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#128 海賊浮島 I


 インメル領の北に位置するワーム海を渡る――正確には海上ではなく、さらに上の大空を……である。

 

「そろそろ見えてくるハズなんですけどー、ごめんなさい」

「焦ることはないさテューレ。魔力も時間もまだ余裕がある」


 俺はフラウをいわゆるお姫様抱っこしながら、"エリアルサーフィン"で空を飛んでいた。

 フラウとて重力魔術による擬似飛行もできないことはないが、やはり速度では大きく劣ってしまう。

 それに運搬物(・・・)があった為に、幼馴染には重量を0(ゼロ)にすることに集中してもらっていた。

 一方その前方では、テューレが俺の空を走るような飛行と変わらぬ速度で先導してる。


 "飛行魔術"というのは誰でも使えるというわけではなく、珍しくはないものの人を選ぶ魔術である。

 浮遊まではできても、自由自在な飛行となると空属魔術士であっても数は多くない。

 鳥人族などは翼を補助にして滑空ができるので、高じて使える者は多いがテューレはさらに指折りだろう。


 その旋回性能や最高速度を維持しつつの連続航行距離は、魔力量がずっと多い俺よりも上をゆく。

 それだけ飛行魔術それ自体に無駄がなく、ツバメとしての本領をいかんなく発揮している様子。

 

 特に飛行しながら別の魔術を使うとなると並列処理(マルチタスク)となって、安定した行使はことのほか難度が高い。

 テューレはそれもそつなくこなしてみせるあたり、彼女なりに大変な人生を送ってきたのだろうと察せられた。



「ハルっち不足だー、欠乏症(けつぼーしょー)ってやつだ~」

「キャシーは欲しくないのか?」

「うん、そっちはベイリルが会議してた時から補給済み」


 騎獣民族を引き入れてから一週間ほど。

 諸々の準備を整えて、俺とフラウはテューレと共にワーム海へ踊り出た。


 飛行手段を持たないハルミアは、騎獣民族の治療の為に(おか)に残っている。

 同じく飛べないキャシーも、バルゥやバリスとちょっと闘って学ぶのだと居残り組であった。

 灰竜アッシュも、多くの獣の中で社会性を学ぶ良い機会だと一緒に残してきた。



「そういえば、(しま)って悪天候で流されたり(・・・・・・・・・)しないのか?」

「いやいやさすがにそこまで動きませんてー、たしかにワーム海は荒れるって話ですけどー」


 帝国領と王国領に挟まれるワーム海上には、小さな島がいくつも存在する。

 それはさながら氷山のように、海面に浮き出た巨大な岩土の塊。


 恐らくは"浮遊石"が混ざり込んでいることで、比重が海水と釣り合っていると推察される。

 ワーム由来の物質であるならうなずける話であり、埋蔵されているなら有効利用もしたい。

 迷宮制覇特典でカエジウス特区の採掘権はあるものの、量はあるに越したことのない浪漫物質(ロマンマテリアル)である。


「動くと言っても本当に微々たるものって話です」

「それもそうか……停泊させている船が滅茶苦茶になりかねんもんな」


 海賊達はそういった場所を略奪行為の根城(ねじろ)として、居を構えているらしい。

 方向感覚に優れたツバメ種の鳥人族たるテューレでも、変動いちじるしい風波模様までは読めない。


「特定したのも数日前ですし、方向はほぼ間違いないとー……あっ、ありましたぁ!!」


 言っている最中にテューレは大声を上げ、指差した方向へ俺も"遠視"で目を凝らす。

 大気を操作することで、光の屈折率を変えて望遠する空属魔術。

 すると水平線の彼方に映ったそれがどんどん大きくなり、いくつもの海賊船が係留された浮き島が見えた。


「うんうん! 別の浮島じゃなく間違いなくアレです。あーよかったよかったー」

「まっ、交渉の本番はこれからなんだがな」

「たしかにー、がんばってくださいとしか言えないですが」


 グッと気合を送ってくれるテューレを視界の端に、海上に浮いている海賊島へと焦点を合わせる。



("内海の民"も、あんな感じなんかね……)


 俺は同季生であったオックスの話を思い出しながら、よくよく観察してみる。

 岩石をくり抜いて造ったような居住区が立ち並ぶその威容。

 さらには島を取り囲むように、船団と言って差し支えない量の船が浮かんでいた。


 内海の民が住む"海上都市"は、波に揺られながら都市ごと移動できると聞いた。

 見た目だけなら、もしかしたら近いものがあるのではないかと勝手に想像する。

 いつになるかはわからないが、一度は訪れたいと思っている。


「代表が住んでるとしたら、あの一番でっかいやつかなぁ?」


 フラウは空いた手で輪っかを作って、そこから海賊浮島(ふとう)を覗き込んでいた。

 重力によって光を捻じ曲げて直接見るという、精度は低いが俺の真似をしたフラウ流の"遠視"魔術。


「よしっ、突入する前に情報のおさらいを頼む」


 俺はゆっくりと速度を落としていき、テューレもそれに合わせて減速する。


「あっはいー、了解しました。えーっとですね――」


 テューレは懐からメモ用紙を取り出すと、ペンをくるくると回し出した。

 シップスクラーク商会の情報員として支給し、俺が教えたペン回しであった。



「通称"ナトゥール海賊団"――現在ワーム海で、最大の勢力を誇っています」

「取り込むならデカけりゃデカいほど望ましいな、よしっ」

「えーまー広いワーム海には、それぞれ浮島の拠点を中心に縄張りとする海賊派閥がいろいろあるわけでしてー。

 それだけ数も多いんですが……なんとその三割ほどを吸収・併合して南方海域を牛耳ってるのがアレなんです」


 そう言ってテューレはキャップがされたペン先を、海賊浮島の方向へと向ける。


「多くは前代の"姉弟海賊"が暴れ回った結果だそうですが、当代の首領も凄いやり手だそうでー」

「でも今の首領の情報はとんと知れないんだったな」

「そうなんですよー、調べてもあまり(つか)めなくて。貿易船の襲撃を主として活動してるようで」

「護衛船ごと奪い取ってるわけか」


 いわゆるキャラック船やキャラベル船といった、典型的な海賊船(ぜん)としたモノはもとより。

 大量輸送用と思われる、巨大なガレオン船もいくつか見える。


「以前は沿岸襲撃もそこそこあったそうですが、ここ数年は海上襲撃ばかりで……しかも負けなしだとか」

「帝国海軍も王国海軍も手を焼いている、と――」

「はいー、一部の商船なんかは最初から取引を前提とすることで見逃してもらったり」

「海賊も商人も、両方したたかなことだな」


 もはやペン回しではなく、風によって高速回転までしていたペンをしまう。


「えーっと、そんなところですかねー。いまいち情報不足で申し訳ないです」

「いや短期間で十分調べてくれたよ。なによりこうして拠点を特定してくれたのが最高の功績だ」

「なんのなんのーそう言っていただけると、がぜんやる気が増しますねー」


 照れを見せつつも意気軒昂(いきけんこう)に振る舞うテューレ。

 クロアーネの短期教育もあってか、素晴らしい才能を発揮してくれている。


(アルトマー殿(どの)も随分と大きい魚を逃がしてしまったな)


 共和国の"大商人"たる彼とて末端まで完全掌握できるはずもなく、致し方ない部分は否めない。

 逆にこれを教訓として、より徹底した管理を(おこな)い強大化しかねない恐ろしさもあった。


「それじゃ行くかね」


 俺達は改めて風に乗ると、海賊浮島まで一直線に飛んでいった。


 



「なんだあ、てめえらぁ!!」


 上空から降下して地上へ降りた為に、当然のように注目と警戒の的となっていた。

 しかも人間よりも巨大な荷物付きなのだから、余計に怪しまれるというもの。


「――ぃよっとととぉ、派手になっちゃったね~」

「つっても、どうしたって目立つことに変わりはないさ」

「ん~……それもそっか」


 お姫さま抱っこから地上へ降り立つフラウに、俺はもっともらしげに答える。

 危険をともなう仕事の為に、テューレには上空で待機してもらっていた。

 

「なにくっちゃべってやがる、ナメてんのかあ? ああ?」


(わかりやすいな……)


 落伍者(カボチャ)もそうだったし、チンピラというものはどの世界でも似たようなものなのだろうか。


 ただし今回は絡んでくる程度ではなく、明確な敵意と共に一人の男が湾刀(シミター)を手に刃を向けて近付いてくる。


「まぁ待て待て、俺たちは"空賊(くうぞく)"だ」

「くうぞくぅ?」

「あんたらと同類だよ、ただし縄張りが海ではなく(そら)というだけだ」

「んなこた知ってるわ。海の上にてめえらが奪えるもんなんてあると思うなよ」

 

「奪おうなんて思っちゃないさ。首領と話がしたい、こっちのはささやかな贈答品(おくりもの)だ」


 そう言って俺は布に包まれた巨大な物体を、親指でちょいちょいと指す。



「……中身は?」

「それなりの立場にある人間じゃないと教えられんな」

「好き勝手に侵入してきた割に、偉そうで気に食わねえなあ!!」

「無法者が語ることか」


 頭の弱そうな男は顎でクイッと周囲の男達へ促すと、取り囲むように動き出した。


「おいおい土産(みやげ)を持参して面会を求める客人に対し、失礼とは思わないのか?」

「うるせえ、誰も彼もが"アイツ"を認めてると思うんじゃねえ!!」


(んん、一枚岩じゃないのか……?)


 多少なりとややこしそうな事情をその言葉から察する。

 次々と併呑(へいどん)していったのなら、確かにそういう手合いも少なからずいるのかと。

 同時に首領のカリスマ性というものが問われてしまうに不安を覚える。

 

(輸送艦隊だけでも確保できれば十分だし、まぁいいか)



「おっ、やっちゃう?」


 顔色から俺の心を読んだかのように、フラウがそう言った。


「想定の範囲内だからな、久々に腕が(なま)ってないか試したいところだ」


 どのみち一悶着(トラブル)があると思っていた――というか無いワケがないと。

 ゆえに最初から暴れるつもりで、相応の態度で接していたのだ。


 騎獣民族ほどではないにせよ、海賊なのだから(ちから)を見せ付けるのが手っ取り早い。

 粗暴(そぼう)野卑(やひ)で刹那的に生きる彼らには、相応のやり方というものがある。


 それにここの首領(トップ)にとって不穏分子のようであるなら、多少やり過ぎても問題あるまい。


「安心しなあ、贈り物とやらはおれたちが使ってやる」

「お前らみたいな脳なしには、有効に扱えんからご遠慮願おうか」

「よーしよし、てめえは奴隷じゃなく殺すの決定だ。女のほうは島の全員を相手にさせてやるよお!!」



 振りかぶった男の曲剣は――振り下ろされる前に地面へと落ちる。


 周囲を取り巻く男達が、事態を把握できず一斉に止まってしまった。

 男は手から血を流し、耳慣れぬ破裂音と太く一筋の白煙が残る。


「最高にハイってやつだ、こっちだけズルして無敵モードみたいなもんだしな」


 俺は手元の魔術刻印(エングレーブ)(ほどこ)された、"リボルバー"をくるくると回す。

 そうして銃口を口元近くで止めつつ、ふっと息を吹き掛けた――

 



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