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#132 暗殺信条 I


「本当に一人で大丈夫か?」

「私もずいぶんと見くびられたものですね」


 俺とクロアーネは木の上から、王国軍の夜営陣地を遠く眺めて話に興じる。


「いや純粋に心配しているだけだ」

「それを(あなど)りと言うのです。貴方とは年季が違います」


 彼女の言葉に俺は苦笑するように肩をすくめた。たしかに釈迦(シャカ)に説法のような行為だったかも知れない。

 クロアーネは蠱毒(こどく)のような環境で生きのび、王国の獣人奴隷による暗躍部隊として生きてきた。

 そして幼いながらに数々の汚い仕事をこなす中で、潜入任務ども多くやってきたのだ。


「でもここまで敵地での潜入は久々じゃないのか?」

「やることは変わりません。むしろ獣人奴隷が多い分、やりやすいくらいです」



 主要人物を交えた大戦略会議を、"リーベ・セイラー総帥"の影武者として終えてから東奔西走(とうほんせいそう)

 いざ戦争が開始される前にも、否──戦争が始まる前だからこそ処理しておくべき事柄は多い。

 軍議が交わされる中で提起された問題。それらを解決すべく抜擢(ばってき)されたのが俺とクロアーネだった。


「わかった、まぁ個人的にもそこらへん信頼しているし……でも危なくなったら呼んでくれ」

「助けを求めることはないでしょうね」

呼ばれなくても(・・・・・・・)駆けつける(・・・・・)つもりだけどな」

「それは貴方の自由ですが、くれぐれも潜入の妨害になるような行動は(つつし)むよう──」

「ふむ……一見して危機に見えたとしても計算だから軽々しく邪魔するな、と」

「理解しているなら結構です」


 商会が広げていた人脈や買収によって、王国軍の情報も多少なりと入るものの……。

 やはり現地で直接調達した確度(かくど)や、リアルタイムだからこそ得られる情報には及ばない。

 より確実な勝利の為には、かなり危険なものの……戦略的に必要不可欠とも言える仕事である。


「クロアーネが(よそお)い演じている姿、ちょっと見てみたいな」

「お遊び気分で覗くのなら刻みます」

「了解、その時はぶっ斬られる覚悟をもって(のぞ)むよ」


 こっちの調子にクロアーネは溜息を一つ吐いて切り返す。


「貴方こそ決してしくじらないよう、私は助けませんので」

「俺のやり方はクロアーネと全然違うけど、もちろん留意するよ。心配してくれてありがとう」

「……オーラム様の同道者ですから。あの(かた)を裏切るような真似は死んでも許しません」

「死んでも想われるなら本望なことだ」


「まったく……軽口ばかりしようもない。私はそろそろ失礼します」


 悪態を吐きながらもここまで付き合ってくれた彼女は、こちらの返答を待たず飛び降りて闇夜に(まぎ)れた。

 地上から行くクロアーネとは対照的に俺は風を纏って飛び上がり、夜闇の風波に乗ってサーフィンする。



 彼女と違って俺の場合は単純な潜入(スニーキング)任務(ミッション)ではなく、さらに追加でやることがあった。


(俺にしか(・・)できないんだからしゃーなし)


 つまるところ"暗殺"──厄介な人間をあらかじめ殺すことで、敵戦力を効果的に削ってしまう。

 さらには妨害工作によって進軍経路を限定させ、こちらで"主戦場と定めた場所に誘導"することである。

 

(まっ……それでもカプランさんの仕事量に比べれば、な。大したモノじゃない)


 超広範に及ぶその仕事をほぼほぼ完璧にこなしきる能力は、本当に頭が上がらないことだった。

 彼自身の目的は復讐だが、商会の仕事に対してこれ以上ないほど働いてくれている。

 この戦争が終わったら、しばらくは長期休暇で静養してもらわないといつ倒れるか心配なほどである。


(それに俺は、俺自身の目的の過程での仕事だ)


 本懐を果たしている中途なのだから、文句を浮かべることすら門違いもいいところ。

 俺がやらざるを得ないこと、やるべきことなら──いくらでも身を切る覚悟と責任感からは逃げない。



 俺は高高度から真下を鳥瞰し、"遠視"と"赤外線視力"を併せた魔術を使う。


「我は照らす──彼方への残滓(ざんし)

 

 遠く地上に望む敵陣営も、昼間ほどではないものの──かなりはっきりと見えてくる。


「あれだな……」


 陣の配置や警備状況を観察し、目当ての指揮官級がいると思しき拠点へと目をつける。

 本来であれば反響定位(エコーロケーション)も使って精細に把握したいが、獣人種に気付かれると面倒なので仕方ない。


「ふゥー……」


 "六重(むつえ)風皮膜"──ゆっくりと息吹を重ねて、俺は六層に及ぶ風皮膜を纏った。

 一層目の"歪光迷彩"によって、己の姿を周囲と同化させる。

 三層目には断熱・絶縁・遮音を兼ねた"真空断絶層"によって、音の伝達を阻害し漏出を防ぐ。

 そうして視覚的・聴覚的・嗅覚的に隔絶した、完全ステルス状態で飛び降りた。



 ゆっくりと地面へ落ちながらが考える──"魔術"という異世界の(ちから)について。


 魔術と魔力については、科学と違ってこの世界でも大昔から研究が(おこな)われている。

 しかしながら実際的な事象や原理のようなものは、いまいち判然としてないのが実状であった。

 研究者の多くが秘密主義であり、世間一般に広まらないという側面もあるが……それ以上に謎が多いのだ。


 それは魔導師であっても同様で、初代魔王の心深暗示(おもいこめば)メソッド(なせばなる)も……あくまでやり方でしかない。

 自由で強固な"想像の確立"、個々人の色がつくとも言われる"魔力の転換"、世界に直接影響を及ぼす"現象の放出"。

 

(でも"風皮膜"みたいなのは、ほとんど意識なんてせず使ってるんだよなぁ)


 今その身に纏っている"六重(むつえ)風皮膜"──ただの風被膜と違って非常に複雑なものであった。

 なにせ一層ずつ別々の効果を持ち、それを肉体に合わせて鎧のように纖細に(おお)っている。


 難度が非常に高いものの一度発動さえしてしまえば、それ以上意識して保持するということはない。

 行動を阻害することなく、逆に風を利用して加速させたりする複雑な工程も自然と(おこな)えている。

 もちろんそれはハーフエルフとして、並列処理(マルチタスク)を含めた修練を重ねてきた成果もあるだろうが……。


(使う魔術の多くが無意識(・・・)レベルで使っている──)


 そうでないと白兵戦で魔術なんて扱えないし、反射的に魔術で防御もできない。

 でも多くの魔術士がそれをできているのだから……魔術とは不思議なものである。



(まぁ人間の生態行動なんて99%が識域下(しきいきか)(おこな)われている──なんて話も聞いたことあるしな)


 人は無意識で生きている。自分で心臓は止められないし、まばたきや呼吸を普段は意識しない。

 内臓は各種機能を機械的に果たし、見たものを認識して自然と記憶し、心身は痛みや悦楽を覚える。

 俺やハルミアは生体自己制御(バイオフィードバック)なんかも多少なりと使えるが、それでも限度というものがある。


 例えば"食べる"という動作一つとっても細かく見れば膨大だ。

 一瞬で距離間を把握し、箸を自然に持ち、食物を掴み、香りと味を楽しみ、噛みながら適切に嚥下(えんげ)する。

 ありとあらゆる、ありふれたことが自然に──生物が意識しないところで、生体行動は(おこな)われている。

 もしも意識的に行動の全てを脳で命令したとしたら、重心移動にすら四苦八苦し、日常生活などままならないだろう。


 感情や思考についても同じ、突き詰めれば炭素由来生命の化学反応の一種に過ぎない。

 それがきっと魔術にも言えるのかも知れない。魔力による身体強化は言うに及ばず。

 イメージだの魔力知覚だのも所詮は枝葉(えだは)の技術であって、根っこの部分は無意識であると。

 神族におこった魔力の暴走や枯渇といった現象も、あるいはそうした部分に(たん)を発している可能性もある。


「わかんないことだらけだわなぁ……」


 哲学的な思考実験にまでなってしまうが……知的生命とは、一体なんなのであろうかと。


 森羅万象──物事は往々にして単純なのかも知れないし、あるいは複雑なものなのかも知れない。

 現代地球でも不明なことまみれであり、主体となる人体のことすら未知の領域が多かった。

 つまるところ人智の及ぶ範囲など本当に一部分だけで、世界の真理というものは果てしない。


 だからこそ長く長く生きて、より多くを知るという楽しみがあるのだ。



 ぼけーっと頭を回していた(あいだ)に、俺は天幕の真上で音もなく静止する。


(はてさて、いよいよ暗殺開始なわけだが──)


 一辺倒(いっぺんとう)に殺して回っては、すぐに傾向と対策がされてしまうだろう。

 (ちまた)で噂の殺人鬼(・・・)ではないが、多様な殺し方をすることで暗殺者の存在とその数。

 さながら煙に巻くように情報を錯綜(さくそう)させ、存在を曖昧にして特定されるのを先延ばしにする必要があった。

 時に失踪や自然死を装うよう削ぎ落とし、少しずつ、明確に、殺されていっているのだと自覚させる。


 商会側の準備が可能な限り整うまで、俺自身も危機管理(リスクマネジメント)していかねばならない。

 クロアーネの潜入・諜報任務にも、可能な限り邪魔にならないよう配慮しつつ……である。


 情報収集だけでなく王国軍全体に混迷をもたらし、その足を止めていくことが肝要となるのだから。

 可能であれば──軍勢にとっての"伝家の宝刀"となる戦力も、盤上から排除しておきたい。



 敵陣の真っ只中で俺は今一度、己の中の芯というものを再確認する。

 異世界に転生してから数多くの人間を殺してきた……しかし、今回はまた毛色が違ってくる。


(相手は狂信者や賞金首じゃあない──)


 自身と姉兄妹の為に……説得は至難かつ、のっぴきならぬ事情で殲滅した"イアモン宗道団(しゅうどうだん)"の狂信者達。

 罪を重ねて賞金首になった者と、それに(くみ)し無法を働く野蛮な賊どものような……。

 たとえ殺したところで、良心の呵責(かしゃく)もおきないような連中とは違う。


 今から暗殺するのは、戦争で大量に殺すのは──王国軍属の兵士達。

 戦争でなければ……多くは善良とは言わぬまでも、大半が普通の人間であろう。

 さらに王国軍は(とが)なき奴隷達を多く(よう)し、最前衛や警備や運搬などに酷使している。


(割り切るには色々と考えさせられるが……いまさらか)


 例えば警備奴隷に直接的に手を下さなくても、仮に護衛している指揮官が死ねば責任を問われるに違いなく。

 処断されることもあれば、()さ晴らしに虐待されることも──聞くところによれば王国では珍しくもない。 


 学園生活でいささかヌルくなっていたが、異世界の現実は非情である。


 あれこれ考えてしまうのも、現代日本人的価値観が未だに俺の中で(くすぶ)っているゆえなのかも知れない。

 もう異世界に転生してそこそこ長いというのに、染み込んだ性根というのはなかなか矯正されないものだった。

 とはいえそれを含めて己という人格であるし、それを無理に否定しようとも思わない。



(ただ……痛みを伴う、ということだ)


 "文明回華"という大業を為す上で、()けては通れず……また常に考え続けるべき事柄。

 主筋であったとしても副次的なものだったとしても、数多くの弱者に対する蹂躙(じゅうりん)そのもの。


 それは異世界だけでなく、現代地球でも──古今東西ありふれていた悲劇と不幸。

 弱肉強食の摂理であり、他者へ理不尽を強要し、その生命すら踏み抜いて打ち砕いていく。


(それは君主論的(マキャベリズム)に言うところの──)


 "支配者は時としてより多くの幸福の為、一部の犠牲を容認する必要に迫られる"ということ。

 俺自身、支配者や王様を気取るつもりではないが……(ちから)ある者がその権能を振るうこと。

 大なり小なり生じ得るありとあらゆることを、呑み込むこと。


 それははたして実際に搾取(さくしゅ)される側からすれば、なんとも都合よく、そして身勝手なことだろうと思う。

 現代日本で社会の歯車として生きてきた自分とて、比して遥かに自由だったとしても、縮図としては同じことだった。


「──感傷に(ひた)るのはこれが最後だ」


 自嘲するように心底から吐き出した言の葉は、纏った風に流れて消えていった。


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