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#127 騎獣民族 III


「遅ェ!!」


 一度だけ雷鳴が轟くと、獣と乗り手は痙攣(けいれん)しながら倒れ伏す。


「ほいほい~っと」


 斥力場による見えざる(ちから)に掴まれた騎獣戦士は投げ飛ばされ、木々を薙ぎ倒しながら意識を失う。


「――"二重相破(ふたえそうは)"」


 水素を内燃させた右の"太刀風"と、液体窒素を封入した左の"太刀風"。

 象人族の部族長とその相棒獣をそれぞれ二文字(にもんじ)(もと)、交差ざまに平行に斬り抜いた。


 正面には各部族長が揃って並び、それらの様子を観戦していた。

 周囲には多くの健康な騎獣民族で沸いていて、いかにストレスが溜まっていたか察せられる。



「なぁるほどお、こりゃ"七色竜"の一匹を倒したってぇのも嘘じゃなさそうだ」


 キャシー、フラウ、ベイリルをそれぞれ相手にした者は、皆それぞれが歴戦の勇。

 彼らがまったく歯牙にも掛かることなく、粉砕されてしまった。

 そして負けた者達を、ハルミアがあっさりと治療してしまうのを見せられれば……。


「個人的に闘いたくもあるが……さすがにきさまを相手にした後ではおれもキツイだろうな、バルゥよ」

「負けの言いワケを考えていたほうがいいぞ、バリス」

「抜かせぃ」


 虎と熊――二人の雄は共に入場し、背中合わせに離れて間合いをあけ、振り返って相対する。

 しかしお互いに騎乗する獣はいない、純粋に一対一(タイマン)の決闘であった。


 バルゥは左手に巨大な丸盾を、右手に剣とも斧ともとれる長大な刃渡りの得物を肩に担ぐ。

 バリスは斧の刃部分だけを取り外したような、ブレイドナックルを両手に握り込む。


「っフゥ……」

「ヴァッハァ~……」


 双方共に気を吐きつつ、戦闘準備が整ったところで先にバリスが口上を述べる。



「偉大なる"獣神"と大族長の名の(もと)に、(ふる)き掟に従いこの場にて再洗礼を(おこな)う!!」

「虎人族の子、バルゥ。偉大なる獣神と騎獣の民たちの前にて、この新しき身の(あかし)を立てる!!」


 二人が(まと)った圧と、周囲の大気が一瞬にして変容する。

 空間そのものが歪んでいくような錯覚を、誰もが覚えてしまうほどに。


 それは半ば形骸化(けいがいか)した儀式であり、最後に()り行われたのは遠い記憶であった。


 騎獣の民――獣に乗りこなすことが、彼らの本分と言える。

 それゆえに一度洗礼を受け、そこから(はず)れた戦士は放逐されるが掟。

 最初の洗礼すら受けられなかった者も含め、多くは社会に適応して民の足跡を()けて通る。


 しかし例外的に認められる掟も存在する。

 それこそが騎獣の民――否、獣人種全てにとって(・・・・・・・・・)最上(・・)とされるもの。


 

 バルゥの肉体が盛り上がり、白き体毛が伸びていく。

 顎門(あぎと)には牙が生え揃い、伸びる爪はあらゆるものを引き裂かんとする。

 瞳には人の心を宿したまま、その体躯は完全な獣へと変貌を遂げていた――


「あれが完璧(パーぺき)な"獣身変化"か~、すごいね」

「グナーシャ先輩は我を失ってたが、バルゥ殿(どの)のそれはちゃんと(ぎょ)しているな」


 フラウとベイリルは闘技祭の時を思い出しながら、バルゥの真の実力を目に焼き付ける。


 自身の(うち)に宿りし獣を乗りこなす。それこそが"獣身変化"にして究極の形。

 獣人種の祖と言われ、ありとあらゆる獣になれたという土着信仰の"獣神"。

 どこぞの究極生命体のような、その権能の一部を操ることは獣人種にとっての至高天。



「あれすっごい負荷が掛かるんですよねぇ。グナーシャさんの肉体もかなりヒドかったです」


 闘技技で実際に治療を担当したハルミアの(げん)

 完成を見るには――肉体と魔力、さらには理性と本能を両立させねばならぬ最高技法。


「キャシーはできないん?」

「アタシにはいらん技術だな、使ったとしても"部分変化"で上等だ――あの熊のおっさんみたいに」


 一方でバリスも熊人族としての野生を解放していた。

 しかしバルゥと違って完全な獣身変化ではなく、中途半端に獣化を止めたような形。


「でも……完全な熊形態と、あんまり変わらん気がするね~」

「たしかに見た目は熊そのものですねぇ」

 


「――美事だバルゥ、本当に到達していたか」


 白虎の姿となったバルゥは大斧剣を口にくわえ、尻尾で大丸盾を掴んでいた。

 

「ちなみにおれもやれるがな。ただ人語が話せなくなるし、半獣半身が一番具合がいいッ!!」


 本来であれば獣身変化し、その意思を確認した時点で騎獣の民へとまた迎え入れられる。

 しかし二人――もとい二匹の獣(・・・・)にとっては、この先こそが真に重要なことであった。


 大斧剣をくわえたまま、白虎の唸り声が大気を打ち震わせる。

 呼応するように人黒熊も大きく、本物の(ケダモノ)同然の声を発した。


 観戦しようとしてた者たちは反射的に、さらには一斉に逃散するかのように距離を取った。

 野生の獣でなくとも、周辺が超危険地帯になったことが本能に刻み付けられるに相違なし。

 心胆寒からしむるその(たけ)りは、黄竜と対峙した時をも想起させるほどに――


「……やばそ」


 そう言ってフラウは重力魔術を使おうとするが、俺はそれを制した。


「常時反重力だと闘争の邪魔になるだろう――俺がやる」

「あーそれもそっか、じゃっよろしく」

「うおっ!?」

「んっ……」


 俺はキャシーとハルミアを両脇に抱きかかえて、風を噴出し浮き上がった。

 フラウもそれに続くように軽やかに跳躍し、作った圧縮固化空気の足場に四人で並ぶ。

 灰竜アッシュも、もうさらに上空から好奇心旺盛な様子で眺めているようだった。



 そして――白と黒が交差し、大地が豪快に爆ぜた。

 余波で舞い上がった岩礫が……次の瞬間には粉微塵となってしまう。

 

 単純(シンプル)ゆえに強い。それが率直な感想であった。

 迷宮逆走の道中で共にした時でも、"獣身変化"をする状況には至らなかった為に、バルゥのそれは初見。


 巨躯に搭載された筋骨(パワー)と、そこから生みだされる超速(スピード)

 追従する思考と反射に、(しな)やかで美しくも無駄のない動作。

 筋力を全開に保ちながら最高速を維持し続ける持久力(スタミナ)、それら全てを完全両立させる理想な姿。


 ただただ獲物を狩る――相手を仕留めることだけに念を置いた、一つの到達点。

 そんなバルゥを相手に、一歩も劣っていないバリスもまた……獣人種の極致であろう。


「やっぱデカい奴は強いな」


 体重差(ウェイト)体格差(リーチ)筋力量(パワー)、どれも比較にならない。

 仮に同じだけの修練を積んだのであれば、小は大に決して勝てない。


「それをくつがえす為に魔術があるけどもー、アレは骨が折れそうだね~」


 なんとか打ち勝った黄竜にしても、まともに戦っていれば敗北を喫していたのは自明。

 それでも竜種は勝つ為に努力などしない、純粋に種族としての強さである。

 実際に付け入る隙がいくらかあっただけ、まだ御し易い部類と言えたのかも知れない。



「細胞とかどうなってるんですかねぇ、獣身変化……興味深いです」


 元の人型の二倍以上の大きさで、明らかに質量も増しているように見える。

 肉体を鍛え(フィジカル)精神を修養し(メンタル)技術を磨いた(スキル)、殺す為に訓練した人間。

 それが巨大な獣となって、その(ちから)を振るうことの意味――


「おっさんらの戦い方……やっぱ参考になるな」


 魔術と言ってもそのほとんどが、突き詰めれば物理的なエネルギーによる破壊である。

 風も重力も雷も、もたらされる結果は物理現象であり基本的には外部作用。

 よくわからない(ちから)で呪い殺すとか、オカルト的なものでは決してない。


 なにせ生体内部への直接的な魔術干渉は、個人の持つ魔力によって阻まれてしまう。

 治癒魔術とて直接患部に触れることが前提であり、それでもなお難度が高いのである。


(魔導の領域に踏み込めるなら……)


 物理法則を超えて、概念的に干渉する作用もあろうものだが――あいにくとその域には達していない。

 結局のところ魔術とは、スピード&パワーでねじ伏せることとさして変わらないのだ。



 天秤がどちらに傾くかわからないほどの拮抗。

 もしもバルゥが負ければ、今度は俺が戦わねばならない。

 俺はバルゥとバリスの激戦を俯瞰しながら、自分ならどう戦ってくかを組み立てていく。


 最高速度では(まさ)っていても、あれほど常に維持することはできない。

 総合的な反応速度は、そう負けてはいないだろうが……。

 彼らには野生と本能で補助された戦闘嗅覚も備わっている。


 破壊力に対しては魔術の火力で対抗できるものの、悠長に詠唱する暇は与えてはくれないだろう。


(白兵では……確定で負けるなありゃ)

 

 "酸素濃度低下"も"ポリ窒素爆轟"も、ああも動き回られては……。

 すぐに大気を撹拌(かくはん)されて、霧散させられてしまう。

 大半の近接用の術技は打ち落とされるか、(ちから)負けか、よくて相討ちがいいところ。


(有効手は……やはり空から一方的に攻撃するのが確実か)


 飛行という絶対のアドバンテージをもって、対地火力で一掃するのが最適解。

 地上で戦うなら開幕からの短期決戦で、ワンチャンどうにかあるかどうか。


(まっ再戦するとしても時間掛かるだろうから、じっくり観察させてもらいますよっと――)





 戦闘は小一時間ほどに及び、戦闘域は爆心地とも言えるほど巨大なクレーターを作っていた。

 百数十メートルという深さまで及んだ、実力伯仲の血戦を制したのは――"バルゥ"であった。


杞憂(きゆう)に終わったか……御美事でした、バルゥ殿(どの)


 そう心中で賞賛をおくりつつ、俺達4人はその場から飛び降りて二人のもとへ着地する。

 実際には闘ってみないとわからない部分もあるが、個人的な彼我戦力分析では微妙なラインだった。

 弱肉強食に(のっと)り、カプランには勝って言うことを聞かせるなんてのたまったものの……。


 俺が相手にすれば負けたことも否めず、そうなれば騎獣民族を引き入れるのは叶わなかった可能性は高かった。



「バルゥのおっさん、イェーッ」


 体毛で覆われながら徐々に人型に戻っていくバルゥは、キャシーと拳を突き合わせる。

 

「危うい場面も幾度かあったがな。あぁハルミア、バリスのほうを頼めるだろうか」

「――わかりました」


 バルゥは己の怪我の具合を()ようとしたハルミアへ、友の治療を優先するよう(うなが)す。

 

「バルゥ殿(どの)、着るもんか羽織るもんいります?」

「なに、半日ほどは毛むくじゃらだ……すぐには問題ない」


 ハルミアに救急処置を施されたバリスは、曖昧だった意識を明確にして口を開く。


「むっぬぅ……おれが負けたか、敗北の味なんぞ咀嚼(そしゃく)するハメになるとは」

「オレの勝ちだが――騎獣したのなら、乗れないオレが負けていただろうよ」


 完全な虎形態になるバルゥと違い、半獣形態で止めるバリスは騎獣で戦うこともできる。

 それが本来の騎獣民族の戦い方であり、十全に(ちから)を発揮する為の持ち味でもあった。

 そうなっていれば、紙一重の差はひっくり返っていたやも知れない。



「確かにな。だがまあいい、おれの本気についてこれる獣は希少だからな。私闘で巻き込むわけにもいかん」


 立ち上がったバリスは、まだ止血した程度だというのに大きく伸びをした。

 とんでもないタフさだなと思いつつ、俺は改めてバリスへ確認を取る。

 

「では改めて騎獣民族とは共闘を組むということで、うちの命令系統に入ってもらいます。

 それとバルゥ殿(どの)にも、騎獣部隊を率いてもらう形でいいですね? バリス殿(どの)


「二言はない。どのみちおれたちが暴れすぎて、もうここじゃ休めん。獲物らも遠くへ逃げたろうし頃合だ」

「では(やまい)の治療もこちらで請け負います。(げん)として従ってもらいますよ?」

「んっむ……良い気迫だなむすめ。民にはおれから強く言い含めておこう」


 手首を回しつつ、ボロボロになって原型を留めぬ鉄刃拳を見つめてから視線を移す。


「それにしてもバルゥよ、貴様の剣と盾は壊れてないのだな」


 吹き飛んで地面に突き刺さる大斧剣と、転がっている大丸盾は破損した様子がない。


「王国最良質の"魔鋼"だ。竜の吐息(ブレス)を防ぎ、竜鱗だって斬り裂いてみせるさ」

「武器の差もあったか……なんにせよ次は負けん」

「そうだな――次は狩った数で勝負でもするか、王国軍相手にな」

「ヴァッハッハッハ!! そいつは楽しみだ。なんなら大族長も代わりにやるか? もはや誰も異論は挟まんだろう」


「そんな面倒事はゴメンだ」

「昔と違って随分と減らず口になったものだな、バルゥよ」

「お互い様だろう」


 二匹の獣は大いに通じ合う。何十年と会っていなくとも、変わらぬ関係性。


 そんな二人に、純粋な羨望とちょっとした妬心(としん)(いだ)きながら……俺はしばらく眺め続けていた。

 100年や200年経とうとも、変わらぬ想いと関係があればいいな――などと。



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