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異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~  作者: さきばめ
第三部 戦が結ぶ合縁奇縁 1章「たった一つのスマートな迷宮攻略」
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#116 制覇凱旋


「それにしてもドラゴンの卵にしては……小さいんですねぇ」


 赤子を抱くように卵を持つハルミア、確かに言われてみると小さい。

 純血種たる七色竜が成長しすぎて巨大なだけで、これで標準的なのだろうか。

 未成熟の不完全卵ゆえなのか、他の竜卵を見たことなどないからわからなかった。


「これどーすんのさ?」

「どーすっかね、向こう五百年で孵化(ふか)するまで待つのもな……」

「おまえらはともかく、アタシはそんなに生きらんねェって」


 既に何千年も孵化してないものが、俺の寿命が尽きる前に孵化するとも思えない。

 遺伝子工学が進んでいけば、どうにかする方法も見つかるかも知れないが……。

 "女王屍"のマッドっぷりが幾分マシで、仲間に引き入れられていたら──いまさらながら惜しい。


「ん~……トロル細胞、使ってみますか?」


 事もなげに言ったハルミアに、俺は一瞬ポカンと開いてしまった口を閉じる。

 そういえば──幼体を回収していたのを失念していた。だがしかし……。



「イケるんですか? ハルミアさん」

「試してみる価値はあると思います」


 医療分野としての、再生医療の一つとでも思えばいいのだろうか。

 確かにキマイラ融合した女王屍の再生力は、トロルそのものと比肩しても遜色なかった。

 黄竜の例を考えるなら、完全生命種としての再生能力は他の生物よりも遥かに高い。


(それよりさらに圧倒的な再生能力を持つトロル細胞、か)


 再生能力を補完してやるというのは……可能性としてはアリなのかも知れない。

 とはいえ不純物とも言える生物細胞を混ぜるのも、なかなか躊躇(ためら)われる部分もある。


 竜が取り込まれるのか、逆にトロルに取り込まれるか、あるいは何も起きないか。


(為せば成る、為さねば成らぬなんとやら──)


 どうせほとんど死んだ卵なわけだし、試してナンボな部分があるのは否めない。

 仮に200年後の遺伝子工学で、卵を順当に孵化させることができたとして……。

 現段階でトロルを混ぜ込んで失敗し、200年で可能だったことが300年後に伸びてしまったとしても。


(誤差の範囲と見る、か)


 その場合はもとより300年後のテクノロジーじゃないとダメだったと思えばいい。

 人生は前のめりに、トライアンドエラーで突き進んでいこうじゃあないか。



「よしっやるか! つってもハルミアさん任せになっちゃいますけど」

「私はむしろ良い経験になるので……商会に連絡して送ってもらいましょう」


 前半の一言にハルミアの本音が出ていたような気もするが、結果的にやることは変わらない。


「細胞を送ってもらうってことは、この街でやるんですか?」

「はい、経過観察しながら注入していくだけですから。私一人いれば十分です」


 随分とざっくりしたやり方だが、トロル細胞はそれほどやばいものでもあるのか。

 実際にキマイラとして女王屍が存在した以上、他種生命との親和性があるのも実証済みではある。


「なるほど、それじゃ……──?」


 俺達は屋敷の門近くまで来たところで、入ってきた時との変化に気付く。


「──まぁ、そうなるな」


 カエジウスの住む屋敷の敷地外には、多くない数の挑戦者達が出待ちをしているようだった。

 迷宮(ダンジョン)から出るとすぐに、"無二たる"の名を出した(つか)いから屋敷まで半強制的に連行されてきた。

 布で巻いていたとはいえ、黄竜や道中魔物の素材を引きずったままここまで練り歩いてきたのだ。


 迷宮(ダンジョン)から大型素材を持って出てきた制覇者が、カエジウスの使者と共に願いを叶えに行った──

 などと見られるのは至極当然の帰結であり、内実としてもほとんど合っている。

 悠長に話している(あいだ)に、制覇者として噂が広がらないわけがなかった。


 

「どーすんだよ? ベイリル」


 キャシーが俺の判断を仰いでくる。

 カエジウスの様子を見るに、制覇者が出たからといって別にお祭り騒ぎなどはしないようだ。

 そもそも攻略の内容は向こう2年の(あいだ)は、喋ってはいけない条件がある。


「ニア先輩としては、制覇者を支援した店として喧伝して欲しいですか?」

「……悩ましい部分もあるけれど、遠慮しておくわ」

「じゃあ内密ってことでいいですか」

「そうね。わたしが主導したわけじゃなく、あくまで依頼されてのものだしね」


 ニアらしい答えであった。正直なところ俺も、現段階で個人の名を挙げたくはない。

 基本的にフードを被ってきたし、他の皆も顔はそこまで知られていない。

 ここはしれっと他者に姿を見せないよう、煙のように消え去るに限る。


「正面から堂々と隠れて(・・・・・・)出るとしようか」


 例によって遮音と光学迷彩の魔術を重ね掛けし、俺達は大手振って宿へと帰った。





「無事帰れたようだな」


 ニアの店へ戻ると、バルゥが先に待っていた。

 迷宮(ダンジョン)の帰り道で、地上へ戻るまで彼とは同行していた。

 しかし俺達は出口にてカエジウスの奴隷使者に連行されたことで、いらぬ気を回させてしまったようだった。


「なんだおっさん、アタシらの心配してくれたのか」

「不穏な雰囲気だったからな。いくら黄竜を倒したとて、五英傑が相手では……とな」


 孤高の元奴隷剣闘士も、慣れてくれば案外気のいいおじさんであった。

 迷宮逆走攻略において共に死線を分かち、確かな"絆"というものが結べたと思っている。


 俺はとりあえず黄竜の名を出したバルゥへと、注意を喚起する。


「なんのかんの、お(とが)めもなしと言える結果です。それと迷宮(ダンジョン)攻略情報は口外を禁止されました」

「そうか、それも当然か──」

「というわけでバルゥ殿(どの)も秘密でお願いします」

「どのみちオレ他人に話すことようなこともない」


 そう自嘲するバルゥに、キャシーがその背をバンバンと叩く。


「おっさんの身内はアタシらだけだもんな!」

神経の細やかさ(デリカシー)ってもんがないよな、キャシーは」


 俺は呆れ顔を見せつつ突っ込む。しかしバルゥは穏やかな笑みを浮かべるだけだった。


「なに、結果的に地上へ戻ることになってしまったが……共に戦ったのは悪くない経験だった」

「そりゃあれさ。おっさんと釣り合うだけの強さを持ったのが、アタシらしかいなかったんだよ」

「むしろあーしらに引けを取らない、バルゥおじがすごいよね~」


 フラウの増上慢(ぞうじょうまん)がいささか(はなは)だしい一言。とはいえそれもむべなるかな。

 一目で強いと見抜いてはいたものの、まさか比肩しうる強さとまでは思ってなかった。



「まだ騎獣民族だった頃、友や家族たちと駆けていた頃を思い出せたよ」

「あの、バルゥさん。少々踏み込んだ質問になるのですが……騎獣民族へは戻らないのですか?」


 バルゥはハルミアの問いに少し考えた様子を見せるが、特に嫌な表情などは見せない。


今なら(・・・)戻れないこともないがな、それでもまだ踏ん切りはつかない」

「それならインメル領が復興した暁には、うちに来ませんか?」


 俺は改めて勧誘してみる。彼もまた貴重な人材であり、苦楽を共にした戦友でもある。


「そうだな……それも悪くない。一段落したら、訪ねてみよう」

「そうこなきゃな! おっさん!」


 バルゥと話していると、ニアが店の奥から"大きな板"を抱えてやってくる。


「はい、これで全部ね」


 その板には折り畳まれた大量の紙が、まるで売り物のように陳列してあった。

 それらはワーム迷宮(ダンジョン)に潜っていた(あいだ)に、溜まりに溜まった商会からの連絡文。

 綺麗に分別されているのは、ニアの性格というものがよくよく現れていた。


「……聞いてはいたが、多いですね」


 本来であれば最下層攻略および制覇だけで戻ってくるつもりだったが、予定外は常に起こり得る。

 特にインメル領を接収しようと画策していた途中だっただけに、かなり読むのが怖いものがあった。



「それと店の敷地に置きっぱなしの素材は、一体どうするのかしら?」

「とりあえず商会送りで」


 黄竜の金属質も入り混じったような素材は、超伝導物質的な特性を持っている。

 実際に戦闘してみて、強靭な鱗としての特性に加えて、牙や角にまで帯電させていた。

 逆走の道中でも色々と試して、導電性の高さは確認済みである。


 研究・開発が進めば、もしかしたら電子分野において凄まじい進歩をもたらすかも知れない。

 再生するからと言って黄竜をまた狩りに行くわけにもいかないが、生体培養などが実現すれば最高であった。


「なんだよ、装備に加工しねえの?」

「七色竜の素材を、過不足なく加工できる職人がいるんならな」

今はまだ(・・・・)ティーちゃんやリーちゃんでも無理だろうね~」


 残念がるキャシーに、俺とフラウがなだめるように言う。

 "永劫魔剣"にしてもそうだが、結局のところテクノロジーが進歩しないと十全に扱えない。



「はぁ~あ……早急(さっきゅう)に読んで、指示出しせんとなぁ」


 あらためて俺は手紙の量を見つめてから、嘆息をついた。

 "文明回華"の指針は俺にしか決められない。

 半身(はんしん)であるシールフが代わりに多少はやっていても、彼女はあくまで代理でしかなく受動的。

 

「私もトロル細胞の輸送について一筆書きますので、一緒に頑張りましょうか」

「ハルミアさん……じゃあ俺もがんばります」

「え~……もしかして今夜はおあずけ?」


 割って入るようにフラウが残念がった様子を見せる。


「お前も手伝ってくれれば、速く終わるかもな」

「」

「まったくベイリルくんもフラウちゃんも……私を甘く見ないほうがいいですよ?」

「ったく……おまえらは」


「キャシーも混ざっていいよ?」

「おことわりだ」


 ご褒美があると思えば俄然、(ちから)が入るというものだった。

 と同時に──ふと思いついたことを頼んでみようかなと、俺は思った。


「そうだニア先輩」

「なにかしら」

「明日の朝起きた俺に、言ってほしいことが有るんですけど」

「……?」


 眉をひそめて怪訝(けげん)な顔をするニアに、俺は真面目な顔で告げる。


「開口一番、"ゆうべはお楽しみでしたね"。と──」

「丁重にお断りします」


 ちょっとした憧れのささやかな願いは、にっこりと両断されたのだった。


 



次から新章です、良かったら評価や感想などをいただけたら嬉しいです。

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