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#123 方策会議 IV


(契約労働者――の、用意(・・)か)


 当然ではあるが……アルトマー商会の私的な人員ということだろう。

 商会の規模を考えれば、全てでなくとも相当数を契約し雇い入れているのは間違いない。


「後方支援については現状とりあえず足りていますかね、カプランさん」

「はい、そちらの(ほう)は今のところ必要十分かと」

「こちらに遠慮しているのならば無用だ。どのみちこの一回で清算という約束」


「そうですねぇ――」


 俺はあえて深く考える振りをして見せた。

 外部団体である自由騎士団ならともかくとして……。

 エルトマーの息がかかった者達に、兵站管理の一部とて任せたくはない。


 確実に多数の間諜(スパイ)を紛れ込ませてくるに違いなく……。

 領内復興の手腕も含めて、こちらのやり方を内部から直接的に晒すのは大いに(はばか)られる。


 それは価値のある情報や、隠しておくべき情報までも渡してしまうことになりかねない。

 さらに騎獣の民を味方につけられるなら、輸送や管理面でも(うれ)いはなくなるだろう。

 戦闘要員5000近くと、老人・子供を除いた数千単位の支援要員を確保できるだから。


「管理体制を整理しなくてはなりませんから、それまではとりあえず待機させておいてもらえますか――」


 俺はこの場すぐの回答は避けて、曖昧に濁しておく。

 カプランも意図を察しているのか、すぐに言を付け加えた。


「戦場は広範に渡ります。配置や指示の為の受け入れ態勢は、順次整えていきます」


「ではこちらは人員を送る準備だけ整えておく。整い次第、使いツバメを我が商会によこすといい。

 その時点で差配(さはい)を詳細に伝えて、効率的に運用するなら……"あの情報員"を使ってもいいだろう」



「"あの情報員"……ですか?」

「つい最近、君たちの商会へ移ったと記憶しているがね」


 はたと鳥人族のツバメ少女の顔が、俺の脳裏に思い浮かぶ。


「"テューレ"のことか」

「迷宮制覇者と思しき情報から逆へ逆へと辿っていくと、君たちパーティの特徴へと行き着いた。

 それを早い段階で調べていたのが彼女だ。優秀な人材だったようだが……まことに残念なことだよ」 


(そうか、テューレはアルトマー商会の情報員だったのか……)


 彼女は大元まで知らなかったようだがなるほど、彼の情報機関に属していたとは。

 そして同時に俺がワーム迷宮(ダンジョン)制覇者だと、彼が個人的に知っていたことにも得心がいった。


 さらには情報の取り扱いに関して、アルトマーという男がどれだけ比重を重く置いてたか察せられる。

 いずれにしても引き抜いたことに関しては、特に要求や悪態はないようであった。


(なるべく隠蔽して目立たないよう、していたつもりなんだがなぁ……)


 それでも漏れるところからは漏れる――というよりは、少し毛色が違うだろうか。


 恐らくは無価値とも思える些細な情報まで網羅して、包括的に取り扱う。

 そうすることで輪郭を明確にしていき、全体像まで把握してしまうのだ。

 確かな情報収集システムを確立・運用させているのは、さすが共和国の"大商人"と言ったところ。

 シップスクラーク商会としても、大いに見習うべき部分でもある。



「戦略・戦術によっては――アルトマー殿(どの)、逃走を前提として人員だけを偽装配置などしてもよろしいですか?」

「直接戦闘でないなら、自由に使ってくれて構わない」

「もし仮に損害が出たとしたら……」

「後方支援でない場合は、補償金は請求させてもらう」


 毅然(きぜん)とした態度を見せるアルトマーに、オーラムが煽るように口を開く。


「儲けているクセに渋いねェ、それくらいポンッと出してもいいんじゃないかね?」

「確かに迷宮素材を、(しか)るべきルートを通じて得た利益を考えれば些少なものだ」


 人的損害も些少と言ってのけるアルトマーの価値観と財力に、俺は表情に出さぬよう耳を傾ける。


「ふーん、だったらサ――」

「しかし私の財産を使い潰す真似をするのであれば慰謝料は払ってもらう、当然だ」


 共和国の"大商人"エルメル・アルトマー。その声色に初めて彼の感情らしい感情を垣間(かいま)見た気がした。


「肝に命じておきます。俺たちとしても、無駄な犠牲は好むところではないんで」


 人は城、人は石垣、なんとやら――

"文明回華"において人間こそが財産であり、代え難き主体である。

 時には目を瞑らなければならぬ場面もあるものの、基本思想としては"人類皆進化"に相違ない。


「なんにせよこれで貸し借りは解消だ。個人単位では関わってくれるなよオーラム」

「こっちも願い下げだから、安心していいヨ」


 アルトマーは席を立つと、最後にもう一度俺達を順繰りに見つめていく。



「君たちシップスクラーク商会とは、改めて話したいことが湯水のごとく思いつくが……。

 なに、ゴタゴタが片付いてからでも遅くはない。そういったことはまた別の機会にしようか」


「それではよしなにお願いします、アルトマー殿(どの)。ちなみに帰路は――」


 オーラムはこのままここに残る以上、道中の新たな護衛が必要だろうと俺は尋ねる。


「世話はいらないよ、ちょうど"運び屋"を雇っているのでね」


 開けられた扉から遠目に見えたのは、"薄布のようなもので目隠しをした女性"であった。

 スラリとした肢体に、灰色の長髪が腰ほどまで伸びている。


 なんとなく本能的な部分で目がいってしまっていたことに気付く。

 とはいえ相手がこちらを見てるのかは、薄布の所為(せい)でよくわからなかった。


「では失礼する、追って自由騎士団の代表が来るだろう。丁重に迎えてくれたまえ」

「了解しました」


 俺とカプランは立ち上がって、クロアーネと共に会釈(えしゃく)して見送る。

 オーラムだけは一瞥(いちべつ)することもなく椅子を揺らし、プラタは一挙手一投足を観察していた。



 扉は閉められ、改めて遮音空間が作られたところで俺とカプランは座り直す。


「久方ぶりでした。ボクが(サイン)を見つけられない人間と相対するのは――」

「わたしもダメでした!」


 カプランの言葉に、プラタが乗っかった。そして俺もまた掴みかねていた。

 人それぞれ状況に応じた動きや起こり、そういったものを読み取るのがカプランの得意技である。


 わずかな目線の揺らぎ、表情筋の変化、全身から発せられる、ありとあらゆる反応(リアクション)。 

 不随意筋に至るまで精細に。心理状態を把握し、ときに誘導し、掌握して、操ってしまう。


 俺もカプランに(なら)い、ハーフエルフの強化感覚で多少は読み取れるが……カプランには到底及ばない。

 しかして"素入りの銅貨"と呼ばれた男の技術でも、アルトマーは読めないようであった。

 

「もっとも……じっくり腰を据えて話せれば、また別ですが」

「はははっ、まぁ現状ではあまり情報を出したくないしそこは仕方ないです」


 俺は笑ってカプランの頼もしさに首肯(しゅこう)する。

 アルトマーも傑物には違いないだろうが、うちの金銀銅の"三巨頭"はそれ以上だと確信している。


 とはいえシップスクラーク商会が、いずれ財団として名を()せる時には……。

 経済圏において、確実に立ちはだかる壁の一つであろう。

 寡占(かせん)市場の堕落と腐敗を考えれば、競争相手というのは――いるに越したことはない。

 


(にしても、少し出張(でば)りすぎたかな――)


 それはそれとして……己の行動を色々と(かえり)みざるを得なかった。

 商会もフリーマギエンスも、あくまで魔導師"リーベ・セイラー"を頂点に置いてはいる。

 しかしながら迷宮制覇含め、ベイリルという一個人が目を付けられたことはもはや間違いない。

 俺が三巨頭と同等に、交渉事や指針決めの一端を担っていることがアルトマーには露見してしまった。


(情報は結構バレてたし、別にいいっかぁ……)


 腹を括るより他はない。それにアルトマーとは今後も付き合っていく可能性は十分にある。

 既に俺を知っていた彼の情報網を考えれば、遅かれ早かれ……(まぬが)れえまい。


 ハーフエルフだから見目が年若い不自然さは、いかようにも誤魔化せる。

 若くではなく、老いた方向にサバを読んでも通じるのは地味に良いメリットだった。


 それに露出が多くなってきた時の為にも、不意討ち・暗殺対策には(ちから)を入れている。


 新たに進化させた"六重(むつえ)風皮膜"で大概の攻撃は防げるし、毒ガスも効かない。

 危うき時は"遮音"と"光学迷彩"で隠れられる。音速突破など風による加速とその逃げ足にも自信がある。

 強化した聴覚で周辺を察知し、赤外線視力で夜目だって効く。

 クロアーネほどではないが鋭い嗅覚、繊細な味覚で大概の毒も察知できる。

 

 ハーフエルフとして幼少期から練磨し、積み上げ続けてきたのは伊達じゃない。

 結局最後にモノを言うのは武力にして暴力であることは、決して否定できるものではない。

 古今東西の権力者が……一体どれほど謀殺されたてきたか――決して甘く見てはいけないのである。



(……もうちょいなんか隠すか)


 フードだけでは足りない。もっとこう……名と顔が通らないように注意を払う必要があろう。


「そういえば……"運び屋"ってのは――」



 顔を隠す(・・・・)ことを考え、ふと浮かんだ……"つい先刻見た人物"のことを俺は口にした。


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