#06-3 初陣
恐竜、巨大爬虫類、陸上竜、呼び名は何でもいい。
とにかく地球に存在していたとすれば──獅子も虎も熊も象も敵わない──確実に野生における地上ヒエラルキーの頂点に君臨しているレベルの生物。
「まじっかぁ……」
そう吐き出すも、眼前に突きつけられた現実にいまさら戸惑うようなことはない。
異世界の非情さと人生の無常さは、つい最近の間に山盛りで経験してきた。
魔物の類とかち合うのも想定内。
むしろわかりやすい見た目で、生態も察しがつくだけマシというものだった。
初めての実戦とも言えるが、今の俺にはほどよい緊張感だった。
既にバッチリと瞳が合っていて、捕捉されているのは疑いない。
「逃げ切れるか──」
何よりまず戦うことより遁走こそが優先される。
仮に打ち倒す場合でもそれは真正面からではなく、罠などを仕掛けて嵌め殺すものだ。
俺は振り返りざまにその場から跳躍し、土塊構造物に指と爪先を引っ掛け、一息で真上まで登りきった。
「最適解を導き出せ、俺」
3メートル以上の高さに立った俺は、陸上竜を含めて周辺状況を観察する。
(背の高い木が多い。どうにか伝っていけば……──)
瞬間、恐るべき速度で陸上竜の尻尾が飛んできたかと思えば、硬かったはずの土壁を豆腐のように破壊した。
俺の小さな体躯は、その余波だけでもろとも吹き飛んでしまう。
「うっく……ぉあ」
破片もろとも空中を漂い、高木の枝をクッションに俺は何とか体を強く打たずに済んだ。
子供の肉体であったことが逆に功を奏し、俺はそのまま気配を最小限に身を潜める。
どうやら陸上竜は一時的に俺を見失ったようで、そこまで頭は良くなさそうであった。
すると地を這うようにズルリと──蛇のような動きで、次の標的を見定める。
(っオイ待て、そっちは――)
陸上竜が向かったのは、少し離れて隣に鎮座している土塊構造物だった。
そして同じように遠心力を伴った尾撃が、ドームの上半分をこそぎ落とすように破壊する。
(クッソ……俺自身が危ないのに、他人なんて──)
俺は続く言葉を心で思うよりも先に握り潰した。
なぜならハーフエルフの半長耳には聞こえてしまったのだ、悲痛な叫び声が。
──まだ生きている。どうしようもない状況で、小さな子供が泣いているのだ。
極限とも言える異常な状況での、英雄願望な気分なのか。
それともただ単に自暴自棄か、いずれにしても一人逃げる精神状態では既になくなっていた。
「あぁそうだ、やっぱり無理だ。俺はもう……あんな思いは、二度と御免だ」
心の中ではなく、はっきりと口に出して自覚する。
俺の隣からいなくなってしまった……幼馴染の少女フラウと重なってしまったのだ。
為す術なくやられてしまったラディーアを助けられず、俺自身もぶちのめされた記憶がリフレインする。
(我ながら学習しない? くっはは、上等だ)
御し難い感情が、竜巻のように渦巻いている
今度こそ、上手くやれば、いいだけの話だ。
俺はパチンッパチンッ――と左右それぞれで指を鳴らしながら、足元にある瓦礫を蹴り飛ばして弾いた。
硬土礫は陸上竜の横っ腹あたりに命中し、何の痛痒にもなるまいが……注意を引けさえすればよかった。
狙い通り、陸上竜はこちらを覗くように長い首を90度に傾け、「クアァ……」と大口を開け涎を垂らす。
俺は真っ向から相対したまま、両手でフィンガースナップを続けながら半眼で睨みつけた。
「獲物を前に舌なめずり、か。陳腐なド三流トカゲ如きがするな……竜のフリを」
自らを奮い立たせるように、言葉の通じない獣相手に挑発をする。
ギュゥゥッと親指と人差指と中指を合わせ、個体にした大気を一枚の薄刃のように形成・圧縮するイメージ。
この魔術はさしあたり詠唱は要らない──重要なのは指パッチンという動作である。
(0からイメージするのは難しい)
しかして模倣するのならば……到達までの労力は、幾分か緩和されるものであると。
フィンガースナップと同時に、空属魔術の"風擲斬"が飛んだ。
空気にも重さがあり、窒素や酸素も液体化し固体にもなる。|薄く鋭利に、高速で射出し、真空で斬り断つようなイメージも足す。
しかし洗練されてないそれは……刃というより空気がわずかに歪んで見える弾丸のようだった。
「いまいち……だけど白兵戦は御免被りたいところだ」
あれほどの巨体を相手に、生身で挑むなんてのは自殺行為である。
しかして何度も指を鳴らして連射するものの……強靭な鱗には傷一つ付くことはなく、大トカゲはゆったりのったり歩みを進める。
その間に俺は何発も撃ち込み、そしてそのたびに研ぎ澄まされていく。
火事場のなんとやら、限界外しでもなんだっていい。
希望を抱け、期待しろ、思い込めばいい、魔術にはそれが"力"となる。
自分自身にペテンをかけて騙し切れ。窮まった状態からあらん限りを絞り出せ。
(もうこれで終わってもいい……わけではない)
ただ本来の規格を度外視した力を──今だけでいい、ほんの少し。
相対距離が狭まってきたところで、俺は魔術を放つのをピタリと止めた。
「集中──勝つ、勝ってみせる。否、既に勝った俺自身を想像しろ……」
常に最強で最高の自分をイメージする、最適の動きを思い描き続ける。
「模倣し、なりきれ……絶対的強者のそれに」
剣豪同士の刹那の立ち合い──
銃士の反射を超越する抜き撃ち──
フィクションでも数え切れないほど見た死闘の光景を、己自身へと落とし込め。
あの巨体と鱗を相手にどれだけ叩き込んでも、微風程度にしかなっていない。
多少は鋭くなって火力が上がった実感はあるが、それだけで決定打にはなりえない。
肉薄して"風螺旋槍"を叩き込んでも、すぐに穴を穿つほどの威力はない。
となれば手札も、事実上"風擲斬"だけと考えたほうがいい。
間合いを考えれば二度目はない。"風擲斬"は、片手でそれぞれ1発ずつ。
「狙い次第だ……征くぞ」
俺は指を合わせた右手を前に、同じく左手を顔の横に持って半身に構える。
右腕とその指を"大トカゲ"と一直線上に──
銃の照星でも合わせるかのように、視線と指点を結んで凝視する。
「"手は綺麗に、心は熱く、頭は冷静に"──」
まるで俺であって俺ではないような心地に見舞われる。
全開の集中。大口開けて突進してこようとする大トカゲの瞳を、俺の双眸はしかと捉えていた。
パチンッ──左手で撃った一撃は、大トカゲの右前足の出掛かりを潰し、ほんの僅かにバランスを崩させる。
間髪入れず本命の右手で放たれた二撃目の"風擲斬"は、その間隙を逃さず大トカゲの右目へと吸い込まれた。
大トカゲは高く一鳴きすると、俺のではない鮮血を撒き散らせる。
突進する勢いのままに、俺の横を通り過ぎると木々を薙ぎ倒していった。
振り返り身構えるも、あっという間にその姿は見えなくなっていく。
「ふゥ、はァ……トカゲ呼ばわりは、さすがに過言だったかな」
響いてくる音も次第に遠くなっていき、止んだことを確認してから嘆息をついたのだった。




