#130 海賊浮島 III
屈強海賊に案内されたのは、奥まったところにあるものの青空吹き抜ける中庭であった。
人払いされたそこへ大荷物を鎮座し、しばらくしてから待ち人が来る。
「随分と大暴れしたとか」
徹底的な人払いがされたその場所へ、無防備にも現れたのは小柄な――
その幼さの残る声色からも察するに、紛れもない"少女"であった。
「あなたが首領……ですか?」
「うん、そう。なんか文句ある?」
目深に被っていた帽子を取ると、エメラルドブルーの髪をほどよくなびかせる。
海色の瞳と華奢とも言える体躯は、とても荒くれ者を束ねる者には到底見えなかった。
耳なども普通の人間のそれであり、エルフやヴァンパイアといった長命種の特徴は見られない。
「いや……ケチつけるとかじゃあない。それに俺も人のことは言えない若さだ」
俺はそう言ってフードを脱いで、顔をしっかり見せながら口調も砕けた感じに変える。
精神実年齢はアレだが、肉体年齢はまだまだ若い。少なくとも嘘はついていない。
「ふーん、ハーフエルフ」
「半分のみってことまでわかるか」
「奴隷の中にはいろんな種族がいた。耳長じゃなく耳半ばだし――」
「そうか、まぁベイリルだ。よろしく」
俺は手を差し出し握手を交わそうとするが、少女は首を横に振って拒否する。
「あーしはフラウ、よろ~」
「あなたは人間?」
「んーん、人間とヴァンパイアのハーフだよぉ」
フラウはそう言うと、口を大きく開けて犬歯を見せた。
「へぇ……吸血種は初めて見た。うちは"ソディア"。いちお、ここの首領」
舌っ足らずなのか、あえてなのか。ソディアという名の少女はぺこりとお辞儀をする。
俺とフラウも返すように一礼してから、改めて話へと移った。
「差し出がましい言葉で恐縮だが、少し不用心なのでは?」
「あーしらとしてはありがたいけどね~」
騒動を起こした相手に護衛もつけずにこうして話すなど、通常考えられない。
「うちが偽物って言いたい?」
「いやぁ今までそれなりに立場ある人間と交渉してきた感覚からすると……本物だとは思ってる」
「監視させていた"目"からの報告は信用してる。だからわざわざ会ってあげたし」
「ほう……視線を感じなかったな、できる連中のようだ」
「船乗りなら持ってて当然の技能だし」
そう口にするソディアは、改まった様子で言葉を紡ぐ。
「それに"ばぁや"が大丈夫だって言ってる」
「お婆さん?」
「別に……探しても見つかんないし」
視線が滑ってしまった俺に、ソディアはそう告げる。
口振りからすると、今もどこかで見ているのだろうか。
感覚強度を最大限に引き上げてみるも、何も引っ掛かることはなかった。
「まじか、凄腕か」
「今の海賊団を作ったのも、ばぁやとおじいさまだし」
「へぇ……もしかして首領は世襲制とか?」
「そんなワケない、実力主義。ま、両親の時代から良くしてくれてる人が多いけど……」
「先代暴れ回った"姉弟海賊"ってのも……?」
「それは母と叔父さん、もういないけど」
あっさりと答えたソディアは、一転してこちらへと当然の質問を投げかける。
「で、あなたたちはナニモノ?」
「なにものかと聞かれたら、答えてやるのが世の情け……シップスクラーク商会の幹部だ」
「空賊ってのは?」
「あれは方便だ」
「商会ってことは貿易船の取引かなんかだし?」
「いや違う、戦争の合力を要請しにきた」
「ふーん~~~……それってもしかしてインメル領?」
「"目"だけじゃなく、優秀な"耳"をお持ちのようで」
「まっそれなりに――で、どっちだし」
「どっち、とは?」
ソディアは表情を変えぬまま、首を右に傾けてから左に傾ける。
「帝国か王国か、共和国もありえるのかな?」
「あぁ、一応陣営としては……――帝国側になるのかね」
「今の間はなんだし」
「王国軍を相手にするのは間違いない。ただインメル領の救済として、ほぼ独軍として事に当たる」
「国家帰属じゃないんだ。それでうちらには、王国海軍を相手しろと?」
「形としてはそうなってしまうが、目的は別だ。騎獣部隊の輸送をお願いしたい」
「騎獣の民……? が、仲間にいる?」
「あぁ、海の助力があれば勝ち戦の可能性はさらに高まる」
するとソディアは逡巡した様子もなく、首を縦にうなずいた。
「わかった、乗ったし」
「あっさりだな、おいオイ」
「そういうのすっごく待ってた」
「ん……どういうことだ?」
疑問符を浮かべる俺に、ソディアは薄ら笑いを貼り付けたまま話し始める。
「本当はこんなところにいたくないし」
「どういうこった」
「両親の代から恩義を感じて、世話を焼いてくれてる人ばかりだから……」
「あーなるほどな。つまり変化が欲しかったわけ、と」
「ここは娯楽がない。それにみんな汚くって……正直かなり我慢してたし」
(娯楽がない――か)
俺の場合は、元世界と異世界というスケールでの話だが……共通項には違いない。
すなわちソディアは、フリーマギエンスの思想に見合った思いを抱いているのだ。
「ははっ、人それぞれの苦労はあるもんだな――」
少女はどうしようもなく名分を欲していたのだ。
彼女自身を縛る鎖を解き放つ為の、飛び出すに足る理由を。
「先に断っとくが犠牲も出るぞ、絶対の勝ちも保証できるわけじゃない」
「こちとら海賊。最悪逃げればいいし、退屈な生にしがみつくより好き放題やって死んだほうがマシなのばっか」
「にしては今まで踏み出せずにいたわけ、と」
ソディアは嘆息をつきながら、俺へと教授するように言う。
「何事も機がある。良い波ならすぐ乗るし、風が吹かなければそれを待つ」
「なかなか共感できる心意気だな」
「それにうちは……海戦で負けたことないし。聞く? うちの軍勇伝」
「いずれたっぷり聞かせてもらおうか。頼もしい貴方にはコレを進呈しよう」
俺は左手を広げて大荷物を示し、フラウが勢いよく包んでいた布を取っ払う。
出てきた巨大木箱の横蓋をスライドさせて、中身を見せた。
「……大砲?」
それははたして黒光りし、長めの砲身を備えたカノン砲。
さらに中には砲弾と装薬を詰めた箱が、砲本体を固定するように入れてある。
「然り、我らが商会最新式の一品。是非旗艦に配備してくれ」
「"魔術砲"なら帝国海軍から奪った、比較的新式のがいくつかあるけど……なんか違うの?」
「ふっふっふ、聞いて驚け! なんとこれは魔術を使わない!!」
「ベイリルぅ、それ語弊あるよ~」
「そうだな、過言だった。そう純火力に関して、魔術は一切使われていない」
「ん……うん?」
「魔導科学兵器だ、まぁ詳しく説明するとだな――」
俺はその詳細をなるべく伝わりやすいように、噛み砕きながら解説する。
数多くの非公開の特許技術を土台に、商会の武具・兵器部門が開発および生産した逸品。
テクノロジートリオを含む商会所属研究員達の結晶の一つ、魔導と科学の両輪を併せたカノン砲であること。
実際に備えた性能や、既存兵器との比較データまで含めて――
ソディアは好奇心を裏に隠しながら、しっかりと耳を傾けてくれていた。
「――とまぁ、大体の仕様はこんなものだ」
「理屈はなんとなくわかったけど、正直信じられないし」
一応はテクノロジーに疎い人間にも、なるべくわかるように説明していったつもりだった。
それでもすんなりと飲み込んでくれたあたり、ソディアの地頭の良さがうかがえた。
「使えばわかるさ、王国海軍と戦うことになっても問題ないか?」
「水兵としても超一流が揃ってるし、余裕」
一段落ついたところで、俺は今一度真剣な面持ちで交渉を再開する。
「それと報酬の話だが――とりあえず私掠船免状(仮)を用意する」
「しりゃくせんめんじょう?」
「本来の意味は国家公認の海賊だが……とりあえずは領主公認ってところでここは一つ」
「だから仮……? それになんの利がある?」
「少なくとも帝国からは追われないよう取り計らう。商会も後ろ盾にしつつ、海賊を狩って欲しい。
まだまだワーム海には残存勢力が多くいるだろう? そいつらを併合しどんどん肥え太ってくれ」
「言いたいことはわかる。でも見返りとしては弱い、そんなん今までと対して変わらないし。船員には即物的なモノがいい。
今回の一戦だけならともかく、これからも使われるというのは海賊の信条に反するし、説得もちょっと面倒。
うちも海は好きだから……ここから抜け出したくはあるけど、飼われるのはまっぴらゴメンだし」
否定的な様子を見せるソディアに、俺はさらに利点を重ねていく。
「商会と結び付くということは、必要な物資と賃金を払うということだ。つまり物質的なのも含まれる。
それに基本的には、自由にやっていてもらって構わない。ただ必要があった時に応じてくれるだけで」
「ふむむぅ……」
「さらにこのカノン砲を筆頭に、様々な海上兵器。"風がなくても走る船"や、"海中に潜水する船"――
商会が作り出し提供する、あらゆる最先端を試してもらう。どうだ? 商会との契約はどうだ?」
テンションを上げつつ話す俺に、フラウが少々口を挟む。
「ねーねーベイリルさんや、そこまで言っちゃっていいん?」
「大丈夫だ、問題ない。同類を見抜く嗅覚は……そこそこ鋭いつもりだ」
ゲイル・オーラムをはじめとし、他にも大志を同じくする者達と同じ人種。
カノン砲の説明を聞いていた時にこぼれ出ていた感情を、俺の強化感覚は見逃さなかった。
それに現段階では夢物語でしかないし、カノン砲にしても知識の積算なければ再現はしにくい。
彼女が裏切るつもりだったとしても、今の状況では特段の心配はないだろう。
「"未知なる未来を見る"――共に往こうじゃあないか、ソディア」
ガバッと大仰に両手を広げ、俺は海よりも広き世界の果ての無さを表現する。
原初の野望を共有し、同道できる気質を……彼女は備えていると確信した。
「娯楽もいっぱい供給してやる。世界をいくら巡っても、到底拝めないのを見せてやれる」
「……にわかには信じがたい、し」
「なぁに今回の一戦に関わるだけで理解できるさ。それでも気が乗らなければ、別途報酬を用意するよ」
「……わかった。それじゃ見極めさせてもらう」
「一時契約成立だな、それじゃ改めてよろしく」
俺はチェーンのついた"それ"をポケットから取り出して、ソディアへ投げて渡した。
「んっ、これはなんだし?」
「船乗り用の携帯羅針盤だよ」
懐中時計のような羅針盤のフタが開くと、方位磁針が方角を指し示している。
「某氏曰く――"この世で大切なことは、今自分がどこにいるかではなく、どこに向かって進んでいるかということだと思う"」
「……それって、うちのこと言ってる?」
「かもな」
「まぁうん、悪くない言葉だと思うし」
「んじゃ改めて」
今一度、俺は握手をすべく右手を差し出した。
しかしソディアは不動のままで、一向にこちらへと交わすことはなかった。
「――まだ何か要求、あるのか?」
「うちは綺麗好きだから、誰とも握手するつもりないだけだし」
「……さいですか」
俺は潔癖症の少女に乾いた笑いを漏らしながら、武者震いをした。
騎獣民族にワーム海賊、二つの大きい欠片が揃った。
いよいよもって決戦は近い、まだまだ戦争の準備も多い。
ようやく目に見えた実感が重圧としてのしかかる……。
しかしもはやそれも楽しみとするだけの度量を、俺は持ち合わせていた。