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#139 騎獣兵団 I


 男の人生には過去がない(・・・・・)――否、振り返る必要性がないと言うべきか。

 己を(かえり)みたことなどなく、ただただ純粋に本能のおもむくままに生きてきた。


 騎獣民族の子として生まれ育ち、大族長となるのにそう時間は掛からなかった。

 唯一張り合えた友は洗礼後()もなくいなくなり、頂点にあってただ日々を過ごす。

 不満はないが……いつしか充実感とは縁遠いだけの生活となってしまっていた。


 しかしそれも慣れてしまえば思うところなどなくなっていき――

 ただ単に改めて意識し、気付く機会がなかったのだろうと今なら思えた。


 個人であったならば――勝手気ままに放浪して、より欲望のままに生きられたに違いない。

 しかし騎獣民族の長という立場は、どうにもそれを許すことは決してない。

 それゆえに男は気付かされた。かつての友と青年がもたらした変化(・・)によって。


「ヴァッハハハハッハハァッ!!」


 "バリス"は腹の底から笑い声をあげた。巨大なカバにまたがって戦地を駆け抜ける。

 待ち伏せの為に存在を潜めて駐留していたゆえに、突撃にはより一層の解放感を(ともな)った。

 これほどの快感は、もはや数十年前にも(さかのぼ)ることだろう。

 

 生じた責任はすべて己ではなく、さらに総指揮する別の者が負うという事実だけで……。

 (うち)なる獣性に従い、自由気ままに戦うことができるのだった。



「本当に色々と()まってらしたんですねぇ」


 一翼・二尾・三ツ目・四腕・五角・六足の異様を備える、(いびつ)な大型の魔物。

 それをダークエルフの少女ハルミアは、美事に乗りこなしてバリスについてきていた。


「まったく貧弱な連中の所為(せい)で辺境に長居しすぎた。本来ならば軟弱者など、全員殺してゆくのだがなあ」

「見捨てるならまだしも……わざわざ殺すんですか」

「せめてもの慈悲だ、わざわざ同胞を苦しませることはない――」


 野生に生きる死生観がそこにあった。強き者だけが生き抜く現実。

 そうやって騎獣の民は純度を保たれてきていたと言って良いのかも知れない。


「だが今回ばかりはあまりにも数が多すぎてな。進退を巡って一族が割れかねんほどだった」

「まぁまぁそうして(とど)まっていただいたおかげで、私たちと巡り会えて伝染病に対処できたわけですし」

「おれとしては、わざわざ助ける必要性など感じんのだがな」

「野生の獣も……助けられる余地があれば、救うのではないのですか?」

「たしかに家族愛が強いのもいる。特に"絆の戦士"はな……」


 バリスの言葉に、早くに相棒を失った絆の戦士――バルゥの姿がハルミアの脳裏に浮かぶ。

 最初こそぶっきらぼうに思えたが、話してみればなんだかんだ付き合ってくれた。


 治療兼情報収集の最中に、営業妨害すべく雇われた者達に絡まれた時も――

 最下層攻略後に迷宮(ダンジョン)を逆走し再会した後も――

 そして騎獣民族との交渉に差しいても――自分達の世話を焼いてくれた。


 そんな情が深い一面も、バルゥが"絆の戦士"であったからというのが今なら納得できる。



「――だが屈し滅びるのもまた自然淘汰(とうた)だ。より強き者だけが生存し、子々孫々はさらに強靭となる」

「免疫や耐性というのも確かに存在します。それでも病気は甘く見ないほうがいいですよ、これは真剣な忠告です」


 バリスが目を向けると、真っ直ぐ見据えるハルミアには一切の揺らぎがない。


「まったく恐れを知らぬ――胆力のある女だ、騎獣の民にもそうはいない」

「苦しむ人々を(たす)けるのが私の仕事ですから」

「しかもこうして戦場にまでついてくるとは……後方におればいいものを」

「戦場における応急処置と識別救急こそ、私の(ちから)を存分に振るえる機会なので」


 弱い魔物を相手にした"遠征戦"の時と違って、今回は戦地が広きに渡る。

 学生の頃と違って、ハルミア自身も前線で戦えるだけの実力を得た。

 となれば後方の衛生陣地で悠長に治療するよりも、前線でより多くを救う(ほう)が良いという判断。


「治癒術士とやらの挟持(きょうじ)というやつか」

「治癒術士じゃありません、"医療術士"です」

「……? なんぞ違うのか」

「治癒術士は回復魔術を使う者であり、医療術士は医療技術()扱う者の意です。私なりのこだわりです」

「違いがよくわからんが、誰にでもゆずれないモノはあるものか」


 バリスは口角を上げて遥か前方の敵軍を見据えた。

 まさにそれが譲れぬものとばかりに、組んだ両腕の筋肉を盛り上げる。


「最低限の気は配ってやるが……それでもすべての面倒は見きれんぞ」

「ご安心を、自分の身は自分で守れます」

「にわかには信じられんな、おれから見れば細枝のようだ」

「これでも私、結構やれるんですよ? 確かにベイリルくんたちには劣るかも知れませんが――」


「あの三人の闘争は直接見たから、その実力はわかっているのだがな」

「でも戦場経験は私のが遥かに多いです」

「ほう……」

「幼少期は従軍して過ごしていましたから。父からも多少手ほどきがあります」

「だがその程度で最前線にまで来るとは、いささか過信だろう」

「騎獣民族の大族長たる立場のバリスさんがそれを言うのですか?」


 意趣返すように疑問に対して疑問を、ハルミアはバリスへとぶつける。

 今走っているところは機動部隊の最先陣――すなわち真っ先に敵陣へと突っ込む(さきがけ)の位置であった。



「ヴァッハッハッハァ!! たしかになあ、おれも他人のことはとやかく言えん立場だわなあ」

「そうですよ、もしも貴方がやられたら誰が指揮をとるのですか」

「そんなことはありえんが、仮におれの代わりなど――あいつ(・・・)しか無理だろうな」

「民から距離を置いていた"バルゥ"さんでも大丈夫なんですか?」


 ハルミアは何一つ迷いなく、その人物の名を挙げた。


「ああ……事実、別働隊を率いている。我々は認めた相手でないと決して従うことはないからな。

 あいつはおれとの闘争で既に()を皆に示した。あれでついてこない奴がいれば、それはもはや騎獣の民ではない」


 ハルミアはどこか懐かしむような表情を浮かべて、つぶやくように微笑を浮かべる。


「本当に(ちから)こそが真理、なんですねぇ」

「当然だ、真に追い詰められた時に信じられるのは己のみ。それこそが原初の摂理」

「魔族よりも豪気です、思い出すなぁ……」

「ほう、魔領出身だったのか」


 なびく髪をかきあげると、異形の横角と人よりも少しだけ長い上向きの耳をハルミアは見せる。


「私はダークエルフですから」

「なるほどな……従軍とやらも魔領での話か。それで獣でなく魔物に騎乗していると」


 騎獣の民が騎乗するほとんどは共に育ってきた獣であって、魔物に乗る者は非常に少ない。

 何故ならばまともな自我がない為に、単純に扱いにくいゆえあってのことだった。


「魔物の多くは、元々魔族ですから――」

「魔力の暴走が止まらずにああなってしまったのだったな」

「昔から慣れているのもそうですが……大元の(もと)とを辿れば、神族であり人間です。であれば、扱いは熟知しています」

「それは医療術士とやらだからか?」

「はい、生体に関しては専門家ですので。私自身を含めて、ヒトを乗りこなすのが私です」



「人もまた獣、か……ヴァッハハ、おれ好みの女だ」

「残念ですけど、私はもう心に決めた人がいますので」

「知っているか、騎獣民族は欲しいものは奪うものだということを」

「ご存知ですか、人が無防備になってしまう時間がどれほどあるのかを」


 互いに含んだような笑みを浮かべ、目を細めて視線を交わす。


「それに……危なくなったら助けが来ますから、案ずることはないんです」

「助けだと?」

「私の英雄(ヒーロー)です」


 そう言ってハルミアは大空へと指をさした。つられるようにバリスは見上げて察する。


「"あの男"か」

「いつでも"ベイリル"くんが空から駆けつけてくれます」

「ッハ! ああいう男はしっかり捕まえておけ。ふらふら知らぬ()にどこぞへ行きかねん」

「どれだけ無茶して疲弊しようと、最後に帰ってくる心安らげる居場所を作っておけばいいんです」


 ニッコリと裏表が入り混じった笑顔を見せるハルミアに、バリスは大きな肩をすくめた。


「騎獣の民たるおれにはわからん感情だ」

「同意いただけなくて残念です。私がもしも貴方のモノだったなら、理解させてあげられたのですが――」

「フッ……ヴァハッハハハハッ!! ほんにおもしろい女よ」



 ひとしきり豪快に笑い飛ばしたバリスは、落ち着いたところで表情が(ケダモノ)のそれに変わる。


「さて馬鹿話はここまで、そろそろだ」

「割と有意義な会話だったと思いますが――」


 ハルミアの言葉を他所(よそ)に、バリスは巨大カバの横腹に備えていた複合弓(コンポジットボウ)を手に取る。

 取り回しと威力を共存させる複合弓であるにも関わらず、それはバリスの巨躯に見合うサイズ。

 もはや槍にしか見えない長さの矢をつがえると、肥大化した熊の筋肉によって引き絞られていった。


 消えゆく断末摩のような音が(げん)から鳴り、背後からも無数の大合唱が響く。

 すぐ近くにいた片牙猪に乗った猫獣人が矢を放ったのを契機に、次の瞬間には一斉に矢影で空が(おお)われた。


 強靭な素材を複合し作られた弓矢と、騎獣民族の膂力(りょりょく)

 たとえ魔術を使っておらずとも、機動力に上乗せされたその射程と威力は恐るべきものとなる。


 バリスを筆頭に前衛に陣取る弓をつがえた巨兵達は、一拍(ワンテンポ)遅らせてから巨大な"槍矢"を前方へ射つ。

 風を切った轟音の後に、王国軍の混乱を多分に含んだ雑多な声や音が大気を震わせた。


 一方でバリスは弓を戻すと、今度は背負っていた巨大な両刃斧を掴んでいた。

 同様にして他の騎獣民族もそれぞれ白兵用の得物をそれぞれ手に取っていく。

 


「存分に喰い荒らせェ!!」

『ッォォォォオオォォォオオオオオオオオアアアアアアッッ――!!』


 バリスの異形とも言えるほど膨張した肺から発せられた巨声に、後ろに続く獣達が皆揃えて咆哮する。

 それは王国軍の恐慌を完全に塗り潰すほどの大叫喚として、軍列の横腹を激しく打ち据えた。

 敵陣への横撃を眼前にまで迫って、その激情は最高潮に高まり衝突していく。


 それぞれ両端に肉厚の刃が踊る両刃斧を、バリスは掲げるように回転させる。

 最前衛にいる巨大なカバと黒熊による、遠心力を利用した一撃は――


 ただただ王国軍を轢殺(れきさつ)しながら、攪拌(かくはん)したのだった。


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