#137 制空戦力
「ひやーすごい」
地上軍を望む高空から、鳥人族の"観測手"テューレは言葉を漏らす。
「個人としても記録せねば」
そう言って観測の合間を見ながら手元のメモに、戦争の様子を事細かに書き連ねていく。
それらは全てシップスクラーク商会の記録として、各種保管すべき文書やデータとなる。
また直近においても戦災復興措置や他国への喧伝材料として、重要な情報資材――
テクノロジーがもたらす戦果、戦場の推移と行く末。
一つの視点から構成される、歴史の一端にして一譚。
こうして関われることは、情報員冥利にも尽きるというものであった。
「う~ん、にしても本当に"強く念じる"だけでいいんですかねー?」
それで"読心の魔導師"には伝わっているらしいのだが、実感としてはまったく存在しない。
ただ確かにカノン砲による第二射・第三射がより効率的に、敵軍を粉砕していくのを見る限り……。
「まーまーちゃんと伝わってるんでしょー」
頭の中を覗かれていると思うと、少し嫌悪感のようなものもなくはない。
とはいえ隠し立てすることも特にないし、あくまで表層部分だけだという。
地上でのやり取りを思い出す――シールフ魔導師と手を繋いで、ペアリングとかいうものをした。
それでこちらが送信し、むこうが受信するという条件が整ったのだとか……単語の意味がいまいちわからない。
なんにせよ勝利と発展には必要なことであると説かれた手前、さして拒む理由もなかった。
――しばらくすると疾風と共に参上する影を、目と肌で捉える。
「よう、テューレ」
ゆらゆらと風の波に乗るベイリルが、幼灰竜を肩に乗せてそこにいた。
テューレは"虚幻空映"の範囲から、体の半分ほどを出す。
「どもどもー、よく見つけられましたね?」
「そりゃ"その魔術"を教えたのは俺だし、まだまだ練度が足りてない」
「まだ甘々ですかー、精進します」
「知らん奴なら早々気付かれないだろうけど、一応は気をつけてくれ」
「心得ましたー」
周囲の大気密度を操作し、光を歪めて姿を消す魔術。
その性質を知り、直伝したベイリルだからこそ見つけられた。
ハーフエルフの強化感覚と索敵魔術があってこそ、あっさりと捕捉できたに過ぎない。
「まっとりあえず、こっちは今のとこ大丈夫そうだな」
「はいー、ベイリルさんとフラウさんたちのおかげで、安全に観測できてます」
「本当なら"気球"や"飛行船"で、空中拠点を用意しときたかったんだがな」
「あー例の。たしかに空でも羽休めできるのなら、確かにありがたい話ですねー」
「ただ目立ちかねんし、今はまだ他国に知られると面倒なテクノロジーだからすまんな」
単純に間に合わなかった、人員を割くだけの余裕がなかったのも事実。
ないものねだりは詮無いことであるし、運用する機会はまだまだある。
「お気になさらずー、飛び続けるのは慣れてますから」
「まぁ制空権についてはこっちで引き続き確保するが……万が一の時は――」
「はい大丈夫です、自分も人並には戦えますのでー」
「いや普通に逃げてくれていいよ、最速で」
「じゃっそうしますー、最速で」
鳥人族でツバメの翼を持つテューレの平均時速と航続距離は、ベイリルをも凌駕する。
さらに竜巻を纏った凶悪な軌道は、空中戦でも戦力として数えられるくらい達者であった。
「どうしても戦力が必要になったら、改めて打診するよ。特別賞与込みで」
「それじゃ必要になることを願いますー」
「くはっはははは、今しばらくは重要な役割だからな。引き続き安全圏で"観測"を頼むよ」
「承知してますー」
「結構――さてとじゃあ俺もぼちぼち、派手に敵陣を攪拌してくるかな」
「かくはん……混ぜるんですかー?」
「そうだ、攪拌だ。魔術を使ってな」
そう言うとベイリルはほくそ笑むように唇の端を歪める。
「地上からの対空攻撃にも、くれぐれも注意してくれ」
「了解ですー」
「キュァア!!」
元気みなぎるいななきを残した幼灰竜とベイリルは出撃していく。
「背伸びせず、まずは自分の仕事をこなしきる。大切なことですねー」
テューレはペンを回しつつ、敵陣に伸びる弾道を鳥瞰しながらうんうんとうなずいた。
◇
俺は"エリアル・サーフィン"で風の波を掴み、大空を走るように移動する。
しばらくすると遠目に無数の影を捉え、次々と墜落していくサマが見て取れた。
それは倍増した"重力場"の領域に入った敵の飛行部隊であり、ことごとく地面へ激突していく。
「あっちも危なげはなさそうだな」
"遠視"でフラウや、さらに遠くに見える騎獣民族の飛行部隊を確認する。
フラウが重力場を作り出し一定範囲を制圧。鳥人族入り混じる騎獣部隊も散逸する敵空軍を駆逐している。
「戦果は重畳。俺たちは本丸を攻めるぞアッシュ」
「クァアッ!」
幼灰竜の返事と共に、俺は魔力加速のギアを上げてさらに風速を上げる。
風力圏内にいる灰竜アッシュも、俺の空属魔術の恩恵をその身に受けてついてくる。
一定の位置に来たところで急上昇し、空中で固化空気の足場に立って静止する。
「歪曲せよ、投影せよ、世界は偽りに満ちている。空六柱改法――"虚幻空映"」
はじめに周辺の大気密度を歪め、光を屈折させて灰竜アッシュもろとも周囲一帯の姿を隠す。
続いて――叫ぶでなく囁く声が、生きとし生ける者の全てを明らかにする。
「"Laas Yah Nir"――」
反響定位と"空視"を併用して索敵し、天空における敵配置を把握する。
感知した敵をマルチロックするかのように、頭の中で狙い澄ましてから詠唱を開始した。
「空の流弦が奏で留まるその旋律、凄絶にして第四の雷――」
俺は目の前に両手を突き出して、ゆっくりと丁寧に空気を圧縮していく。
フラウの引力圧縮するサマを参考にし、大気を移動させるでなく逆にその場に固定し続ける。
空気圧縮機の超強化版。極一点に凝縮される空気は……空気ではなくなってしまう。
地上において、およそ物質には固体・液体・気体の三つの状態がある。
しかしこの魔術はさらにもう一段階、第四の形態である電離体へと導くもの。
圧縮し続けて熱せられた空気は分子の結合を解かれ、原子はさらに正イオンと電子に分かたれ電磁場を持つ。
すなわち超高密度に圧縮された、超高熱のエネルギー塊。
"黄竜"が周囲に浮かべていた電撃の塊を模して、"電離気球"を創り出す魔術。
その身に電撃を直接受けたことで、はからずもキャシーのように体得することができた。
実際に経験すること、痛みと共に刻み付けられたイメージというものは存外強固なもので――
迷宮最下層からの地上までの帰り途で、練り上げる時間はたっぷりとあった。
(キャシーよろしく自由自在とはいかないが――)
直接操るというよりは、物理的に作り出されたモノを利用する非常に変則的な発動。
死にかけたものの魔術士として新たな幅を広げられたことに、黄竜にはとても感謝したい。
引き出しは多いに越したことはなく、新たに発展できることもある。
「空六柱操法――"天雷霆鼓"」
俺はじっくりと安定化させた電離気球を、遠く敵空軍へ向かって射出した。
虚空から出現した謎のエネルギー塊に対して、逃散するような動きを見せる王国空軍。
そんな敵陣のド真ん中へいったところで……圧し潰すように右手を掌握する。
「弾けて爆ぜろ」
小さく圧縮した後に、さながら花火のように膨張・拡散する雷撃が炸裂した。
空気の絶縁を破壊しながら空間を染め上げる電撃は、逃げ場なき暴威として一切の容赦なく。
目が潰れんばかりの閃光と、耳を裂け貫く爆音が轟き渡る。
まともに喰らった過剰電流で、血肉が沸騰し黒焦げとなる者。
運良くダメージが軽度であっても、麻痺して航空能力を失い墜落する者。
雷撃を逃れても、閃光と爆音によって視力と平衡感覚と思考能力とを奪われ、これもまた地に落ちていく。
しかし唯一敵部隊長と見られる人間は、なにかしらの魔術で防御したのかこちらを捕捉し飛んできていた。
「やってくれた、やってくれたなキサマ……」
死に落ちていく部下をわずかに視界におさめつつ、憤怒の表情をこちらへ向けてくる。
「悲しいけどこれって戦争だからさ、手心を加えず殲滅させてもらう」
「わからいでか、秩序を――」
「うん……?」
わなわなと震える敵部隊長へ、俺は疑問視を投げかける。
「戦場には戦場の秩序がある、キサマらのこんなやり方が戦争などと――」
(王国軍人らしい、実に型にハマった考えなことだ……)
とはいえ戦争の慣習から鑑みて、破天荒にやらかしているのはあながち的外れというわけでもない。
通常は追い詰められるまで温存しておくというのが、国家間戦争における共通認識。
しかしながらリスクを覚悟の上でゲイル・オーラムも使っている。
本当の本当に追い詰められた時には、シールフも戦ってくれるだろうと淡く姑息な打算もある。
そして自らを伝家の宝刀を気取るつもりはないが、初手から全力で殺しに掛かっている。
(まぁ厳密には国家同士の戦争ではないし、な――)
さらには焦土戦術を仕掛け、圧倒的なテクノロジーで一方的に蹂躙している。
暗殺して回って得た情報を利用して、常に優位に立つよう戦略を組み立てている。
労なき侵略戦争だと考えていた王国軍からすれば……今の状況はまさに悪夢に違いなく。
部下を目の前で殺し尽くされた彼も、悪態の一つでもつきたくもなろう気持ちはわからなくもない。
嘆息するように肩をすくめてから、俺は敵部隊長へと告げる。
「俺の故郷に、"勝てば官軍"という言葉がある――」
「……なに?」
「普遍的に言うのであれば、"歴史は勝者が作る"ってこと。あいにくだが常識は変わっていく。
新たな秩序とやらは俺たちが定める。魔導科学によって創られ、世界中へと浸透していく」
テクノロジーの発達は、それまでの戦場の基本を塗り替えてしまう。
他方から見ればそれはズルとしか言いようのない、理不尽極まりないものだろう。
しかしそれが新たな価値基準となり、思想も伴って変化していくのが歴史の常。
「"神王"でも気取るつもりかァ!!」
「人類と文明の発展は、神族をも超越する――否、全員が揃って進化の階段を昇るんだ」
激昂して突っ込んでくる指揮官へ、俺は冷静に距離を見つつ魔術を叫ぶ。
「"Fus Ro Dah"!!」
「ぐっうぉあアッ――」
肺中から続くように放たれた"音圧衝撃波"によって、敵部隊長は自身を支えられず吹き飛ぶ。
大気をつんざく轟音の余韻が消える前に、俺は直近で飛んでいた幼灰竜へ手を伸ばし――その身を撫でた。
「アッシュ……」
「クァアッ!」
意図を察した灰竜アッシュは、くるりと一回転して敵の姿をはっきりと瞳に映す。
「"Dracarys"――」
俺は教え込んだその合図を口にすると、アッシュは「クルル」と喉を鳴らしてブレスを吐いた。
幼いながらに放たれる灰竜の吐息は、標的となった者を直接"風化"させゆく。
瞬く間に塵と化した敵部隊長を振り返ることもなく、風波に乗って次に向かう。
彼が放った悪態にも、死の際の顔も、もはや心が揺れることなど……微塵にもなかった。
清濁余さず併せ呑み、余さず糧とすることを――己自身へと誓ったゆえに。




