#118 突撃取材
「やあやあ、どーもどーも。ついに見つけましたよー」
無防備に空中へ現れた鳥人族の女が、間延びした声でこちらを知った風に話し掛けてくる。
害意があれば墜ち落としていたし、「見つけた」とのたまうことから目的あってのものなのだろう。
俺は圧縮固化空気の足場に座ったまま、訝しむ様子は崩さないまま質すように問い掛けた。
「誰だ?」
「自分はしがない情報屋をやっている者です。色々とお聞きしたいので、お時間よろしいですかー?」
「情報屋ねぇ……どうしてここへ?」
「連邦西部から色々な人に話を聞いてここまで来ました。随分と羽振りが良く勢いがある若い四人組ってー」
なるほど、確かに。ここに来るまで賞金首を狩っては、他の冒険者への横入り紛いもした。
目ざとい人間に目を付けられるのも、やむなしと言ったところだろう。
「なぜ俺に?」
「取材によると、リーダー格は灰色のローブを纏った男性だと……」
「それで、俺に真っ先に接触してきたのか?」
「はいー三人の女性の方々はまだですー」
「君の名は?」
「"テューレ"と申します――って、自分が質問しようと思ってたのに!?」
肩甲骨あたりで2つに結んだほぼ黒に近い群青色の髪に、黒色の双瞳。
身軽な冒険者向きの服装で、一の腕の長さほどもある扇を後ろ腰に2つ括り付けていた。
「気の所為じゃねえかな」
とりあえず何かを後ろ暗いことを隠し、こちらへと近付いてきたような気配は感じない。
ただ個人的に追跡された上で、しっかりと見つけられてしまったようなのが気に掛かる。
「いえいえ今度はこっちの番です! お名前は?」
「ベイリルだ、よろしくテューレ」
「あっはい、よろしくお願いします」
「鳥人族のようだが何種だ?」
「ツバメですー」
異世界では伝書バトなどではなく、"使いツバメ"が拠点間の情報交換として重宝されている。
なるほど、情報屋としてはある意味でピッタリな種族であった。
「出身は?」
「連邦西部ですー」
「誰の使い……もとい遣いだ?」
「雇い主は――っとと、自分が手の平で転がされいる……だとー!?」
「わけわからん奴に、情報を開示するつもりはないんでね」
俺はハッキリとそう告げる。意図のわからない問答はご遠慮願いたい。
「もちろん些少ながら金銭を……」
「金には困ってないしなぁ」
「んんっさいですかー、えっとじゃあ……内緒ですけど、大元締めは共和国のさる御方です」
「さる御方ねえ、それを言う権限はないわけか」
「え"っ……」
「ん……?」
風の吹く音だけが耳に入る。しばし視線を交わし合ってからなんとなく察する。
それは彼女の権限や、俺に対する開示レベルどうとかの話ではなく――
「いやーそのぉ……実は知らないんです」
「そうか知らないのか」
問い詰めて責めるかのように、俺は言葉を繰り返す。
「だってだって、下っ端には教えてくれないんですよ!」
「使いっ走りなら、そりゃそうだろうな」
情報を取り扱う機関として、末端まで安易に知らせるようなことはすまい。
演技でないのなら、彼女には多少の情報を与えても問題はなさそうだった。
「自分は結構この業界長いのに、昔から変わらず……」
いきなり声の抑揚が一気に落ち込むテューレ。
「まだ若そうに見えるが、そんなに長いのか――」
肉体年齢で見るならば俺達とも、そう変わらないように見える。
鳥人族であれば、エルフ種のように見た目と年齢差はないだろう。
「子供の頃からせっせこ情報集めて、必死に生きてきたんでー」
「案外苦労してるんだな」
「そうなんですよー、自分としてはそれなりに愛着と誇りと自信があるのにどうにも評価が……」
取材からただの愚痴に変わったテューレは、不満と共に自らの個人情報を曝け出していく。
「上司に直談判してみたらどうだ?」
「何度か申請はしてるんですけど、ことごとくダメでしてー」
幼い時分から情報を集めさせ、それらを組織的に統括管理している。
専任の情報屋として雇い、経験によって昇進も可能のように思える。
あるいはぶら下げたニンジンなりアメ代わりか、いずれにしても情報の重要性を理解している存在。
「――まっ管理職として求められるものは、また違っているもんだしな」
「はぁ……そういうものなんでしょうかー?」
「若いからナメて見られる、というのもっともな理由だが」
「たしかに小娘なんかに、アゴでこき使われたくないとは思いますけど、でもー……」
逆に彼女から情報を引き出そうと思ったが、なんだか単なる人生相談じみてきた。
前世での記憶も引っ張られて、共感できる部分もなくもないと言える。
「君はあれだ。現場でこそ活きる能力、前線で役に立つ人材として見られているのかもな」
「むむむぅー悩ましいところですね、それ。評価はされているのかも知れませんがー」
「とはいえ経験を積ませなきゃ、何事も始まらないのも事実」
「……!? ですよね! そうですよね!!」
テューレは目を輝かせて、グイッと距離を詰めてくる。
取材など完全に忘れているのを見るに、こういった会話に飢えているようだった。
「――だから使う側としては、どうにも捨て難い葛藤があると」
「ベイリルさん! あなたすっごい話がわかる人です!」
(鳥人族の情報屋、か――)
若いながらも自在飛行をこなし、こうして滞空しながら容易に雑談に興じる能力。
それに末端と言えど、組織の情報や人脈と経験、なによりも情報への嗅覚がある。
実際に現段階の俺達に接触してきたことが、その目利き能力の高さの証左であった。
(にしてもあっさりと突き止められたのは問題だな。もう少し注意すべきかね)
なんにせよ彼女の将来性には感じ入るところがあった。
カプランの下につければ、一気に化けるかも知れない。
俺は彼女を引き抜きすべく、頭の中でスイッチを切り替える。
「まぁな、俺で良ければ助言を与えられるが?」
「是非おねがいします!!」
「そうさな、仕事を辞めると言って上司を揺さぶれ」
交渉するのであれば、弱気なままでは駄目なのだ。
自信のない者は相手にも不安感を与える。それが虚勢であってもまずは胸を張ること。
己こそが強い立場なのだと、対等に交渉できるのだと示さねばならない。
「えぇ!? でも自分はこれで食べてるし、それに中途で投げ出すのも……」
「転職は悪いことじゃない、割の合わないところで一生飼い殺しにされていいのか?」
「うぅ、う~ん……」
悩むテューレに俺はダメ押しの逃げ道を与えてやる。
「なぁに、仕事がなくなったら……うちで働けばいいだけのことさ、テューレ」
「まじすか? 信用していいんですか!?」
「うちの商会にも情報機関はあるからな、仕事ならいくらでも斡旋できる」
降って湧いた申し出に、テューレは真剣な表情で考え込む様子を見せる。
「確かにこのままじゃ、自分はいつまでもくすぶって――」
「ただし今すぐ直談判してきてくれ、情報員の空きはもうすぐ埋まる」
「えっ……ぇえー!?」
驚くテューレへと俺は一笑しながら、前言をひるがえす。
「冗談だ――とまぁ、上司にはこんな感じで強気に攻めてけってことだ」
「あ、ほっ……んともう、別に何かを失うわけじゃないけど、すっごい焦りましたよー」
「創造性豊かな壮麗たる構想をもって、劇的な新機軸で相乗効果を狙い、変革を巻き起こし洗練させていく我らがシップスクラーク商会」
「はいー……?」
意識高い系な紹介に極大の疑問符を浮かべるテューレに、俺はもう少し付け加える。
「福利厚生に恵まれ、風通しがよく、笑顔の絶えない職場です」
「いーですねーえがお」
現代日本の皮肉ジョークは通じないのは当然として、あっさり籠絡されそうなテューレ。
今までの交渉相手と比べると、大分御しやすいことに少し不安も残る。
「ただそのー……気分を害したら悪いんですけどー?」
「なんだ?」
「一応情報屋としてやってる身としては、言葉を鵜呑みにするわけにもいかないというかー」
「道理だな、これがシップスクラーク商会の象徴だ」
俺はそう言って外套の肩口に刺繍されたロゴマークを見せる。
「あっそれは調べたので知ってますー。商会も新進気鋭ながら勢いがすごいようなのも」
「仕事が早いな」
「いやーえへへ」
「つまるところ……俺にそこまでの裁量権があるか、ということだろ? 辞めたあとでやっぱり無理だとならないよう」
「そういった転職保証は別としても、個人でも訴えるべきことだとは思うんですけどねー」
知り合って間もない俺が、後の面倒見るから上司にクビ覚悟で喧嘩売ってこい。
なんて言ったところで、踏み出すにはなかなかの勇気がいるだろう。
「まぁ実際俺はそこそこの立場にいるんだが……そうでなくても、うちの商会は人材収集には力を入れている」
「なるほど、そこらへんも調べてけばいいんですかー」
「なんなら一筆書こう、印璽も常時携帯しているからな」
「おぉ……ほんとに偉いんですねー」
立場上、ゲイルとシールフとカプランの三巨頭に手紙を送ることは多い。
そういう時は常に機密性を考え、暗号文に加えて封蝋して送るのが常である。
「それと確認なんですけどー、商会の情報部門で? 雇っていただけるんです?」
「そうだな、無関係の仕事には就けないよ。基本は情報収集と……情報の喧伝だな」
「つまりー情報操作全般ってことですか」
「理解が早くて助かる。ふむ、そうだな――」
俺は思い当たったところで、ポケットから"ペン"と"メモ"を取り出して見せた。
「それは……?」
「これはなテューレ、うちの商会で扱っている"テクノロジー"の一品だ」
首を傾げるテューレへ、俺はぺらぺらと紙を指で弾いてからペンで名前を書いた。
特定の繊維樹脂にインクを染み込ませただけのサインペンだが、それでも十分なものである。
「わわっすっごい薄い紙!? しかも綺麗な束!! それになんですかこの筆!?」
「これも数え切れない事業の結晶。うちに就職するなら支給するよう取り計らう」
「お……おぉーーー」
いい反応だった。どうにも抑えようがない未知への欲求。
「せっかくだから新聞屋でも任せてもいいかもな」
「ぶんや?」
手渡したペンとメモを、興味深そうに眺めてたテューレはさらに好奇心を露にする。
「紙の大量生産以外にも、情報を載せた紙を大量に作る計画がある」
「ふむふむ」
「そこで一筆書いてもらって、それを世界へと配る」
「なんかもーわけがわからないです!」
「商会に来れば、おいおい理解できるさ」
テューレはしばし紙とペンを見つめてから、おずおずと俺へと返してくる。
「それはいずれ世界を動かす力にもなる。曰く、"ペンは剣よりも強し"――」
「ペンは……剣よりも、強し――」
「そうだ。時として言葉とは武力に勝り、権力をも打倒し得る」
(もっとも新聞とてインターネットに駆逐されつつあったが……)
それは情報技術の進歩によってグローバル化しただけで、本質的には変わってはいない。
誰もが情報を記録し、情報を発信し、情報を共有するという時代にシフトしただけ。
情報を握る者は世論を動かし、味方につけることだって不可能ではないのだ。
「まっそこらへんはテクノロジーの目処が立ってからの話だがな。当分は情報員業務だ」
「あー、はい。うん、あははー……」
「なんか歯切れが悪そうだな」
「いえーその、なんか話がうますぎる気がしちゃってなんか――」
極々普通の感性も持ち合わせているようだった。
そういった按配も非常に大事なもの、やはり引き抜くに値する。
「世の中そんなもんだ、不意に訪れる幸運を掴む……いや今回はテューレ、君自身が見つけた巡り合わせだ」
「自分に掴めとおっしゃるわけですかー」
「あぁ大事なのは見極めだ、それが不運の場合もあるからな。だが今回は幸運と見てもらっていい」
まだ煮え切らない表情をしたテューレに、俺は下卑た笑みを浮かべて言ってみる。
「どうしても納得いかないというのなら、見返りは体で払ってもらってもいいぞ」
「あらら、結構スキモノなんですねー」
「生涯現役をモットーにしようと思っている」
性欲の減退は老化に拍車をかけかねない。それにエロは大いなる原動力でもある。
ハーフエルフとして500年生きるつもりなのだから、いつまでも元気でありたい。
「自分なんかでよければー。ただしちゃんと仕事を貰ってからですけど」
「俺から提示しといて難だが……軽いな」
異世界の貞操観念は国や地域にもよるが……。
総じて、元々そこまで高いものではないにしても――であった。
「そりゃもー自分は子供の頃から、ほぼほぼ一人で情報屋やってるんですよー」
「――あぁ、つまり……」
「そういうことですー。実力ついてからは、なくなりましたけどねー」
「とりあえず冗談だから流してくれ。……女には困ってないしな」
なんという不遜な言葉だろうかと、我ながら言ってから少しだけ後悔する。
人生で一度は言ってみたかったセリフの一つではあるものの……。
いざ口に出すとなんか自己嫌悪にも似たような、前世の自分に対する痛ましさがあった。
「いやはやほんのすこーし、この人信じて大丈夫かな? って思っちゃいましたよー」
「さしあたって期限も設けないつもりだから、自由に調べてから決断してくれ」
俺は改めて空中で真っ直ぐ立って、圧縮固化空気の足場をテューレの足下にも作る。
立った彼女と向かい合うと、ゆっくりと息を吸ってから穏やかなスマイルを浮かべた。
「清濁呑み込み、魔導と科学を併せて事を成す。未知なる未知を追い求め、世界を席巻し変革する。
我らがシップスクラーク商会は、いつでも貴方をお待ちしています――テューレ殿」
「ありがとうございますーベイリルさん」
営業トークで締めて、俺はテューレと握手を交わした。
「ベイリル、終わった~?」
「あぁ、もういいぞフラウ」
「えっ――いつの間にー!?」
俺の"歪光迷彩"を模倣し、重力魔術で光を捻じ曲げて隠れていたフラウが顔を出す。
大空のように何もない空間であれば、幼馴染の不完全ステルスでも十分に通用するようだった。
強化感覚で気付いた俺と違って、テューレは顔に驚きを貼り付けている。
「三人目のハーレム入り?」
「――は、ならずかな」
反重力で浮かぶフラウに、テューレは理解不能といった顔で全身をなめ回すように見つめる。
「やっほ~、あーしはフラウ。商会に入るならよろしくね」
「あっと、どーもー情報屋のテューレと申しますー。四人組のお一人ですね」
手をあげたフラウにつられるように、テューレはハイタッチをする。
「で、フラウ……何か火急の用向きでもあったのか?」
「うん、まーそっかな。ハルっちが"アレ"を超音波で調べて欲しいってさ~」