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#126 騎獣民族 II


 "騎獣民族"はまつろわぬ民──人と獣の共同体。

 人族・獣人・鳥人・亜人・魔族、種を問わず構成されている大集団である。

 それでもやはり多く目立つのは、国家によっては被差別階級ともなる獣人種であった。


 彼らの階級は大別してしまえば、"戦士"と"従者"の二種類しかない。


 騎獣の民は人も獣も生まれるとすぐに親許(おやもと)から引き離され、一所(ひとところ)に集められる。

 雌雄問わずまとまって暮らすことで伸び伸びと教育され、民族の社会性を学んでいく。

 全てが親であり、祖父母であり、兄弟姉妹として生活していくのだ。


 そうして物心ついてしばらくすると相棒(パートナー)となる獣を定め、そこから教育は一層厳しくなる。

 10歳を数えると、相棒である獣と共に野に放たれ、自活して生き延びていくという掟。

 途中で脱落した者は戦士になれることなく、残る一生を従者として過ごすことになってしまう。


 いずれも乗り越え、野生を生き抜き5年ほど経ったところで群れを探し出して戻る。

 そこで部族の"洗礼"を受けて、晴れて一人前の戦士階級となるのである──



 バルゥから聞いた騎獣民族の風習を思い出しつつ、俺達は民の臨時集落を突き進んでいく。


 そこには多種多様な獣や、中には魔物すら散見された。

 本来の気性から考えれば、きっと活力が(みなぎ)る光景なのだろうが……実際は陰鬱な様子であった。

 目移りするかのように周囲に視線を飛ばしつつ、俺は半長耳に入る苦悶の声から状況を分析する。


「なるほどな……インメル領の疫病の余波ってわけか、あるいは風土病か何かかね」

「うつされないよう気をつけてねキャシー」

「アタシはそんな軟弱じゃねえ」

「そういう問題ではないですよキャシーちゃん、特に伝染病というのは──」


 ハルミアの説明を、キャシーは意外にも大人しく聞き始める。

 そもそも異世界は地級史同様、衛生観念が未発達なのも大きな一因である。

 普通の人間の肉体よりも強靭なハーフエルフと言えども、決して慢心してはいけない話であった。



(まっ、その為の空属魔術なんだけどな──)


 毒ガスに(さら)されても風被膜の下に届くことはないし、酸素供給も長時間可能。

 吹き飛ばすのも容易であるし、それは空気感染する病原菌にしても同じことである。


 フラウも"斥力層装"によって、俺と近いことができる。

 ハルミアはダークエルフの肉体と、身体機能操作術で免疫力も非常に高い。

 さしあたって注意すべきはキャシーとバルゥくらいであった。


「アッシュ──」


 名を呼ばれてつぶらな瞳を向けてきた灰竜に、俺は上方向へとハンドサインを出す。

 すると灰竜アッシュは一声だけ鳴いて、高く高く空へと上昇していった。

 完全生命種かつトロル細胞を取り込んでいる竜とはいえまだまだ幼体。

 一応の用心はしておかねばならないので、上空へと一旦待機させておく。



「──これが見せたくなかった光景というわけだな」

「っっ……」


 バルゥの言葉に先導するポーラは言葉を詰まらせる。

 騎獣民族が一ヶ所に長く留まらざるを得なかったのは、集団感染が原因なのは自明であった。

 

「獣には獣なりの衛生観念や予防手段がありますが、それもあまり意味を()していないようですねぇ」

「まぁウイルスは変異したり、種の違う動物間で感染したりするしな」


 インフルエンザなどに代表される、ウイルスの変異現象や感染経路問題。

 衛生観念が未熟な社会では、パンデミックはまさに死活問題となりえる。

 実際の症状を診てみないことは、何が原因なのかは不明ではあるものの……。

 獣人種も遺伝的形質の一部が発現している以上、どちらにも感染する可能性も考えられた。



「カプランさんに、こっちにも支援を回してもらうしかないか」

「インメル領民で治験データはかなり取れてきています。こっちではより効率的できるかと」


 ハルミアの言葉に俺は強くうなずいた。

 抗生物質で対応できる(たぐい)のものなら良いのだが……。

 病の数だけ治療の方法がある、対症療法どまりでしか対応できないことも少なくない。


(問題は戦力減、か──)


 あくまで先の戦争に備えて、騎獣民族の人員を期待しての交渉。

 仮に仲間に引き入れても、ほとんどが戦えないではかなり困った事態になる。

 少なくとも騎獣による輸送周りなど、後方要員の目減りは覚悟せねばならなかった。 


 しかし交渉材料としては、ある意味で強い(カード)を手に入れられたとも取れる。

 たとえ戦力にならなかったとしても、ここで騎獣民族を取り込んでおくことは後々の為になるゆえに。



 しばらくすると、ひときわ巨大な天幕のようなものが見えてくる。

 その天幕の前に広くスペースが取られた、広場のような場所に目的の人物が座していた。


「なんだ、客人かァ?」


 真っ二つに叩き斬られた巨木に、大股を広げて座る"熊人族の男"を前に俺達は立つ。


 荒い黒髪に黒ヒゲをたくわえ、年相応の偉丈夫然とした男。

 バルゥと同程度の巨躯であるが、横のシルエットはさらに大きかった。

 筋骨隆々な者は数多く見てきたものの、その中でも間違いなく一番とも言える巨漢。


「久し振りだな、"バリス"」

「お、おぉぉおお……誰だ?」


 バルゥのそれが必要な分だけ洗練された筋骨であるなら、バリスのそれはただ鍛えまくった筋骨。

 熊人族としての生まれ持った筋繊維を、際限なく肥大化させたような……。

 トロルほどではないにせよ、一人の人間が備えるには過剰すぎるモノに見える。


「"バルゥ"だ」

「っあ──ー知らんな。洗礼直後に相棒を失い、あまつさえ王国軍に捕らえられた野郎なんてなあ」


 聞こえてないと言いたげに、オーバーリアクションでバリスは首を振る。



「ふっ……立派になったものだな、大族長とは。もっとも"荒れ果てる黒熊"と聞いて、もしかしたらとも思っていたがな」

「立派などと言われるほどのものじゃあない、軟弱者ばかりだ。で、バルゥおまえは今さらなんの為に戻ってきた?」


「オレはあくまで案内人だ、話があるのは──彼らだ」


 そう言ってバルゥは俺達の(ほう)を、親指でクイクイッと指差す。

 俺は前へ一歩出ようとするものの、一瞬早く空気を読んでもう少し待った。


「なんだあ? そいつらは。……お前の子供(ガキ)というわけじゃあなさそうだが」

「あいにくと独り身だ」

「そうか、つまらんな。息子なら不出来の娘の一人くらいやっても良いと思っていたのだがな」

「ほう娘がいるのか」


 バリスは首を傾けてから、ここまで連れてきたポーラを顎で()した。


「そこにいるだろう、敗北の匂いがする不肖の娘が」


 全員の視線が集中する。道中案内してくれたポーラは地面へと目を逸らし、歯噛みしていた。


 

「まあどうでもいいことだ、それで用向きを聞こうか? そこの、あー……──」


 改めて俺は進み出るとバリスを真っ直ぐ見据え、彼に付け足すように自己紹介する。


「ベイリル、俺の名前はベイリルと言う」

「熊人族の子にして騎獣民族の大族長、バリスだ」


「ではバリス殿(どの)。単刀直入に申し入れる、ここより東のインメル領地の戦争に加勢してくれ」


 相手によって態度を変えるのは交渉術の基本である。

 せせこましく話すよりも、強気で堂々と交渉するほうが、こういった手合いには適していると判断した。

 気圧されることなく、毅然(きぜん)とし、自信に満ち満ちて、相手の気質に合わせていく。


「ほお……タダでやれというわけではないだろう?」

「無論。見返りはたった今、騎獣の民を襲っている(やまい)の治療。そして東の土地への居住権だ」


 バリスは一息だけつくと、「話にならない」と言ったように吐き出す。


「病災は自然の成り行きだ、弱き者は淘汰(とうた)されるのみ。そして我ら自由の民に、安住の地など不要」


 それはこちらとしても、あらかじめ予想していた答えの一つであった。

 獰猛を絵に描いたような民族が、あっさりと聞く耳を持たないことなど百も承知。


「じゃあ普通に戦ってくれるだけでいい。長居していて血の気が有り余っているんじゃないか?」


 俺は煽るように告げる。すると騎獣の大族長たる男は、腹の底から響く声で笑い出した。


「ヴァッハッハハハッ!! いいなぁ、キサマ。我らの性質(タチ)がよくわかってるようだ」

「そりゃどうも。地上最強の陸軍とも噂される、その機動力を貸してほしい」


 バリスは手を顎に当てると、しばし考える様子を見せる。

 豪放磊落(ごうほうらいらく)に見えて、ちゃんと大族長として考える頭を備えているようだった。

 バルゥにしてもそうだが、野生に生きることを(むね)とする割には言葉の節々に教養が感じられる。

 幼少期に小さな社会を作ってほどこす教育というものが、かなり洗練されているという証左なのだろう。



「確かに発散の場は欲しいと思っていたところだ。しかしなあ──」

「弱き者には従えない、実力を示せ?」


 俺の言葉にバリスはばっと目を見開いて、歯を剥き出しにし口角を上げた。

 まさしく想定通りの反応に、俺も同じように笑ってみせる。


「その通り。我らが従うとすれば強き者のみだ、かつての魔王(・・・・・・)がそうだったように。そしてあいにくとおれは負け知らず」

「それで大族長にまでのし上がったわけと──」


 野生においては(ちから)こそが正義。

 そこらへんはわかりやすくてとても助かる民族である。


「せっかくだから敗北を知りたい?」 

「いーや、おれは闘って"勝つ"ことだけが大好きだ。一方的な"狩り"もな」


 バリスは立ち上がると、ゴキゴキと全身を鳴らし始める。


「部族長を全員呼んでこい、虫の息の奴だろうと全員だ」

「はいっ我が父!!」


 誰にともなく言われたその命令に、娘であるポーラが叫んですぐに走った。


「あんな娘でも我が子らの中では、一番出来が良かったのだがなあ」

「まぁ彼女に土をつけたのはバルゥ殿(どの)ですけどね」


「んなあにぃ~?」


 そう言うとバリスは眉をひそめて、バルゥを睨みつける。



「すまんな、お前の娘子(むすめご)だと知っていれば……もう少し手心を加えた」

「それは構わんが、そうか──ところでバルゥよ、キサマはどの立場にいる(・・・・・・・)のだ?」

「さてな、オレもまだ完全には決めあぐねていると言ったら?」


 視線を交わし合うかつての友と友は、距離感を測りかねているようにも見受けられた。


「バルゥ殿(どの)は同志です。バリス殿(どの)とは別口で、騎獣部隊を率いてもらう予定です」

「まったく強引なことだな、ベイリル」

「すみません、でも他に頼れる人がいないんでなにとぞ」

「ふうむ……」


 ともすれば悪い気も見せないバルゥに、俺は安心した表情を浮かべる。

 なんだかんだで面倒見がいいのだ、孤独を好んでも決して拒絶するわけではない。

 

「大族長たるこのおれが率いるのは問題ないが、騎獣の民を直接率いるのは同じ民のものだけだ」

「なにか問題でも?」

「バルゥは騎獣の民から(はず)れた者、ということだ」


「案ずるなベイリル、(ふる)(おきて)に従えば問題は解消する」


 バリスの顔が冷ややかに歪む、それをバルゥは不敵な笑みで返していた。


「ほほう……おもしろいことを言うなバルゥ。洗礼で選んだ相棒を殺したお前が戻るということは──」

「そうだ。相棒を(うしな)ったオレが戻る唯一の方法を示そう、バリス大族長」


 騎獣民族における"洗礼"とは──相棒を殺すか否か、人と獣の双方に問うことである。

 幼少期から過ごし、共に野生を生き抜いた人と獣が殺し合う儀式。


 一ツ、獣を殺した"人"は、様々な獣を乗りこなす非情の戦士に。

 一ツ、人を殺した"獣"は、強靭にして凶暴な尖兵(せんぺい)に。

 一ツ、共に殺さぬ"同士"は、生涯の友として絆深き闘士に。


 そしてバリスは非情の戦士を選び、バルゥは絆深き闘士を選び取った。


 

 しかし洗礼から()もなく王国軍と大規模な交戦となり、バルゥは早くに相棒を死なせてしまった。

 洗礼で選んだ相棒は己の半身そのもの、獣が死ぬ時は人も死ぬ時であり、その逆もまた(しか)り。


 寿命以外で失えば自ら命を絶つか、騎獣の民から追放され野生へと戻るのが従うべき掟である。


 相棒を殺してしまった戦争の際に、バルゥは騎獣民族の多くを救っていた。

 洗礼を終えた直後でも、彼はまぎれもない若き英雄であった。


 しかしそのまま王国軍に捕えられてしまった男のその後など……。

 すぐに忘れ去られ、誰も覚えていなかった──ただ一人(・・・・)、新しく大族長に昇り詰めた男を除いては。



「ベイリルと言ったな、予定を少し変えようか」

「俺は一向に構わないです。思う存分、二人で()り合ってどうぞ」


 わかりやすいバリスの想いを俺は察して、両手を広げるジェスチャーと共にそう言った。

 

「キサマには我が子らを当てるとしよう、ベイリル」


(てい)のいい露払いだったら、俺の(れこ)たちで十分だ」

「アタシは違うっつーのボケッ!!」

「私も荒事はちょっと遠慮したいです」

「あーしはまとめて相手したげてもいいよ~」


 小指を立てた俺の言葉にキャシー、ハルミア、フラウが三者三様の反応を見せる。


「ヴァッハハハ、いいぞキサマ。男なら多くの女を(はら)ませ、産ませよ」


 笑い飛ばすようにバリスは肩をいからせて、バルゥへと視線を移す。


「バルゥも……おれに勝ったら娘をやろうぞ」

「別に欲してないがな。しかもオマエを父呼ばわりするのは……寒気がする」


 尻尾を萎えさせながらバルゥは、かつての友にして今の強敵たるバリスへ告げた。



「そんじゃ俺のほうは二番目に強い戦士と、存分に闘わせてもらうよ」


「ならば大族長を決める際に覇を争った、象人族の長だな。大口を叩く実力を族長たちの前で、見せてもらおうか」



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