面倒そうな様子を見せただけで跳び砕く。


「"隔絶せし大地"」


 ドーム状に包み込む岩壁がバリスを周辺空間ごと閉じ込め、一時(いっとき)の猶予の(あいだ)にゴダールは決断する。


「あとは……頼む」


 何層にも重ねられた岩のドームも、黒熊の獣人の進行を阻むにはあまりにも心もとなかった。

 砕かれた岩片を弾きながら、ゴダール直下兵は覚悟を心に刻む。


「"流動する大地"――」


 魔術が発動するとゴダールの足裏から同化していくように、その肉体は頭の先まで地面の中へと消えていった。



「"総大将"が逃げるか……無様よなあ」


 岩のドームを粉々にしたバリスはそう判断した。仮に地下から奇襲されたところで、恐るるには足らない。

 それは相手とて重々に承知の上のことであろうし、遁走の一手であることは明白。

 さりとて地面の下を移動するゴダールを捕捉するのは、いかにバリスとて不可能であった。

 

「なんとでも言うがいい、我らが御大将は判断を見誤ることはない。たとえここで我らが死せども必ずや――」


 兵士の一人が堂々たる威風で、(おく)すことなくそう告げる一方で、バリスは嘲笑を顔に貼り付ける。


「根源的な部分で見誤ったから、こうして追い詰められたというのになあ……」

「黙れケダモノが!!」


「吠えるきさまらの(ほう)がよっぽど……まあ構わん、狩り甲斐(がい)のない獲物だが――」


 持っていた両刃剣を真ん中の柄から真っ二つに分割し、刃をそれぞれの手に持って牙を剥いて笑う。

 バリスの発す獣気にあてられ巨大カバが咆哮し、王国軍正規兵達は戦慄の黒色で塗り潰された。


「きさまらを何人殺せば"奴"が出てくるか――試してみるとしよう」


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